学校が冬休みになり、家でだらける時間が増えた。
最近は推し活する気分にもなれず、ただただベッドに横になってスマホを見る時間を過ごしていた。
青空も忙しいのか、私を呼ぶ気配もなく、あの身体を重ねた日から連絡はまめに取っているが、一回も会っていないなとぼんやり考えていた。
すると着信画面に切り替わり、鈴木秘書から連絡が来た。
私は少し気持ちが重いなと思いつつも通話ボタンを押した。
もしもし。ご無沙汰しております。鈴木です。
今ご自宅にいらっしゃいますか。
はい、家にいます。
青空さんから予約が入りまして、今から1時間後お車を向かわせたいのですが、よろしいでしょうか。
突然の呼び出しに驚きつつも、えっと1時間後ですね!急いで準備しますとベッドから飛び起きた。
電話を切り、青空から直接の連絡がなかったので少し不思議に思った。
予約を入れてくれたら事前に連絡くれそうだけどな。
一応連絡してみようかな。とふと思い、青空に電話をかけた。
呼び出し音は鳴るが、電話には出ない。
今は忙しいのかなと思いつつ、電話を切り、取り敢えず準備をしなきゃと急いで支度をする。
冬休みに入ってからあまり外にも出歩いていなかったので、外の気温を調べてみると、いつの間にか急に下がっている気温に驚いた。クローゼットから厚手のセーターを取り出し着替えてメイクをした。
迎えの車がやって来て乗り込むと、青空からメッセージがきてきた。
今仕事の休憩中で電話出られないけどどうしたのとのことだった。
まさか騙されたのか私は内心パニックになりながらも運転手に気づかれないよう冷静を装い、会社から青空から呼び出しがあったから向かってくれって言われて、今送迎車で移動してるけど、青空は呼んでないってことだよね?
うん、今日は夜まで仕事だから。騙されてるね。どこに向かってるの?
わからない、けど何かあったら連絡するね。仕事中にごめん。
青空は私を呼んでいないみたいだ。なのに呼び出されたってどう言うことだろう。
すると運転手は最初に会社にお連れするように言われております。とだけ口にした。
私は冷静を装いながらもそうなんですね。分かりましたとだけ答えた。
会社に着くと、鈴木秘書が入り口に立っていた。
青空さんが急用が出来たみたいでして、本日の出勤はキャンセルになりました。
ですが、少し藤田がお話ししたいとのことだったので、そのままこちらに向かっていただきました。
そうだったんですね。
もとから予約もなかったのにと内心思いながらも、青空と個人的な連絡をしていることはバレてはいけないので従うことにした。
社長室の前まで案内されると鈴木秘書はノックをし、杏梨さんをお連れしました。と伝えた。
どうぞという声が聞こえ、鈴木秘書が扉を開け、杏梨さん中へお入りください。
私はこちらで失礼しますと静かに一歩下がり私が部屋に入るとそっと扉を閉めた。
藤田社長が私に会いたかったのかと納得し、緊張で体が強張るのを感じた。
ちょうど杏梨さんとお話ししたかったんですよ。良ければそこのソファに掛けて。と促されふかふかのソファに腰をおろした。
私はこないだは、お食事に呼んでいただきありがとうございました。と心にないことを言って、愛想笑いを浮かべた。
こちらこそ。楽しい時間だったよ。
藤田はデスクの後ろの小さな冷蔵庫を開け、これでも飲んでとペットボトルのお茶をさっと置いた。
何か入ってるかも知れないので、お礼を言い、受け取るも飲まないでおくことにした。
杏梨さん最近仕事はどうだい?
青空くんの専属になってから変わったこととか。
何か探りを入れているのかもしれないと感じた。
いえ特にはないですね。青空さんもお忙しいようであまり出勤もしていませんし。
これでお給料いただいてるのが申し訳ないくらいです。と淡々と答えた。
そうか。と藤田は微笑み、最近は体調の変化とかもない?
体調ですか‥。
そうですね。元気に過ごしてます。
変な間の沈黙の後、藤田はそうか。なら良かったと私を下から上まで見るように視線を送り、また食事に呼ぶよ。
今度は杏梨さんの好きなものを食べに行こうじゃないか。何が好きなんだい?と言い出した。
心の中では絶対に行きたくないと思いつつも、パクチー以外ならなんでも大丈夫です。と答えた。
そうか。パクチーね、俺も嫌いだよ。そう言いながら大きく延びをし、壁掛け時計に目をやった。
この後打ち合わせが入っててね、悪いけどもう行かなきゃ行けないんだ。
ここでゆっくりしててもいいけど‥
いえ、帰ります!私は被せるように返事をし、勢いよく立ち上がった。
藤田は少し目を見開き、そうかそうか、と笑った。
じゃあまた連絡するよ。気を付けて帰りなさい。
はい。ありがとうございます。
私は軽く会釈をし、スタスタと事務所の出口に向かった。
なにもされなくて良かったと内心安心をし、事務所を出てスマホを見ると、青空から終わったら連絡してとメッセージが入っていた。
今事務所出たよ。特に何もされなかった!と返事をするとすぐに電話がかかってきた。
もしもし、るな?大丈夫?何もされてない?
相当心配しているのが声から伝わってきた。
私がもう大丈夫だよと伝えると安心したようだ。
はぁ、良かった。まじで気が気じゃなかった。
あのさ、今俺仕事終わったんだけど、この後予定なければ軽くごはんでもどうかなと思って。
話したいこともあるし。
あ、うん。もちろん大丈夫だよと伝えると
よかった。じゃあ俺んちに来て貰ってもいいかな?
何か食べたいものある?
近くだと韓国料理かカレーかメキシカンとかもある!
今から帰るから買って帰るよ。
ありがとう!んー、そしたらメキシカンがいいかな。
おっけ。じゃあまた後で。
そう言って電話を切り、すぐにタクシーを捕まえた。
青空の自宅に着くと、裏口からそっと入り庭に出た。
裏から回って庭に出るとちょうど夕日がプールの水面を照らしきらきらと光っていた。
思わず綺麗だなと声が漏れた。
するとガチャっと扉が開き、青空とわたあめが私の元に勢いよくかけてきた。
あ、わたあめ久しぶり!頭を撫でる。
青空はゆっくりと歩いてきて久しぶりと少し気まずそうに頭をかいた。
この時間帯のプール綺麗なんだよねと微笑みテラスの縁に腰かけた。
私も青空の隣に座るとわたあめは嬉しそうに私の膝に飛びのり丸まった。
二人で顔を見合わせ、わたあめの可愛さにふふっと笑みがこぼれた。
なかなか連絡できなくてごめん。
ううん。全然。仕事も忙しいでしょ?
まあ、今日までね。
今日から1ヶ月オフにして貰ったから。
私がえっそうなの?と青空を見ると、うん。明日週刊誌の人が事前に藤田に掲載の連絡を入れるらしい。
週刊誌が発売してすぐは問題は起こらないかもだけど、藤田はうちのグループ会社だから事務所がどうなるかも分からないしね。
このタイミングで不在になる俺が一番怪しまれそうだけど。と苦笑いを浮かべた。
そっか。やっと記事が出るんだねと私は少しほっとしていた。
うん。事前に記事は確認してて、オーナーも納得したようだったし、ドル隊のことは触れずに出すから、ドル隊たちの子が世の中に知られることはないはずだけど。
仕事はなくなるだろうね。藤田がどう出るかによるだろうけど。
そうだよね。でも、これ以上被害を出さないためには、しょうがないよ。
るなには色々と協力して貰ったし、情報提供料として週刊紙からお金を貰ったんだ。
ちゃんとるなの分も貰ったから支払わせて欲しい。
え、そうなんだ。私はいいよ。青空から個別で報酬も貰ってるし、それは青空が受け取って。
いやいや、それじゃ俺の気が済まないからさ。
ネット銀行やってたら口座教えて!そこに振り込むから。
私がうーんと渋い顔をしていると、本当にお願い。俺が持ってるのもずっとそわそわしちゃうし、罪悪感も感じるからと念をおされた。
私は渋々これが口座番号と教えると青空はすぐに送金をかけたようだ。
金額が大きいから明日振り込まれるみたい。明日口座確認してみて。
え、金額が大きいっていくら振り込んだの?
私が恐る恐る聞くと青空は二千万とさらっと答えた。
に、二千万?!嘘でしょ。
そんなに情報提供料って貰えるの?私は開いた口が塞がらなかった。
まあ、そうみたいだね!今回のネタはかなり大きいし、週刊紙側がこれくらいの利益は見込めるって判断したからだろうね。
そうなんだ。でもこれって青空もちゃんと受け取ってる?折半した?
青空はもちろん!と微笑んだ。
私はそんなはずはないなと直感的に思った。
きっと青空は貰った報酬全てを私に渡したのだろう。
ねえ、そんなに貰えないから返してもいい?と私が真面目な顔で聞くと、返すのはなし!と青空は大きな罰点を手で作った。
じゃあさ、こうしよう。
二人でどこか出掛けない?せっかく俺1ヶ月の休みがあるしさ!
突然の青空の提案に驚きつつも、私はいいけど誰かに見られたらかなりまずいでしょ!
まあ、そうだけど。海外とかならバレにくいよ!
別々に飛行機チケット取ってさ。さすがに記者も海外までは付いてこないと思うし。
そうなんだ!
私1週間後卒業旅行で大学の友達と四人でオーストラリアのブリスベンに行くんだけど、そこで会うのはどうかな?
青空がいやじゃなければ。誰かに見られても二人きりじゃなければ言い訳も聞きそうだし。ほらあの今岡レオ分かる?俳優の。その子も来るんだよ。
あぁ。レオは分かるよ。一回ドラマで共演したから顔見知りではある!るな友達だったんだ。
でもさ、せっかくの卒業旅行に俺いるの気まずくないかな?
そんなことないと思うけど。レオとも最近仲良くなった感じだし。1人増えるくらい大丈夫でしょ!
青空はふっと笑い、なんかるなって本当面白いね。
え、何突然?
いや、俺をちゃんと一人の人としてみてくれてると言うか。
え、そうでしょ?人じゃん!アイドルだからってこと?
そう。アイドルやってるとちょっとチヤホヤされることとかも多くてさ、むしろ集まりとか絶対来てって言われることも多いんだけど。
るなはまじで普通の人として接してくれるから気がらくだよと笑った。
そうかな?ちゃんとアイドルの青空と思って接してるけどと私も笑った。
何日間滞在するの?
5泊6日だよ!
そしたらみんなが良ければ途中から合流しようかな!
ホテルはどこなの?
ホテルはね、ブルースターホテルってところ。
レオがいるから学生にはちょっと高いけど良いホテルにしたんだよ!若い人があまりいないような所にして周りにバレないようにしたの。
泊まるならここすごく良いと思う。お母さんと話してて私も子供の頃泊まったことあるらしいんだけど、すごく綺麗だったって言ってたからさ。私は記憶にないんだけどね。
すると青は嬉しそうな表情をして見せた。
そうなんだ!俺もじゃあそのホテルにしよ!
じゃあ皆には伝えとくね。誰とは言わずに芸能人の友達とだけ伝えとく。
それ大丈夫?嫌そうだったら絶対言ってね!行かないからと青空はいたずらっぽく笑った。
こんな寒いとこで話しすぎたね!中でごはん食べよう!タコスたくさん、買ってきた!
え、嬉しい!お腹空いたーと二人で家に入りタコスを二人で食べながらだらだらとテレビのバラエティーを見た。
そう言えば藤田に呼ばれてたけど、何を話したの。
特に大事な話って訳ではなくて。
仕事は、順調かとか、たわいのない話だよ。
でも、そうだ。体調のこと聞かれたの。
何となく、妊娠してるか確認したかったのかな。
多分そうだろうねと青空は難しい顔を浮かべた。
明日さ、編集長がうちに来て藤田に連絡するところを一緒に同席させて貰うんだけど、良かったらるなも一緒にどうかな。
藤田がどんな様子になるのか知っておいた方がいいかなと思って。
ん、そっか。そうだね。明日は予定ないしそうしようかな。
だったら泊まっていきなよ!
朝7時に来るから結構早いんだよね。
青空は自分で言ってしまってからハッとしたのか全然変な意味じゃないよ。ゲストルームもあるし寝るのは勿論別々だし!るなが嫌じゃなければ。
焦っている青空がなんだか可愛く見えた。そうだね。朝早いなら泊まらせて貰おうかな。
よかった!正直な話、前のことがあって俺自身どうるなに接していいのか分からなくてさ不安だったんだけど、今日会って自然に話せて良かったよ。
私も!ここに来るまで少し気まずかった。けど本当良い意味でナチュラルにいられるから不思議な感じがする。
俺も!出会って間もないのにね。
本当だね!
そういえば、と私はドル隊の子が殺されたかも知れない涼太の話を青空に話した。
青空は静かにその話を聞いていて、その子ほぼほぼ殺されてるね。と淡々と答えた。
私がえ‥と返答に困っていると、その話聞いて思い出したんだけど、ちょうど6年前くらいかな。ファンの子で凄いストーカーの子がいて。
どの現場に行っても必ずいて、ただ見ているだけならまだ百歩譲って耐えれたんだけど、最終的に俺のマンションの中まで入ってきてさ、部屋の前で待ってるわけ。
もう怖くてさ、警察に通報して接近禁止例も出てたんだけど、それでも止まらなくて。俺を見つけては話しかけてきたり、最悪なことに腕も引っ張られたりしちゃってさ。
常に見られてる気がして、気が休まらなくて、俺がマネージャーにこれ以上耐えられない。こんなことがずっと続くならアイドル辞めたいって伝えたんだよね。
そしたらちょっと待てと言われてその日はそのまま帰ったんだけど、翌日からその子パタリと姿を見せなくなってさ。
俺もマネージャーに聞いたんだよ。あのストーカー最近見ないけどどうしたの?って。
そしたら、会社に伝えて対処して貰ったとしか言われなくて。
だけどなんか気になってさ。警察から接近禁止例も出して貰ってたから本名も所在地も知ってて調べてさ、その子の住んでた家に行ってみたらさ、ちょうどその子の母親やしき人が出てきて、その子いませんか?って聞いたら、俺見て気付いたのかびっくりして時止まっててさ。暫くしたあと最近事故で亡くなったって言われて。良ければお線香あげてくれませんか。あの子喜びます。って言われたんだよね。びっくりしすぎて申し訳ないけど、すみませんって言って帰ってきたんだよ。
いつ亡くなったのかは聞いてはないけど、多分俺がアイドル辞めたいって言った後だと思うんだよね。それから姿を見せなくなったタイミングからしてもさ。今のるなの話を聞いて、会社が関与している可能性が大きいなって思った。
てかさ、涼太は大丈夫なのかな?あの子真面目だしメンタル弱そうだもんな。最近また復帰したみたいだけど、テレビで見ててもあまり元気なさそうだなって思ってたんだよね。
んー、涼太くんはちょっとメカウンセラーが必要な気がするよ。俺のせいでってなっちゃってたから。
そっか。その話聞いてよかった!俺のマネージャーに、それとなく伝えとくよ。いいカウンセラーも知ってるから涼太を一度見て貰おう。
こういうのは早くしないと取り返しのつかないことになりかねないからね。
うん。そうだね。
暗くなった囲気を変えようとしているのか、青空はオーストラリアはどこ回る予定なの?と唐突に聞いてきた。
色々と予定を伝えると、俺も今ホテルと飛行機予約しちゃおうと勢いで青空はその場で予約をした。
るなが良ければさ、せっかく冬休みだしオーストラリアの後色々他の国も巡らない?こんな機会絶対なさそうだし。
何それ!楽しそう!明日大金も入るしありだね!といたずらっぽく笑った。
どこに行きたい?と言う話になりお互い、イタリア!ドイツ!スイス!モルディブもいいよね!と候補が上がり1日中どう観光するか予定を立てた。
その場その場で飛行機のチケットは取れそうだし、行き当たりばったりもいいよね!という話になった。
むしろ一ヶ月じゃ足りないかもと二人で顔を見合わせて笑った。
この時間が楽しくてあっという間に過ぎてしまい、いつの間にか外が薄明るくなっていた。
ヤバい。楽しすぎてあっという間だった!取り敢えずお風呂入りなよ!少し仮眠しよう。
うん!そうだね!楽しみなこと出来て嬉しい。
俺も!アイドル初めてから今が一番ワクワクしてるかも。
海外旅行とか小学生ぶりだよ!まじで楽しみ!しかもるなと行けるなんて最高!
私も今までの人生の中で一番ワクワクしてるよ!本当に楽しみ!
そう言ってシャワーを借りて出るとソファで青空が寝ていた。
そっとブランケットをかけて私も机に突っ伏していつの間にか寝てしまった。
ピンポンと玄関のチャイムの音で二人とも目を覚ました。
やばい!こんな時間だ!俺シャワーも浴びてない。と少し寝ぼけながら青空は玄関の方にかけていった。
私も眠たい目を擦りながら、そうだ、編集長が来るんだと思い出し、すくっと立ち上がる。
おはようございますと爽やかな編集長がビシッと決めたスーツをまとって入ってきた。
おはようございます。
青空はこちらるなさんです。と紹介するとあぁ。お話しはお伺いしていますよ!証拠集めに尽力してくださったんだですよね。
初めまして、橋本です。よろしくお願いいたします。と名刺を差し出された。
ありがとうございますと受け取ると、では早速これから藤田社長に事前に記事が出ることを告知します。
そして、ひとついいお知らせが。藤田が精子売買していたとは別に、藤田の指示で裏組織を使って人を殺めた情報が揃ったので、そちらも併せて記事に上げます。
恐らく刑事事件としても動くでしょう。社会的に干されるでしょうね。と淡々と話した。
るなさんも色々とお辛いこともあったでしょう。
被害にあわれた女性も今回の記事で名乗りをあげてくるかもしれません。そうしますとドル隊の存在も世間にバレてしまう可能性が高いでしょう。
るなさんがドル隊として働いていたことは恐らくバレないかとは思いますが、一応ご報告をと思いまして。
そうですか。と私が答えると青空はドル隊のこと知ってたんですか?と驚いた。
青空はバレないように編集長には私がドル隊であることを伝えていなかったようだ。
勿論。ドル隊の存在は青空さんと出会う大分前から週刊誌界隈では有名でした。
しかし藤田社長の力が強いので、権力で世に知られないようにねじ伏せられていたんです。
今回の記事できっと存在も明るみになる可能性はありますが、そうしますとアイドルのイメージが崩れる可能性が出てきてしまうので、青空さんの会社は黙ってないでしょうね。僕の考えでは多額のお金を払ってでもドル隊の存在は公表しないよう阻止されるとは思いますけどね。
そうでしょうね。と青空は頷いた。
では、早速藤田社長に電話をかけます。
スピーカーにして、会話は録音しますのでご安心ください。
橋本は早速電話を掛けた。最初に出たのは鈴木秘書だった。
鈴木様ご無沙汰しております。東京ダイアリー編集長の橋本でございます。
あぁ、橋本様お世話になっております。
いつもの声色とは違い明らかに不満そうな声をしている。
今回は藤田様の記事が週刊紙に出る件で、事前にご連絡差し上げました。
え。うちの藤田ですか?と鈴木秘書は訝しい声を出した。
事前にお伝えしておいた方が親切かと思いまして。
編集長は少しとげのある言い方をし、ちなみに藤田様にお繋ぎいただけますでしょうか。
少々お待ちください。
話の内容とは裏腹に陽気な保留音が流れている。
暫くするとかなり不機嫌そうな声色をした藤田がはい。藤田ですがと声を出した。
私と青空は顔を見合わせ、緊張で身体を強ばらせた。
藤田様ご無沙汰しております。橋本です。
あぁ、鈴木から聞いた。
俺の記事が出るって?どんな記事が出るわけ?
はい、ご質問ありがとうございます。藤田様も存じているかとは思いますが、お忙しいでしょうし簡潔にお伝えしますね。
大きな記事は三つあります。まず一つ、精子売買の件、そしてもう一つ強妄して自分の子を作らせている件、そして最後は裏組織を使い人を殺めた件でございます。
なんだと!!!藤田は電話越しにかなり大音量で声を荒げた。
どこでそんな情報を聞いたんだ!そんなデタラメな情報を。
藤田様、そんなにご立腹なさらないでください。
弊社はデマを流すような週刊誌でないことを藤田様は重々承知でしょう。
しっかりと、証拠が揃ったので今回記事にさせていただいた訳です。
もしもこれが本当だとすれば警察沙汰になるのは間違いないですね。
細かい記事はぜひ弊社の明日出る週刊誌を見てご確認ください。
ふざけるな!そんな記事絶対に許さないぞ。お前そんなことしてどうなるか分かってるのか。
俺の力でどうとでも出来るんだぞ!
