あの蚊虻な男は、やたらプライドが高い。

 本来の性質は小心者で臆病、しかしアルコールが入ると一変する。私のさっきの嫌味も言い返してこなかったが、酒を飲めば暴力と共に報復してくるから最悪だ。いっそ酒の瓶を全て割ってやりたい。


「……はー、人生はクソ」


 何事もなかったかのように母に「いってきます」と告げて、胡瓜とトマトを無事ゲットした私はトートバッグを揺らす。

 あの母が作った料理や功績全て自分のものにするクソ野郎は、下の者には大柄な態度を取り、上の者には媚びる典型的な世渡り上手。

 母が優しすぎるばっかりに、調子に乗ったアイツは自分が正しいと疑わない。注意されようと苦言を呈されようと、己のしょうもない矜恃を保つために絶対に聞き入れない。やだね、死んでほしい。

 喋りが得意なため騙される人たちが多く、軽快で親しみやすい人間性を演じる才能を与えた神も憎たらしい。天界で痛い目を見ろ。


「千青ちゃん、コロッケ出来たてなの。1つあげるからおいで」
「……ありがとうございまーす」


 肉屋のおばちゃんに可愛がられてる私は、この鬱蒼とした気持ちを表に出さないよう表情管理をしっかりと気をつけながら熱々のコロッケを受け取った。

 出来たての揚げ物の美味しさ、中に入っていた蕩けるチーズにささくれた心を少しだけ回復させられ、私は傾いていく太陽から逃げる。

 家に戻ってからは自前のエプロンを身に付けて、人前以外で仕事をしないクソ野郎の代わりに仕込みを手伝った。





 お酒は人を狂わせるのではなく、本性を暴く。


「てめえ、帰ってきた時に俺になんて言った? ア?」
「……事実でしょ」
「誰の金で生活できてると思ってんだ、ガキがッ!」


 誰の金というか、ほとんど母が働いた金だ。まるで自分が稼いでるかのように言い張るクソ野郎だけど営業時間しか働いてない。

 料理は母と同じくらいできるようだけど、殆どしないで任せっきりなんだから、できないのと同じだ。

 アルコールで気性が荒くなった人間もどきに、胸ぐらを掴まれ身体を投げ飛ばされる。その音で母が飛んでくるが、私は自分が殴られるほどがマシなのでクソ野郎の意識が自分に向かうよう反抗的な態度を取り続けた。

 コイツ、いつ死ぬんだろう。