文化祭を二週間後に控えた放課後。
実行委員である私と龍二が教団に立つものの、文化祭の出し物を決める話し合いは予想通り難航していた。
部活や予定がある人を除いた半数ほどが教室に残っている。
やる気があるわけじゃないけど、「勝手に決められるのは避けたい」という空気が漂っていた。
「改めて、出し物の案ありませんかー?」
龍二が呼びかけると、ぽつぽつと声が上がる。
「屋台系は?」
「ステージ発表とか」
「展示は楽そう」
いくつかの案が出るものの、決定打に欠ける。
「でも屋台って、火とか油とか使えなくね?」
「ステージって演劇とか? そんなのやりたくない」
「展示とか地味すぎない?」
意見が出るたびに、「うーん」と微妙な顔が並んだ。
決定打に欠ける状態が続き、時間だけが過ぎていく。
「パンケーキは?」
スマホ片手に言い出したのは、クラスの中でも上位のグループにいる奈々だった。
「なんかないかなーって調べてたら出てきた。他の学校がやってるやつだけど、うちらでも出来そうだし、可愛くない?」
パンケーキの写真をみんなに見せるように、奈々はスマホを掲げる。
奈々と同じグループの女子たちは「いいじゃん」「やりたーい」とすぐに賛同の声を上げた。
「でも、火ってダメじゃなかったっけ?」
誰かがそう指摘すると、奈々は「別に火なんかいらないじゃん」と軽く笑う。
「パンケーキならホットプレートで焼けるワケだし。ドリンクメインにして、パンケーキは数量限定って売り出せば客も入るでしょ」
なるほど、と周囲が納得する空気になっていく。
──すごい……。
さっきまで全然まとまらなかった話が、一瞬で決まりそうな雰囲気になった。
やっぱり、こういう子の意見は強いし、自分の考えにもブレがない。
もし私が同じことを言ったとして、ここまでスムーズに決まっただろうか。
改めて、クラスの力関係みたいなものを実感した。
「パンケーキなら、喫茶店とかカフェとか? なら、内装とかもそれっぽくしたくない?」
誰かの提案に、奈々が「だよね〜」と笑いながら同意する。
「どうせなら映える感じにしたいよね」
「カフェならメイド喫茶とか!?」
「じゃあ男子は執事?」
「やだよ!」
「うちらだってメイドなんてイヤだし」
あっという間に衣装の話へと変わっていった。
今度はどんなコンセプトにするかで意見が飛び交い始める。
「大正ロマンとかどう? 袴着るの」
またしても、奈々のいるグループの女子が声を上げた。
「最近レトロ喫茶とか流行ってるし、可愛いと思うんだけど」
「いいじゃん、着てみたい!」
「大正時代の男ってどんな服装なんだ?」
「男子は白シャツにサスペンダーとかでいいんじゃない?」
「ダサっ! 着るなら俺たちだって和服にするわ」
こうして、話は「大正ロマン風のカフェ」に向かってまとまっていく。
龍二と顔を見合わせると、彼は小さく肩をすくめた。
「やっぱ、カースト上位組はすごいな」
「本当。ありがたいけどね」
教室全体に目を向ける。
盛り上がっている奈々たちの男女グループ。
目が合った瑛美梨たちも賛成しているようだ。
クラスの大半が「それでいこう」という雰囲気の中、この流れに乗れてない人が数名いる。
その空気に、私は少しだけ息苦しさを覚えていた。
──本当に、みんな賛成なのかな。
反対なんて言いづらい雰囲気。
きっと、「嫌だけど言えない」って人もいるんじゃないだろうか。
そう思ったのに、私も「反対の人いませんか?」とは言えなかった。
言ってしまったら場の空気を壊してしまう気がして、喉に言葉が詰まる。
「カフェは賛成。たぶん他に案は出ないだろうし」
ざわめく教室に、すっとためらいのない声が滑り込んできた。
私は声の主の方へと視線を巡らせる。
──蒼真くん。
彼は自分の席についたまま、顔の横で小さく挙手していた。