橋本は電話口で怒り狂う藤田には全く動揺せず、えぇ。えぇ。藤田様に権力があるのは知っております。でもそれは今日までです。明日になったら世間の目は180度変わるでしょうと冷静に口にした。
明日から忙しくなるかと思うので、今日は十分にお休みください。
お前‥と藤田は電話先で怒りに震えているのが声から伝わってくる。
ぶつぶつと小声で何かを呟いている。
なんでしょうか。藤田様。はっきり言っていただけますか。お電話が遠いようで。
すると藤田の大きな鼻息が聞こえ、いくら払えばいい!!いくら払えば記事を揉み消すんだ!と叫んだ。
藤田様。いくら払っても記事は揉み消せません。
俺にお金を払わせるために事前に連絡してきたんじゃないのか。
藤田の怒りに満ちた声を聞いているだけで、こちらは身がすくむのだが、編集長は顔色変えずに淡々と話してる。まるで機械人間のように見えてしまう。
そうですね。5億払ってくれたら考えますけど。
5億だと!?お前本気で言ってるのか!無理に決まってるだろとさらに声を荒げた。
私はいつも本気ですよ。藤田様。
ちなみにですが、この電話は録音してますので、今言ったこと認めたことになりますね。
いくらで記事を揉み消せるんだなんて罪を認めたようなものですね。と鼻でフッと笑った。
頭に血がのぼると正常な判断が出来なくなるのはあるあるですよね。
藤田は電話越しでハハッと乾いた笑い声をあげ、言いたいことはそれだけか?覚えておけよ。俺を怒らせたこと後悔させてやる!とガチャっと電話を切った。
電話を切るとしばらく皆が沈黙し静かな時間が流れた。
すると青空は口を開き、すごい。なんであんなに淡々と話せるんですかと橋本に聞くと、こういうのには嫌でも慣れますから。週刊誌で働く者にとって一定の人に嫌われるのはデフォルトですからと顔色ひとつ変えずに答えた。
でも藤田社長。怒ると後先考えられなくなるんですね!煽りがいがありました!とご満悦そうだ。
すごい。強靭のメンタル。と私は感心して言葉が出なかった。
さて、彼はすぐに私を潰せと人を雇うでしょう。
ちなみに明日発売と言いましたが、実は今日なんですよね!
青空と二人で顔を見合わせえっ。と驚きの声をあげた。
ちなみに警察にも情報提供済みなので、そろそろ警察が藤田社長の所に向かっている頃でしょうねと呟いた。
すごい。情報提供してからあっという間に藤田をここまで追い詰められるなんて。
まあ、私が本気だしたら怖いですよ。と自信に満ちた顔をしている編集長に、これほど仕事が出来る人だからここまで登り詰めたんだなぁと沁々と感じた。
あれ。るなさんはお泊まりされたんですか?
私のシャワー後の姿に今気付いたのか編集長は少し首をかしげた。
あ、そうです!今日は朝早いって聞いたので。
するとすかさず青空はこのことは記事にしないでくださいね!と語尾を強めて橋本に言った。
編集長は、はははっと笑いそんな外道なことはしませんよ!安心してください。
今回の記事で会社からもかなりよくやったと言われてるんです。なので、青空さんとるなさん、そして工藤には大変感謝してるんですよ。
それでは、私はすぐ会社に戻らないと。きっとこの件で問い合わせも多いでしょうし。
ありがとうございました!ではまた!とすぐに橋本は風のように去っていった。
二人で玄関の前に立ち尽くしなんかあっという間だったねとほっと肩をおろした。
これからがどうなるか分からないけどね。
取り敢えず一週間後オーストラリアで会おう。
それまではお互いおとなしくしていたほうが良い気がする。
杏梨も極力外は出ないように。
出るときはタクシー移動とか絶対に一人にならないようにすること!
うん。分かった。
じゃあ、気を付けて。
うん!またね。玄関を出ると、空は澄んだように晴れ渡っていた。
どうか上手くことが運びますようにとただただ願うしかなかった。
家に帰る前にコンビニに寄ると、ちょうど店員が週刊誌を棚に並べているところだった。
あのその週刊誌、一冊ください。
あぁ、どうぞ。と手渡され週刊誌と水を持ってレジで会計を済ませた。
家に帰り寝不足で頭がぼーっとしていたが、パラパラと週刊誌をめくった。
そこには『アイドルダウト会社代表の闇を暴いた』と大きな見出しが書かれており、モザイクはかかっていたが恐らく工藤さんが精子売買で騙された証人として掲載されていた。
藤田との望んでない子供を身ごもったこと、他にも被害を受けている女性が大勢いること、騙された金額などこと細かく書かれていた。
そして、読み進めていくと、裏社会との繋がりによって亡くなったと思われる人たちも掲載されていた。
学がない私でも藤田は詐欺罪、殺人ほうじょ罪、強妄罪に問われるんだろうなと思った。
本当に悪魔みたいなやつだったんだと改めて記事を見て思っていると電話が鳴った。
鈴木秘書からだった。私は驚きつつも一呼吸おいて電話に出た。
はい、もしもし。
あ、杏梨さん。ちょっと緊急でお伺いしたことがあって。今宜しいですか。
電話越しの鈴木秘書は相当取り乱しているようで、早口すぎて聞き取るのも大変だった。
勿論です。
今、藤田が、藤田が警察に連行されました。
なぜ私に連絡をしてきたのだろうと思いつつ私は渾身の演技でえ!どうしてですか!と驚いたように言った。
私も分かりません。電話越しの鈴木秘書は今にも泣き出しそうな声になっていた。
私、どうしたらいいのか分からなくて。
ごめんなさいね。杏梨さんに話してもどうにもならないのに。
鈴木秘書は誰も頼る人がいないのだろう。こんな状況で私に電話をかけてくるくらいだから。
落ち着いてください。どうして警察に連れていかれたかは分かりませんが、何もしていなければすぐ釈放されるでしょうし、鈴木秘書がそこまで慌てる必要はないのでは。と私は落ち着いたトーンで話す。
私は藤田がいないと駄目なの。だって、彼との子がお腹にいるのに。やっとの思いで出来た子なのに。と泣き崩れているようだった。
え。藤田社長との子供ですか!?お二人お付き合いされていたんですか?
鈴木秘書は嗚咽しながらも、付き合ってはないの。私が一方的に好きで彼との子を望んでいたの。
なかなか子供ができにくい身体でやっとの思いで授かったのに。どうしてこのタイミングなの。
私は鈴木秘書を気の毒に思った。あれほど近くにいたのだから彼が今まで何をしてきたか全て把握しているだろう。なのにそんな彼を好きなんて。どうかしていると思った。
私は思わず口を走らせた。
あの食事会のとき、彼が私に何をしたか知ってますよね?
無理やりやられたんです。それを知っていて鈴木秘書は私を連れ出したんですよね。
鈴木秘書はえ。と沈黙した。
藤田社長が好きなのに、別の女性と寝ててもなんとも思われないんですか。
それを手助けするなんておかしいです。
しばらくの沈黙の後なんだ、知っていたのねと鈴木秘書の声色が変わった。
そうね。可笑しいわよね。彼は自分の子供を望んでいたの。私がいつまで経っても出来ないから。
好きな人の夢を叶えてあげたいって思うのは普通でしょ。
いえ、藤田社長のしたことは犯罪です。私は彼との子供なんて微塵も欲しいとも思いませんし、精神的にも肉体的にも傷つけられました。
その手助けをした鈴木秘書も許せません。
すると鈴木秘書は、まさか週刊誌に藤田の記事売ったのって、あなたなの?と金切り声を上げた。
だったらどうなんですか。
私、鈴木秘書のこと、同じ非恋愛依存者として身近に感じていたし、信頼もしていたんです。
それなのに、裏切られるようなことをされて、悲しかったです。
だからって、そこまですることないじゃない。
藤田社長はそこまでのことをしたんです。
いい加減目を覚ましてください。
彼は犯罪者なんです。
お腹の子は気の毒ですが、もしも私の強妄についても警察が調べたら、鈴木秘書も捕まる可能性だってありますよ。
藤田社長の心配よりご自分の心配をされたほうがいいのではないですか。
すると鈴木秘書はふっと笑ったのかため息をついたのか判断がつかない吐息を立てた。
あなたと出会わなければよかった。そうすればこんなことにはならなかったのに。
私もそのままのお言葉をお返しします!
そう言ってプツリと電話を切った。
電話を切ると自然と涙が溢れだしてきた。
なんで私が悪者にされないといけないのよ。
全部藤田社長が蒔いた種なのに。
鈴木秘書もきっとこれから警察の事情聴取が入るだろう。
何もしてこなければいいけど。
私は涙で枕を濡らしながら、昨日の疲れもあってかいつの間にか意識を失うかのように眠ってしまった。
スマホの着信で目が覚めると外は夕方になっていた。
寝ぼけながら出るとレオだった。
杏梨久しぶり!元気にしてる?
うん。久しぶり!元気だよ。どうしたの?
いや、あのさ、週刊誌で藤田社長の記事が出てたから心配になって連絡したんだよ。涼太も心配しててさ。
あ、そうか。涼太くんは大丈夫そう?
うん、俺も電話でしか話せてないけど、藤田社長が捕まって良かったって安心してた。
そっか。そうだよね。
俺も記事見たけどさ、あれが全て真実だとしたら本当にヤバイやつだったんだなって。
杏梨は今の所何も影響はない?
ん、大丈夫だよ。と答えるしかなかった。変に心配されても嫌だし、藤田にされたことを友達に知られたくない。
そっか。証拠掴むとか話聞いてたからさ、心配してたんだけど、ならよかったよ。いよいよ来週からオーストラリアだもんね!
俺結構ワクワクしてるんだよ。
私も!楽しみ!
そう言えばメッセージで来てた芸能人の友達が途中合流するってやつ誰が来るの?
あぁ。その人レオとドラマで共演したことあるって言ってたよ。
え!まじで?もしかしてだけどさ、青空さんじゃないよね。いやー、さすがにないよな。忙しいもんな。
さぁ、どうかなー。会うまでのお楽しみと私はいたずらに答えた。
オーストラリアでその人と合流して、私はそのままその人と二人で他の国も旅しようって話しになってるの。
え、なにそれ。すっごい羨ましい。
俺も長く休み取れたら一緒に行きたかった。と少し悔しそうだ。
てことは女の人なのか?まあ、いいや。当日の楽しみにしておくよ。
紗綾と蓮斗はミーハーだからめちゃくちゃ喜んでたね!俺も仲良くなれたらいいなぁ。
うん、レオ人がいいし仲良くなれるよ。じゃあまた旅行でね!
連絡してくれてありがとう。
いいえ。じゃあ体調崩さないようにね。またね。と電話を切った。
ネットニュースを開くと藤田社長の話しでもちきりだった。
私はスマホを伏せてリビングに降りていった。
すると母がちょうど買い物袋を持って帰ってきていた。
あら。杏梨いたのね。最近姿見せないから帰ってきていないのかと思ったわよ。
家にはずっといたよ。冬休みだから生活スタイルが変わってただけ。夜とか結構リビングで過ごしてたよ。
お母さんが寝るの早いから会わなかったんだよ。
あら。そう。
そう言えばなんかスーツを着た男性が家の前に立ってて、杏梨がいるか聞かれたのよ。
だから最近は家に帰ってきてないって答えておいたけど。
え。そうなの?ありがとう。
また誰かに聞かれてもいないって答えて。
え、あなた何かした訳じゃないわよね。まあ、いないと答えるくらいいいけど。
お母さん夜ご飯作るけど、杏梨も食べる?
うん、久々に食べようかな。
スーツの男が誰か気にはなったが、恐らく鈴木秘書が誰かを向かわせたんだろうなと思った。
久々に母と向かい合って夕食を共にした。
私来週卒業旅行に行ってくるね!
多分一ヶ月くらい帰ってこないと思う。
え!一ヶ月も!どこを巡るの?
私は青空と立てた海外旅行の計画を母に話した。
母はうんうんと頷きながら、あなたがそんなに楽しそうに話すの久しぶりに見たわと微笑んだ。
私は一気に話しすぎたのが少し恥ずかしくなり、お土産買ってくるよと言い、ご飯を口にした。
ご飯を食べ終えてお風呂から出て部屋に戻ると、カーテンの隙間から外を覗いてみた。
家の前には黒塗りの車が停まっており見張っているようだ。恐らく会社の人だろう。
私は日にあたらないようにいつもカーテンは締め切っているので、恐らく家にいることはバレていないのかもしれない。
旅行までは外に出れないなと思った。
そのことを青空に伝えると、明日もいるようだったら警察に言った方がいいと念を押された。
会社の人ではないかもしれないし、お母さんに頼めるであればそうして貰うようにとのことだった。
翌日目を覚ますと、まだ車は外に会った。
警察に言うかも迷ったが母も出不精であまり外出をしないので、今日はまだいいかともう少し様子を見ることにした。
さらに翌日そっと覗いてみると、車と男の姿はなかった。
そして家に出ない生活が続き、旅行前日の夜のことだった。
ピンポンとインターホンが鳴った。母は自室に籠っており部屋までは音が聞こえない。
私も誰だか分からないので出るに出られずにいた。
インターホンは4~5回ほどしつこく鳴らされた。
さすがに怖くなり、警察に言うしかないかと思ったとき杏梨!いないのか!と玄関から父の声が聞こえた。
私は恐る恐る扉を開けるとそこには父が大荷物を抱えて立っていた。
私はとにかく入ってと父を急いで家に入れて鍵を閉めた。
どうしたの?突然。てか何年ぶりに帰ってきたの?
父は嬉しそうに本当だな!何年ぶりだろう。
お母さんと杏梨にたくさんお土産買ってきたんだ。
と海外のものと思われるお菓子やコスメなどの袋を沢山提げていた。
母も何かを感じたのか部屋から出てきて。あなた帰ってきたの!とすごく驚いた表情をしていた。
父は少し恥ずかしそうにまあ、そうだな。と頭をかきながらさっきピザも買ってきたんだ。みんなで食べよう。と嬉しそうにしている。
母は時計に目をやり、やだもうこんな時間だったのね。と呟き、じゃあお茶いれるから手を洗ってきてと父に言った。
お父さん、帰ってくるとき家の前に誰かいなかった?
え。家の前?特に誰かいた気はしなかったけど。
なんだ杏梨。ストーカーでもされてるのか?
いや、いないならいいや。よかった。
久しぶりの三人での食事はなんだか不思議な空気が流れた。
そう言えば杏梨、父さんの会社で働かないかって母さんから聞いただろ?その後どうだ。
私はすっかり就活のことが頭から抜けていた。
え、あぁ。そうだね。まだ何も決まってないけどお父さんの会社で何をするの?
まだ決まってないってみんなもう決めてる時期だろ?
杏梨は父さんの会社に入るから就活してないのかと思っていたけど。
部署は色々あるよ。人事やSNS運用、企画開発、バイヤーとかね。
バイヤーって服を海外に買い付けに行くやつ?
まあ、簡単に言うとそうだな。
私やるならそれがいい。
その言葉に父は笑った。
バイヤーがいいのか。まあ、確かにな。一番刺激的で楽しい仕事ではあるよ。
一人凄腕のバイヤーがいて、そいつが買い付けてくる服やらバッグはすぐ売り切れるんだよ。
そうだな、杏梨がもしも本気でやるならそいつの下で色々教えて貰うといい。結構厳しいぞ。
杏梨が会社に入っても俺の娘とは言わないでおこうと思ってる。贔屓されても嫌だしな。
人事だけには言わなきゃならんけども。
うん、それは勿論。私も働くならちゃんとやるつもりだし。
部署を選択させて貰えるだけでも有り難すぎるよ。
そうか。謙虚でよろしい。と父は微笑んだ。
母もこれで少し肩の荷が降りたわと安心したようだ。
ずっと家でニートされたらどうしようって少し不安だったのよ。
だからお父さんに連絡しちゃったの。と困ったように笑った。
だから今日来てくれたの?
そうだぞ。大切な娘のために来たんだよと自信満々にいう姿が可笑しかった。
私明日から卒業旅行で暫くいないからさ。今日話せてよかったよ。
そうか。若いうちに色々と経験してきなさい。
お金が足りなければ出してあげるから。
ううん。自分のできる範囲で楽しんでくるよ。
その言葉にいやー、杏梨もしっかり者になったなぁと感心しているようだった。
お父さん車で来ているから明日空港まで送っていくよ。何時の飛行機だ?
明日は朝早いよ。7時には成田についてなきゃだから。
じゃあ5時頃家を出よう。父さんも午後一の便で韓国に行くからちょうどよかったよ。
え、早く着きすぎちゃうよ。疲れさせるのも悪いしタクシーで行くよ。
いやいや、俺はラウンジが使えるからそこで元々仕事するつもりだったんだよ。心配しなくていい。
杏梨そうして貰いなさいよ。その方がらくでしょ。
んー、まあそうだね。本当にいいの?
勿論。こんな機会も滅多にないしな。空港で朝御飯でも食べよう。
そうだね!
準備はしたのか?
いやまだ全然してない。そろそろしないと。
そろそろって、明日だろう。早く準備して明日早いんだから寝なさい。
うん、分かった。
私は大きなスーツケースを押し入れから引っ張り出して、必要なものをまとめて入れていった。
スキンケア用品、コンタクト、お金、パスポート、オーストラリアは夏だから夏用の服と、他の国があたたかいのか寒いのかも分からないので取り敢えず羽織ものを入れ、寒ければ現地で買うことにした。
翌朝まだ外が暗い中起きると父は既に着替えを済ませていた。
おはよう。早いね。
おぉ、杏梨おはよう。父さんはいつも朝早いぞ!
杏梨が準備できたら行こう。
うん。急いで準備するね。
メイクをささっと済ませ、ゆったりしたワンピースに着替えた。スーツケースを階段下まで運び、お父さんにお待たせと伝えると、杏梨のスーツケースはこれか?
やけに軽いなとひょいと持ち上げ車に積んだ。
私は一週間ぶりの外だった。
朝は空気が澄んでいるが、顔が痛くなる冷たさに身体がぶるっと震えた。
恐る恐る家の前を覗くと誰もいないようだった。
お父さんの車はスポーツカーで車体が低かった。
エンジン音が私にはうるさく感じたが、これがいいんだよ。隣に娘が乗ってくれるなんてなんだか感慨深いなぁと嬉しそうだ。
スピードが出るからか予定よりも早く着いてしまった。
各々でチェックインは済ませようということだったので先に済ませて父とカフェで朝御飯を食べることにした。
すると、すごく早く着いちゃったとレオから連絡が入った。
あ、友だちもう着いてるみたい!
良ければ一緒に朝御飯食べよう。
うん、そうだね!連絡してみる。とレオに電話をするとすぐにやってきた。
黒いキャップにマスクでまさに芸能人という感じだ。
久しぶり!と挨拶をし、私のお父さんと紹介した。
あ、はじめまして。今岡レオです。と被っていた帽子を外して挨拶をする。
杏梨のお友達だね。宜しくと握手を交わした。
あれ、君テレビに出てる子だよね。と父は気づいたようだ。
そうです。俳優をやってます。
やっぱりそうだ!いやぁ、やっぱり顔が小さくてかっこいいね。背も高いし。
いやいや。ありがとうございます。
杏梨は何も言わないからびっくりしちゃったよ。
まさか二人で旅行ではないよね。
お父さん、違うよ!紗綾と蓮斗って子と四人で行くの。
そうなのか。と父はたいして気にはしていない様子で、レオくん、何か食べようか。おじさん買ってくるよと朝御飯を買いに行った。
コーヒーを飲みながら父は自分のアパレルブランドをレオに話している。
僕知ってます!最近S NSでも人気ですよね!
メンズもあるからチェックしてました。
そうなんだよ!SNSにも最近力を入れててね、良ければ今度洋服送るから是非着てよ。
勿論です!いやぁ、嬉しいなぁ。こんな、ご縁があるなんて。
僕もだよ!君が着てくれたら売り上げも右肩上がりだよ!と父は嬉しそうに笑った。
連絡先も交換し、レオはファッションが好きなようで父と話しに花を咲かせていた。
紗綾と、蓮斗も来たみたい!
じゃあ、そろそろ行こうか。とカフェを出て二人のいる場所へ向かった。遠くから杏梨久しぶりーと紗綾が飛び付いてきた。
紗綾久しぶりー!会いたかった!
私もだよ!レオも久しぶり。あれこちらの方は?
私の父なの。
どうも初めまして。いつも杏梨がお世話になってます。と父は頭を下げた。
紗綾さんと蓮斗くんだね。
あ、はい。こちらこそいつもお世話になってます。と蓮斗は行儀よく会釈をした。
杏梨のお父さんすごくダンディーで素敵な方だね!と紗綾が褒めるので、父はご満悦そうだ。
じゃあ私はそろそろ行くよ。杏梨楽しんで来なさい。
うん、送ってくれてありがとう。またね。と父と別れを告げ手荷物検査へと向かった。
手荷物検査の後なんだか、外が騒がしかった。
私と紗綾が並んでいた列はスムーズだったので暫く中から様子を見ていた。
すると少し遅れて蓮斗とレオがやって来てやばいやばいと駆け寄ってきた。
なんかさ、綺麗な女性がずっと市川さんって叫んでて警察に取り押さえられてたんだけど。
市川って杏梨のことだよね?と蓮斗はひどく驚いているようだった。
レオは多分あの秘書の人だよ。
凄い形相で待ちなさいよっ叫んでてさ。杏梨なんか勘違いされてるんじゃない?
