夏休み前の最後のホームルーム。
 期末テストの結果はすでに出ていて、教室の空気は完全に解放感に包まれていた。
 
 みんな喜びを隠しきれず、笑顔で話し合っている。
 
「夏休みだからって、あまりハメを外さないように。怪しいバイトはしないように。髪も染めたら黒く染め直すように。宿題は忘れずやるように」

 先生の言葉が少し厳しめに響くけれど、もう誰も本気で聞いていない。
 クラスメートたちの頭の中は、これからやってくる夏休みのことでいっぱいみたいだ。
 何人かは窓の外を見ながら予定について話し始めているし、他の誰かは笑い声を上げながら夏の思い出を語り合っていた。
 
「はい、じゃあ、また二学期に元気に会いましょう。さようなら」

 先生は諦めたようにため息をついて、教室を見渡す。
 ちらほらと「さよーなら」という声が上がったあと、先生はもう一度ため息をついて教室をあとにした。
 
 パタンと扉が閉まってすぐ、教室は空気が入れ替わったように一気に弾けた雰囲気が広がった。
 みんなが立ち上がり、鞄を持って扉に向かう。
 あちらこちらで「またね!」と笑い声が交わされて、一学期最後のホームルームはあっという間に終わりを迎えた。

「やっと夏休みだね!」

 私の席にやってきた瑛美梨(えみり)が、うきうきした声で言う。

「だね!」

 私も弾んだ声で返した。
 一学期の疲れがまだ少し残っているけれど、すぐにそれも忘れるに違いない。
 だって、これから思いっきり遊べるんだから。

「ねえ、四人でランド行こうよ!」
「やば! それ最高じゃん!」

 少し遅れてやってきた莉子(りこ)の発言に、千奈津(ちなつ)が楽しそうに声を弾ませた。

「いつ行く? 七月末とか?」

 瑛美梨が待ちきれないとばかりに提案する。
 
「賛成ー!」
「早く行きたい!」

 莉子と千奈津と一緒に、「行こう行こう」と私も賛同した。
 別になにを考えて言ったわけではない。
 言葉が自然と出てきた。

 ただ純粋に「楽しみだな」と思ったから。

 この四人でいる時間はすごく楽しい。
 春よりも距離が縮まっているし、笑い合うことが増えて毎日が少しずつ色づいてきた。
 みんなと一緒にいると、どこか安心できて嬉しかった。
 みんなと過ごしているときは、少しだけ「私」の部分がなくなっている気がしたから。

「せっかくだし、おそろコーデして行こう」

 そう言い出したのは千奈津。まさに「ザ・女の子」らしい彼女の意見である。
 この日も、高い位置に結んだツインテールをひらひらと可憐に揺らしていた。

「それいい! じゃあ、それまでに服も買いに行かなきゃね!」

 瑛美梨が続いて言うと、私と莉子もすぐに賛成した。
「おそろい」が女の(さが)だと思いつつも、「仲間」の一員に入れてもらっているという事実が心の安定剤になっていたりする。
 
 私はここにいていいんだ、と。
 
 そう思ってしまう私の心も、ある種の「女の性」なのかもしれない。
 
 教室を出た私たちは、そのままファミレスへと足を運んだ。
 夏休みの計画や楽しみにしていることを話しているだけなのに、あっという間に時間が過ぎていった。

 ◆

 夏休みが始まってから、私たちはいろんな場所に遊びに行った。

 予定通り、ランドに行ったときは絶叫マシンに乗りながら「これが一番楽しい!」と大笑いしたり、思い出のカチューシャをお揃いで買ったりして、園内を忙しなく駆け回った。
 アトラクション内で撮られた写真は、瑛美梨だけ目をつぶったひどい表情をしていて、みんなで大爆笑したりもした。

 そのあと、夜になってパレードを見る場所を探して走り回って。
 夜風を浴びながら「今度はハロウィンに来ようね」と約束したことが、今でも少しだけ胸に残っている。

 他にもプールに行ったり、みんなで集まって宿題を持ち寄って勉強会を開いたりした。
 勉強会と言ってもおしゃべりしてばかりで、結局全然進まなかったけれど、やっぱり楽しかった。

 ◆
  
 充実した夏休みはジェットコースターのように駆け抜けて、気づけば八月半ばになっていた。

 クーラーの効いた部屋でのんびりと過ごしていた昼、スマホに一件のメッセージが届いた。

《蒼真》

 不意に表示された名前に少しドキリとする。
 期末テストの勉強をしている最中、ふと蒼真くんと連絡先を交換していたことを思い出した──。

「ねえ、トークアプリのグループ作ろうよ」

 瑛美梨がパッと切り出して、私と瑛美梨、蒼真くんと遼くんの四人のグループチャットができた。
 私はまだ誰も発言していないチャット画面をぼやっと眺める。

 ──私から連絡することはないだろうな。

 何かを送ったときに、無視されるのが怖いから。
 何かを誘ったときに、断られるのが怖いから。
 
 だから私は、いつも受信されるのを待っているだけだった──。

 蒼真くんから受け取ったメッセージを読む。

《今週の日曜日、花火大会に行こう》

 余計な飾り気のない、まっすぐな誘い方だった。
 いつも通り、蒼真くんらしい。
 
 行きたいと思った反面、すぐに「行こう」と返せない自分がいた。

 ──だれか返事しないかな。

 周りの反応を伺う。
 いつも通り、私らしい。
 
 スマホを握っていると

《行こうぜ!》

 と、(りょう)くんから返事がきた。にっこりと笑っている絵文字つきだ。
 それに合わせるように瑛美梨からも『行きたい』と返事がきて、私はやっと『行こう行こう』と返事をすることができた。

 ──花火、か。
 
 送信ボタンを押してから、じんわりと実感が湧いてくる。

 ──楽しみだな。

 晴れるといいな、浴衣着ようかな、なんて胸を躍らせた。