しばらく車を走らせると大きなビルの地下駐車場に入っていった。
車が停まると丁寧に先程の運転手の方が扉を開けた。
こちらでお降りください。
はい、ありがとうございました。と車を降りると入り口の側に鈴木秘書が待っていてくれた。
市川さん、おはようございます。
突然お誘いしたにも関わらず、足を運んでくださりありがとうございます。と丁寧に挨拶をした。
いいえ、こちらこそ、お迎えの車まで用意してくださってありがとうございます。と頭を下げる
とんでもございません。それでは早速、中へご案内しますね!
そういうとエレベーターに乗って、四十五階の最上階を押した。
まずは藤田がご挨拶をしたいとのことですので、社長室にご案内致します。
え、はい。分かりました。
早速社長に会うのかと、急に緊張してきた。
エレベーターの扉が開くとガラス張りの東京タワーを一望できる景色がお出迎えしてくれた。
あまりの景色の迫力にすごい、、と思わず言葉が漏れてしまう。
真っ正面に東京タワーが見えた。
私もこの景色すごく好きなんです。夜景はもっと綺麗ですよと鈴木秘書が教えてくれた。
たくさんの人が働くフロアを通りすぎると、壁にはアイドルのポスターが沢山貼ってあったりグッズまで置いてあるスペースもあった。さすが芸能プロダクションのグループ会社だ。見ていて飽きない。少しそのエリアを歩いただけでも電話口で聞いたことのあるアイドルの名前を口にする人がいたり、なんだかわくわくしてきた。
一番奥の部屋まで歩くとそこに社長室があった。
ここだけ空気感が少しピリつくような違う雰囲気を感じた。
鈴木秘書が扉を三回ノックする。
失礼します。と扉を開ける。私も続けて失礼します。と後に続いた。
社長はちょうど電話が終わるタイミングではい、宜しくと電話を切ったようだった。
おぉ。よくぞきてくれました。
そういって立ち上がった藤田社長はレストランにいたときのイメージとは全く違い、ラフな格好だった。
シンプルな白のロンティーに、黒のスラックスを履いている。
社長が着ているとそれさえも高価そうに見える。
実際に高価だろうが。
中年男性にしてはスタイルもよく、イケオジという言葉がぴったりかもしれない。
市川さんにまたお会いできて嬉しいよ!どうぞ宜しく。と大きな手を差しのべた。
私は驚き、両手でこちらこそ宜しくお願いします。と握手を交わした。身長も高く堅いも良いので、少し威圧感を感じてしまう。
鈴木から少し話は聞いていたけど初めこの仕事の内容聞いたときは驚いたでしょう。
でもあのレストランで一目君を見たときに、ぜひうちで働いてほしいと思ったんだ。と社長は真剣な眼差しで話し始めた。シェフには申し訳ないけどねと笑う。
ありがとうございます。私も鈴木秘書から説明は一通り受けたのですが、実際に見てみたくて。
なるほどね。実際に見たら感じ方も変わると思うよ。
じゃあ見学楽しんでいってください。と社長は椅子に座り直した。
はい。宜しくお願いします。と鈴木秘書にならって頭を下げ社長室を出た。
 先程のフロアに戻ると、鈴木秘書が耳元で、そうとう藤田は市川さんのことお気に入りみたいですと呟いた。
私が今の会話でどうお気に入りに感じたんだろうと不思議にしていると、鈴木秘書は藤田は普段あまり人前で笑ったりしないんです。
無口で怖い印象を持っている人が多いくらいなのですが、市川さんの前では明るい気がしました!
私はそういえば、レストランの時も上機嫌そうでしたけど、あの面接を受けていた彼もお気に入りじゃないんですか?
