春風が過ぎた、初夏の光の中で
 たとえば、朝霧に浮かぶ星々のように。
 たとえば、泡沫(うたかた)に映る黄昏のように。

 そこにあるはずなのに、虚像に見えてしまう。

 たとえば、それは──私のように。

 だけど左手首に刻まれた一筋の傷跡が、流れ星のように一瞬だけ──虚像だった私を実像に変えてくれる。
 
 私はいつも、その消えない傷跡にすがっていた。
 
 だって、それだけが「私」の存在証明だと思っていたんだから。