「でも、着たくない人は着なくてもいい?」
そう続けた蒼真の一挙手一投足に、みんなの視線が集まる。
堂々としているわけじゃないのに、自然と教室の空気を変える力を持っていた。
「えー、蒼真は着ないの? 絶対似合うと思うけど」
奈々たちが笑いながら口をそろえる。
からかうような、けれど悪意のない声。
蒼真は軽く肩をすくめた。
「気が向いたら着るよ。けど、衣装なら買わなきゃだし、負担になる人もいるかもじゃん? 無理して合わせるのは違うと思って」
その言葉に何人かの男子が頷いていた。
中には、ちょっとホッとしたような顔をしている子もいる。
「まあね〜、確かに」
奈々も納得したように頷く。
「じゃあ、衣装は自由ってことでいいか。着たい人だけ用意するって感じ」
「賛成ー!」
教室の空気が一気に和らぐのを感じた。
「実行委員の二人も、それでいい?」
蒼真がにこりと笑いながら、私たちの方へ視線を向けてきた。
「うん、そうしよう。結衣もいいよな?」
「もちろん、大賛成」
私と龍二は、自然と小さな拍手を相馬に送っていた。
──やっぱり、一番すごいのは蒼真くんだ。
あんなふうに空気を変えられる人なんて、そうそういない。
どんなときでも誰とでも、平等で正直で優しくて。
それなのに、偉ぶったところなんてひとつもなくて。
ほんの少しだけ。
蒼真の存在がまた大きくなった気がした。
◆
ひとまず出し物が決まったことを担任の先生に報告しに行く。
龍二と一緒に、先生の机の前に立って軽く頭を下げる。
「先生、出し物決まりました」
「お、思ったより早かったな」
先生は背もたれにもたれて、椅子をこちらに向けた。
パンケーキとドリンクを出す大正ロマン風の喫茶店に決まったと、今までの流れを噛み砕いて説明する。
「いいんじゃないか。でも、食品扱いだからそこだけ気をつけろよ。材料の安全確認はしっかりな。あと、予算はあまりないから、映えを意識したトッピングとかは難しいと思っておけよ」
先生は茶化すように、先を見据えた意見を言う。
その言葉に、大人の余裕というか、経験値の差を感じた。
「許可出しておくから、頑張ってな」
あっさりと許可が下り、少し拍子抜けした気分で私と龍二は教室に戻る。
みんな下校したのか、先ほどまでの賑やかさが嘘のようにガランとしていた。
「でもまあ、決まってよかったな」
肩の荷が下りたように、龍二がふうとため息混じりにこぼした。
「うん。これも蒼真くんのおかげかも。私じゃなくて、蒼真くんが実行委員の方がよかったんじゃないかな」
笑いながら無意識に言ってしまったその言葉が、龍二の顔色を変えた。
「俺じゃなくて、渡辺の方がよかった?」
顔を少し曇らせ、冷ややかな目で私を見る。
「違うよ……!? 龍二くんじゃなくて、私の方がって! 龍二くんはちゃんとまとめてたし、仕切ってたし、私なにもしてなかったなって!」
慌てて言い訳をするけど、言葉が上手くまとまらない。
龍二の冷たい視線に、胸がチクッと痛む。
「なあ。結衣と渡辺って、前から仲良かったの?」
「え……ううん。仲良くなったのは、席替えで隣になってからだけど」
「ふーん」
龍二は表情を見せずに、目を伏せたまま私に背を向けた。
──どうして、そんなこと聞くの……?
気まずい沈黙が広がって、胸の奥がざわざわしだす。
不安で、怖くて、「私」を否定されているかのような感覚。
「ごめんね! 実行委員は私と龍二くんだもん、自信持たなきゃダメだよね! 頑張るから、文化祭までよろしくね!」
慌てて言葉を並べて、空気を変えようとする。
「……そうだな。なんか、ごめん。俺も頑張るわ」
龍二は振り返って、少し照れたように笑いながら軽く拳を握って見せた。
言った言葉が正解だったのかどうかはわからない。
私は「うん」と微笑み返すしかなかった。