彼はちょっと特殊な入り方だったので。あまり大きな声ではいえないのですがアイドルからドル隊に転身した稀なパターンだったので、藤田が食事に誘ったんです。
なるほど。だからオーラがあったんですね。
やっぱり彼、芸能人オーラありますよねと鈴木秘書は小さく頷き、詳しくは後程お話ししますね。というとまず、こちらのフロアからご説明します。と鈴木秘書は話を切り替えて会社の説明を始めた。
 ここのエリアはアイドルからの問い合わせの部署になります。お勧めのドル隊の紹介や、双方のスケジュールの調整をする部署です。
十人程度の机の島になっており、電話に出たり、パソコンに打ち込んだりしている。
この画面を見てください。と一人の男性の仕事中の画面を指差した。
後ろから覗かせてもらうと、そこにはずらりと女性の写真が並んでいた。
こちらがドル隊のプロフィール写真になります。
鈴木秘書の説明に気づいて、男性が説明に合わせてスクロールをしてくれる。
例えばこちらのあすかさんのプロフィール画像を押すと、顔のアップと全身の画像、身長体重バスト、簡単な自己紹介などが記載されています。
写真はプロのカメラマンに取って貰っています。
名前は身元を知られるのを防ぐために源氏名にしています。
そうなんですね。すごい。皆さん可愛い。
どの写真の子達も芸能人並みの可愛さだ。
ちなみに僕のお気に入りはこの子です。
と突然パソコンを見せて貰っていた男性が話し始めた。
指差す子を見てみると小柄でショーットカットの元気系の女の子がにっこりと微笑んでいる。
確かに可愛らしいですね。と私が言うと、この人は相手にしなくていいですよ!と鈴木秘書がその男性の肩をばしっと叩いた。
余計なことは言うなという感じだ。
彼、小森と言って私の同期なんです。と鈴木秘書が言った。
だから距離感が近いのか。
小森は鈴木秘書を指差し、この人割りと説明ざっくりだから。自分から質問しないと後で聞いてないって後悔するから気をつけてね!といたずらに笑った。
もう、余計なこと言わないで!といつものクールな感じと違い少し慌てた鈴木秘書の意外な一面を見た。
さあ、次にいきましょう!と言いながらその男性を軽くに睨んでいる。
私は小さくありがとうございました。と言うと、その男性は口パクで頑張ってと私に伝えた。
 次の机の島は4人席のこじんまりとした部署だった。
ここは技術開発の部署です。
一番始めにチラッと説明しましたが女性の性器を忠実に再現したマシーンを開発したりしています。
彼らがいることで私たちの仕事が成り立つと言っても過言ではありません。 
四人とも素晴らしい技術を兼ね備えたエリート集団なんですよ!と先程とはうってかわって彼らを立てている。
四人は聞こえているのだろうが、反応なく皆集中して図面を見たり、機械の動きを確認していたりする。
こちらにサンプル品があるのでぜひさわってみてください。
見てみるとさつまいもくらいの大きさの形をしたクリーム色のマシーンがあった。
こちらは女性の性器を再現したものです。
穴が開いている箇所に男性の性器を入れます。
締め付け具合も調整できますし、性質が特殊なので何度も使うことによって使用する男性の性器にフィットするように変化していきます。
市川さん、指を穴に入れてみてください。
そう言われ、少しびびりながらも恐る恐る指を突っ込む。するとぬるっとした感触が指に伝わり、徐々にそのヌルヌルが溢れてきた。
うわ!と声が漏れ感覚に耐えられなくなり指を引っこ抜いた。
これはローションです。徐々にローションの量が増えていくように設計されてます。
そしてお気づきかもしれませんが、温度も人肌になっています。
確かに。本当に女性の性器みたいです。技術の高さにかなり驚いた。
機械だけれど本当の人間としてるみたいな感覚になりそう。
そうなんです。いずれはもっと進化して人型ロボットに取り付けるのが最終目標なんです。
ロボットと恋愛してロボットと性行為する日もそう遠くはないでしょうね。
ではこれで手を拭いてください。とウエットティッシュを差し出した。
