「神楽坂さんのお母さんって厳しいの?」

 翌日。天気が崩れてから三日目の放課後。
 今日もどんよりと曇った空を眺めながら瀬戸くんがつぶやいた。
 あたしたちは毎日ここで会っている。

「べつに……厳しくないけど」
「そうなの? いつもラインがくると、慌てて家に帰るからさ」

 あたしはポケットに手を入れて、なにげなくスマホに触れる。

「お母さんは……あたしがいないとだめだから」
「だめって?」

 言ってから、なにがだめなんだろうって思った。
 母は大人なのに。普通は子どもが守られるべきなのに。
 あたしは守られたことなんて、一度もない。

「うちのお母さん、精神疾患があって……ちょっと大変なんだ」

 自分で自分に言い聞かせるように、そう言った。
 瀬戸くんは、黙ってあたしの声を聞いている。

「それにお母さんがそうなったのは、あたしのせいでもあるし」
「神楽坂さんのせい?」
「そう。あたしを産んだことで産後うつみたいになっちゃって……それからも、あたしのしつけのこととか教育のこととかでお父さんともめたり……いろいろ重なって……」
「それってべつに、神楽坂さんのせいじゃなくね?」

 瀬戸くんの声が胸に刺さる。

「でもあたしなんか産まなければ、お母さんは死にたいなんて思わなかったし、お父さんに見捨てられることもなかったし……」
「だから罪を償うために、神楽坂さんは自分を犠牲にして、お母さんの面倒をみてるの? 部活もやらないで、友だちも作らないで」

 ポケットの中でスマホが震えた。あたしはそれをぎゅっと握る。

「……瀬戸くんには、わからないよ」

 またスマホが震えた。母があたしを呼んでいる。

「瀬戸くんには、あたしの気持ちなんかわからない」

 立ち上がるとリュックを肩にかけ、歩き出した。

「あ、神楽坂さん!」

 瀬戸くんの声には振り返らず教室を出て、廊下を走る。
 校舎の外に出ると、ぽつりと雨が落ちてきた。

 また今日も死ねなかった。

『空が晴れたら一緒に死のう。だからそれまで勝手に死ぬなよ』

 立ちつくすあたしの頭に、なぜか瀬戸くんの言葉が浮かぶ。
 ポケットの中ではスマホの通知が、あたしのことを呼び続けていた。