四月、わたしは高校二年生になった。
「陽菜、今年は同じクラス!」
「あ、咲季ちゃん一緒なんだ、よろしくね」
合唱部の咲季ちゃんがわたしのところに駆けよる。ニカッとハイタッチし、咲季ちゃんはすぐに別の子のところにも同じようにしにいった。友だち多いんだな。
去年わりと話したのにクラスが離れてしまった子もいるけど、こうして部活仲間と机を並べられるんだからがんばろう。まったく未知の子とだって友だちになれるかもしれないし。新年度はとにかくドキドキしっぱなしだ。
そしてわたしのクラスには、今年も須田くんがいた。なんとなく胸がざわついた。
お互いに歌のことも、ドラムのことも誰にも言わない。そんな無言の協定がわたしたちの間には結ばれている。
でも須田くんのドラムって、どんなだろ。わたしはエアを見たことがあるだけで音は聴いていない。上手いのかな。きっとそうなんだと思う。
だってドラムってバンドにひとりだけだもんね。わたしみたいに仲間の陰に隠れて歌うわけにはいかないんだ。
先頭に立つボーカルやギターとは違うけど、リズムを支えて音楽を作る。
そんなことができる須田くんに最近のわたしはあこがれていて――でも本当は、嫉妬のほうが大きいかもしれなかった。
わたしはひとりでは何もできないから。
自分の夢を語ることすら、怖くてしてこなかったから。
ところで新学期、新学年ということは、わたしにも後輩ができたりするわけで。
音楽室に集合した合唱部員たち。ぐるりと見渡し、部長と副部長は宣言した。
「それではぁ、パート分けオーディション開催しまーす!」
「いぇーい!」
パチパチパチ。
一年生たちに拍手があびせられる。今年はもう九人も入部してくれていて、二年生・三年生の顔色は明るかった。
オーディションといっても、今日やるのはふるい落とすためじゃない。声質を聴くものだった。
ただのパート分けなのでお祭り騒ぎすることじゃないんだけど、今の三年生は軽いノリ。合唱部なんて陰キャっぽいと言われたくないと、部長は張り切っていた。
新入部員のうち六人いる女子は、ソプラノとアルトに。男子三人はテノールとバスに分けたいところだけど、声質次第でどうなるかわからない。
ちなみにわたしはソプラノ。この細い声だからそれしかできない。音域も高いからいいんだけど。
「んじゃ、順番にひとりづつ。女子からいこっか」
「えー、ひとりなんですかあ? 緊張しますー!」
副部長が仕切ると、一年生女子たちがクスクスしながら小突きあった。最初になりたくないんだね。
でもそうだった、去年のわたしは「じゃあ陽菜からね」とみんなに押し出されたっけ……いちばん小さいからって理由は意味がわからなかった。
「……だいじょぶだよ、声の雰囲気とか、出せる音域を聴くだけだから」
いちおう先輩として、一年生を後押ししてみる。後輩たちはへにゃ、と笑った。
「陽菜ちゃんセンパイは見るからにソプラノですよね」
「このフンイキで豊かな低い声とか出されたら詐欺ですって!」
すでに一年生からも「ちゃん」付けされている自分が、ちょっと悲しい。
「陽菜はなんてゆーか、小鳥がさえずってるみたいだもんね」
便乗してケラケラ笑ったのは咲季ちゃんだ。ピアノが弾ける咲季ちゃんは、音取り役として椅子に陣取って待っていた。
「ほら、もう端の人から順番で早くやろ。つべこべ言わない!」
「はーい!」
声を掛けた咲季ちゃんの勢いに巻き込まれ、すぐにオーディションが始まった。
しっかり者で、グイグイ前に出られる咲季ちゃん。人数のすくないアルトを引っ張って歌える咲季ちゃん。
こういう人が来年は部長になるのかな。
……わたしには無理だよな。