指についたヌルヌルを取ると、ちなみにこのローション、オーガニックなので安心して使えますよ!弊社の商品なのでお一つどうぞ。と鈴木秘書が私に手渡す。
使う機会あるかなぁと思いつつも、ありがとうございます。と受け取り、すぐに鞄にしまった。
次に隣に見えるのは、見た目通りおっぱいマシーンです。
大きさもA~Hまでご用意しています。
ぜひ触って体感してみてください。
おっぱいマシーンってネーミングセンスのなさに少し苦笑した。
改まって見てみると見た目は本物のおっぱいだ。乳輪の色にも差があるようで、違いはよく見ないと分からない程度だが、こだわっているのがわかる。
私は一番大きいサイズのHカップのおっぱいをそっと触ってみた、
柔らかくとろけそうな肌触り。しかもほんのりあたたかくて、女性のおっぱいを触るってこんな感じなんだとその感覚に浸った。これはやみつきになるかも。
私がしばらく揉み続けていたので、鈴木秘書は笑いだした。
そんな長い間揉まれる方、女性で初めてです。
でもずっと触りたくなるくらい気持ち良いですよね。と私が言うと鈴木秘書のツボに入ったようだ。くくくっと声を押し殺して笑っている。
私は恥ずかしくなり、揉みすぎました。すみません!とパッと手を離した。
すると先程まで淡々と仕事をしていた技術開発部の人たちも私の方を見て笑っている。
ほんまのおっぱいみたいでしょ。ずっと触りたくなるような質感を一番大切にしてるんで、そんな揉んでくだはって嬉しいわ~。
と一人が私に向かって言った。
本当に凄いです!自分の胸より数百倍気持ちがいいのでずっと揉んでいたくなります!と興奮気味に伝えた。本当に心から思った言葉だった。
すると技術部の人たちが目を見合わせて笑いだした。
この子おもろいな。新しく入る子?と鈴木秘書に向かって尋ねた。
いえ、まだ検討していただいている段階です。
と鈴木秘書は少し気まずそうに応える。
ま、俺らがとやかく言える立場じゃないのは重々承知やけど、一緒に働くことになったら宜しく!
と関西弁の男性が私に向かって手を上げた。
最初は無愛想な人かと思っていたけれど、割りとサバサバしている人のようだ。
はい、お願いします。と頭を下げた。 
ほんまドル隊はべっぴんさんが多いなぁと感慨深そうに男性が呟いているのが聞こえた。
では次に行きましょう。鈴木秘書は次の部署に向かった。
 こちらはデータ処理をする部になります。
ここの部署の人たちを見ると皆パソコンに向かって細かい数値を打ったり、表を作成している。
今手前の方がやっている作業はどのアイドルがどのドル隊と何回会っているかを表にまとめています。
なぜだか分かりますか??
突然の質問に一瞬戸惑ったが、悩んだ据えに出た答えは、アイドルごとにお気に入りのドル隊はどの子か分別するためですかね…と自信なさげに応えた。
鈴木秘書はそうですね…と少し返答に困ったのか、その答えは正解ですが、市川さんが考えている目的とは違います。
え。どういうことですか。
私たちはお気に入りの子を作ってはいけないのです。
勿論指名もできません。
なので三回以上ドル隊とアイドルが同じ組み合わせにならないよう仕事を割り振りしています。
それは、何故ですか。
私は指名された方がドル隊の給料が上がるかと思っていたし、同じ人の方がアイドルたちも安心するのではないかと思い、なぜそのような仕組にしているのか分からなかった。
アイドルとドル隊は恋愛をしてはいけないからです。
スキャンダルを起こさないためにドル隊の活動があるので、そこで恋愛関係を持ってしまうと元も子もないですよね。
なので、同じ組合わせは多くて三回までと決まっています。
こちらの部署が出来てから、しっかり数字を管理できるようになったんです。
以前はヒューマン・エラーで三回以上セッティングしてしまっていたこともありましたが、最近では技術も発達してきたので、そのようなトラブルは少なくなりましたね。
なるほど。そういうことですね。そうするとアイドルからすると好みのドル隊がいても選べないってことですか?