あー。そうかもね。鈴木秘書がここまで来るとは想像もしていなかった。少しでもタイミングが遅かったら何をされていたか分からない。
え、何、秘書の人って?と紗綾と蓮斗は興味津々だ。
ただのバイト先の秘書の人だよ。社長と出来てたみたいなんだけど、私と何かあったんじゃないかって勘違いして追いかけて来たんだと思う。何もないのに。
と私が淡々と説明をすると、何その女。こっわ。
杏梨ちょうど手荷物検査通過してて良かったね。もしかしたら刺されてたかも知れないよ。紗綾は不安そうな表情を浮かべた。
確かにな。本当に鬼の形相してたもん。綺麗だったから余計怖かったなと蓮斗とレオは頷きながら同意していた。
暫くみんなそのことでソワソワしていたが、切り替えて旅行楽しもう!と私たちは飛行機を待つ間、行きたい観光スポットやレストランを話しながら時間を潰した。
念のため青空にも鈴木秘書が押しかけてきたこと、ギリギリのタイミングで会わずに済んだことを伝えた。
無事で良かった。俺の所には誰も来てないよとのことだった。
四日後オーストラリアで会えること楽しみにしてる。
私もこれから飛行機乗るよ!気を付けてねと連絡をした。
飛行機に乗り、9時間のフライトで無事にブリスベンに着いた。
着いた途端暑さにびっくりした。
やっぱり日本の裏側は暑いなぁと皆で言い、ひとまずホテルに荷物を置きに行こうとタクシーに乗ってホテルへ向かった。
さすがの高級ホテルだけあってエントランスから豪華なお花が飾られていてシャンデリアがキラキラとしていた。
ルームキーを受け取りレオと蓮斗、私と紗綾で隣通しの部屋だった。
三十分後夕飯食べに行こう!とのことで各々部屋に入り荷解きをした。
紗綾は準備をしながら、杏梨さなんか危ないバイトでもしてたの。と心配そうに聞いてきた。
ううん、ただの普通の企業のアシスタントだよ。
さっきの女性のことでしょ。ちょっとメンタル的に可笑しいなと思うことがあったから辞めてよかったよ。
そっか。ならいいんだけど。と紗綾は荷物に視線を戻し荷解きを続けた。
夜ご飯は近くのオージー牛が食べられるレストランで食事をした。
美味しい赤ワインとお肉を楽しみ、久しぶりに周りを気にせず楽しめた。
レオも同じ気持ちだったようで、やっぱり海外はいいわー。周りにも気付かれないし、まじで過ごしやすいと終始楽しそうだ。
かなりワインを飲んだので、蓮斗とレオは陽気に歌を歌いながらホテルに戻った。
明日も朝早くから観光するから早めに寝よう。お休み!とお互いの部屋に戻りその日はベッドに入ってすぐに熟睡してしまった。
翌朝起きてホテルの朝食を食べに行こうと彩綾と二人でブュッフェ会場に向かった。
レオから俺たちは二日酔いで朝食は行けそうにないとメッセージが入っていた。
あの二人昨日調子に乗って飲みすぎてたよね。と紗綾はライブキッチンで作って貰ったオムレツを頬張りながら呟いた。
そうだね。かなり楽しんでたね。
私もお酒を飲みすぎたのか胃の調子があまり良くなく、フルーツとヨーグルトだけにしたことは彩綾には言わずにいた。
周りはほぼ外国人で日本人はほとんどいなかった。
スマホを見ていた彩綾が、ねえ。これ見てと私に画面を見せてきた。
そこには、「藤田社長秘書、社長との子供を極秘妊娠」と見出しが書かれていた。
この社長、かなりヤバかった見たいだけど秘書ともできてたんだね。
性欲強すぎてきもいわー。と紗綾は何気なしに呟いた。
そのニュース気になってたんだ。ちょっと見せて。と彩綾のスマホを借りて読み進めていくと、社長の事件に関与している疑いで、秘書も事情聴取を受けている模様。空港で騒ぎを起こし、警察に連行されていくのを複数の人が目撃しているとも書かれていた。
紗綾は見出しのみで文面は見ていなかったようだったので、空港で騒いでた女性と私が繋がっていることには気付かれずにすんだ。
もしかしたら、事情聴取で鈴木秘書は私のことも話すかも知れない。むしろあの様子だと私が情報を漏らしたと信じて疑っていない様子だったから絶対に話すはずだ。
私も日本に帰ったら、事情聴取とか受けなきゃ行けなくなるのかなと不安がよぎった。
だけど今は旅行に来ているわけだし、目の前のことを楽しもうと気持ちを切り替えることにした。
ありがとうと彩綾にスマホを返し、コーヒーを飲んで気持ちを落ち着かせた。
部屋に戻りメイクを済ませ、約束の時間のため隣の部屋をノックした。
するとレオがおはよう。と出てきた。
蓮斗は少し気だるそうにしながら、昨日飲みすぎたーと頭を抱えていた。
ほら、これ飲みなよ。私は日本から持ってきた二日酔い止めのドリンクをレオと蓮斗に渡した。
うわー!杏梨神様。ありがとう。と蓮斗は一気にそれを飲み干した。
俺も一応飲んでおこう、杏梨ありがとう。とレオも飲み、じゃあ行こうかと出発した。
今日はコアラやカンガルーが見れる動物園に行こうとなっていた。
動物園内を一通り見終わり、休憩しようと言うことになった。
フードコートにつき彩綾と蓮斗は席取りに、私とレオは食べ物を買いに売店へ行った。
レオはやっと二人になれたと思ったのが、早々に話し始めた。
藤田社長の秘書、捕まったみたいだね。
うん、私も今日ネットニュースで見た。
涼太から連絡きてさ、杏梨が大丈夫かすごい心配してたよ。
そうなんだ、なんでだろう。
いや、それがさ、藤田社長について何か知らないかって涼太たちも色々警察に事情聴取を受けてるみたいで。
誰かがドル隊について話しちゃったらしいんだよね。
え!そうなの!?
うん。次々と記事にはない情報まで暴かれていっちゃってるからさ、杏梨が帰国した後、警察から連絡来るかも知れないって心配してた。
そっか。それは仕方ないよね。
人が死んでるし、私が話せることは全部話して協力しようって思うよ。
やっぱ杏梨は強いな。とレオは感心しているようだった。
てかごめん、折角の旅行なのに思い出させちゃって。
いや、全然大丈夫。むしろ教えてくれてありがとう。
頼まれていたハンバーガーやジュースを買い、紗綾たちの元に戻って皆んなでお昼ご飯を食べた。
私は食べながら、まさか自宅とかに警察押しかけたりしていないよねと少し心配になったが、警察が来ていたら母から連絡来るよなとぼんやり考えていた。
その日も一日中歩き回りホテルに戻ったのは夜遅くだった。
お風呂に入ってベットで寝転びながら、杏梨の友達って来るの明日だよね?と紗綾が訊いた。
そうだ。連絡来てるかなと思いスマホのメッセージ画面を開くと、無事搭乗したよ!
明日の昼頃着きますとのことだった。
明日着くって。
そうなんだ!誰が来るのか楽しみなんだよね。Aトレインのメンバーじゃないよね?
違うよー。仲良くもないし。でもそれ以上に知名度の高い人かも。
え。嘘でしょ。ますます楽しみ!
明日は一日ホテルだからゆっくりできるね!
そうだね。プールでゆっくりしよう。
宿泊しているホテルには大きなプールがあるのだが、こちらに来てからずっと観光巡りばかりだったので行けていなかった。
食べすぎてお腹出ちゃってるかも。皆の前で水着になるの嫌だなー。と紗綾は自分のお腹をさすった。
私もだよ!もっと鍛えておけばよかった。
そんな話をしつつ、今日も一日中歩いたからかいつの間にか二人とも寝てしまった。
翌朝起きると気持ちの良いほどの快晴だった。
今日はホテルでゆっくりしようとのことだったので、十時頃まで寝てしまった。
ルームサービスでブランチをしようと言うことになり、紗綾とふたりでゆったり食事をして、プールへ行く準備をした。
レオと蓮斗は先に遊んでいたようで、プールサイドのデッキチェアでゆったり過ごしていた。
二人ともお疲れー!場所取りありがとうと荷物を置き、紗綾と私もデッキチェアに腰掛けた。
こんなにプール広かったんだ!あっちにウォータースライダーもあるじゃん。
うん!さっき三周くらい滑ってきたとレオは子供っぽくはにかんだ。
てかレオの腹筋、めっちゃ割れてるじゃん!鍛えてるんだ!と紗綾はびっくりしたように指をさす。ね、杏梨凄いよね?
うん、本当だね。鍛えてるんだ。
まあ、一応表に出る仕事だしね。とレオは恥ずかしそうにはにかんだ。
私は荷物を起き、辺りを見渡した。
なんか見たことある光景だな。そうだ。子供の頃来たことあるホテルだった。母に話したときにそのホテル泊まったことあるわよと当時小学生の頃の私がホテルで撮った写真を見せてくれたのだった。だからかな。
杏梨、あっちの深い方で泳ごうよ。浮き輪も持ってきたし。
勿論!二人はまだ休憩してる?
うん。さっき泳いだばっかだからもう少ししてから行くよ。
私たちは水深の深い方のプールに向かった。
足先をつけると少し冷たかった。
ふたりで冷たいねと言いながら思いきってザブンっと中に入った。
暑いから気持ちいいね。二人で一つの浮き輪でプカプカと浮きながらぼーっと遠くの岸にいる2人に向かって手を振った。
私は水中でもスマホを使えるケースに入れていたので、二人で写真を撮ったりしながら過ごした。
すると青空からホテルに着いたと連絡が入った。
私はプールにいるよと連絡を入れて、迎えに行くかと思い、なんか友達ホテル着いたみたい。
迎えに行ってくるね。と紗綾に伝えた。
そっか。了解!
プカプカ浮きながら広いプールのど真ん中辺りに来てしまっていたので、戻るのが大変だ。
浮き輪一つしかないけど泳いで戻れる?
私も行こうか。
ううん、大丈夫!平泳ぎでいけると思う。
中学までスイミングに通っていたので、泳ぎは得意な方だった。
泳ぎ進めると意外にプールサイドまでが遠かったが、久しぶりのプールに楽しくなって来てしまった。
せっかくメイクしたのに落ちちゃうなと思いながらも、私は衝動が抑えきれず深く潜った。
何も音が聞こえないこの水中が、子供の頃の私は好きだった。
懐かしいなと思いながら体勢を変えて水面を見上げた。
きらきらとした水面が遠くに見える。
この景色見覚えがあるな。息が続くならずっと見ていたいときらきらした水面を見上げた。
すると、突然水面に大きな水しぶきが上がった。
誰かが私に手を差しのばす。
私は差し出された手を何故か掴んだ。
ぷはっと水面を上がるとそこにいたのは青空だった。
その時、突然子供の頃の記憶がフラッシュバッグした。
そしてふと我に返り、待って。私服のまま飛び込んだの?と青空に問いかけた。
だって、杏梨が沈んでいくから溺れてるのかと思って。
プールにいるって言うから急いできたんだよと濡れた髪をかきあげた。
私泳いでただけだよと言うと、溺れたように泳ぐから勘違いしたと、青空はケラケラ笑い出した。
あのさ、子供の頃にここで同じようにプールから私を助けてくれた人がいてさ。
うん。と青空は静かに頷く。
‥もしかして青空だったりする?
私の問いに青空は嬉しそうに笑った。
そうだよ。俺はるなに出会った時から気付いてたけどね。と青空ははにかんだ。
そうだったんだ!やっぱり。嬉しい!久しぶりと私は思わずぎゅっと青空に抱き付いた。
ちょっと待って。苦しい。俺が溺れちゃう。取り敢えずプールから上がろう。
青空が先に上がり、私の手を引いて水面からさっと私を引き上げた。
ありがとう。私服なのにびしょびしょにさせてごめん。と私が謝るといいよ。日差し強いしすぐ乾くでしょと気にしていない様子だった。
前話した時忘れられない女の子がいるって、私のことだったの?と青空にびっくりした様子で聞くと、そうだよ!嬉しくて出会ってすぐに話しちゃったんだ。俺はるなだって気付いてたから。話したら思い出してくれるかなと思ったけど、るな全然思い出さないんだもんと笑った。
ごめんごめん。ただのおしゃべりな人かと思っちゃってたよ。と私が言うとなんでだよと青空は笑った。
あ、そうだ。私の本名言ってなかったけど、るなじゃなくて杏梨って言うの。市川杏梨。
青空はびっくりした様子であ、そうか。ドル隊は偽名だもんな。杏梨ね。なんかるなって呼んじゃいそうと頭をひねった。
すると、遠くから杏梨ー!大丈夫ー?と紗綾が浮き輪を持って走ってきた。
途中で姿見えなくなったから心配したんだよ。
彼が助けてくれたの?と紗綾は私の横に立つ青空を覗き込んだ。
うん、私の友達の青空だよ。と紹介をする。
青空、この子が紗綾だよ。
あぁ、初めまして。杏梨からお話は聞いてました。折角の卒業旅行に突然お邪魔しちゃってすみません。よろしくお願いします。と会釈をした。
え、ちょちょちょ、ちょっとまって。
青空ってあのあ、あお?!
本物だよね!?なんでここにいるの!
え、てか何で杏梨友達なの??と紗綾は気が動転しているようだ。
あまりにも驚く紗綾を見て、青空はふふふと下をうつ向いて笑っている。
芸能事務所で杏梨さんがアルバイトされていて、そこでたまたま知り合ったんです。
実は子供の頃にも会ったことがあって。僕は運命的なものを感じてるんですけどねと笑った。
えー。なるほど。
二人並ぶと絵になるわー。てかさ、本当に王子様じゃないですか!杏梨が溺れてるのを助けたんですよね。
まあ、俺はそう思ってるけど、杏梨は泳いでただけって言ってる。ね、杏梨?と意地悪そうに言う。
本当にそうなの!早とちりしたみたい。と私は照れたように笑った。
あっちに蓮斗とレオがいるから紹介するよー!
てかあの二人さ、ずっと横になって寝てるけど、ちゃんと監視くらいしてて欲しいよねと紗綾は少しご立腹だ。
まあ、仕方ないよ。かなり距離もあるし。
俺、こんなびしょびしょだけどいいかな?先に部屋で着替えてから挨拶しに行ってもいい?
あ、そうだね。勿論。荷物持っていくの手伝おうか?
ううん。大丈夫。大きい荷物は部屋に持っていってくれてるみたいだから。そっこーで着替えてくるわ。と青空はバスタオルを肩にかけホテルの方へ向かっていった。
青空がいなくなった途端、紗綾は二人になるのを待ってましたと言わんばかりにどういこと!!!と第一声に興奮したように話しかけた。
青空と知り合いならもっと早く言ってよ。てか何あの人。同じ人間?顔小さすぎるしかっこ良すぎるでしょ。
しかもさ、私二人のこと遠くから見てたけど、マジで、お互い好きなのだだ漏れだよ。
あんな私服で飛び込んじゃうくらい杏梨のことしか見えてなかったってことでしょ。
行動まで紳士なんだけど。と止まらぬマシンガントークが炸裂している。
青空はいつも優しいから。でもよく私が分かったよね。
本当だよね!もう水深深めの所はちょっと避けよう。
日本みたいにライフセーバーもあまりいないしさ、不安だよね。
杏梨本当にあれ泳いでたの!私から見てても溺れてるようにしか見えなかったけどと紗綾はお腹を抱えて笑い出した。
自分でも気付かなかったが、私は泳ぎが下手なようだ。
二人の所に戻ろうかと戻るや否や紗綾は持っていた浮き輪で二人を叩き起こした。
コラ、お前たち、いつまで寝てるんだ!と言う紗綾にレオは眉を潜めどうした?とゆっくり起き上がり、蓮斗は俺眠いのにーと体勢を変えずに呟いた。
さっき杏梨が溺れかけたんだよ!と紗綾が言うと二人はガバッと起きてまじで?大丈夫?と心配そうに私を見つめた。
うん、全然大丈夫。紗綾大袈裟だよ。
溺れたんじゃなくて泳いでたの!と私が語尾を強めると、紗綾は杏梨の泳ぎが下手すぎて溺れてるように見えたのとまたツボに入ってしまったようた。
なんだーと蓮斗は安心したように元の体勢に戻り大きく伸びをした。
そんなに泳ぐの下手なの?とレオが聞くと、紗綾はそうだよ!だって杏梨の友達が溺れてるかと思って私服のまま飛び込んで助けたんだからと答えた。
するとまた蓮斗は起き上がり、まじで!?友達は?と辺りをキョロキョロ見渡した。
今濡れちゃったから着替えに行ってるけど、すぐ戻ると思う。
しかもその友達が凄い人なのよ。と紗綾はニヤリと笑った。
えー!誰だろう。全く予想がつかないよと蓮斗は呟き、レオは何人か思い浮かんでる人がいるけど、まじで来たらびっくりするわと割りと楽しみにしているようだ。
するとお待たせ。と青空が着替えて戻って来た。髪もセットし直していて、先程よりアイドル感が出ている。
はじめまして。あ、レオははじめましてじゃないか。
青空です。よろしくと挨拶をする。
レオと蓮斗は青空を見てかなりびっくりしているようだ。
まじでー!!!クロッズの青空さん?
すげぇ。今まで見た人の中で一番かっけぇ。と蓮斗は目を輝かせている。蓮斗です。よろしくお願いします。と握手を交わした。
レオはまさかの青空さんとは。ドラマの撮影以来ですよね。ご無沙汰してますとお辞儀をした。
そんなかしこまらないでよ。今日はプライベートだし、みんなタメ語で話そうよ。
杏梨と俺もそうだしね!と私の方を見てにっこり微笑んだ。
うん、そうだね。青空が付いてきた感じだし、気を使う必要ないよと私が言うとおい。と青空は私の脇をこずいた。
私たちのやり取りを物珍しそうに三人は眺めていて、杏梨ってやっぱ類は友を呼ぶと言うか。まじで凄いなと蓮斗は一人で納得しているようだった。
レオと蓮斗は私たちがどこで出会ったのとか深い話は聞いてこなかったので、都合がよかった。
レオは勘づいているだろうが。
せっかくだからビーチボールで遊ぼうかとやっとレオと蓮斗も起きて皆でプールの中で遊んだ。
久しぶりにプールで遊び尽くしかなりの体力を使った気がする。
明るかった空は段々と夕焼け色に変わっていった。
折角だからさ、今日はホテルのBBQしようと思って、予約しといたんだとレオが言った。
わー!最高!レオありがとうと私と紗綾はハイタッチをする。
勿論青空さんも。夕陽も見えるらしいから着替えて向かおう。
私たちはホテルで着替えを済ませ、BBQ会場に向かった。
そこからは海も見えて、夕日が私たちを照らしてくれていた。
本当綺麗だね。と皆で夕陽を暫く眺め、じゃあBBQ始めようかと皆でビールで乾杯した。
ここに青空がいるのは見慣れないせいか不思議な感覚だった。
ついさっき、昔にも出会っていたことを知り、私は心が踊っていた。
青空も終始楽しそうにしていて、周りの目を気にしなくていいって最高だねとレオと話していた。
このホテルは海外サイトでしか予約できないこともあり、全て英語対応なので、なかなか日本人は宿泊しないようだった。
紗綾は私の耳元で、レオと青空さんとBBQなんてさ、目の保養すぎるね。
私一生忘れないとクスクスと笑った。
お腹いっぱいに、BBQを楽しみ、私たちは飲み足りないねと言うことでお風呂に入ってから青空の部屋で飲み直すことにした。
紗綾は素っぴんは見せられないとお風呂上がりに軽くメイクをし直し、私もと薄くメイクをした。
レオと蓮斗と部屋の前で合流し、教えられた部屋番号に向かった。
もしかして、スイートの部屋じゃない?ほらここにスイートルームって書いてある。と紗綾は嬉しそうだ。
わー、やっぱすげぇな。アイドルは。と蓮斗も感心しているようで、じゃあインターホン押すよとレオが押した。
青空はどうぞー。と扉を開けた。
皆お邪魔しますとぞろぞろと部屋に入る。
部屋はかなり広く、ゴージャスな装いだった。
見て、こんな大きなお花も飾ってある!と紗綾はきらきらと瞳を輝かせて辺りを見渡した。
蓮斗はルームツアーしてもいい?と青空に確認を取り、勿論との返事にすぐさま部屋の端から端まで様子を見に行った。
まじですげーなーと感心している声が聞こえ、皆その声に微笑んだ。
海外旅行とか数年振りだし、折角だからと思って大きい部屋取ってみたけど、広すぎてそわそわするよと青空は肩をすくめた。
でも皆が来てくれたから嬉しい。と笑顔を見せると紗綾は思わず素敵。と小さく声を漏らした。
レオはお酒とおつまみ買って来たので、皆で飲みましょうと言い、乾杯をした。
青空ってお酒は結構飲むの?と聞くと、普段はあんまり飲まないかな。お酒で失態起こすのも怖いし。
飲みたいときは友達家に呼んで飲んでるよ。
そうですよね。僕もお酒の失態が怖くて外ではあまり飲みに行けなくて。
ドラマの時の打ち上げも参加してなかったですよね?
