金鳳花の咲くころに

制服のスカーフを、少しだけゆるめてみた。

朝の通学路。
いつもよりほんの少しだけ風が入ってきて、首元が軽い。

誰かに気づかれるわけじゃない。
でも、ちょっとだけ、どきどきする。

 
たぶん、それは自由というものの、最初の一歩だった。


「自由になりたい」――
そう口に出せるようになったのは、ごく最近のこと。

アリサと出会って、
彼女が夢を語って、
制服のこと、自分のこと、たくさん話してくれたから。

「自由な学校をつくりたい」って言ってた。

自分で選べるルール、
自分で選べる髪型、
自分で決めていい自分のあり方。

そんな世界がほんとうにあったら、
わたしは、どんなふうになれるんだろう。

そう思いながら歩く通学路は、
前より少しだけ明るく見えた。





「今日のスカーフ、いいじゃん」

放課後、カフェの窓際の席でノートを広げながら、アリサが言った。

「え……なんでわかるの?」

「だって、顔に出てたもん。いつもより緊張してない感じ」

アリサはストローでアイスティーをかき混ぜながら、空を見上げた。

「自由ってさ、ほんとにやっかいだよね。
選んだら叩かれるし、守ってても縛られるし」

「わたし……アリサと話すまで、自由ってこわいものだと思ってた。
選ぶのって、間違える可能性があることだから」

「わかるー。でも、間違えたっていいんじゃん?」

「え……」

「って、あたしも思えるようになったの、最近だけどね」

アリサはくすっと笑って、つづけた。

「だってさ、間違えないようにって生きてると、
どんどん自分のこと嫌いになるでしょ?
また間違えるかもって、自分を信用できなくなる」

わたしは、その言葉に、なにも言えなかった。

なぜなら、わたしがずっと、そうやって生きてきたから。

でも、アリサはそれをちがうやりかたで乗り越えようとしてる。

その背中が、まぶしかった。


次の日の朝、わたしは鏡の前で、すこしだけ髪をゆるく結んでみた。

いつもはきっちりと結んでいたゴムを、
ほんのすこしだけ下の位置に。

肩につかない長さに収めているから、
校則にはたぶん、違反していない。
けれど――
「きちんと」には、見えないかもしれない。

(これくらいなら、だいじょうぶ……だよね)

鏡の中の自分は、ちょっとだけ顔が明るく見えた。

学校に着いて、クラスに入ると、
いつも通りの朝がそこにあった。

みんなが静かにプリントを読んでいて、
廊下からは先生のヒールの音が響いてくる。

その中で、わたしは席に着いた。

胸が、すこしだけどくどくしている。
誰かに何か言われるかもしれない――
そう思うと、手がじんわり汗ばんだ。

でも、誰も、なにも言わなかった。

いつものように、中島さんが「プリントまわして」と声をかけてくれて、
わたしも「うん」と返した。

ただ、それだけだった。

たったそれだけのことなのに――
なぜか、涙が出そうになった。

「選ぶ」って、
こんなにも、こわくて、自由なんだ。

校則の範囲で、
ほんのちょっと髪をゆるめただけ。

それだけで、
わたしは自分で自分を決めたような気がしていた。

アリサが言っていたことが、
少しだけ、わかった気がした。