トップアイドルクラスの方でしたら、初めてのドル隊は写真を見て選ぶことは出来ます。しかしその子がすごく相性が良かったとしても二回目はアイドル側から指名は出来ません。
また、特に希望がなければランダムで選ぶので偶然二回目でまた出会う可能性はあります。
相手に感情移入してしまうとトラブルに発展することもありますし、会社としても問題になってしまうのでそこは徹底してやっていますね!
そうなんですね。ちなみに前に恋人のような存在として話を聞いてあげたり、癒してあげたりもすると言っていたかと思うのですが、一日限定の恋人?みたいな感じってことですか。
そうですね…。ここだとあれなので、詳しい内容を個室で少しお話出来ますか??
と鈴木秘書が端の部屋を指差した。
私たちはオフィスの個室に入り、腰をかけた。
先程話を途中にしてしまったのですが、通常であればドル隊の仕事の振り分けは先程お伝えしたような決まりにはなります。
しかし一日限定となってしまうと心を開くことは出来ないなと思いますよね。
私がうーんと頷く。
実は会う回数に制限のない例外のドル隊が何人かいるんですと鈴木秘書が話し始めた。
女性の中でもやはり恋愛依存症の人はいますが、その反対で非恋愛依存症の人がいるんです。
私たちは心理学者などの研究を元に非恋愛依存の方を見分けられるテストを開発しました。
行動分析と筆記を判断材料にするのですが、その結果で非恋愛依存の人に関しては会う回数を制限していません。
それは非恋愛依存の人はどんなに会う回数を増やしても恋愛に発展しないからです。
仮にアイドル側から好意を持たれても、非恋愛依存の方は仕事としてと割りきれるので、恋愛に発展せず、トラブルも起こりません。
現状ですと非恋愛依存のドル隊は男性三名、女性七名の合計十名います。
嫌な気持ちにさせてしまうかもしれませんが、今まで市川さんの行動を分析させていただいていました。
私の判断にはなりますが、行動分析に関しては市川さんは非恋愛依存の可能性が高いのでお伝えさせていただきました。
非恋愛依存の行動分析するには資格が必要なのですが、私も勿論所持しているので、正確な結果になります。
ですが勝手にそんなこと決めつけられても不快ですよね。申し訳ございません。と鈴木秘書は頭を下げた。
正直なところ、別に不快とは思わなかった。
なんとなく自分でも恋愛体質でないことは自覚していたからだ。
しかしいつどのタイミングで分析していたのかが気になった。
非恋愛依存って恋愛が出来ないってことですか?
私自身確かに高校まで女子校で恋愛せずに生きてきた。
大学に入ってからも何人かの男性に告白をされたりもして付き合ったりもしてみたが、本気で相手を好きになることはなかった。
アイドルは別として心から誰かを好きになることをまだ経験していなかったので、一生恋愛できないのではないかと急に不安になってきた。
実は私も非恋愛依存と判断された一人なのですが正直なところ恋愛は出来ます。
なんと説明するのが一番いいのか言葉にするのがなかなか難しいのですが、非恋愛依存の方は恋愛に発展するまでにかなりの時間がかかります。
恋愛に関してかなりの鈍感と言ってもいいかもしれません。
気を悪くされたらすみません。
例えばアイドルたちと一日だけでも会って話して、性的な関係を持ったとしたら、大抵の女性は相手に¥好意を持ちます。
しかも彼らはアイドルとして女性の気持ちも知り尽くしているので女性が喜ぶ言葉を使ったり、普通の男性だったら恥ずかしくて出来ないようなきゅんとするような行動もさらっとします。
そんな彼らに対して恋愛感情を持たずに耐えられる女性はなかなかいません。
しかし非恋愛依存の方はどんなことをされても、心動かされることなく、大袈裟にいえば無の状態でいれます。