主演の俳優さん、青空さんとめちゃくちゃ飲みたがってましたよ。
えー、そうなんだ。てかレオ敬語禁止って言ったでしょ。
いやぁ、青空さんは雲の上の存在なんで。なかなか難しいですよ。
そんな大袈裟な。歳もそんな変わらないんだしさ、一緒に旅行も来てるんだし気使わなくていいよ。
そうですか。それじゃあお言葉に甘えてそうしますね。いや、そうするね。
青空とレオのやり取りを私たちは微笑ましく見ていた。
お酒が進むと蓮斗が酔っぱらってきたのか、こうして青空さんと杏梨が並ぶとまじでお似合いだよなとしみじみと呟いた。紗綾とレオも顔を見合わせて大きく頷く。
私はそうかなと青空を見た。
ほんのり頰が赤くなった青空は少し酔っているのか、でしょと私の肩を組んだ。
子供の頃からの知り合いだからね、俺は運命だと思ってると恥ずかしげもなく言う。
おぉ。さすが青空さん。言うことも凄いな。と蓮斗は腕を組んで唸った。
杏梨は幸せ者だね、こんな素敵な人に思われてと紗綾は嬉しそうにニコニコしている。
酔っぱらって大袈裟に行ってるだけだよ。と私が言うと青空は違うよー。とおちゃらけたように言い、いつものクールな青空ではなくなっている。
俺そろそろ眠いかも。杏梨ベッドまで連れてって。
その言葉に紗綾はきゃっと手を口にあてて、蓮斗は杏梨連れてってやれよー。やるのは禁止ねとはやし立てた。
レオはただただ困ったようにその様子を見ていた。
じゃあほらベッドに連れてくから、おいで。そしたら私たちも帰るからねと青空の肩を持ち立たせた。
ベッドに青空をどさっと寝かせ、布団を掛けた。
明日の朝また、連絡するよと青空に言い部屋を離れようとすると待って。と腕を引っ張り呼び止められた。
杏梨が無事で本当に良かった。
俺杏梨がいなくなったら生きている意味ないと、うるうるした瞳で見つめてくる。
私は青空は酔っぱらうと甘えんぼうになるんだなと少し微笑ましくなった。
大丈夫だよ。いなくならないからもう安心して寝てと言うと静かに頷きすやすやと寝息をたてた。
私が部屋へ戻ると蓮斗は何もなかった?とイタズラそうに私を見た。
何もないよ。すぐ戻ってきたでしょと私は腰をおろす。
青空さんは相当杏梨が好きなんだね。あんな青空さん見たことなくて新鮮だったとレオはかなり驚いているようだった。
やっぱり青空さんって芸能界でもモテるの?と紗綾が聞くとレオは大きく勿論と頷いた。
共演した女性は間違いなく好きになるね!気遣いもできるし、優しいし、イケメンだし、ダンスも歌も上手くて完璧な人だからさ。
だけど不思議と浮いた話は今まで聞いたことなかったんだよなー。
だからすごい今日の光景にびっくりしたと言うか。とレオは私を見た。
やっぱり杏梨は不思議な魅力がある気がする。
不思議な魅力?そんなのないよと私は苦笑した。
そろそろ帰ろうか。青空さんも寝ちゃったし。そうだね。と皆で散らかったテーブルを片付けて部屋へ戻った。
ベッドの中で紗綾は青空さんとさ、この旅行の後海外旅行するんでしょ。
うん、そうだね。
杏梨羨ましすぎるよ。私も青空さんとまではいかないけどそんな彼氏欲しいなぁ。
彼氏じゃないよ。と私が言うと、紗綾はがばっと起き上がり、待って。彼氏でしょ。付き合ってるでしょ?と私を問いただすように聞いてくる。
友達だよ。と私が言うと紗綾はふっと笑い、相手はアイドルだもんね。そりゃ付き合ってても友達に言えないよね。分かった分かったと少し拗ねたようだ。
嘘じゃないよ。本当なのに‥。と私が呟くと私もしつこく聞いちゃってごめん。複雑な状況だもんね。
気にしないで、おやすみと言いすぐに寝息をたて始めた。
寝るまでのスピードが早すぎるなと思いつつ、私って青空のことどう思ってるんだろうと考え始めた。
子供の頃からの知り合いって知ってすごく嬉しかったけど。そして忘れられない女性がいるって私のことだったしなとも、思った。
じゃあ、青空は私に恋愛感情があるのかな。でも忘れられない人と恋愛は違う?と色々考えてモヤモヤしてきた。
自分の気持ちが分からないなと思いつつ、考えながら私もいつの間にか寝てしまった。
翌朝紗綾たちが帰国する日だった。夕方の便に乗るそうで、こっちに来てから初めて皆で朝食を食べた。
楽しくてあっという間。もう帰国日なの悲しすぎると紗綾はトーストを噛りながらしんみりと呟いた。
青空は寝ているようでここには来ていなかった。
昨日結構飲んでたけど大丈夫かな後でドリンクでも持っていってあげようと考えていた。
明日から青空さんと世界巡るんでしょ?最初どこ行くの?と蓮斗は口一杯に頬張りながら私を見て言った。
明日からはニュージーランドかなと私はスマホのメモを見て言った。
まじかよ。羨ましすぎるなと蓮斗はのけ反り俺も人生頑張ろうと体勢を戻してまた食べ始めた。
レオと紗綾は苦笑いを浮かべ、でも確かに世界各地旅するの学生のうちしか出来なさそうだもんなあと呟いた。
そうだよね。それってさ、青空さんが旅費とか出してくれるの?
いやいや、自分で出すよ。
あ、だよね。すごいお金かかりそうだねと思って。
うん、バイト頑張ったからね。と本当のことは口が割けても言えない。
そう言えば、青空さんとバイト先で出会ったとか言ってたよね。どんなバイト?高時給なら今からでもできるかな。と紗綾は興味津々だ。
前働いてたレストランのシェフから紹介してもらったんだけどもう仕事の募集自体してないみたいでさ。
アイドルのマネージャー補助みたいな感じだよ。とぼんやりと、伝えた。
何それ?すごく、楽しそう。じゃあさAトレインとかも可能性あったってこと?
そうだね。私は青空だったけど、あったのかもね。
そういうところでアイドルと出会うんだー。いいなー時戻して私も働きたかったーと悔しがっている。
今日は最後に行きたい場所があってさ、とレオと蓮斗は目を合わせて頷きあった。
私と紗綾は何も聞かされていなかったので、どこ?と聞くと二人でカジノとハモるように声を揃えて言った。
青空も行くか聞いてみると最後は四人で楽しんで来て。俺は部屋でゆっくりしてるとのことだった。
カジノに着くと、最後はここで旅を締めたかったんだよね!全財産つぎ込むぞー!と蓮斗はやる気まんまんの様子だ。
俺も結構かけようと思ってるとレオは言い、二人はどうするとこちらを向いて聞いてきた。
そしたら私は十万くらいだけ換金しようかな。と言うと紗綾はそんな軽く十万も出すの?私どうしようかな。
一万とかでも楽しめる?
遊ぶ分には問題ないよ。初めてで不安だったら俺達の見て考えてもいいし!とレオは言った。
私たちは遊ぶお金をメダルに変えて、カジノ内を散策した。
ルーレットは分かりやすいよ!とレオと蓮斗は揃ってかけるようだ。
蓮斗はここは勢いも大事と一気に十万をかけた。
レオも同じくそのくらいかけ、なんと蓮斗は二倍になって戻ってきた。相当嬉しかったのかよっしゃー!と声をあげた。
一方のレオは十万が一瞬で溶け、やっぱ俺はもう辞めとこうかなと肩をすくめた。
私たちもやってみよう。と紗綾と席に着き、私は五万、紗綾は一万を掛けて、望んだ。
すると二人とも運良く当たり二万ほどプラスで戻ってきた。
当たると楽しいねとお互いに顔を見合わせ笑みがこぼれる。
さんざん遊んだ挙げ句、蓮斗は+二十万の独り勝ちだった。
最高の気分で帰れるわと蓮斗はご機嫌そうだ。
俺達は駄目だったけど楽しかったからよしとしようとレオは残念そうに言った。
ホテルに戻り荷物を受け取ると迎えのシャトルバスが来ているようだった。
私は青空に連絡を入れ、今から皆帰るけどフロントまで来れる?っと聞いた。
すぐ向かうわー!とタンクトップと黒いキャップを被った青空が颯爽とやってきた。
ジムで運動してた。みんなカジノどうだったの?
蓮斗は待ってましたと言わんばかりに僕の独り勝ちですと誇らしそうだ。
まじで!すご!レオは駄目だったんだ。
残念ながら、そうっすね。と肩をすくめた。
てか青空さん、BBQ代いつの間にか払ってくれてたみたいで、ありがとうございます。ご馳走さまです。
そんないいよ。一緒に混ぜてくれてありがとう!めちゃくちゃ楽しかった。
紗綾と蓮斗と私も御馳走様ですと伝え、そろそろ行きますかと荷物を背負った。
杏梨旅行楽しんできてねーと紗綾は私にハグをした。
紗綾も気を付けて帰ってね。またねー。と皆に別れを告げバスを見送った。
皆が帰ると、さて、二人になったし、明日からの旅行の行程考えようか。
私たちは1ヶ月の間で四ヶ国回ることにした。
まず1ヶ国目はニュージーランド。青空も私も自然が好きなのでお互い意見が一致した。
広大な草原に沢山の羊や牛がのびのびと歩いており、時間の流れが不思議とゆったり流れている気がした。
ホビットの舞台になった場所に行って二人で感動したり、運良くオーロラを見たり、大自然の凄さを肌で感じた。
続いてはバリ島。神のいる島というだけあり、色んな寺院を巡り参拝をした。
青空は神様を信じているようで、しっかりとお祈りする姿を横目に私も真似して祈りを捧げた。
バリ島の人々はいい意味で仕事が適当で、象のり体験をした際は、スタッフが途中で仕事をすっぽかして目の前でお昼ごはんを食べ始めたり、日本では考えられない光景に二人で驚いていた。
青空はそういう光景を見る度に、俺日本で真面目に仕事し過ぎかなと頭をひねっていた。
三ヶ国目はスペインへ。サグラダ・ファミリアを見てイビサ島へ移動し、美しい海と街並みを見ながらゆったり過ごした。スペインでは特に観光はあまり行かずにホカンスを楽しみ、お互い読書したり、写真を撮ったり、ただただ泳いではお酒を飲んだりと贅沢な時間を過ごした。
最後の四ヶ国目はイタリアへ。ローマやミラノの観光名所や、ピサの斜塔を見て斜めの建物に衝撃を受けたり、オペラ鑑賞をしたりして過ごした。
そしてイタリアで最後に過ごす場所に決めたのは、ベネチアだった。
水の都といわれるベネチアは一言で言ってしまうと美しい街だった。
迷路のような街を散策するのは楽しかった。
夕方頃、夕日を見ながらゴンドラに乗ろうと二人で乗り込んだ。
狭い水路を抜けて大きな運河に出ると空は綺麗な夕焼け空だった。
ゴンドラを降りて、橋のほとりでコーヒーを買って二人で腰をおろした。
町行く人はみんな楽しそうに歩いていく。
私と青空は夕日に染まった空を眺めながらゆっくりコーヒーを口にした。
旅行楽しかったねと青空は呟いた。一緒に行ってくれて本当にありがとう。
こちらこそ。すごく楽しかったし、あっという間だった。まだ帰りたくないな。
私たちはこの旅行でかなり仲を深めた。お互いの好きなこと、嫌いなことも知れたし、小さな癖にも気付いた。
私は何か起こると思っていたけれど、本当の友達のように接してくれた。ちなみに言っておくが部屋も別々で宿泊していた。
青空は旅行も最後だし、話したいことがあるんだとゆっくりと口を開いた。
話したいことって?と私は夕日に照らせれて揺れ動く川の水面を見ていた。
何から話せば良いのかなー。と青空は暫く悩んだ後、
鈴木秘書が捕まったことは知ってるよね?と話し始めた。
私はうんと頷いた。あの人、何故か杏梨が情報源だと勘違いしてるらしくてさ、警察に杏梨の名前を言ったらしいんだ。
そうなんだ。なんとなくそんな気がしていた。
杏梨の家族からは連絡来てない?多分警察が自宅に何回か訪問してると思うんだけど。
私は首を横に振り、お父さんはほぼ海外だしお母さんは家にいるとは思うけど、インターホンに気付いてないのかも。自室で作業してることがほとんどだから。
そういうことか。でもそれは大きな問題じゃなくてさ。鈴木秘書を調べていったらどうやら藤田から洗脳を受けていたらしいんだ。
私はその言葉に絶句した。え、一体どんな?
洗脳の仕方までは分からないけど、分かっていることは藤田を好きになるように仕向けさせて子供を作らせたってことかな。
杏梨も話して気付いたと思うけど、あの人藤田社長に異常に、執着してたでしょ。
うん、そうだね。良し悪し考えずになんでも言うこと聞いてる感じだった。
そ。そういう風に人を駒としてしか藤田は見てなかったんだよ。
ちなみにもっと驚いたのが非恋愛依存は存在しないってこと!
そうなの?どう言うこと?
んー、藤田は自分のお気に入りのアイドル、つまりお金になりそうな人には君は非恋愛依存だって刷り込ませてたんだ。あと気に入ったドル隊の女の子たちにもね。
恋愛できないような思考にさせて、スキャンダルを起こさないようにさせてたってわけ。
なるほど。でもどうやって?
俺の場合はある動画をアイドル始めた頃からずっと見させられてたんだけど、なんか言葉では説明しづらいような思い出したくもない映像でさ。その映像に藤田の声が入ってて君は非恋愛依存って何度も言われ続ける感じだった気がする。
そっか。それで洗脳された人ってどうやって元に戻るの?
洗脳とかマインドコントロールされた人専用のカウンセラーがいてその人に解いて貰うみたいなんだけど。
人によって完治する期間とかは様々らしい。
そっか。パッと見た感じ青空は洗脳されているように見えないんだけど。と私が言うと、そうなんだよね。
俺毎日見ろって言われてた動画、見てる風に装ってたからと笑った。
動画の視聴履歴でちゃんと毎日見ているか確認されてたんだけど、ただ動画だけ流して風呂入ったり、御飯食べたりしてたからさ。
それ見ないとデビューさせないとも言われてたけど、今考えたら不真面目だよね。
ちなみに真面目なやつはちゃんと見続けててさ。
人によっても洗脳されやすい人とそうじゃない人がいるみたい。
そうなんだ。
今事務所は大騒ぎだよ。誰が洗脳されてて、誰が洗脳されてないか調べなきゃだからさ。
ちなみに洗脳したやつの中で、藤田の悪行を手助けしてた奴もいるみたいでさ、罪に問われるのか問われないかも問題になってるみたい。
そんなことになってるんだ。私はふとAトレインは大丈夫なのか心配になった。
ドル隊の存在は事務所の圧力で週刊紙にストップ掛けてるみたい。
言い方は悪いけどアイドル専用の風俗みたいなのがあるって知られたらファン離れも凄いだろうし。経済効果も甚大な被害を受けるだろうから、多分世には出ないと思う。
ちなみにこれは全部編集長情報ね。オフレコでっと青空は口の前に人差し指をあてた。
私帰国したら警察に何か聞かれるのかな。と私が恐る恐る聞くと、それは編集長が今動いてくれてて、今回の記事に杏梨は関与してないって伝えてくれているみたい。
だからそこまで心配する必要ないよ。と私の手を握った。
てことはさ、私も非恋愛依存じゃないってことだよね?
うん、そういうことになるねと青空は笑った。
じゃあたまたま今まで人を好きになれてなかったってことか。と私はなんだかほっとしている自分がいた。
自分の感情のどこかがおかしくてそうなっているからと思っていたからだ。
青空も同じってこと?
そうだね。俺もたまたまこの歳まで人を好きになったことがなかったってこと!23歳恋愛盛りの年頃なのになぁと笑った。
青空はさ、私のこと好きじゃないの?
私はただ単に気になり聞いてみた。
あんなに必死で助けてくれたり、優しくしてくれたり、一緒に旅行に行くと言ったり。
好きじゃないと出来ないと思ったからだ。
え、どうしたの突然。青空は夕陽で赤いのか本当に赤くなっているのか分からないが、頬が赤くなっているように見えた。
私は青空のこと好きなんだと思う。
一緒にいて楽しいし、身体が触れただけでドキドキするし、青空がどんな格好好きかなって考えて服とか選ぶし。そう言うのが好きってことでしょ。と私は真剣な眼差しで青空に質問した。
まじか。杏梨がそんな風に思ってたなんて。と青空は口に手を当てて照れているようだ。
好きじゃなきゃドキドキしないよね。
俺も杏梨といて心地良いし、楽しいし。
今だから言うけどレオと楽しそうに二人で話してるの実はちょっとムカついてたと恥ずかしそうに言った。
そうだったの?そんな素振り感じなかったけど。
感情出さないようにするのは俺の得意分野だからねと青空は笑い、じゃあお互いに両思いってことだねとはにかんだ。
なんか中学生みたいな会話じゃない?と私が恥ずかしそうに言うと、だって俺達恋愛初心者でしょと青空は私の目を見て言った。
あともうひとつ杏梨に伝えなきゃいけないことがある。と青空は改まって私に向き合った。
私が何?と恐る恐る聞くと、俺アイドル辞めようと思ってるんだ。とさらっと答えた。
え、嘘でしょ?なんで?と私はよりも驚きのあまり言葉が出てこなかった。
元々は25歳でアイドルは辞めるって自分の中で決めてて今までやってきたんだけど、藤田社長の一件があってからさ、色々としんどくなっちゃたのが一番大きいかな。
前にも話したけど、俺がアイドル始めたきっかけが杏梨だったから、杏梨と会うことが達成できたしと微笑んだ。
そんなこと勿論ファンには言えないし、アイドルしていく中でファンも家族のような存在になって大切だとは思ってるけど、最終的には自分の人生だからさ。我が儘だけど好きなように生きたくて。
帰国してすぐツアーが始まるんだけどそれを卒コンにしてくれるみたいで、準備を進めてもらってる。
メンバーの人たちはなんて言ってるの?
最初はめちゃくちゃ、反対もされたし突然すぎるって怒られたけど、青空が決めたことならって最終的には許してくれたよ。
めちゃくちゃ簡潔に言ってるけど、結構口論したからねと困ったように顔を顰めた。
自分で言うのもあれだけど、アイドル人生やり切ったもん。だからここまで上りつめられたとも思ってるし。
そっか。密かに動いてたんだね。と私は納得した。アイドル辞めたらどうするの?
俺こう見えて子供が好きだからさ、子供にダンス教えたいなと思ってて。
一応知名度もあるしさ、スクール開いたら人も集まるだろうなって思ってる。
そこまで考えてたんだ。凄いね。
まあ、人生設計として頭の中で考えてただけなんだけどね。芸能界に居続けると自由が効かない所もあるし付き合ってるのがバレたら相手も自分も叩かれることもあるし。だから俺はアイドルしている間は誰とも付き合わないって決めてたんだよね。
今区切りを付けないと後悔する気がして。不安要素は全部なくしたかったって言うね。
何が不安なの?と聞くと、俺の彼女になる人が悲しんだり、不安な気持ちになったりして欲しくないってこと。
そして青空は私に改めて向き直った。
あのさ、杏梨。初めて会った時からずっと好きだって、また再開した時に思ったんだよね。
帰国して、アイドル卒業したら俺と付き合ってください。と突然の告白を受けた。
綺麗な夕陽が瞳に映る彼は、いつもの何倍もかっこよく見えた。
私に告白するために彼は日本で準備をしてきたんだ。人生を変える覚悟で。
私も正直な気持ちを答えなきゃ行けないと話を聞いて思っていた。
私も青空が好き。この旅行で改めて気付いたけど、人としてもそうだし、恋愛としても。
私のためにやってくれたこと全てが嬉しいし、私もその気持ちに答えたいって思う。
私で良ければよろしくお願いしますと青空に手を差し伸ばした。
青空は私の手を握り、引き寄せ抱き締めた。
本当に夢みたい。
今が、人生で一番幸せだよ。と青空は言った。
ちょっとまって。泣いてるの?
