クレープを食べ終えたあと、私たちは校庭の模擬店が立ち並んでいるはずれのベンチに腰を下ろした。
人の行き来も多く、絶えず笑い声が聞こえてくる。
それでもベンチに座っていると、ほんの少しだけ日常と切り離されたような気持ちになった。
私は手にしていた透明な袋から、いちご飴を取り出す。
艶のある赤い飴玉が秋の光を反射して、ガラス玉みたいにきらめいていた。
「これ、見た目だけで選んじゃったかも」
そう言いながら、そっと表面をなめる。
パリッとした飴はすぐに溶けて、甘酸っぱさが口の中に広がっていった。
「なんか、絵になるね」
隣からふっとこぼれた蒼真の声に、私は首をかしげる。
「絵になる?」
思わず問い返すと、蒼真は少し目を細めて、私の袴姿と手元のいちご飴を交互に見た。
「大正時代の服装に、いちご飴」
そう言って、ふっと微笑む。
その視線に触れた瞬間、顔が熱を持った気がした。
──違う違う!
慌てて心の中で首を振る。
きっと彼が言っているのは「衣装」や「雰囲気」のこと。
私自身が「可愛い」と言われたわけじゃない。
だから、そんなふうに受け取るのは、きっと勘違い。
「蒼真くんだって、その衣装、似合ってるよ」
誤魔化すように言いながら、私は手の中の飴を見つめた。
光を受けてきらきらと輝く赤色が、さっきよりもずっと鮮やかに見えた。
「ああ、これね。さんきゅ。書生服って言うんだってさ」
彼はちょっとだけ照れたように肩をすくめた。
どこかの俳優よりも様になっていて、大正時代からそのまま抜け出してきたかのように馴染んでいる。
「初めて知った」
「俺も。遼にしつこく言われてなかったら、知ることもなかったわ」
蒼真は軽く笑いながら、袖を引っぱるようにして見せた。
その動作すらも様になっていて、本当にずるいなと思ってしまう。
「やっぱり。蒼真くんは、なに着てもかっこいいね」
ぽつりと漏らしてしまった本音に、身体が一瞬にして硬直した。
──あ、言っちゃった……!
急激に顔が熱くなる。
いちご飴を握った手は、意味もなく棒をクルクルと回し続ける。
真っ赤な飴が、今の私の気持ちと同じくらい熱く見えた。
「結衣だって、可愛いじゃん」
その言葉にドキッとするも、私は目を逸らしたまま口をつぐんだ。
「私は別に……。ほら、奈々ちゃんとか。髪の毛もアクセもキマってたし、みんなの方が……」
「俺は、結衣が一番似合ってて可愛いと思うよ」
私の言葉を遮った蒼真の声が、やけに優しく響いた。
胸が締めつけられて、まるで時間が止まったかのように感じる。
──私が、一番……?
しばらく頭が空白になって、なにも言葉が出てこなかった。
心臓は大きく跳ね上がっていて、目の前にいる彼のことしか考えられない。
どんな顔をして、どんな言葉を返せばいいのかわからなかった。
その後、蒼真が気まずさを消すように明るく言った。
「いちご飴って、たまに食うと美味いよな」
「……うん」
彼の言葉に安堵し、ようやく落ち着いて頷いた。
けれど、心の中ではまだドキドキしていて。
胸の中は、いちご飴より甘くて温かい幸せな気持ちで満ちていった。
三つ刺さっていたいちご飴も最後の一個を食べ終わり、すっかりお腹も心も満たされていた。
その満足感に浸っていると、突然、聞き馴染みのない声が割り込んできた。
「あ、高見澤さんだ!」
顔を向けると、メイド服を身にまとった一人の女子がこちらに手を振っている。
「遠藤さん……?」
声の主は別のクラスの実行委員、遠藤だった。
実行委員を通じて何度か話したことがあったが、あまり深く接することはなかった。
「急でごめんなんだけど、委員会の仕事、代わってくれないかな?」
「え……」
突然の頼み事に、私は戸惑った。
けれど私が答えるより前に、彼女は言い訳をするかのように続ける。
「今カレシが来てくれたんだけど、私これから見回りしなきゃで。いつか埋め合わせするから、お願い!」
遠藤は顔の前で手を合わせて、必死にお願いしてきた。
申し訳なさそうにしているのは伝わってくる、けれど。
──埋め合わせなんて……そんな日、来るはずない。
私たちはそこまで親しくないし、彼女の言葉はきっとその場しのぎの口約束。
それでも、「お願い」と言われてしまうと言葉が詰まる。
──代わりたくない……。
今日しかない文化祭。
私だって、大変だった見回りの仕事を終えたばかり──なのに、断れない。
そう、断れないんだ。
でも、それは納得できないことだった。
だってなんだか、彼女の代わりに仕事を引き受けることが、すごく不公平に思えて。
黒く濁った嫌な気持ちが胸にこみ上げてきて、ぎゅっと拳を握り目を伏せる。
そのとき。
「悪い。俺たちも今、デート中なんだ」
あっけらかんとした口調で蒼真が言い放った。
「蒼真くん……!?」
「結衣はもう実行委員の仕事終わってるし。自分の仕事くらいは、ちゃんとやらなきゃじゃない?」
ニコッと笑っている蒼真の言葉が頼もしく聞こえて、胸で渦巻いていた感情がすっと引いていく。
救いの言葉だった。
心の中で「断りたい」と思いながらも、どうしても断れなかった自分を助けてくれるような。
「……だけど、カレシが!」
「彼氏と一緒に見回りすればいいじゃん。あちこち見れて楽しいかもよ」
蒼真がまたにっこりと笑った。
彼女もその言葉に少し考え込んだが、まだ納得できていないように口を開く。
「……そうかもだけど」
「彼氏と一緒ならなんでも楽しいって。じゃ、結衣。もう行こうか」
蒼真は強制的に会話を終わらせて、そのまま私の手を軽く握る。
そして、引っ張るようにして歩き始めた。
──手が……!
私の頭からは、遠藤とのやり取りがすぐに消え去った。
代わりに蒼真の存在がすべてを満たすように、私の心に広がっていく。
初めて触れた彼の手の感触に、緊張が走る。
花火大会のときとは全然違う距離感。
すぐそばに蒼真の身体があって、手のひらからは彼の体温が伝わってくる。
恥ずかしいのに、手を振りほどけない。
「なんかドラマみたいだな」
「ドラマ……?」
「よくわからないけど、こういう衣装だし。駆け落ちしてる、みたいな」
ふっと無邪気に笑った蒼真の顔に釘付けになった。
どんなドラマのワンシーンよりも胸を打つ。
きっと、この瞬間を忘れることはないだろうなと思った。