私たちは非恋愛依存の方たちをスーパードル隊員、略してスパドルと読んでいます。
私ははぁ。なるほど。とため息にも近い返答しかできなかった。
鈴木秘書は続けた。
スパドルの人たちはドル隊とは違ってお給料も2倍です。しかしそれに伴って仕事量も多いです。
なぜかと言いますと、性的な目的だけでなく、悩みを聞いたり、食事を共にしたりと一緒にいる時間も長くなります。
本当の彼女として振る舞うことが求められます。
韓国では芸能人やアイドルたちの自殺が多いですが、なぜ日本は少ないかと言うとスパドルの人たちが影で支えていることも理由の一つです。
スパドルは言い換えればアイドルたちの心のカウンセラーです。
そしてスパドルの人たちは優遇もよくて、事務所が徹底して存在を隠し、専用の移動車もあるので、週刊誌などに撮られる心配はほぼありません。
スパドルの方々はアイドルと同じマンション内の一室を借りるので、住人のように紛れることができるわけです。
勿論、家賃も一切かかりません。
もしも市川さんがこの仕事に興味があるようでしたら、ぜひ非恋愛依存の筆記試験を受けて正式にスパドルとしてお迎えさせていただきたいです。
一気に情報をお伝えしてしまって困惑されますよね。
何かご質問はありますか?
私は一番気になったことを思いきって聞いてみることにした。
スパドルの人たちが恋愛できない理由って何ですか。
鈴木秘書は一瞬悩むようにそうですねと呟き、少し間をおいて話し始めた。

もう少し詳しくお話ししますね!
勿論スパドルの方たちも恋愛はします。
しかし恋愛関係になるまでに長い時間が必要とされます。分かりやすくいうと、本当の運命の人意外は好きにならないと言う言葉が近いかもしれません。
生まれ育った環境などの影響や元々の性格が要因のことが多いです。
先程スパドルの人たちは回数を設けないと申し上げましたが、さすがに長く居続けると情も映りますし、恋愛関係には至らなくても友情が芽生えることだってありますよね。
そこが複雑ではあるのですが、わが社独自の研究によってできた感情テストがあって、そのテストで相手に対してどのような感情を抱いているかが分かってしまうのです。
スパドルの方々は、何人か特定のアイドルに専属担当していただいていますが、定期的にそのテストを行ってアイドルに対して恋愛感情や、特別な感情を抱いていないかを調べています。
テストに引っ掛かった場合は、そのアイドルの担当から外れて貰っています。
シビアではありますが、会社の方針として決まっているんです。
更に掘り下げますと、ドル隊もスパドルの方たちも決まったルールがあり、入社前に誓約書にサインをしていただいています。
なので、会社のルールを破ってしまった際は、それ相応の処罰がございます。
それと同時にドル隊の契約も解除されます。
その契約書もどんな内容か気にはなったが、一つ疑問が浮かんだ。
ちなみに相手のアイドルたちの中にも非恋愛依存の方はいないんですか?
すると、鈴木秘書はゆっくり頷いた。
勿論います。ですが驚くことに男性の方が明らかに恋愛依存の方が多いんです。
男性で非恋愛依存の方はごく稀で数値で表すと千人に1人レベルです。
女性ですと百人に一人の割合なので、その大きな違いが分かるかと思います。
ちなみに現状で非恋愛依存のトップアイドルは一人しかいません。
なので、その一人に関しては好きなドル隊を自由に選ぶことができます。
私たちのサービスを利用するアイドルたちにも必ず恋愛依存症テストを受けていただいているんです。
そんなに男性は少ないんですね!と驚いた。しかもその一人って誰なんだろうと今旬のアイドルを思い浮かべたが断言できそうな人は思い浮かばなかった。
あの、先程私の行動から非恋愛依存の可能性があるとのことだったのは、どの行動が当てはまるんですか??