泣いてないよ。幸せ噛み締めてるだけと言い、抱き締められているから顔は見えないが恐らく彼は泣いていた。
しばらくしてこんな素敵な場所で思いを伝えられてよかったと目を見て笑った。
まだ俺アイドルだから何も出来ないのが悔しいと青空は苦い顔をした。
帰国してから少しバタバタしちゃって、会えない日も続くけど、連絡はまめにするようにするよ。
うん、私もお父さんの会社で働くことになったから慣れるまでは大変だと思う。
え?そうだったの?知らなかった。詳しく聞かせてよ。
私は父の会社のことや、バイヤーの仕事に携わること、家族関係などを話した。
青空は杏梨のお父さんって凄い人なんだなと興味深そうに聞いていた。
じゃあお互い帰国したら忙しくなりそうだね。
十月に正式に引退したらさ、卒業祝してよ。
もちろん!楽しみにしてて。
そうして私たちは飛行機に乗り、日本へと帰った。
最近は推し活する気分にもなれず、ただただベッドに横になってスマホを見る時間を過ごしていた。
青空も忙しいのか、私を呼ぶ気配もなく、あの身体を重ねた日から連絡はまめに取っているが、一回も会っていないなとぼんやり考えていた。
すると着信画面に切り替わり、鈴木秘書から連絡が来た。
私は少し気持ちが重いなと思いつつも通話ボタンを押した。
もしもし。ご無沙汰しております。鈴木です。
今ご自宅にいらっしゃいますか。
はい、家にいます。
青空さんから予約が入りまして、今から1時間後お車を向かわせたいのですが、よろしいでしょうか。
突然の呼び出しに驚きつつも、えっと1時間後ですね!急いで準備しますとベッドから飛び起きた。
電話を切り、青空から直接の連絡がなかったので少し不思議に思った。
予約を入れてくれたら事前に連絡くれそうだけどな。
一応連絡してみようかな。とふと思い、青空に電話をかけた。
呼び出し音は鳴るが、電話には出ない。
今は忙しいのかなと思いつつ、電話を切り、取り敢えず準備をしなきゃと急いで支度をする。
冬休みに入ってからあまり外にも出歩いていなかったので、外の気温を調べてみると、いつの間にか急に下がっている気温に驚いた。クローゼットから厚手のセーターを取り出し着替えてメイクをした。
迎えの車がやって来て乗り込むと、青空からメッセージがきてきた。
今仕事の休憩中で電話出られないけどどうしたのとのことだった。
まさか騙されたのか私は内心パニックになりながらも運転手に気づかれないよう冷静を装い、会社から青空から呼び出しがあったから向かってくれって言われて、今送迎車で移動してるけど、青空は呼んでないってことだよね?
うん、今日は夜まで仕事だから。騙されてるね。どこに向かってるの?
わからない、けど何かあったら連絡するね。仕事中にごめん。
青空は私を呼んでいないみたいだ。なのに呼び出されたってどう言うことだろう。
すると運転手は最初に会社にお連れするように言われております。とだけ口にした。
私は冷静を装いながらもそうなんですね。分かりましたとだけ答えた。
会社に着くと、鈴木秘書が入り口に立っていた。
青空さんが急用が出来たみたいでして、本日の出勤はキャンセルになりました。
ですが、少し藤田がお話ししたいとのことだったので、そのままこちらに向かっていただきました。
そうだったんですね。
もとから予約もなかったのにと内心思いながらも、青空と個人的な連絡をしていることはバレてはいけないので従うことにした。
社長室の前まで案内されると鈴木秘書はノックをし、杏梨さんをお連れしました。と伝えた。
どうぞという声が聞こえ、鈴木秘書が扉を開け、杏梨さん中へお入りください。
私はこちらで失礼しますと静かに一歩下がり私が部屋に入るとそっと扉を閉めた。
藤田社長が私に会いたかったのかと納得し、緊張で体が強張るのを感じた。
ちょうど杏梨さんとお話ししたかったんですよ。良ければそこのソファに掛けて。と促されふかふかのソファに腰をおろした。
私はこないだは、お食事に呼んでいただきありがとうございました。と心にないことを言って、愛想笑いを浮かべた。
こちらこそ。楽しい時間だったよ。
藤田はデスクの後ろの小さな冷蔵庫を開け、これでも飲んでとペットボトルのお茶をさっと置いた。
何か入ってるかも知れないので、お礼を言い、受け取るも飲まないでおくことにした。
杏梨さん最近仕事はどうだい?
青空くんの専属になってから変わったこととか。
何か探りを入れているのかもしれないと感じた。
いえ特にはないですね。青空さんもお忙しいようであまり出勤もしていませんし。
これでお給料いただいてるのが申し訳ないくらいです。と淡々と答えた。
そうか。と藤田は微笑み、最近は体調の変化とかもない?
体調ですか‥。
そうですね。元気に過ごしてます。
変な間の沈黙の後、藤田はそうか。なら良かったと私を下から上まで見るように視線を送り、また食事に呼ぶよ。
今度は杏梨さんの好きなものを食べに行こうじゃないか。何が好きなんだい?と言い出した。
心の中では絶対に行きたくないと思いつつも、パクチー以外ならなんでも大丈夫です。と答えた。
そうか。パクチーね、俺も嫌いだよ。そう言いながら大きく延びをし、壁掛け時計に目をやった。
この後打ち合わせが入っててね、悪いけどもう行かなきゃ行けないんだ。
ここでゆっくりしててもいいけど‥
いえ、帰ります!私は被せるように返事をし、勢いよく立ち上がった。
藤田は少し目を見開き、そうかそうか、と笑った。
じゃあまた連絡するよ。気を付けて帰りなさい。
はい。ありがとうございます。
私は軽く会釈をし、スタスタと事務所の出口に向かった。
なにもされなくて良かったと内心安心をし、事務所を出てスマホを見ると、青空から終わったら連絡してとメッセージが入っていた。
今事務所出たよ。特に何もされなかった!と返事をするとすぐに電話がかかってきた。
もしもし、るな?大丈夫?何もされてない?
相当心配しているのが声から伝わってきた。
私がもう大丈夫だよと伝えると安心したようだ。
はぁ、良かった。まじで気が気じゃなかった。
あのさ、今俺仕事終わったんだけど、この後予定なければ軽くごはんでもどうかなと思って。
話したいこともあるし。
あ、うん。もちろん大丈夫だよと伝えると
よかった。じゃあ俺んちに来て貰ってもいいかな?
何か食べたいものある?
近くだと韓国料理かカレーかメキシカンとかもある!
今から帰るから買って帰るよ。
ありがとう!んー、そしたらメキシカンがいいかな。
おっけ。じゃあまた後で。
そう言って電話を切り、すぐにタクシーを捕まえた。
青空の自宅に着くと、裏口からそっと入り庭に出た。
裏から回って庭に出るとちょうど夕日がプールの水面を照らしきらきらと光っていた。
思わず綺麗だなと声が漏れた。
するとガチャっと扉が開き、青空とわたあめが私の元に勢いよくかけてきた。
あ、わたあめ久しぶり!頭を撫でる。
青空はゆっくりと歩いてきて久しぶりと少し気まずそうに頭をかいた。
この時間帯のプール綺麗なんだよねと微笑みテラスの縁に腰かけた。
私も青空の隣に座るとわたあめは嬉しそうに私の膝に飛びのり丸まった。
二人で顔を見合わせ、わたあめの可愛さにふふっと笑みがこぼれた。
なかなか連絡できなくてごめん。
ううん。全然。仕事も忙しいでしょ?
まあ、今日までね。
今日から1ヶ月オフにして貰ったから。
私がえっそうなの?と青空を見ると、うん。明日週刊誌の人が事前に藤田に掲載の連絡を入れるらしい。
週刊誌が発売してすぐは問題は起こらないかもだけど、藤田はうちのグループ会社だから事務所がどうなるかも分からないしね。
このタイミングで不在になる俺が一番怪しまれそうだけど。と苦笑いを浮かべた。
そっか。やっと記事が出るんだねと私は少しほっとしていた。
うん。事前に記事は確認してて、オーナーも納得したようだったし、ドル隊のことは触れずに出すから、ドル隊たちの子が世の中に知られることはないはずだけど。
仕事はなくなるだろうね。藤田がどう出るかによるだろうけど。
そうだよね。でも、これ以上被害を出さないためには、しょうがないよ。
るなには色々と協力して貰ったし、情報提供料として週刊紙からお金を貰ったんだ。
ちゃんとるなの分も貰ったから支払わせて欲しい。
え、そうなんだ。私はいいよ。青空から個別で報酬も貰ってるし、それは青空が受け取って。
いやいや、それじゃ俺の気が済まないからさ。
ネット銀行やってたら口座教えて!そこに振り込むから。
私がうーんと渋い顔をしていると、本当にお願い。俺が持ってるのもずっとそわそわしちゃうし、罪悪感も感じるからと念をおされた。
私は渋々これが口座番号と教えると青空はすぐに送金をかけたようだ。
金額が大きいから明日振り込まれるみたい。明日口座確認してみて。
え、金額が大きいっていくら振り込んだの?
私が恐る恐る聞くと青空は二千万とさらっと答えた。
に、二千万?!嘘でしょ。
そんなに情報提供料って貰えるの?私は開いた口が塞がらなかった。
まあ、そうみたいだね!今回のネタはかなり大きいし、週刊紙側がこれくらいの利益は見込めるって判断したからだろうね。
そうなんだ。でもこれって青空もちゃんと受け取ってる?折半した?
青空はもちろん!と微笑んだ。
私はそんなはずはないなと直感的に思った。
きっと青空は貰った報酬全てを私に渡したのだろう。
ねえ、そんなに貰えないから返してもいい?と私が真面目な顔で聞くと、返すのはなし!と青空は大きな罰点を手で作った。
じゃあさ、こうしよう。
二人でどこか出掛けない?せっかく俺1ヶ月の休みがあるしさ!
突然の青空の提案に驚きつつも、私はいいけど誰かに見られたらかなりまずいでしょ!
まあ、そうだけど。海外とかならバレにくいよ!
別々に飛行機チケット取ってさ。さすがに記者も海外までは付いてこないと思うし。
そうなんだ!
私1週間後卒業旅行で大学の友達と四人でオーストラリアのブリスベンに行くんだけど、そこで会うのはどうかな?
青空がいやじゃなければ。誰かに見られても二人きりじゃなければ言い訳も聞きそうだし。ほらあの今岡レオ分かる?俳優の。その子も来るんだよ。
あぁ。レオは分かるよ。一回ドラマで共演したから顔見知りではある!るな友達だったんだ。
でもさ、せっかくの卒業旅行に俺いるの気まずくないかな?
そんなことないと思うけど。レオとも最近仲良くなった感じだし。1人増えるくらい大丈夫でしょ!
青空はふっと笑い、なんかるなって本当面白いね。
え、何突然?
いや、俺をちゃんと一人の人としてみてくれてると言うか。
え、そうでしょ?人じゃん!アイドルだからってこと?
そう。アイドルやってるとちょっとチヤホヤされることとかも多くてさ、むしろ集まりとか絶対来てって言われることも多いんだけど。
るなはまじで普通の人として接してくれるから気がらくだよと笑った。
そうかな?ちゃんとアイドルの青空と思って接してるけどと私も笑った。
何日間滞在するの?
5泊6日だよ!
そしたらみんなが良ければ途中から合流しようかな!
ホテルはどこなの?
ホテルはね、ブルースターホテルってところ。
レオがいるから学生にはちょっと高いけど良いホテルにしたんだよ!若い人があまりいないような所にして周りにバレないようにしたの。
泊まるならここすごく良いと思う。お母さんと話してて私も子供の頃泊まったことあるらしいんだけど、すごく綺麗だったって言ってたからさ。私は記憶にないんだけどね。
すると青は嬉しそうな表情をして見せた。
そうなんだ!俺もじゃあそのホテルにしよ!
じゃあ皆には伝えとくね。誰とは言わずに芸能人の友達とだけ伝えとく。
それ大丈夫?嫌そうだったら絶対言ってね!行かないからと青空はいたずらっぽく笑った。
こんな寒いとこで話しすぎたね!中でごはん食べよう!タコスたくさん、買ってきた!
え、嬉しい!お腹空いたーと二人で家に入りタコスを二人で食べながらだらだらとテレビのバラエティーを見た。
そう言えば藤田に呼ばれてたけど、何を話したの。
特に大事な話って訳ではなくて。
仕事は、順調かとか、たわいのない話だよ。
でも、そうだ。体調のこと聞かれたの。
何となく、妊娠してるか確認したかったのかな。
多分そうだろうねと青空は難しい顔を浮かべた。
明日さ、編集長がうちに来て藤田に連絡するところを一緒に同席させて貰うんだけど、良かったらるなも一緒にどうかな。
藤田がどんな様子になるのか知っておいた方がいいかなと思って。
ん、そっか。そうだね。明日は予定ないしそうしようかな。
だったら泊まっていきなよ!
朝7時に来るから結構早いんだよね。
青空は自分で言ってしまってからハッとしたのか全然変な意味じゃないよ。ゲストルームもあるし寝るのは勿論別々だし!るなが嫌じゃなければ。
焦っている青空がなんだか可愛く見えた。そうだね。朝早いなら泊まらせて貰おうかな。
よかった!正直な話、前のことがあって俺自身どうるなに接していいのか分からなくてさ不安だったんだけど、今日会って自然に話せて良かったよ。
私も!ここに来るまで少し気まずかった。けど本当良い意味でナチュラルにいられるから不思議な感じがする。
俺も!出会って間もないのにね。
本当だね!
そういえば、と私はドル隊の子が殺されたかも知れない涼太の話を青空に話した。
青空は静かにその話を聞いていて、その子ほぼほぼ殺されてるね。と淡々と答えた。
私がえ‥と返答に困っていると、その話聞いて思い出したんだけど、ちょうど6年前くらいかな。ファンの子で凄いストーカーの子がいて。
どの現場に行っても必ずいて、ただ見ているだけならまだ百歩譲って耐えれたんだけど、最終的に俺のマンションの中まで入ってきてさ、部屋の前で待ってるわけ。
もう怖くてさ、警察に通報して接近禁止例も出てたんだけど、それでも止まらなくて。俺を見つけては話しかけてきたり、最悪なことに腕も引っ張られたりしちゃってさ。
常に見られてる気がして、気が休まらなくて、俺がマネージャーにこれ以上耐えられない。こんなことがずっと続くならアイドル辞めたいって伝えたんだよね。
そしたらちょっと待てと言われてその日はそのまま帰ったんだけど、翌日からその子パタリと姿を見せなくなってさ。
俺もマネージャーに聞いたんだよ。あのストーカー最近見ないけどどうしたの?って。
そしたら、会社に伝えて対処して貰ったとしか言われなくて。
だけどなんか気になってさ。警察から接近禁止例も出して貰ってたから本名も所在地も知ってて調べてさ、その子の住んでた家に行ってみたらさ、ちょうどその子の母親やしき人が出てきて、その子いませんか?って聞いたら、俺見て気付いたのかびっくりして時止まっててさ。暫くしたあと最近事故で亡くなったって言われて。良ければお線香あげてくれませんか。あの子喜びます。って言われたんだよね。びっくりしすぎて申し訳ないけど、すみませんって言って帰ってきたんだよ。
いつ亡くなったのかは聞いてはないけど、多分俺がアイドル辞めたいって言った後だと思うんだよね。それから姿を見せなくなったタイミングからしてもさ。今のるなの話を聞いて、会社が関与している可能性が大きいなって思った。
てかさ、涼太は大丈夫なのかな?あの子真面目だしメンタル弱そうだもんな。最近また復帰したみたいだけど、テレビで見ててもあまり元気なさそうだなって思ってたんだよね。
んー、涼太くんはちょっとメカウンセラーが必要な気がするよ。俺のせいでってなっちゃってたから。
そっか。その話聞いてよかった!俺のマネージャーに、それとなく伝えとくよ。いいカウンセラーも知ってるから涼太を一度見て貰おう。
こういうのは早くしないと取り返しのつかないことになりかねないからね。
うん。そうだね。
暗くなった囲気を変えようとしているのか、青空はオーストラリアはどこ回る予定なの?と唐突に聞いてきた。
色々と予定を伝えると、俺も今ホテルと飛行機予約しちゃおうと勢いで青空はその場で予約をした。
るなが良ければさ、せっかく冬休みだしオーストラリアの後色々他の国も巡らない?こんな機会絶対なさそうだし。
何それ!楽しそう!明日大金も入るしありだね!といたずらっぽく笑った。
どこに行きたい?と言う話になりお互い、イタリア!ドイツ!スイス!モルディブもいいよね!と候補が上がり1日中どう観光するか予定を立てた。
その場その場で飛行機のチケットは取れそうだし、行き当たりばったりもいいよね!という話になった。
むしろ一ヶ月じゃ足りないかもと二人で顔を見合わせて笑った。
この時間が楽しくてあっという間に過ぎてしまい、いつの間にか外が薄明るくなっていた。
ヤバい。楽しすぎてあっという間だった!取り敢えずお風呂入りなよ!少し仮眠しよう。
うん!そうだね!楽しみなこと出来て嬉しい。
俺も!アイドル初めてから今が一番ワクワクしてるかも。
海外旅行とか小学生ぶりだよ!まじで楽しみ!しかもるなと行けるなんて最高!
私も今までの人生の中で一番ワクワクしてるよ!本当に楽しみ!
そう言ってシャワーを借りて出るとソファで青空が寝ていた。
そっとブランケットをかけて私も机に突っ伏していつの間にか寝てしまった。
ピンポンと玄関のチャイムの音で二人とも目を覚ました。
やばい!こんな時間だ!俺シャワーも浴びてない。と少し寝ぼけながら青空は玄関の方にかけていった。
私も眠たい目を擦りながら、そうだ、編集長が来るんだと思い出し、すくっと立ち上がる。
おはようございますと爽やかな編集長がビシッと決めたスーツをまとって入ってきた。
おはようございます。
青空はこちらるなさんです。と紹介するとあぁ。お話しはお伺いしていますよ!証拠集めに尽力してくださったんだですよね。
初めまして、橋本です。よろしくお願いいたします。と名刺を差し出された。
ありがとうございますと受け取ると、では早速これから藤田社長に事前に記事が出ることを告知します。
そして、ひとついいお知らせが。藤田が精子売買していたとは別に、藤田の指示で裏組織を使って人を殺めた情報が揃ったので、そちらも併せて記事に上げます。
恐らく刑事事件としても動くでしょう。社会的に干されるでしょうね。と淡々と話した。
るなさんも色々とお辛いこともあったでしょう。
被害にあわれた女性も今回の記事で名乗りをあげてくるかもしれません。そうしますとドル隊の存在も世間にバレてしまう可能性が高いでしょう。
るなさんがドル隊として働いていたことは恐らくバレないかとは思いますが、一応ご報告をと思いまして。
そうですか。と私が答えると青空はドル隊のこと知ってたんですか?と驚いた。
青空はバレないように編集長には私がドル隊であることを伝えていなかったようだ。
勿論。ドル隊の存在は青空さんと出会う大分前から週刊誌界隈では有名でした。
しかし藤田社長の力が強いので、権力で世に知られないようにねじ伏せられていたんです。
今回の記事できっと存在も明るみになる可能性はありますが、そうしますとアイドルのイメージが崩れる可能性が出てきてしまうので、青空さんの会社は黙ってないでしょうね。僕の考えでは多額のお金を払ってでもドル隊の存在は公表しないよう阻止されるとは思いますけどね。
そうでしょうね。と青空は頷いた。
では、早速藤田社長に電話をかけます。
スピーカーにして、会話は録音しますのでご安心ください。
橋本は早速電話を掛けた。最初に出たのは鈴木秘書だった。
鈴木様ご無沙汰しております。東京ダイアリー編集長の橋本でございます。
あぁ、橋本様お世話になっております。
いつもの声色とは違い明らかに不満そうな声をしている。
今回は藤田様の記事が週刊紙に出る件で、事前にご連絡差し上げました。
え。うちの藤田ですか?と鈴木秘書は訝しい声を出した。
事前にお伝えしておいた方が親切かと思いまして。
編集長は少しとげのある言い方をし、ちなみに藤田様にお繋ぎいただけますでしょうか。
少々お待ちください。
話の内容とは裏腹に陽気な保留音が流れている。
暫くするとかなり不機嫌そうな声色をした藤田がはい。藤田ですがと声を出した。
私と青空は顔を見合わせ、緊張で身体を強ばらせた。
藤田様ご無沙汰しております。橋本です。
あぁ、鈴木から聞いた。
俺の記事が出るって?どんな記事が出るわけ?
はい、ご質問ありがとうございます。藤田様も存じているかとは思いますが、お忙しいでしょうし簡潔にお伝えしますね。
大きな記事は三つあります。まず一つ、精子売買の件、そしてもう一つ強妄して自分の子を作らせている件、そして最後は裏組織を使い人を殺めた件でございます。
なんだと!!!藤田は電話越しにかなり大音量で声を荒げた。
どこでそんな情報を聞いたんだ!そんなデタラメな情報を。
藤田様、そんなにご立腹なさらないでください。
弊社はデマを流すような週刊誌でないことを藤田様は重々承知でしょう。
しっかりと、証拠が揃ったので今回記事にさせていただいた訳です。
もしもこれが本当だとすれば警察沙汰になるのは間違いないですね。
細かい記事はぜひ弊社の明日出る週刊誌を見てご確認ください。
ふざけるな!そんな記事絶対に許さないぞ。お前そんなことしてどうなるか分かってるのか。
俺の力でどうとでも出来るんだぞ!
