心因性失声症、というらしい。
 それがわたしの状態。


 かすれた声しか出なくてボロボロ泣き出したわたしを必死になだめたお母さんは、仕事を早退して耳鼻咽喉科に駆け込んだ。検査をしてもらったけど、のどにこれといった異常はなくて感染症っぽくもなくて、ならばと紹介されたのは心療内科だった。
 そちらは予約制で、ゴールデンウィークの飛び石の狭間でなんとか診てもらえた。学校は連休前からずっと休んでいた。そこで告げられたのが、心因性失声症という病名。

「疲れた、て体が言ってるんですよ。すこし気楽にすごしましょう」

〈わたしの声、出るようになりますか?〉

 渡された紙とペンで、わたしはお医者さんに訊いた。うなずかれてホッとする。

「のどの機能が壊れたわけじゃないですから。咳はできるし、泣けばしゃくり上げる声なんかは出ると思います――どうですか?」
「あ、ああはい。話す時よりも音になっています」

 お母さんが代わりに答えてくれる。

「陽菜さんは今、声帯を動かすやり方を忘れてるだけなんです。あ、声帯の周りの筋肉を、ですね」
「そんなことあるんですか」
「人間の心と体は思うようにならないものです。原因はまあ、なんらかのストレスなことが多いですね……だからしばらく、陽菜さんがキツいと感じることはあまりしないでおきましょう。治るまでには個人差がありますけど、一生話せないなんてことにはならないです。だいじょうぶですよ」

 そしてお医者さんは抗不安薬というものを出してくれた。息が苦しい時に飲んでください、と。





 ゴールデンウィークの最後の日、自分の部屋でゴロゴロしながらわたしは考えていた。

 ストレスが原因。
 つまり、わたしは苦しかったんだ。
 それは……なんのせいだろう。理由はたくさんあるのかもしれない。



 あの日にわたしがした最後の会話。それはわたしの夢の話だった。
 うたいたい、という夢。

 咲季ちゃんに否定されて、わたしはそんなに悲しかったのか。声を忘れるほどに。


 でも、こうして咲季ちゃんのことを思い出しても怒りがわいたりはしない。ちょっと苦しいだけ。
 だってわたし、いつもグイグイ進んでいける咲季ちゃんのことすごいな、て思ってしまう。怒るより、負けたと感じる。

 そうだ、須田くんのこともうらやましがっていたっけ。きちんと音楽に向き合っていることにヤキモチ焼いて。


 ――――ああ。

 そうか、わたしのストレス。
 それはきっと、〈わたしがわたしであること〉そのもの。
 わたしは他の誰かをうらやんでばかり。自分のことが嫌なんだ、たぶん。


 わたしはいつも他人の顔色をうかがって生きていて。
 誰かに笑われるのが怖くて。だから目立つことが嫌で。
 とにかく臆病者なんだ。

 そして、そんな自分を変えたくて必死に夢を口にしてみたのに――否定された。ただひとりの歌い手になど、なれるわけないと。



 うたえないよ。もう。
 わたしの歌に価値なんかない。

 そう思ってしまったんだね、わたしの声は。だから消えたんだ。


 ――そうなの?
 わたしの声ってもう、いらないのかな。
 あきらめるしかないのかな。