すると鈴木秘書は少し微笑んで話し始めた。
そうですね、行動パターンはいくつかありますが、ある行動が3つ以上当てはまると非恋愛依存の方として認められています。
市川さんは驚かれるかもしれませんが、一番始めに会ったレストランから行動を拝見させていただいていました。
えぇ!あの時からですか!
何も意識していないときに観察されていたかと思うと恥ずかしくなってきた。
あの、レストランで初めて市川さんを拝見したとき、席について早々藤田は市川さんの観察を依頼してきました。
あの子は素質があるから、是非とも弊社で引き抜きたいと申していました。
そこから市川さんの行動を観察させていただいておりました。
行動観察も男性の協力が必要なので、面接として同席していた男性にも協力していただいていました。
お気づきにはなりませんでしたか?

レストランでの出来事を思い出したが、全く思い出せなかった。
彼にお願いしたのはいくつかありますが、まずは市川さんの手を握って欲しいとお願いしました。
彼がおしぼりをお願いして市川さんが持ってきたとき、ぎゅっと手を握ってきませんでしたか?
確かに思い返してみると、手を触れられた気もするが、あまり意識していなかったので、思い出せなかった。
私はその時市川さんの表情に注目していたのですが市川さんは顔色一つ変えず何事もなかったかのように去っていきました。
通常なら少しくらいは表情に出るんです。
ドキッとしたり、不快に感じたり、驚いたり。
市川さんのあまりの無表情さに元非恋愛依存の私が言うのもなんですが、驚いてしまいました。と少しはにかんだ。
全く思い出せないが、なんだか彼にも失礼なことをしてしまったような気もしてきた。
その他にも専属の運転手が扉を開ける際、通常ではありえないほど顔を近づけていたと思うのですが、それにも市川さんは反応されていませんでした。
そしてレストランにいた従業員の方にもご協力していただいていました。
え、竹内くん!?
いつの間にお願いしていたんだろう。一緒に働いていたにも関わらず全然気づかなかった。
食事を持ってきてくれた時に彼にこっそり依頼したのですが、そんなことできないと最初は顔を赤らめていました。
しかし藤田直々のお願いと言うこともあり、嫌々ながらも実践していただきました。
彼にお願いしたのは3つです。
①後ろから腰に手を回す
②至近距離で顔を近づける
③髪を撫でる
この3つの行動を杏梨さんに対してしていただいたのですが、覚えていませんか。
言葉で聞くと、仕事中にそんなことをされたら絶対におかしいと思うはずだが、竹内くんにされた覚えはうっすらとあるようなないような。
無茶なお願いだけれど、VIPなお客様のお願いだから竹内くんも断れなかったんだろう。
ヘルプで来てくれていたのに、なんて可哀想なんだと今更ながらに同情してしまう。
えっと、申し訳ないのですがほとんど覚えてないですね。
私のごもごもとした返事に鈴木秘書は笑い出した。
なるほど。市川さんらしくて良いと思います。
彼は自然にやってくれました。
腰に手を回す際も、グラスを取る振りをして、市川さんの後ろから上手く手を回していました。
それに気付いた市川さんが振り替えると近距離でお二人の目が合っていました。
通常働いているときにそんなことをされたら、見ているこちらまでドキドキするようなシチュエーションでしたよ!