橋本は電話口で怒り狂う藤田には全く動揺せず、えぇ。えぇ。藤田様に権力があるのは知っております。でもそれは今日までです。明日になったら世間の目は180度変わるでしょうと冷静に口にした。
明日から忙しくなるかと思うので、今日は十分にお休みください。
お前‥と藤田は電話先で怒りに震えているのが声から伝わってくる。
ぶつぶつと小声で何かを呟いている。
なんでしょうか。藤田様。はっきり言っていただけますか。お電話が遠いようで。
すると藤田の大きな鼻息が聞こえ、いくら払えばいい!!いくら払えば記事を揉み消すんだ!と叫んだ。
藤田様。いくら払っても記事は揉み消せません。
俺にお金を払わせるために事前に連絡してきたんじゃないのか。
藤田の怒りに満ちた声を聞いているだけで、こちらは身がすくむのだが、編集長は顔色変えずに淡々と話してる。まるで機械人間のように見えてしまう。
そうですね。5億払ってくれたら考えますけど。
5億だと!?お前本気で言ってるのか!無理に決まってるだろとさらに声を荒げた。
私はいつも本気ですよ。藤田様。
ちなみにですが、この電話は録音してますので、今言ったこと認めたことになりますね。
いくらで記事を揉み消せるんだなんて罪を認めたようなものですね。と鼻でフッと笑った。
頭に血がのぼると正常な判断が出来なくなるのはあるあるですよね。
藤田は電話越しでハハッと乾いた笑い声をあげ、言いたいことはそれだけか?覚えておけよ。俺を怒らせたこと後悔させてやる!とガチャっと電話を切った。
電話を切るとしばらく皆が沈黙し静かな時間が流れた。
すると青空は口を開き、すごい。なんであんなに淡々と話せるんですかと橋本に聞くと、こういうのには嫌でも慣れますから。週刊誌で働く者にとって一定の人に嫌われるのはデフォルトですからと顔色ひとつ変えずに答えた。
でも藤田社長。怒ると後先考えられなくなるんですね!煽りがいがありました!とご満悦そうだ。
すごい。強靭のメンタル。と私は感心して言葉が出なかった。
さて、彼はすぐに私を潰せと人を雇うでしょう。
ちなみに明日発売と言いましたが、実は今日なんですよね!
青空と二人で顔を見合わせえっ。と驚きの声をあげた。
ちなみに警察にも情報提供済みなので、そろそろ警察が藤田社長の所に向かっている頃でしょうねと呟いた。
すごい。情報提供してからあっという間に藤田をここまで追い詰められるなんて。
まあ、私が本気だしたら怖いですよ。と自信に満ちた顔をしている編集長に、これほど仕事が出来る人だからここまで登り詰めたんだなぁと沁々と感じた。
あれ。るなさんはお泊まりされたんですか?
私のシャワー後の姿に今気付いたのか編集長は少し首をかしげた。
あ、そうです!今日は朝早いって聞いたので。
するとすかさず青空はこのことは記事にしないでくださいね!と語尾を強めて橋本に言った。
編集長は、はははっと笑いそんな外道なことはしませんよ!安心してください。
今回の記事で会社からもかなりよくやったと言われてるんです。なので、青空さんとるなさん、そして工藤には大変感謝してるんですよ。
それでは、私はすぐ会社に戻らないと。きっとこの件で問い合わせも多いでしょうし。
ありがとうございました!ではまた!とすぐに橋本は風のように去っていった。
二人で玄関の前に立ち尽くしなんかあっという間だったねとほっと肩をおろした。
これからがどうなるか分からないけどね。
取り敢えず一週間後オーストラリアで会おう。
それまではお互いおとなしくしていたほうが良い気がする。
杏梨も極力外は出ないように。
出るときはタクシー移動とか絶対に一人にならないようにすること!
うん。分かった。
じゃあ、気を付けて。
うん!またね。玄関を出ると、空は澄んだように晴れ渡っていた。
どうか上手くことが運びますようにとただただ願うしかなかった。
家に帰る前にコンビニに寄ると、ちょうど店員が週刊誌を棚に並べているところだった。
あのその週刊誌、一冊ください。
あぁ、どうぞ。と手渡され週刊誌と水を持ってレジで会計を済ませた。
家に帰り寝不足で頭がぼーっとしていたが、パラパラと週刊誌をめくった。
そこには『アイドルダウト会社代表の闇を暴いた』と大きな見出しが書かれており、モザイクはかかっていたが恐らく工藤さんが精子売買で騙された証人として掲載されていた。
藤田との望んでない子供を身ごもったこと、他にも被害を受けている女性が大勢いること、騙された金額などこと細かく書かれていた。
そして、読み進めていくと、裏社会との繋がりによって亡くなったと思われる人たちも掲載されていた。
学がない私でも藤田は詐欺罪、殺人ほうじょ罪、強妄罪に問われるんだろうなと思った。
本当に悪魔みたいなやつだったんだと改めて記事を見て思っていると電話が鳴った。
鈴木秘書からだった。私は驚きつつも一呼吸おいて電話に出た。
はい、もしもし。
あ、杏梨さん。ちょっと緊急でお伺いしたことがあって。今宜しいですか。
電話越しの鈴木秘書は相当取り乱しているようで、早口すぎて聞き取るのも大変だった。
勿論です。
今、藤田が、藤田が警察に連行されました。
なぜ私に連絡をしてきたのだろうと思いつつ私は渾身の演技でえ!どうしてですか!と驚いたように言った。
私も分かりません。電話越しの鈴木秘書は今にも泣き出しそうな声になっていた。
私、どうしたらいいのか分からなくて。
ごめんなさいね。杏梨さんに話してもどうにもならないのに。
鈴木秘書は誰も頼る人がいないのだろう。こんな状況で私に電話をかけてくるくらいだから。
落ち着いてください。どうして警察に連れていかれたかは分かりませんが、何もしていなければすぐ釈放されるでしょうし、鈴木秘書がそこまで慌てる必要はないのでは。と私は落ち着いたトーンで話す。
私は藤田がいないと駄目なの。だって、彼との子がお腹にいるのに。やっとの思いで出来た子なのに。と泣き崩れているようだった。
え。藤田社長との子供ですか!?お二人お付き合いされていたんですか?
鈴木秘書は嗚咽しながらも、付き合ってはないの。私が一方的に好きで彼との子を望んでいたの。
なかなか子供ができにくい身体でやっとの思いで授かったのに。どうしてこのタイミングなの。
私は鈴木秘書を気の毒に思った。あれほど近くにいたのだから彼が今まで何をしてきたか全て把握しているだろう。なのにそんな彼を好きなんて。どうかしていると思った。
私は思わず口を走らせた。
あの食事会のとき、彼が私に何をしたか知ってますよね?
無理やりやられたんです。それを知っていて鈴木秘書は私を連れ出したんですよね。
鈴木秘書はえ。と沈黙した。
藤田社長が好きなのに、別の女性と寝ててもなんとも思われないんですか。
それを手助けするなんておかしいです。
しばらくの沈黙の後なんだ、知っていたのねと鈴木秘書の声色が変わった。
そうね。可笑しいわよね。彼は自分の子供を望んでいたの。私がいつまで経っても出来ないから。
好きな人の夢を叶えてあげたいって思うのは普通でしょ。
いえ、藤田社長のしたことは犯罪です。私は彼との子供なんて微塵も欲しいとも思いませんし、精神的にも肉体的にも傷つけられました。
その手助けをした鈴木秘書も許せません。
すると鈴木秘書は、まさか週刊誌に藤田の記事売ったのって、あなたなの?と金切り声を上げた。
だったらどうなんですか。
私、鈴木秘書のこと、同じ非恋愛依存者として身近に感じていたし、信頼もしていたんです。
それなのに、裏切られるようなことをされて、悲しかったです。
だからって、そこまですることないじゃない。
藤田社長はそこまでのことをしたんです。
いい加減目を覚ましてください。
彼は犯罪者なんです。
お腹の子は気の毒ですが、もしも私の強妄についても警察が調べたら、鈴木秘書も捕まる可能性だってありますよ。
藤田社長の心配よりご自分の心配をされたほうがいいのではないですか。
すると鈴木秘書はふっと笑ったのかため息をついたのか判断がつかない吐息を立てた。
あなたと出会わなければよかった。そうすればこんなことにはならなかったのに。
私もそのままのお言葉をお返しします!
そう言ってプツリと電話を切った。
電話を切ると自然と涙が溢れだしてきた。
なんで私が悪者にされないといけないのよ。
全部藤田社長が蒔いた種なのに。
鈴木秘書もきっとこれから警察の事情聴取が入るだろう。
何もしてこなければいいけど。
私は涙で枕を濡らしながら、昨日の疲れもあってかいつの間にか意識を失うかのように眠ってしまった。
スマホの着信で目が覚めると外は夕方になっていた。
寝ぼけながら出るとレオだった。
杏梨久しぶり!元気にしてる?
うん。久しぶり!元気だよ。どうしたの?
いや、あのさ、週刊誌で藤田社長の記事が出てたから心配になって連絡したんだよ。涼太も心配しててさ。
あ、そうか。涼太くんは大丈夫そう?
うん、俺も電話でしか話せてないけど、藤田社長が捕まって良かったって安心してた。
そっか。そうだよね。
俺も記事見たけどさ、あれが全て真実だとしたら本当にヤバイやつだったんだなって。
杏梨は今の所何も影響はない?
ん、大丈夫だよ。と答えるしかなかった。変に心配されても嫌だし、藤田にされたことを友達に知られたくない。
そっか。証拠掴むとか話聞いてたからさ、心配してたんだけど、ならよかったよ。いよいよ来週からオーストラリアだもんね!
俺結構ワクワクしてるんだよ。
私も!楽しみ!
そう言えばメッセージで来てた芸能人の友達が途中合流するってやつ誰が来るの?
あぁ。その人レオとドラマで共演したことあるって言ってたよ。
え!まじで?もしかしてだけどさ、青空さんじゃないよね。いやー、さすがにないよな。忙しいもんな。
さぁ、どうかなー。会うまでのお楽しみと私はいたずらに答えた。
オーストラリアでその人と合流して、私はそのままその人と二人で他の国も旅しようって話しになってるの。
え、なにそれ。すっごい羨ましい。
俺も長く休み取れたら一緒に行きたかった。と少し悔しそうだ。
てことは女の人なのか?まあ、いいや。当日の楽しみにしておくよ。
紗綾と蓮斗はミーハーだからめちゃくちゃ喜んでたね!俺も仲良くなれたらいいなぁ。
うん、レオ人がいいし仲良くなれるよ。じゃあまた旅行でね!
連絡してくれてありがとう。
いいえ。じゃあ体調崩さないようにね。またね。と電話を切った。
ネットニュースを開くと藤田社長の話しでもちきりだった。
私はスマホを伏せてリビングに降りていった。
すると母がちょうど買い物袋を持って帰ってきていた。
あら。杏梨いたのね。最近姿見せないから帰ってきていないのかと思ったわよ。
家にはずっといたよ。冬休みだから生活スタイルが変わってただけ。夜とか結構リビングで過ごしてたよ。
お母さんが寝るの早いから会わなかったんだよ。
あら。そう。
そう言えばなんかスーツを着た男性が家の前に立ってて、杏梨がいるか聞かれたのよ。
だから最近は家に帰ってきてないって答えておいたけど。
え。そうなの?ありがとう。
また誰かに聞かれてもいないって答えて。
え、あなた何かした訳じゃないわよね。まあ、いないと答えるくらいいいけど。
お母さん夜ご飯作るけど、杏梨も食べる?
うん、久々に食べようかな。
スーツの男が誰か気にはなったが、恐らく鈴木秘書が誰かを向かわせたんだろうなと思った。
久々に母と向かい合って夕食を共にした。
私来週卒業旅行に行ってくるね!
多分一ヶ月くらい帰ってこないと思う。
え!一ヶ月も!どこを巡るの?
私は青空と立てた海外旅行の計画を母に話した。
母はうんうんと頷きながら、あなたがそんなに楽しそうに話すの久しぶりに見たわと微笑んだ。
私は一気に話しすぎたのが少し恥ずかしくなり、お土産買ってくるよと言い、ご飯を口にした。
ご飯を食べ終えてお風呂から出て部屋に戻ると、カーテンの隙間から外を覗いてみた。
家の前には黒塗りの車が停まっており見張っているようだ。恐らく会社の人だろう。
私は日にあたらないようにいつもカーテンは締め切っているので、恐らく家にいることはバレていないのかもしれない。
旅行までは外に出れないなと思った。
そのことを青空に伝えると、明日もいるようだったら警察に言った方がいいと念を押された。
会社の人ではないかもしれないし、お母さんに頼めるであればそうして貰うようにとのことだった。
翌日目を覚ますと、まだ車は外に会った。
警察に言うかも迷ったが母も出不精であまり外出をしないので、今日はまだいいかともう少し様子を見ることにした。
さらに翌日そっと覗いてみると、車と男の姿はなかった。
そして家に出ない生活が続き、旅行前日の夜のことだった。
ピンポンとインターホンが鳴った。母は自室に籠っており部屋までは音が聞こえない。
私も誰だか分からないので出るに出られずにいた。
インターホンは4~5回ほどしつこく鳴らされた。
さすがに怖くなり、警察に言うしかないかと思ったとき杏梨!いないのか!と玄関から父の声が聞こえた。
私は恐る恐る扉を開けるとそこには父が大荷物を抱えて立っていた。
私はとにかく入ってと父を急いで家に入れて鍵を閉めた。
どうしたの?突然。てか何年ぶりに帰ってきたの?
父は嬉しそうに本当だな!何年ぶりだろう。
お母さんと杏梨にたくさんお土産買ってきたんだ。
と海外のものと思われるお菓子やコスメなどの袋を沢山提げていた。
母も何かを感じたのか部屋から出てきて。あなた帰ってきたの!とすごく驚いた表情をしていた。
父は少し恥ずかしそうにまあ、そうだな。と頭をかきながらさっきピザも買ってきたんだ。みんなで食べよう。と嬉しそうにしている。
母は時計に目をやり、やだもうこんな時間だったのね。と呟き、じゃあお茶いれるから手を洗ってきてと父に言った。
お父さん、帰ってくるとき家の前に誰かいなかった?
え。家の前?特に誰かいた気はしなかったけど。
なんだ杏梨。ストーカーでもされてるのか?
いや、いないならいいや。よかった。
久しぶりの三人での食事はなんだか不思議な空気が流れた。
そう言えば杏梨、父さんの会社で働かないかって母さんから聞いただろ?その後どうだ。
私はすっかり就活のことが頭から抜けていた。
え、あぁ。そうだね。まだ何も決まってないけどお父さんの会社で何をするの?
まだ決まってないってみんなもう決めてる時期だろ?
杏梨は父さんの会社に入るから就活してないのかと思っていたけど。
部署は色々あるよ。人事やSNS運用、企画開発、バイヤーとかね。
バイヤーって服を海外に買い付けに行くやつ?
まあ、簡単に言うとそうだな。
私やるならそれがいい。
その言葉に父は笑った。
バイヤーがいいのか。まあ、確かにな。一番刺激的で楽しい仕事ではあるよ。
一人凄腕のバイヤーがいて、そいつが買い付けてくる服やらバッグはすぐ売り切れるんだよ。
そうだな、杏梨がもしも本気でやるならそいつの下で色々教えて貰うといい。結構厳しいぞ。
杏梨が会社に入っても俺の娘とは言わないでおこうと思ってる。贔屓されても嫌だしな。
人事だけには言わなきゃならんけども。
うん、それは勿論。私も働くならちゃんとやるつもりだし。
部署を選択させて貰えるだけでも有り難すぎるよ。
そうか。謙虚でよろしい。と父は微笑んだ。
母もこれで少し肩の荷が降りたわと安心したようだ。
ずっと家でニートされたらどうしようって少し不安だったのよ。
だからお父さんに連絡しちゃったの。と困ったように笑った。
だから今日来てくれたの?
そうだぞ。大切な娘のために来たんだよと自信満々にいう姿が可笑しかった。
私明日から卒業旅行で暫くいないからさ。今日話せてよかったよ。
そうか。若いうちに色々と経験してきなさい。
お金が足りなければ出してあげるから。
ううん。自分のできる範囲で楽しんでくるよ。
その言葉にいやー、杏梨もしっかり者になったなぁと感心しているようだった。
お父さん車で来ているから明日空港まで送っていくよ。何時の飛行機だ?
明日は朝早いよ。7時には成田についてなきゃだから。
じゃあ5時頃家を出よう。父さんも午後一の便で韓国に行くからちょうどよかったよ。
え、早く着きすぎちゃうよ。疲れさせるのも悪いしタクシーで行くよ。
いやいや、俺はラウンジが使えるからそこで元々仕事するつもりだったんだよ。心配しなくていい。
杏梨そうして貰いなさいよ。その方がらくでしょ。
んー、まあそうだね。本当にいいの?
勿論。こんな機会も滅多にないしな。空港で朝御飯でも食べよう。
そうだね!
準備はしたのか?
いやまだ全然してない。そろそろしないと。
そろそろって、明日だろう。早く準備して明日早いんだから寝なさい。
うん、分かった。
私は大きなスーツケースを押し入れから引っ張り出して、必要なものをまとめて入れていった。
スキンケア用品、コンタクト、お金、パスポート、オーストラリアは夏だから夏用の服と、他の国があたたかいのか寒いのかも分からないので取り敢えず羽織ものを入れ、寒ければ現地で買うことにした。
翌朝まだ外が暗い中起きると父は既に着替えを済ませていた。
おはよう。早いね。
おぉ、杏梨おはよう。父さんはいつも朝早いぞ!
杏梨が準備できたら行こう。
うん。急いで準備するね。
メイクをささっと済ませ、ゆったりしたワンピースに着替えた。スーツケースを階段下まで運び、お父さんにお待たせと伝えると、杏梨のスーツケースはこれか?
やけに軽いなとひょいと持ち上げ車に積んだ。
私は一週間ぶりの外だった。
朝は空気が澄んでいるが、顔が痛くなる冷たさに身体がぶるっと震えた。
恐る恐る家の前を覗くと誰もいないようだった。
お父さんの車はスポーツカーで車体が低かった。
エンジン音が私にはうるさく感じたが、これがいいんだよ。隣に娘が乗ってくれるなんてなんだか感慨深いなぁと嬉しそうだ。
スピードが出るからか予定よりも早く着いてしまった。
各々でチェックインは済ませようということだったので先に済ませて父とカフェで朝御飯を食べることにした。
すると、すごく早く着いちゃったとレオから連絡が入った。
あ、友だちもう着いてるみたい!
良ければ一緒に朝御飯食べよう。
うん、そうだね!連絡してみる。とレオに電話をするとすぐにやってきた。
黒いキャップにマスクでまさに芸能人という感じだ。
久しぶり!と挨拶をし、私のお父さんと紹介した。
あ、はじめまして。今岡レオです。と被っていた帽子を外して挨拶をする。
杏梨のお友達だね。宜しくと握手を交わした。
あれ、君テレビに出てる子だよね。と父は気づいたようだ。
そうです。俳優をやってます。
やっぱりそうだ!いやぁ、やっぱり顔が小さくてかっこいいね。背も高いし。
いやいや。ありがとうございます。
杏梨は何も言わないからびっくりしちゃったよ。
まさか二人で旅行ではないよね。
お父さん、違うよ!紗綾と蓮斗って子と四人で行くの。
そうなのか。と父はたいして気にはしていない様子で、レオくん、何か食べようか。おじさん買ってくるよと朝御飯を買いに行った。
コーヒーを飲みながら父は自分のアパレルブランドをレオに話している。
僕知ってます!最近S NSでも人気ですよね!
メンズもあるからチェックしてました。
そうなんだよ!SNSにも最近力を入れててね、良ければ今度洋服送るから是非着てよ。
勿論です!いやぁ、嬉しいなぁ。こんな、ご縁があるなんて。
僕もだよ!君が着てくれたら売り上げも右肩上がりだよ!と父は嬉しそうに笑った。
連絡先も交換し、レオはファッションが好きなようで父と話しに花を咲かせていた。
紗綾と、蓮斗も来たみたい!
じゃあ、そろそろ行こうか。とカフェを出て二人のいる場所へ向かった。遠くから杏梨久しぶりーと紗綾が飛び付いてきた。
紗綾久しぶりー!会いたかった!
私もだよ!レオも久しぶり。あれこちらの方は?
私の父なの。
どうも初めまして。いつも杏梨がお世話になってます。と父は頭を下げた。
紗綾さんと蓮斗くんだね。
あ、はい。こちらこそいつもお世話になってます。と蓮斗は行儀よく会釈をした。
杏梨のお父さんすごくダンディーで素敵な方だね!と紗綾が褒めるので、父はご満悦そうだ。
じゃあ私はそろそろ行くよ。杏梨楽しんで来なさい。
うん、送ってくれてありがとう。またね。と父と別れを告げ手荷物検査へと向かった。
手荷物検査の後なんだか、外が騒がしかった。
私と紗綾が並んでいた列はスムーズだったので暫く中から様子を見ていた。
すると少し遅れて蓮斗とレオがやって来てやばいやばいと駆け寄ってきた。
なんかさ、綺麗な女性がずっと市川さんって叫んでて警察に取り押さえられてたんだけど。
市川って杏梨のことだよね?と蓮斗はひどく驚いているようだった。
レオは多分あの秘書の人だよ。
凄い形相で待ちなさいよっ叫んでてさ。杏梨なんか勘違いされてるんじゃない?
