拝啓、夜空かかった虹をみつけてくれた君


 文化祭当日。
 学校はいつもよりずっと(にぎ)やかで、昇降口をくぐった瞬間から胸が高鳴った。
 廊下にはカラフルな装飾がずらりと並び、どこからともなく音楽が流れている。
 お祭りムードが漂っている学校の非日常感に、みんな浮き立っていた。

 ──すごいなあ……!

 準備中に何度も見てきたのに、いざ当日を迎えると目に映るものすべてが新鮮に感じる。
 教室に向かう足取りも、自然と早くなっていた。

 パンケーキとドリンクを出す、大正ロマン風のカフェ。
 教室の内装も、雰囲気作りも、時間ぎりぎりまでみんなで準備した。

 ──うん……! 絶対大丈夫!
 
 ほんの少しだけ、緊張がのぞく。
 けれど、それ以上に「早く始めたい!」という気持ちが勝っていた。

「おはよう、結衣(ゆい)!」
「来たか、実行委員!」
 
 教室に入ると、瑛美梨(えみり)(りょう)が手を振ってくれた。
 最近はよく二人一緒に登校しているらしい。
 そのおかげで、遼が遅刻ギリギリに飛び込んでくることも最近はほとんどなくなっていた。
 
「おはよう! いよいよだね!」

 私も手を振って、気合を入れた言葉を返す。
 ほかのみんなも「おはよう」と言葉を向けてくれた。
 
 この瞬間が好きだ──と思った。
 一緒に何かを作って、一緒に盛り上がって、笑い合える時間。
 その中心に自分がいることが、ちょっとだけ誇らしい。
 みんなから頼られている気がして、それが嬉しかった。

「おっす、結衣。頑張ろうな」

 隣から聞こえた声に振り向くと、龍二がすでに袴姿で立っていた。

「おはよう。龍二くん、もう着替えたんだ」
「おう。こういうのは形から入らないとな。雰囲気、大事だろ?」

 少し照れたような、でも自信ありげな笑みを浮かべている。
 彼もきっと、この日を待ちわびていたに違いない。

「そうかも。頑張ろうね」

 自然と笑顔になっていた。
 今日はきっと、いい一日になる──そんな予感がした。

「おはよ」
 
 軽い口調で蒼真(そうま)が教室に入ってきた。肩に慣れないトートバッグをかけている。
 その姿に、いち早く反応したのは遼だった。

「お、持ってきたか!」

 目を輝かせながら駆け寄っていく。
 私と瑛美梨も、遼に続いて彼のそばに近寄った。

「お前が『着ろ着ろ』って、ずっと引かなかったからな」

 蒼真は苦笑しながら鞄を少し掲げてみせる。

「もしかして……そのバッグの中身って、衣装?」
「そ。文化祭用に買ったやつ」

 私が尋ねると、蒼真は少し照れくさそうに笑って(うなず)いた。
 
「蒼真ごめんね。私が遼に『着て』ってお願いしたの。こんな機会ないだろうし……せっかくなら、一緒に着て過ごしたいなって」

 瑛美梨が両手を合わせて小さく笑う。
 その言葉には、ふわりとした可愛さと、とても女の子らしい素直さがにじんでいた。

「俺ひとりだけだったら気まずいじゃん。だから蒼真も引きずり込んだ」
「別にいいけどさ。遼に振り回されるのには慣れてるし」

 少し申し訳なさそうにしながらも調子よく言った遼に、蒼真が肩をすくめた。
 周囲からくすくすと笑い声が上がって、教室があたたかい空気に包まれていく。

 ──なんか、いいな。

 みんなを巻き込みながら、こうして一緒に楽しめている感じ。
 ちょっと前の私なら、輪の中にちゃんと入れているか不安になっていたかもしれない。
 でも今は、ほんの少しだけ胸を張って笑えている気がした。
 
「おはー! みんな来るの早すぎじゃない?」

 笑い声とともに、莉子(りこ)千奈津(ちなつ)が姿を現した。
 莉子はいつも通りサッパリとした雰囲気で、気取らず自然体。
 でもその隣の千奈津には、いつもと違う違和感があった。

「どうしたの、千奈津? ツインテールは?」

 高い位置で結ばれているはずの、あの特徴的な髪型が今日は見当たらない。
 何事かと瑛美梨と顔を見合わせながら問いかけると、千奈津はふふんと鼻を鳴らし、肩下まで伸びた髪をさらりと揺らしてみせた。
 
「今日は和服でしょ。ツインテールだと浮くから、ハーフアップにするの」
「気合い入ってるね」

 瑛美梨がそう言うと千奈津はにっこり笑って、声のトーンを上げた。
 
「だって、ユウくんが来るんだもんっ」

 跳ねるような、乙女にしかだせない可愛い語尾。
 彼氏と過ごす文化祭に、高揚感が隠しきれていないようだった。

 ──好きな人と一緒に過ごす文化祭かあ。

 瑛美梨と千奈津の顔を見やる。
 二人ともとても楽しそうで、幸せそうで。
 それだけでこんなにも人は輝けるんだと、私の胸もあたたかくなる。

 ──うん、みんなのためにも頑張らなきゃ!

 今日という日を最高の思い出にしてもらうために。
 私はぎゅっと手を握って、小さく気合いを入れた。

 ◆

 私たち女子生徒の更衣室は、文化祭では使われない家庭科室だった。
 すでに見知らぬ女子生徒たちが数組、楽しそうに着替えをしている。
 別の学年かクラスの子たちだろう。
 メイド服やセーラー服など、思い思いの衣装に着替えながら鏡の前で笑い合っていた。

 そのグループと少し距離をとって、私たちも着替えを始める。

「やっぱり、大正ロマンといえばこの服装だよね!」
「けっきょく王道が一番映える!」

 矢絣(やがすり)柄の上衣に、エンジ色の袴。
 誰もが一度は思い浮かべる『大正ロマン』そのままのスタイルだ。
 通販で揃えた衣装に、私たちはわいわいと袖を通す。

 着替える合間も、千奈津が「袴の紐、うまく結べないんだけど!」と叫んだり、瑛美梨が「ヘアピン足りない!」とカバンを漁ったりしていて、ちょっとしたお泊まり会のようだった。

「……どう? 似合ってる?」

 着替え終わった千奈津がくるっと回って、嬉しそうに私たちを見た。

「うん、似合ってる!」
「へへっ。やっぱユウくんに見せるなら、ちゃんとしないとねっ」

 笑い合いながら、私たちは順番に髪をまとめた。
 ハーフアップにして、後ろに大ぶりの赤いリボン。
 ショートカットの莉子も耳元に(かんざし)の飾りを差して、それっぽくアレンジしている。
 鏡越しに映る、自分でも見慣れない姿。
 本当に大正時代にタイムスリップしたようで、気持ちも一気に(たかぶ)っていく。
 
 ──いよいよ始まるんだ。

 抑えきれない期待に胸を弾ませて、私たちは家庭科室をあとにした。