4時間目まで真面目に授業を受け、昼休み。

 廊下に出た九条碧海をとっ捕まえた私は「ん?」と混乱する彼を他所に、人が来ない屋上前の踊り場まで連行した。


「これ、お弁当」
「ありがとう。でも拉致するスタイルはびっくりするから声くらい掛けて……」
「私と碧海くんが急に仲良くし出したら、周りがうるさくなるから、それは嫌だし」
「それもそっか?」


 疑問形だった彼はさておき、お弁当に視線を落として「食べるの楽しみ」と朗らかに笑う姿に、心臓が痒くなる。気恥ずかしくて、わざとそっぽを向いた。


「……じゃ、教室戻るから」


 にこにこと、笑顔のバーゲンセールのように嬉しげな顔を私だけに振り撒く彼に負け、私はこの場から去りたくなる。

 お弁当を渡す任務も完了したし、教室に帰ろうと階段を降りた。しかし、1段降りたところで、ぱしりと背後から腕を掴まれてしまう。


「えっ?」
「……なに?」
「一緒に食べるんでしょ?」
「え……」
「だって、千青も自分の分のお弁当持ってるし。教室に戻る必要なくない? 僕、ひとり寂しいし」


 へにょりと淋しげに眉を下げて、無言で懇願してくる美しい縹色の瞳に抗える人間が何人いるだろうか。

 私は踊り場の奥の壁に背を付けて腰を下ろす。花が咲くような九条碧海の笑顔は狡い。こちらが白旗をあげるしかない。

 こうして私は、ここなら絶対に人に見られない、お弁当の感想を聞きたいだけ、と自分を納得させるだけの理由をあれこれ探して羞恥心に殺された。


「……だし巻き玉子、美味しすぎない?」
「そ、そう? ま、まぁ、だし巻きが1番得意だからね。今日のは自信あったし」
「ほうれん草もうま……、唐揚げ冷めても美味しいのなんで、いくらでも食べれる、なにこれ」
「っ、く、口にあったら何よりだけど!」
「千青のご飯美味しい、好き。ずっと食べたい」


 一口食べる度に「美味しい美味しい」と褒め殺ししてくれる九条碧海の素直な反応に、お母さんに料理を褒められた時並に嬉しさが湧きあがる。

 紅潮する頬を見られないよう鎖骨まである真っ黒な髪で隠し、彼のより一回り小さい自分のお弁当を食べながら、どうにかソワソワする心を落ち着けた。