あー。そうかもね。鈴木秘書がここまで来るとは想像もしていなかった。少しでもタイミングが遅かったら何をされていたか分からない。
え、何、秘書の人って?と紗綾と蓮斗は興味津々だ。
ただのバイト先の秘書の人だよ。社長と出来てたみたいなんだけど、私と何かあったんじゃないかって勘違いして追いかけて来たんだと思う。何もないのに。
と私が淡々と説明をすると、何その女。こっわ。
杏梨ちょうど手荷物検査通過してて良かったね。もしかしたら刺されてたかも知れないよ。紗綾は不安そうな表情を浮かべた。
確かにな。本当に鬼の形相してたもん。綺麗だったから余計怖かったなと蓮斗とレオは頷きながら同意していた。
暫くみんなそのことでソワソワしていたが、切り替えて旅行楽しもう!と私たちは飛行機を待つ間、行きたい観光スポットやレストランを話しながら時間を潰した。
念のため青空にも鈴木秘書が押しかけてきたこと、ギリギリのタイミングで会わずに済んだことを伝えた。
無事で良かった。俺の所には誰も来てないよとのことだった。
四日後オーストラリアで会えること楽しみにしてる。
私もこれから飛行機乗るよ!気を付けてねと連絡をした。
飛行機に乗り、9時間のフライトで無事にブリスベンに着いた。
着いた途端暑さにびっくりした。
やっぱり日本の裏側は暑いなぁと皆で言い、ひとまずホテルに荷物を置きに行こうとタクシーに乗ってホテルへ向かった。
さすがの高級ホテルだけあってエントランスから豪華なお花が飾られていてシャンデリアがキラキラとしていた。
ルームキーを受け取りレオと蓮斗、私と紗綾で隣通しの部屋だった。
三十分後夕飯食べに行こう!とのことで各々部屋に入り荷解きをした。
紗綾は準備をしながら、杏梨さなんか危ないバイトでもしてたの。と心配そうに聞いてきた。
ううん、ただの普通の企業のアシスタントだよ。
さっきの女性のことでしょ。ちょっとメンタル的に可笑しいなと思うことがあったから辞めてよかったよ。
そっか。ならいいんだけど。と紗綾は荷物に視線を戻し荷解きを続けた。
夜ご飯は近くのオージー牛が食べられるレストランで食事をした。
美味しい赤ワインとお肉を楽しみ、久しぶりに周りを気にせず楽しめた。
レオも同じ気持ちだったようで、やっぱり海外はいいわー。周りにも気付かれないし、まじで過ごしやすいと終始楽しそうだ。
かなりワインを飲んだので、蓮斗とレオは陽気に歌を歌いながらホテルに戻った。
明日も朝早くから観光するから早めに寝よう。お休み!とお互いの部屋に戻りその日はベッドに入ってすぐに熟睡してしまった。
翌朝起きてホテルの朝食を食べに行こうと彩綾と二人でブュッフェ会場に向かった。
レオから俺たちは二日酔いで朝食は行けそうにないとメッセージが入っていた。
あの二人昨日調子に乗って飲みすぎてたよね。と紗綾はライブキッチンで作って貰ったオムレツを頬張りながら呟いた。
そうだね。かなり楽しんでたね。
私もお酒を飲みすぎたのか胃の調子があまり良くなく、フルーツとヨーグルトだけにしたことは彩綾には言わずにいた。
周りはほぼ外国人で日本人はほとんどいなかった。
スマホを見ていた彩綾が、ねえ。これ見てと私に画面を見せてきた。
そこには、「藤田社長秘書、社長との子供を極秘妊娠」と見出しが書かれていた。
この社長、かなりヤバかった見たいだけど秘書ともできてたんだね。
性欲強すぎてきもいわー。と紗綾は何気なしに呟いた。
そのニュース気になってたんだ。ちょっと見せて。と彩綾のスマホを借りて読み進めていくと、社長の事件に関与している疑いで、秘書も事情聴取を受けている模様。空港で騒ぎを起こし、警察に連行されていくのを複数の人が目撃しているとも書かれていた。
紗綾は見出しのみで文面は見ていなかったようだったので、空港で騒いでた女性と私が繋がっていることには気付かれずにすんだ。
もしかしたら、事情聴取で鈴木秘書は私のことも話すかも知れない。むしろあの様子だと私が情報を漏らしたと信じて疑っていない様子だったから絶対に話すはずだ。
私も日本に帰ったら、事情聴取とか受けなきゃ行けなくなるのかなと不安がよぎった。
だけど今は旅行に来ているわけだし、目の前のことを楽しもうと気持ちを切り替えることにした。
ありがとうと彩綾にスマホを返し、コーヒーを飲んで気持ちを落ち着かせた。
部屋に戻りメイクを済ませ、約束の時間のため隣の部屋をノックした。
するとレオがおはよう。と出てきた。
蓮斗は少し気だるそうにしながら、昨日飲みすぎたーと頭を抱えていた。
ほら、これ飲みなよ。私は日本から持ってきた二日酔い止めのドリンクをレオと蓮斗に渡した。
うわー!杏梨神様。ありがとう。と蓮斗は一気にそれを飲み干した。
俺も一応飲んでおこう、杏梨ありがとう。とレオも飲み、じゃあ行こうかと出発した。
今日はコアラやカンガルーが見れる動物園に行こうとなっていた。
動物園内を一通り見終わり、休憩しようと言うことになった。
フードコートにつき彩綾と蓮斗は席取りに、私とレオは食べ物を買いに売店へ行った。
レオはやっと二人になれたと思ったのが、早々に話し始めた。
藤田社長の秘書、捕まったみたいだね。
うん、私も今日ネットニュースで見た。
涼太から連絡きてさ、杏梨が大丈夫かすごい心配してたよ。
そうなんだ、なんでだろう。
いや、それがさ、藤田社長について何か知らないかって涼太たちも色々警察に事情聴取を受けてるみたいで。
誰かがドル隊について話しちゃったらしいんだよね。
え!そうなの!?
うん。次々と記事にはない情報まで暴かれていっちゃってるからさ、杏梨が帰国した後、警察から連絡来るかも知れないって心配してた。
そっか。それは仕方ないよね。
人が死んでるし、私が話せることは全部話して協力しようって思うよ。
やっぱ杏梨は強いな。とレオは感心しているようだった。
てかごめん、折角の旅行なのに思い出させちゃって。
いや、全然大丈夫。むしろ教えてくれてありがとう。
頼まれていたハンバーガーやジュースを買い、紗綾たちの元に戻って皆んなでお昼ご飯を食べた。
私は食べながら、まさか自宅とかに警察押しかけたりしていないよねと少し心配になったが、警察が来ていたら母から連絡来るよなとぼんやり考えていた。
その日も一日中歩き回りホテルに戻ったのは夜遅くだった。
お風呂に入ってベットで寝転びながら、杏梨の友達って来るの明日だよね?と紗綾が訊いた。
そうだ。連絡来てるかなと思いスマホのメッセージ画面を開くと、無事搭乗したよ!
明日の昼頃着きますとのことだった。
明日着くって。
そうなんだ!誰が来るのか楽しみなんだよね。Aトレインのメンバーじゃないよね?
違うよー。仲良くもないし。でもそれ以上に知名度の高い人かも。
え。嘘でしょ。ますます楽しみ!
明日は一日ホテルだからゆっくりできるね!
そうだね。プールでゆっくりしよう。
宿泊しているホテルには大きなプールがあるのだが、こちらに来てからずっと観光巡りばかりだったので行けていなかった。
食べすぎてお腹出ちゃってるかも。皆の前で水着になるの嫌だなー。と紗綾は自分のお腹をさすった。
私もだよ!もっと鍛えておけばよかった。
そんな話をしつつ、今日も一日中歩いたからかいつの間にか二人とも寝てしまった。
翌朝起きると気持ちの良いほどの快晴だった。
今日はホテルでゆっくりしようとのことだったので、十時頃まで寝てしまった。
ルームサービスでブランチをしようと言うことになり、紗綾とふたりでゆったり食事をして、プールへ行く準備をした。
レオと蓮斗は先に遊んでいたようで、プールサイドのデッキチェアでゆったり過ごしていた。
二人ともお疲れー!場所取りありがとうと荷物を置き、紗綾と私もデッキチェアに腰掛けた。
こんなにプール広かったんだ!あっちにウォータースライダーもあるじゃん。
うん!さっき三周くらい滑ってきたとレオは子供っぽくはにかんだ。
てかレオの腹筋、めっちゃ割れてるじゃん!鍛えてるんだ!と紗綾はびっくりしたように指をさす。ね、杏梨凄いよね?
うん、本当だね。鍛えてるんだ。
まあ、一応表に出る仕事だしね。とレオは恥ずかしそうにはにかんだ。
私は荷物を起き、辺りを見渡した。
なんか見たことある光景だな。そうだ。子供の頃来たことあるホテルだった。母に話したときにそのホテル泊まったことあるわよと当時小学生の頃の私がホテルで撮った写真を見せてくれたのだった。だからかな。
杏梨、あっちの深い方で泳ごうよ。浮き輪も持ってきたし。
勿論!二人はまだ休憩してる?
うん。さっき泳いだばっかだからもう少ししてから行くよ。
私たちは水深の深い方のプールに向かった。
足先をつけると少し冷たかった。
ふたりで冷たいねと言いながら思いきってザブンっと中に入った。
暑いから気持ちいいね。二人で一つの浮き輪でプカプカと浮きながらぼーっと遠くの岸にいる2人に向かって手を振った。
私は水中でもスマホを使えるケースに入れていたので、二人で写真を撮ったりしながら過ごした。
すると青空からホテルに着いたと連絡が入った。
私はプールにいるよと連絡を入れて、迎えに行くかと思い、なんか友達ホテル着いたみたい。
迎えに行ってくるね。と紗綾に伝えた。
そっか。了解!
プカプカ浮きながら広いプールのど真ん中辺りに来てしまっていたので、戻るのが大変だ。
浮き輪一つしかないけど泳いで戻れる?
私も行こうか。
ううん、大丈夫!平泳ぎでいけると思う。
中学までスイミングに通っていたので、泳ぎは得意な方だった。
泳ぎ進めると意外にプールサイドまでが遠かったが、久しぶりのプールに楽しくなって来てしまった。
せっかくメイクしたのに落ちちゃうなと思いながらも、私は衝動が抑えきれず深く潜った。
何も音が聞こえないこの水中が、子供の頃の私は好きだった。
懐かしいなと思いながら体勢を変えて水面を見上げた。
きらきらとした水面が遠くに見える。
この景色見覚えがあるな。息が続くならずっと見ていたいときらきらした水面を見上げた。
すると、突然水面に大きな水しぶきが上がった。
誰かが私に手を差しのばす。
私は差し出された手を何故か掴んだ。
ぷはっと水面を上がるとそこにいたのは青空だった。
その時、突然子供の頃の記憶がフラッシュバッグした。
そしてふと我に返り、待って。私服のまま飛び込んだの?と青空に問いかけた。
だって、杏梨が沈んでいくから溺れてるのかと思って。
プールにいるって言うから急いできたんだよと濡れた髪をかきあげた。
私泳いでただけだよと言うと、溺れたように泳ぐから勘違いしたと、青空はケラケラ笑い出した。
あのさ、子供の頃にここで同じようにプールから私を助けてくれた人がいてさ。
うん。と青空は静かに頷く。
‥もしかして青空だったりする?
私の問いに青空は嬉しそうに笑った。
そうだよ。俺はるなに出会った時から気付いてたけどね。と青空ははにかんだ。
そうだったんだ!やっぱり。嬉しい!久しぶりと私は思わずぎゅっと青空に抱き付いた。
ちょっと待って。苦しい。俺が溺れちゃう。取り敢えずプールから上がろう。
青空が先に上がり、私の手を引いて水面からさっと私を引き上げた。
ありがとう。私服なのにびしょびしょにさせてごめん。と私が謝るといいよ。日差し強いしすぐ乾くでしょと気にしていない様子だった。
前話した時忘れられない女の子がいるって、私のことだったの?と青空にびっくりした様子で聞くと、そうだよ!嬉しくて出会ってすぐに話しちゃったんだ。俺はるなだって気付いてたから。話したら思い出してくれるかなと思ったけど、るな全然思い出さないんだもんと笑った。
ごめんごめん。ただのおしゃべりな人かと思っちゃってたよ。と私が言うとなんでだよと青空は笑った。
あ、そうだ。私の本名言ってなかったけど、るなじゃなくて杏梨って言うの。市川杏梨。
青空はびっくりした様子であ、そうか。ドル隊は偽名だもんな。杏梨ね。なんかるなって呼んじゃいそうと頭をひねった。
すると、遠くから杏梨ー!大丈夫ー?と紗綾が浮き輪を持って走ってきた。
途中で姿見えなくなったから心配したんだよ。
彼が助けてくれたの?と紗綾は私の横に立つ青空を覗き込んだ。
うん、私の友達の青空だよ。と紹介をする。
青空、この子が紗綾だよ。
あぁ、初めまして。杏梨からお話は聞いてました。折角の卒業旅行に突然お邪魔しちゃってすみません。よろしくお願いします。と会釈をした。
え、ちょちょちょ、ちょっとまって。
青空ってあのあ、あお?!
本物だよね!?なんでここにいるの!
え、てか何で杏梨友達なの??と紗綾は気が動転しているようだ。
あまりにも驚く紗綾を見て、青空はふふふと下をうつ向いて笑っている。
芸能事務所で杏梨さんがアルバイトされていて、そこでたまたま知り合ったんです。
実は子供の頃にも会ったことがあって。僕は運命的なものを感じてるんですけどねと笑った。
えー。なるほど。
二人並ぶと絵になるわー。てかさ、本当に王子様じゃないですか!杏梨が溺れてるのを助けたんですよね。
まあ、俺はそう思ってるけど、杏梨は泳いでただけって言ってる。ね、杏梨?と意地悪そうに言う。
本当にそうなの!早とちりしたみたい。と私は照れたように笑った。
あっちに蓮斗とレオがいるから紹介するよー!
てかあの二人さ、ずっと横になって寝てるけど、ちゃんと監視くらいしてて欲しいよねと紗綾は少しご立腹だ。
まあ、仕方ないよ。かなり距離もあるし。
俺、こんなびしょびしょだけどいいかな?先に部屋で着替えてから挨拶しに行ってもいい?
あ、そうだね。勿論。荷物持っていくの手伝おうか?
ううん。大丈夫。大きい荷物は部屋に持っていってくれてるみたいだから。そっこーで着替えてくるわ。と青空はバスタオルを肩にかけホテルの方へ向かっていった。
青空がいなくなった途端、紗綾は二人になるのを待ってましたと言わんばかりにどういこと!!!と第一声に興奮したように話しかけた。
青空と知り合いならもっと早く言ってよ。てか何あの人。同じ人間?顔小さすぎるしかっこ良すぎるでしょ。
しかもさ、私二人のこと遠くから見てたけど、マジで、お互い好きなのだだ漏れだよ。
あんな私服で飛び込んじゃうくらい杏梨のことしか見えてなかったってことでしょ。
行動まで紳士なんだけど。と止まらぬマシンガントークが炸裂している。
青空はいつも優しいから。でもよく私が分かったよね。
本当だよね!もう水深深めの所はちょっと避けよう。
日本みたいにライフセーバーもあまりいないしさ、不安だよね。
杏梨本当にあれ泳いでたの!私から見てても溺れてるようにしか見えなかったけどと紗綾はお腹を抱えて笑い出した。
自分でも気付かなかったが、私は泳ぎが下手なようだ。
二人の所に戻ろうかと戻るや否や紗綾は持っていた浮き輪で二人を叩き起こした。
コラ、お前たち、いつまで寝てるんだ!と言う紗綾にレオは眉を潜めどうした?とゆっくり起き上がり、蓮斗は俺眠いのにーと体勢を変えずに呟いた。
さっき杏梨が溺れかけたんだよ!と紗綾が言うと二人はガバッと起きてまじで?大丈夫?と心配そうに私を見つめた。
うん、全然大丈夫。紗綾大袈裟だよ。
溺れたんじゃなくて泳いでたの!と私が語尾を強めると、紗綾は杏梨の泳ぎが下手すぎて溺れてるように見えたのとまたツボに入ってしまったようた。
なんだーと蓮斗は安心したように元の体勢に戻り大きく伸びをした。
そんなに泳ぐの下手なの?とレオが聞くと、紗綾はそうだよ!だって杏梨の友達が溺れてるかと思って私服のまま飛び込んで助けたんだからと答えた。
するとまた蓮斗は起き上がり、まじで!?友達は?と辺りをキョロキョロ見渡した。
今濡れちゃったから着替えに行ってるけど、すぐ戻ると思う。
しかもその友達が凄い人なのよ。と紗綾はニヤリと笑った。
えー!誰だろう。全く予想がつかないよと蓮斗は呟き、レオは何人か思い浮かんでる人がいるけど、まじで来たらびっくりするわと割りと楽しみにしているようだ。
するとお待たせ。と青空が着替えて戻って来た。髪もセットし直していて、先程よりアイドル感が出ている。
はじめまして。あ、レオははじめましてじゃないか。
青空です。よろしくと挨拶をする。
レオと蓮斗は青空を見てかなりびっくりしているようだ。
まじでー!!!クロッズの青空さん?
すげぇ。今まで見た人の中で一番かっけぇ。と蓮斗は目を輝かせている。蓮斗です。よろしくお願いします。と握手を交わした。
レオはまさかの青空さんとは。ドラマの撮影以来ですよね。ご無沙汰してますとお辞儀をした。
そんなかしこまらないでよ。今日はプライベートだし、みんなタメ語で話そうよ。
杏梨と俺もそうだしね!と私の方を見てにっこり微笑んだ。
うん、そうだね。青空が付いてきた感じだし、気を使う必要ないよと私が言うとおい。と青空は私の脇をこずいた。
私たちのやり取りを物珍しそうに三人は眺めていて、杏梨ってやっぱ類は友を呼ぶと言うか。まじで凄いなと蓮斗は一人で納得しているようだった。
レオと蓮斗は私たちがどこで出会ったのとか深い話は聞いてこなかったので、都合がよかった。
レオは勘づいているだろうが。
せっかくだからビーチボールで遊ぼうかとやっとレオと蓮斗も起きて皆でプールの中で遊んだ。
久しぶりにプールで遊び尽くしかなりの体力を使った気がする。
明るかった空は段々と夕焼け色に変わっていった。
折角だからさ、今日はホテルのBBQしようと思って、予約しといたんだとレオが言った。
わー!最高!レオありがとうと私と紗綾はハイタッチをする。
勿論青空さんも。夕陽も見えるらしいから着替えて向かおう。
私たちはホテルで着替えを済ませ、BBQ会場に向かった。
そこからは海も見えて、夕日が私たちを照らしてくれていた。
本当綺麗だね。と皆で夕陽を暫く眺め、じゃあBBQ始めようかと皆でビールで乾杯した。
ここに青空がいるのは見慣れないせいか不思議な感覚だった。
ついさっき、昔にも出会っていたことを知り、私は心が踊っていた。
青空も終始楽しそうにしていて、周りの目を気にしなくていいって最高だねとレオと話していた。
このホテルは海外サイトでしか予約できないこともあり、全て英語対応なので、なかなか日本人は宿泊しないようだった。
紗綾は私の耳元で、レオと青空さんとBBQなんてさ、目の保養すぎるね。
私一生忘れないとクスクスと笑った。
お腹いっぱいに、BBQを楽しみ、私たちは飲み足りないねと言うことでお風呂に入ってから青空の部屋で飲み直すことにした。
紗綾は素っぴんは見せられないとお風呂上がりに軽くメイクをし直し、私もと薄くメイクをした。
レオと蓮斗と部屋の前で合流し、教えられた部屋番号に向かった。
もしかして、スイートの部屋じゃない?ほらここにスイートルームって書いてある。と紗綾は嬉しそうだ。
わー、やっぱすげぇな。アイドルは。と蓮斗も感心しているようで、じゃあインターホン押すよとレオが押した。
青空はどうぞー。と扉を開けた。
皆お邪魔しますとぞろぞろと部屋に入る。
部屋はかなり広く、ゴージャスな装いだった。
見て、こんな大きなお花も飾ってある!と紗綾はきらきらと瞳を輝かせて辺りを見渡した。
蓮斗はルームツアーしてもいい?と青空に確認を取り、勿論との返事にすぐさま部屋の端から端まで様子を見に行った。
まじですげーなーと感心している声が聞こえ、皆その声に微笑んだ。
海外旅行とか数年振りだし、折角だからと思って大きい部屋取ってみたけど、広すぎてそわそわするよと青空は肩をすくめた。
でも皆が来てくれたから嬉しい。と笑顔を見せると紗綾は思わず素敵。と小さく声を漏らした。
レオはお酒とおつまみ買って来たので、皆で飲みましょうと言い、乾杯をした。
青空ってお酒は結構飲むの?と聞くと、普段はあんまり飲まないかな。お酒で失態起こすのも怖いし。
飲みたいときは友達家に呼んで飲んでるよ。
そうですよね。僕もお酒の失態が怖くて外ではあまり飲みに行けなくて。
ドラマの時の打ち上げも参加してなかったですよね?
