須田くんと音楽の謎は、春休みに解けた。


 一年生が終わり、宿題もないお休みの日々。たった十日ぐらいだけど、なんだか宙ぶらりんで落ちつかなかった。
 入学の準備で忙しかった去年みたいにはドキドキしないし、クラス替えはあるけど知らない人ばかりになるわけないし、まだ大学受験じゃないからそんなに憂うつでもない。高校二年生ってほんとうに中途半端。
 でも、自由って思えばいいのかも。


 春休みの真ん中ごろ、わたしはひとりで駅前の大きなショッピングモールまで行ってみた。
 友だちと待ち合わせたりしないのは音楽イベントがあるからだ。誰にも気をつかわずに、好きなものを好きなだけ聴いていたい。

 ――そこで、須田くんを見つけた。



 二階のイベントステージは、地元の人が組むバンドが次々に演奏しているところだった。
 混んだフロアを避けたわたしは吹き抜けになっている三階に逃げた。上に抜ける音だけでもいいかなって。
 そこに須田くんが、いた。
 ステージを見下ろす通路部分のベンチに座り、音楽に合わせて脚でリズムを刻む須田くん。腕も小さく動かしている。

 踊ってるみたい――。

 わたしはきょとんとなった。
 だって、足が単純なタン、タン、じゃないんだもん。タタ、て早く踏んだり、つま先とかかとを使い分けたり。なんだろう、これ。


 聴こえてくる音楽と完全に溶けあったその動きに目をうばわれて、わたしは近づく。
 ちょっと横からのぞいても、やっぱりその人は須田くんだ。真剣な目だけど、とても楽しそうで――。

「……ぐわっ」

 チラ、と視線がこちらに動いたと思ったら須田くんが妙な悲鳴をあげて止まった。

「あ、ごめん……!」

 わたしは謝る。
 これは、以前の公園で私の歌を聴かれた時の逆パターン。
 のぞき見って、しちゃったほうも気まずいのね。わたしは冷や汗をかいた。

「はや、林原……」
「あの、ええと。それなんだっけ、タップダンス?」

 アワアワされてしまい申し訳なくなったわたしは早口でたずねた。すごいリズム感だなって思ったから。
 だけど須田くんは眉をよせてヘンな顔になる。

「タップ……?」
「あ、違う? フラメンコかな。ごめんわたし、よくわかんなくて」
「ちげえって俺、踊らないし」

 あわてた感じで須田くんが否定した。周りに人がいるからか、あんまり大きな声じゃないけど恥ずかしそうにされる。わたしの冷や汗はますます止まらなくなった。

「え……違ったの?」
「これはドラム。俺が習ってる先生が今、演奏中なんだよ」
「ドラム」

 わたしはぼんやりと立ちつくした。
 踏み込む足。細かく動く腕――エアでドラムを叩いていたのか。

「や――っ!」

 恥ずかしすぎて、わたしは顔をおおいしゃがみこんだ。
 須田くんのこと脳内で勝手に踊らせちゃった!

「おい? 林原?」
「ごめ、ごめん。ダンスと勘違いするなんて、わたしむっちゃバカだ」

 しゃがんだまま須田くんを見上げる。指のすきまからチラっと見えただけでも、わたしの顔は真っ赤だったんじゃないかな。須田くんが困ったように目をそらした。
 ちょうど曲が終わって、ラストの決め部分だけ須田くんはダダン、とかかとを鳴らす。
 立ち上がった須田くんは照れながらわたしに手を伸ばした。ヒラヒラするのは、立てということだろう。
 その手につかまるわけにもいかなくて、わたしは自分で立った。ホッとしたような笑顔を向けられる。

「先生の出番、終わり。俺ちょっと声かけてくるから」
「……せっかく聴いてたのに邪魔しちゃったのね。ほんとごめん」
「いいって。今の曲は俺も教室で叩いたから、つい動いちゃってさ……くっそ、ドラムバレしたし」
「バレ?」
「学校のやつらには言ってないんだ。なんか恥ずくて。だからしゃべるなよ」
「え……でも今の曲とか叩けるんでしょ。かっこいいじゃない」
「カッコつけたくないから秘密でいいんだって。バラしたら、おまえの歌のことだって言いふらすからな」

 ビシ、とわたしに指を突きつけると、須田くんは逃げてしまった。取り残されて、わたしの眉が情けなくハの字になる。
 
「えええ……」

 わたしがひとり、公園でうたっていたこと。それはたしかに友だちに知られたくなかった。
 でもあれから一ヶ月ちょっと、須田くんは誰にも言わないでくれたみたいだ。
 そのことにホッとしたし、いい人だなって思ってたし。須田くんのこと気になってチラチラ観察したりしちゃったけど、他意はないんだよ……ううん他意ってそんな。好きとかじゃなくて気になってるだけだもんね。でもわたしのことも嫌がられたくない。だからつまり。

「須田くんのことだって、ほかの人に言ったりしないよ……」

 つぶやいてイベントフロアのほうを見下ろすと、ステージ裏のついたての中から出てきた男の人が須田くんの頭をこづいているのが見えた。きっとあれが、先生。
 バンドだなんて、須田くんにそんな印象なかったからびっくりだ。パッと見は服も髪型も派手じゃないし。でも出てきた他のメンバーさんたちとも楽しそうに話してる。


 そっか、須田くんはちゃんと音楽をやっているんだ。
 バンドを組むような先生について本格的に習い、プロの世界を見すえて。

 わたしのうた、ほめてくれたけど。
 須田くんのほうが、ずっとすごいじゃないか。

 ――置いていかれたように感じて、わたしは勝手に傷ついた。