しかも美男美女だったので、すごく絵になっていましたし。と鈴木秘書は微笑む。
髪を撫でる仕草もしっかり私が観察できる場所でしてくれていました。
しかも撫でる際に、私たちにも聞こえるくらいの声で今日もお綺麗ですね!と言葉を添えて撫でていました!と鈴木秘書があの時を思い出しながら楽しそうに話す。
鈴木秘書の説明で記憶が少しよみがえった。
確かにその時のことは覚えています。
お客さんもいるのに、今日の竹内くんおかしいなぁとは思っていました。普段絶対言わないことだったので。
確か私、あの時突然どうしたの?ちゃんと仕事して!と言ってしまった気がすると私がぶつぶつ呟くと、鈴木秘書はクスクス笑い出した。
市川さんのお声までは聞こえてこなかったんですが、そんなお話されていたんですね。
その後市川さんは何事もなかったかのように振る舞われていました。
ちなみに腰に手を回したときも顔が近いときも市川さんは普段と変わらない反応をされてました。
逆にお願いした彼の方がドキドキして少し顔が赤くなっていましたね!と微笑んだ。
お願いした3つのことをやり終えて彼が隙をみて私たちの席に来たとき、あまりの市川さんの反応のなさに彼はかなり落ち込んでいましたよ。
全く恋愛対象としても男性としても見てくれていないと。
あんな綺麗な顔立ちで物腰も柔らかい方だったので、きっと普段ならおモテなられているだろうから、市川さんの反応のなさにはかなり傷付いたのかもしれません。
私はそんなことをしていた竹内くんの行動に、全く気づかなかった自分にもかなりショックを受けた。
竹内くんは、私からみても顔が整っていて気遣いもできるので女性から人気なのだろうなとは薄々感じていたけど、そんな彼がしてくれた行動に気付けないなんて、私が異性に対して何も感じないことを突き付けられた気がした。
今までも、知らないうちに相手を傷付けていたかもしれないと考えると少し胸が傷んだ。
でも安心してください。
私も以前は市川さんと同じような反応だったんですよ。
これは鍛えれば治りますし、相手の好意も気付けるようになる研修もございます。
治したいと思って研修を受ける方もいれば、気付かない方が楽に生きていけると敢えて受けない方もいらっしゃいます。
私は相手の好意に気付けた方が恋愛もしやすくなるし、世界の見え方が変わるかもしれないと思い研修を受けました。
恋愛をしたのはドル隊を辞めてからですが、と笑顔で答えた。
ちなみに研修を受けてから、恋愛の価値観は変わりましたか?と聞くと鈴木秘書はかなり変わりました!と声のトーンが少し大きくなった。
決して自慢ではありませんが、周りに私のことを好いてくれる方がこんなにいたんだと最初は驚きましたね。
世界の見方が180度変わって、大袈裟に言ってしまえば、新たな人生が幕開いたと言っても過言ではありません。
キラキラとした瞳で言う鈴木秘書の言葉に、そんなに恋愛は良いものだろうかと気になる自分がいた。
しかし研修を受けるには、ある程度ドル隊で成果を出してからではないと受けることができません。
非恋愛依存の方を重宝している弊社にとって、研修を受けてそれが改善されて、恋愛感情を抱いてしまうと元も子もないからです。
ドル隊での仕事をすることを承知の上で、ぜひ検討いただきたいです。
鈴木秘書の丁寧な説明で、研修を受けた後の自分を見てみたいと素直に思った。
鈴木秘書は一通り話終えたのかここまでお話を聞いていかがでしたか?と質問をしてきた。
初めてこの仕事を聞いたときは正直な所抵抗感しかなかったが、もしも自分が非恋愛依存だとしたら、克服した自分を見てみたい。
色々とご説明いただいて、実際にやってみたい気持ちになりました。続くかは分かりませんが、やってみようかな…
思わず口から出た言葉に、鈴木秘書は嬉しそうに手を叩き、よかった。市川さんならやってくれると思っていました。さっそく藤田に報告してきますね!とスマホを片手に席を立った。
一人取り残された私は、本当にこの判断は間違っていないのかと頭の中でぐるぐると考えた。
ドル隊の仕事、私に本当にできる?
人に言える仕事じゃないけど、ちゃんと続けられるかな。
そんなことを考えている間に、鈴木秘書がすっと戻ってきて、藤田も大変喜んでいましたよと私に伝えた。
それでは、本日はご帰宅していただいて、後日会社説明と契約書を交わしていただき、開始日を決めましょう!
今日はありがとうございました。と深々と頭を下げた。
幾度となく不安が頭をよぎったが、社長にも報告されてしまったし後には引けない状況になってしまった。
よろしくお願いします。と私は伝え、その日は帰宅した。


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