主演の俳優さん、青空さんとめちゃくちゃ飲みたがってましたよ。
えー、そうなんだ。てかレオ敬語禁止って言ったでしょ。
いやぁ、青空さんは雲の上の存在なんで。なかなか難しいですよ。
そんな大袈裟な。歳もそんな変わらないんだしさ、一緒に旅行も来てるんだし気使わなくていいよ。
そうですか。それじゃあお言葉に甘えてそうしますね。いや、そうするね。
青空とレオのやり取りを私たちは微笑ましく見ていた。
お酒が進むと蓮斗が酔っぱらってきたのか、こうして青空さんと杏梨が並ぶとまじでお似合いだよなとしみじみと呟いた。紗綾とレオも顔を見合わせて大きく頷く。
私はそうかなと青空を見た。
ほんのり頰が赤くなった青空は少し酔っているのか、でしょと私の肩を組んだ。
子供の頃からの知り合いだからね、俺は運命だと思ってると恥ずかしげもなく言う。
おぉ。さすが青空さん。言うことも凄いな。と蓮斗は腕を組んで唸った。
杏梨は幸せ者だね、こんな素敵な人に思われてと紗綾は嬉しそうにニコニコしている。
酔っぱらって大袈裟に行ってるだけだよ。と私が言うと青空は違うよー。とおちゃらけたように言い、いつものクールな青空ではなくなっている。
俺そろそろ眠いかも。杏梨ベッドまで連れてって。
その言葉に紗綾はきゃっと手を口にあてて、蓮斗は杏梨連れてってやれよー。やるのは禁止ねとはやし立てた。
レオはただただ困ったようにその様子を見ていた。
じゃあほらベッドに連れてくから、おいで。そしたら私たちも帰るからねと青空の肩を持ち立たせた。
ベッドに青空をどさっと寝かせ、布団を掛けた。
明日の朝また、連絡するよと青空に言い部屋を離れようとすると待って。と腕を引っ張り呼び止められた。
杏梨が無事で本当に良かった。
俺杏梨がいなくなったら生きている意味ないと、うるうるした瞳で見つめてくる。
私は青空は酔っぱらうと甘えんぼうになるんだなと少し微笑ましくなった。
大丈夫だよ。いなくならないからもう安心して寝てと言うと静かに頷きすやすやと寝息をたてた。
私が部屋へ戻ると蓮斗は何もなかった?とイタズラそうに私を見た。
何もないよ。すぐ戻ってきたでしょと私は腰をおろす。
青空さんは相当杏梨が好きなんだね。あんな青空さん見たことなくて新鮮だったとレオはかなり驚いているようだった。
やっぱり青空さんって芸能界でもモテるの?と紗綾が聞くとレオは大きく勿論と頷いた。
共演した女性は間違いなく好きになるね!気遣いもできるし、優しいし、イケメンだし、ダンスも歌も上手くて完璧な人だからさ。
だけど不思議と浮いた話は今まで聞いたことなかったんだよなー。
だからすごい今日の光景にびっくりしたと言うか。とレオは私を見た。
やっぱり杏梨は不思議な魅力がある気がする。
不思議な魅力?そんなのないよと私は苦笑した。
そろそろ帰ろうか。青空さんも寝ちゃったし。そうだね。と皆で散らかったテーブルを片付けて部屋へ戻った。
ベッドの中で紗綾は青空さんとさ、この旅行の後海外旅行するんでしょ。
うん、そうだね。
杏梨羨ましすぎるよ。私も青空さんとまではいかないけどそんな彼氏欲しいなぁ。
彼氏じゃないよ。と私が言うと、紗綾はがばっと起き上がり、待って。彼氏でしょ。付き合ってるでしょ?と私を問いただすように聞いてくる。
友達だよ。と私が言うと紗綾はふっと笑い、相手はアイドルだもんね。そりゃ付き合ってても友達に言えないよね。分かった分かったと少し拗ねたようだ。
嘘じゃないよ。本当なのに‥。と私が呟くと私もしつこく聞いちゃってごめん。複雑な状況だもんね。
気にしないで、おやすみと言いすぐに寝息をたて始めた。
寝るまでのスピードが早すぎるなと思いつつ、私って青空のことどう思ってるんだろうと考え始めた。
子供の頃からの知り合いって知ってすごく嬉しかったけど。そして忘れられない女性がいるって私のことだったしなとも、思った。
じゃあ、青空は私に恋愛感情があるのかな。でも忘れられない人と恋愛は違う?と色々考えてモヤモヤしてきた。
自分の気持ちが分からないなと思いつつ、考えながら私もいつの間にか寝てしまった。
翌朝紗綾たちが帰国する日だった。夕方の便に乗るそうで、こっちに来てから初めて皆で朝食を食べた。
楽しくてあっという間。もう帰国日なの悲しすぎると紗綾はトーストを噛りながらしんみりと呟いた。
青空は寝ているようでここには来ていなかった。
昨日結構飲んでたけど大丈夫かな後でドリンクでも持っていってあげようと考えていた。
明日から青空さんと世界巡るんでしょ?最初どこ行くの?と蓮斗は口一杯に頬張りながら私を見て言った。
明日からはニュージーランドかなと私はスマホのメモを見て言った。
まじかよ。羨ましすぎるなと蓮斗はのけ反り俺も人生頑張ろうと体勢を戻してまた食べ始めた。
レオと紗綾は苦笑いを浮かべ、でも確かに世界各地旅するの学生のうちしか出来なさそうだもんなあと呟いた。
そうだよね。それってさ、青空さんが旅費とか出してくれるの?
いやいや、自分で出すよ。
あ、だよね。すごいお金かかりそうだねと思って。
うん、バイト頑張ったからね。と本当のことは口が割けても言えない。
そう言えば、青空さんとバイト先で出会ったとか言ってたよね。どんなバイト?高時給なら今からでもできるかな。と紗綾は興味津々だ。
前働いてたレストランのシェフから紹介してもらったんだけどもう仕事の募集自体してないみたいでさ。
アイドルのマネージャー補助みたいな感じだよ。とぼんやりと、伝えた。
何それ?すごく、楽しそう。じゃあさAトレインとかも可能性あったってこと?
そうだね。私は青空だったけど、あったのかもね。
そういうところでアイドルと出会うんだー。いいなー時戻して私も働きたかったーと悔しがっている。
今日は最後に行きたい場所があってさ、とレオと蓮斗は目を合わせて頷きあった。
私と紗綾は何も聞かされていなかったので、どこ?と聞くと二人でカジノとハモるように声を揃えて言った。
青空も行くか聞いてみると最後は四人で楽しんで来て。俺は部屋でゆっくりしてるとのことだった。
カジノに着くと、最後はここで旅を締めたかったんだよね!全財産つぎ込むぞー!と蓮斗はやる気まんまんの様子だ。
俺も結構かけようと思ってるとレオは言い、二人はどうするとこちらを向いて聞いてきた。
そしたら私は十万くらいだけ換金しようかな。と言うと紗綾はそんな軽く十万も出すの?私どうしようかな。
一万とかでも楽しめる?
遊ぶ分には問題ないよ。初めてで不安だったら俺達の見て考えてもいいし!とレオは言った。
私たちは遊ぶお金をメダルに変えて、カジノ内を散策した。
ルーレットは分かりやすいよ!とレオと蓮斗は揃ってかけるようだ。
蓮斗はここは勢いも大事と一気に十万をかけた。
レオも同じくそのくらいかけ、なんと蓮斗は二倍になって戻ってきた。相当嬉しかったのかよっしゃー!と声をあげた。
一方のレオは十万が一瞬で溶け、やっぱ俺はもう辞めとこうかなと肩をすくめた。
私たちもやってみよう。と紗綾と席に着き、私は五万、紗綾は一万を掛けて、望んだ。
すると二人とも運良く当たり二万ほどプラスで戻ってきた。
当たると楽しいねとお互いに顔を見合わせ笑みがこぼれる。
さんざん遊んだ挙げ句、蓮斗は+二十万の独り勝ちだった。
最高の気分で帰れるわと蓮斗はご機嫌そうだ。
俺達は駄目だったけど楽しかったからよしとしようとレオは残念そうに言った。
ホテルに戻り荷物を受け取ると迎えのシャトルバスが来ているようだった。
私は青空に連絡を入れ、今から皆帰るけどフロントまで来れる?っと聞いた。
すぐ向かうわー!とタンクトップと黒いキャップを被った青空が颯爽とやってきた。
ジムで運動してた。みんなカジノどうだったの?
蓮斗は待ってましたと言わんばかりに僕の独り勝ちですと誇らしそうだ。
まじで!すご!レオは駄目だったんだ。
残念ながら、そうっすね。と肩をすくめた。
てか青空さん、BBQ代いつの間にか払ってくれてたみたいで、ありがとうございます。ご馳走さまです。
そんないいよ。一緒に混ぜてくれてありがとう!めちゃくちゃ楽しかった。
紗綾と蓮斗と私も御馳走様ですと伝え、そろそろ行きますかと荷物を背負った。
杏梨旅行楽しんできてねーと紗綾は私にハグをした。
紗綾も気を付けて帰ってね。またねー。と皆に別れを告げバスを見送った。
皆が帰ると、さて、二人になったし、明日からの旅行の行程考えようか。
私たちは1ヶ月の間で四ヶ国回ることにした。
まず1ヶ国目はニュージーランド。青空も私も自然が好きなのでお互い意見が一致した。
広大な草原に沢山の羊や牛がのびのびと歩いており、時間の流れが不思議とゆったり流れている気がした。
ホビットの舞台になった場所に行って二人で感動したり、運良くオーロラを見たり、大自然の凄さを肌で感じた。
続いてはバリ島。神のいる島というだけあり、色んな寺院を巡り参拝をした。
青空は神様を信じているようで、しっかりとお祈りする姿を横目に私も真似して祈りを捧げた。
バリ島の人々はいい意味で仕事が適当で、象のり体験をした際は、スタッフが途中で仕事をすっぽかして目の前でお昼ごはんを食べ始めたり、日本では考えられない光景に二人で驚いていた。
青空はそういう光景を見る度に、俺日本で真面目に仕事し過ぎかなと頭をひねっていた。
三ヶ国目はスペインへ。サグラダ・ファミリアを見てイビサ島へ移動し、美しい海と街並みを見ながらゆったり過ごした。スペインでは特に観光はあまり行かずにホカンスを楽しみ、お互い読書したり、写真を撮ったり、ただただ泳いではお酒を飲んだりと贅沢な時間を過ごした。
最後の四ヶ国目はイタリアへ。ローマやミラノの観光名所や、ピサの斜塔を見て斜めの建物に衝撃を受けたり、オペラ鑑賞をしたりして過ごした。
そしてイタリアで最後に過ごす場所に決めたのは、ベネチアだった。
水の都といわれるベネチアは一言で言ってしまうと美しい街だった。
迷路のような街を散策するのは楽しかった。
夕方頃、夕日を見ながらゴンドラに乗ろうと二人で乗り込んだ。
狭い水路を抜けて大きな運河に出ると空は綺麗な夕焼け空だった。
ゴンドラを降りて、橋のほとりでコーヒーを買って二人で腰をおろした。
町行く人はみんな楽しそうに歩いていく。
私と青空は夕日に染まった空を眺めながらゆっくりコーヒーを口にした。
旅行楽しかったねと青空は呟いた。一緒に行ってくれて本当にありがとう。
こちらこそ。すごく楽しかったし、あっという間だった。まだ帰りたくないな。
私たちはこの旅行でかなり仲を深めた。お互いの好きなこと、嫌いなことも知れたし、小さな癖にも気付いた。
私は何か起こると思っていたけれど、本当の友達のように接してくれた。ちなみに言っておくが部屋も別々で宿泊していた。
青空は旅行も最後だし、話したいことがあるんだとゆっくりと口を開いた。
話したいことって?と私は夕日に照らせれて揺れ動く川の水面を見ていた。
何から話せば良いのかなー。と青空は暫く悩んだ後、
鈴木秘書が捕まったことは知ってるよね?と話し始めた。
私はうんと頷いた。あの人、何故か杏梨が情報源だと勘違いしてるらしくてさ、警察に杏梨の名前を言ったらしいんだ。
そうなんだ。なんとなくそんな気がしていた。
杏梨の家族からは連絡来てない?多分警察が自宅に何回か訪問してると思うんだけど。
私は首を横に振り、お父さんはほぼ海外だしお母さんは家にいるとは思うけど、インターホンに気付いてないのかも。自室で作業してることがほとんどだから。
そういうことか。でもそれは大きな問題じゃなくてさ。鈴木秘書を調べていったらどうやら藤田から洗脳を受けていたらしいんだ。
私はその言葉に絶句した。え、一体どんな?
洗脳の仕方までは分からないけど、分かっていることは藤田を好きになるように仕向けさせて子供を作らせたってことかな。
杏梨も話して気付いたと思うけど、あの人藤田社長に異常に、執着してたでしょ。
うん、そうだね。良し悪し考えずになんでも言うこと聞いてる感じだった。
そ。そういう風に人を駒としてしか藤田は見てなかったんだよ。
ちなみにもっと驚いたのが非恋愛依存は存在しないってこと!
そうなの?どう言うこと?
んー、藤田は自分のお気に入りのアイドル、つまりお金になりそうな人には君は非恋愛依存だって刷り込ませてたんだ。あと気に入ったドル隊の女の子たちにもね。
恋愛できないような思考にさせて、スキャンダルを起こさないようにさせてたってわけ。
なるほど。でもどうやって?
俺の場合はある動画をアイドル始めた頃からずっと見させられてたんだけど、なんか言葉では説明しづらいような思い出したくもない映像でさ。その映像に藤田の声が入ってて君は非恋愛依存って何度も言われ続ける感じだった気がする。
そっか。それで洗脳された人ってどうやって元に戻るの?
洗脳とかマインドコントロールされた人専用のカウンセラーがいてその人に解いて貰うみたいなんだけど。
人によって完治する期間とかは様々らしい。
そっか。パッと見た感じ青空は洗脳されているように見えないんだけど。と私が言うと、そうなんだよね。
俺毎日見ろって言われてた動画、見てる風に装ってたからと笑った。
動画の視聴履歴でちゃんと毎日見ているか確認されてたんだけど、ただ動画だけ流して風呂入ったり、御飯食べたりしてたからさ。
それ見ないとデビューさせないとも言われてたけど、今考えたら不真面目だよね。
ちなみに真面目なやつはちゃんと見続けててさ。
人によっても洗脳されやすい人とそうじゃない人がいるみたい。
そうなんだ。
今事務所は大騒ぎだよ。誰が洗脳されてて、誰が洗脳されてないか調べなきゃだからさ。
ちなみに洗脳したやつの中で、藤田の悪行を手助けしてた奴もいるみたいでさ、罪に問われるのか問われないかも問題になってるみたい。
そんなことになってるんだ。私はふとAトレインは大丈夫なのか心配になった。
ドル隊の存在は事務所の圧力で週刊紙にストップ掛けてるみたい。
言い方は悪いけどアイドル専用の風俗みたいなのがあるって知られたらファン離れも凄いだろうし。経済効果も甚大な被害を受けるだろうから、多分世には出ないと思う。
ちなみにこれは全部編集長情報ね。オフレコでっと青空は口の前に人差し指をあてた。
私帰国したら警察に何か聞かれるのかな。と私が恐る恐る聞くと、それは編集長が今動いてくれてて、今回の記事に杏梨は関与してないって伝えてくれているみたい。
だからそこまで心配する必要ないよ。と私の手を握った。
てことはさ、私も非恋愛依存じゃないってことだよね?
うん、そういうことになるねと青空は笑った。
じゃあたまたま今まで人を好きになれてなかったってことか。と私はなんだかほっとしている自分がいた。
自分の感情のどこかがおかしくてそうなっているからと思っていたからだ。
青空も同じってこと?
そうだね。俺もたまたまこの歳まで人を好きになったことがなかったってこと!23歳恋愛盛りの年頃なのになぁと笑った。
青空はさ、私のこと好きじゃないの?
私はただ単に気になり聞いてみた。
あんなに必死で助けてくれたり、優しくしてくれたり、一緒に旅行に行くと言ったり。
好きじゃないと出来ないと思ったからだ。
え、どうしたの突然。青空は夕陽で赤いのか本当に赤くなっているのか分からないが、頬が赤くなっているように見えた。
私は青空のこと好きなんだと思う。
一緒にいて楽しいし、身体が触れただけでドキドキするし、青空がどんな格好好きかなって考えて服とか選ぶし。そう言うのが好きってことでしょ。と私は真剣な眼差しで青空に質問した。
まじか。杏梨がそんな風に思ってたなんて。と青空は口に手を当てて照れているようだ。
好きじゃなきゃドキドキしないよね。
俺も杏梨といて心地良いし、楽しいし。
今だから言うけどレオと楽しそうに二人で話してるの実はちょっとムカついてたと恥ずかしそうに言った。
そうだったの?そんな素振り感じなかったけど。
感情出さないようにするのは俺の得意分野だからねと青空は笑い、じゃあお互いに両思いってことだねとはにかんだ。
なんか中学生みたいな会話じゃない?と私が恥ずかしそうに言うと、だって俺達恋愛初心者でしょと青空は私の目を見て言った。
あともうひとつ杏梨に伝えなきゃいけないことがある。と青空は改まって私に向き合った。
私が何?と恐る恐る聞くと、俺アイドル辞めようと思ってるんだ。とさらっと答えた。
え、嘘でしょ?なんで?と私はよりも驚きのあまり言葉が出てこなかった。
元々は25歳でアイドルは辞めるって自分の中で決めてて今までやってきたんだけど、藤田社長の一件があってからさ、色々としんどくなっちゃたのが一番大きいかな。
前にも話したけど、俺がアイドル始めたきっかけが杏梨だったから、杏梨と会うことが達成できたしと微笑んだ。
そんなこと勿論ファンには言えないし、アイドルしていく中でファンも家族のような存在になって大切だとは思ってるけど、最終的には自分の人生だからさ。我が儘だけど好きなように生きたくて。
帰国してすぐツアーが始まるんだけどそれを卒コンにしてくれるみたいで、準備を進めてもらってる。
メンバーの人たちはなんて言ってるの?
最初はめちゃくちゃ、反対もされたし突然すぎるって怒られたけど、青空が決めたことならって最終的には許してくれたよ。
めちゃくちゃ簡潔に言ってるけど、結構口論したからねと困ったように顔を顰めた。
自分で言うのもあれだけど、アイドル人生やり切ったもん。だからここまで上りつめられたとも思ってるし。
そっか。密かに動いてたんだね。と私は納得した。アイドル辞めたらどうするの?
俺こう見えて子供が好きだからさ、子供にダンス教えたいなと思ってて。
一応知名度もあるしさ、スクール開いたら人も集まるだろうなって思ってる。
そこまで考えてたんだ。凄いね。
まあ、人生設計として頭の中で考えてただけなんだけどね。芸能界に居続けると自由が効かない所もあるし付き合ってるのがバレたら相手も自分も叩かれることもあるし。だから俺はアイドルしている間は誰とも付き合わないって決めてたんだよね。
今区切りを付けないと後悔する気がして。不安要素は全部なくしたかったって言うね。
何が不安なの?と聞くと、俺の彼女になる人が悲しんだり、不安な気持ちになったりして欲しくないってこと。
そして青空は私に改めて向き直った。
あのさ、杏梨。初めて会った時からずっと好きだって、また再開した時に思ったんだよね。
帰国して、アイドル卒業したら俺と付き合ってください。と突然の告白を受けた。
綺麗な夕陽が瞳に映る彼は、いつもの何倍もかっこよく見えた。
私に告白するために彼は日本で準備をしてきたんだ。人生を変える覚悟で。
私も正直な気持ちを答えなきゃ行けないと話を聞いて思っていた。
私も青空が好き。この旅行で改めて気付いたけど、人としてもそうだし、恋愛としても。
私のためにやってくれたこと全てが嬉しいし、私もその気持ちに答えたいって思う。
私で良ければよろしくお願いしますと青空に手を差し伸ばした。
青空は私の手を握り、引き寄せ抱き締めた。
本当に夢みたい。
今が、人生で一番幸せだよ。と青空は言った。
ちょっとまって。泣いてるの?
泣いてないよ。幸せ噛み締めてるだけと言い、抱き締められているから顔は見えないが恐らく彼は泣いていた。
しばらくしてこんな素敵な場所で思いを伝えられてよかったと目を見て笑った。
まだ俺アイドルだから何も出来ないのが悔しいと青空は苦い顔をした。
帰国してから少しバタバタしちゃって、会えない日も続くけど、連絡はまめにするようにするよ。
うん、私もお父さんの会社で働くことになったから慣れるまでは大変だと思う。
え?そうだったの?知らなかった。詳しく聞かせてよ。
私は父の会社のことや、バイヤーの仕事に携わること、家族関係などを話した。
青空は杏梨のお父さんって凄い人なんだなと興味深そうに聞いていた。
じゃあお互い帰国したら忙しくなりそうだね。
十月に正式に引退したらさ、卒業祝してよ。
もちろん!楽しみにしてて。
そうして私たちは飛行機に乗り、日本へと帰った。
