「――ううん、陽菜はこの頃がんばってると思うよ」
教室でお弁当を食べている時、咲季ちゃんに言われた。集まっているクラスの子、五人それぞれの部活の話だった。
「ほんと?」
「うんうん。去年は言われたことにうなずいてるだけでさ。歌う声もちっちゃいし。いるかいないかわかんなかった」
「あは、は……」
わたしはごまかして笑った。やっぱりそんな風に思われてたんだ。わたしの顔が引きつったからだろうか、咲季ちゃんは手をヒラヒラして謝った。
「あーごめん。まあ陽菜かわいいし、正直マスコットみたいに思ってたんだよね。でも今は一年の指導しようとしてるんでしょ? ソプラノの子が言ってた」
へええ、と意外そうに笑った三人は、今年から話すようになった子たちだった。
みんな咲季ちゃんの友だちで、わたしもお昼に誘われ混ぜてもらっている。教室の中でひとりになるのが回避できてラッキーだけど、まだわたしだけ浮いている気がした。こんなんじゃ彼女たちも困るよね。
「陽菜ちゃんてあまりしゃべらないけど。そういえば声、かわいいかも。カラオケとかは行く?」
質問は嬉しかった。わたしがどういう人なのか、話せる機会にアピールしなくちゃ。
「行くことはあるよ」
「へー、じゃ今度いっしょに行こっか」
「うん。あ、おこづかいがある時だけね」
「あーわかる。私もいつも足りなくて。陽菜ちゃんどんなの歌うの?」
えーとね、と口を開いたら咲季ちゃんがさえぎった。
「合唱曲はカンベンしてよ? 『大地讃頌』とか『アヴェ・マリア』とか」
「なにそれ、讃美歌? そういうのも合唱部でやるんだ」
「やるやる! うち浄土真宗の檀家だけどおかまいナシよ」
「日本はおおらかだもんねー」
きゃあきゃあとそれていく話題に取り残され、わたしは口をつぐんだ。
何も言えない。
かすかな笑顔で、わたしはここにいるだけだった。
新クラス、そして後輩。
そんなものに慣れなくちゃと思いながら、空回りしている気分がぬぐえなかった。
だけどわたしのあせりを置き去りにして、あっという間にゴールデンウィークが近づいてくる。もうすぐ五月になるっていうのに、わたしは何をしているんだろう。
あと二日で連休入りという日の昼休み、近くで男子が話していた。そこには須田くんもいて、友だちに訊かれている。
「ゴールデンウィークなんか予定ある?」
「親がアウトレットモール行くって。つき合うと思うけど、それぐらいかな」
須田くんは家族関係も良好、と。
あ、いや、わたしだって悪くはないけど。
「買い物めんどくね? えらいじゃん」
「飯食わせてもらえるだろ。いつも行くとこソフトクリームもうまいし」
男子らしい言い分にわたしはこっそり微笑んだ。
そんなのが聞こえたせいで、こっちもみんなで遊びに行くかどうかの話になる。前に言っていたカラオケとか、だ。
「あたし親と旅行だからパス」
あっさり言ったのは咲季ちゃんだ。ならわたしも参加したくない。今ここにいる人たちとは、まだそんなに仲良くなくて迷惑がられると思う。
「そっか、まあどこも混むしねー」
「カラオケとかなら普通の日のがいいよ」
「私おばあちゃんとこ顔出すし、塾もあるから忙しいかも」
口々に言うのが、わたしと会わない理由づけのように聞こえて苦しくなった。咲季ちゃん抜きでつき合うほどの関係じゃないと知らされた気がした。
「……塾、行ってるんだね」
忙しいと言った幸田さんに、なんとか話しかけてみた。わたし以外のみんなには当たり前のことなんだろうな、きっと。
「そうなの。私ちょっといい大学、受けたくてね。今からそなえてるんだ」
「弁護士目指すんだって」
横から咲季ちゃんが口をはさむ。やっぱりみんなの共通認識だったらしい。知らないのはわたしだけ。でもそんな立派な夢があるなんて、わたしは素直にびっくりした。
「すごいなあ」
「いやー、なれるかどうかわかんないし。陽菜ちゃんは進路とか考えてる?」
さらりと訊かれてわたしは一瞬、口ごもった。
わたしの夢。それは。
「――歌う人になれたら、うれしいけど」
小さく言った。勇気を振りしぼって。
でも、みんなキョトンとする。
「え……まさかアイドル?」
「ううん! じゃなくて、歌のおねえさん、とか?」
どんどん声が尻すぼみになる。
笑われる、絶対。
子どもみたいだって。なれるわけないって。馬鹿にされる。
「歌のおねえさん……ってあれだ、教育番組!」
「やーん、なつかしいね」
そう言い合うのは、困惑しているからなんでしょ? つき合いの浅いわたしに、なんて返せばいいのか迷うよね。ごめんなさい、変なこと語り出して。
そしたら咲季ちゃんがズバリと言いきった。
「やだ陽菜ったら、そんなのムリに決まってるじゃない」
ムリ。
自分でもそう思っていたのに、他人から言われるとズシンと胸が重くなった。
「ちょっと咲季、そんな」
「だってあれは難関すぎるよ。弁護士どころじゃないもんね、総理大臣レベル。日本に一人だもん」
「へえ……そうなの?」
「だったと思うよー。それに〈おねえさん〉って陽菜のキャラじゃないしさ、あり得ないって」
明るくわたしの背中をバン、とする咲季ちゃん。息が詰まった。
「そ……だよ、ね。でもわたし、そんなんじゃなくても、歌えたら、いいなって」
「合唱ならそこらのママさんコーラスでもできるよ」
「あれ、そういう言い方は今まずくない? ママさんとかって」
「あ、差別か。昔うちの親がやってたんだけどな」
またわたしを置いてどこかに行ってしまう会話。
苦しい。息ができない。
必死でパクパクと口を動かそうとしたら、向こうで須田くんがわたしを真っすぐに見ていた。
なんだか不思議そうな目で。何かを言いたそうにして。
――――やだ。
見ないで。
こんなどうしようもない、何もうたえないわたしを見ないで。
夢を叩きつぶされても言い返せないわたしのこと、嫌いにならないで――――。



