咲季ちゃんと、きちんと話したい。
 そう思ったわたしはノートとシャーペンを持って咲季ちゃんに突撃しようと決めた。けど。

「……え、何言ってんの」

 翌日朝イチ、昇降口で会うなり宣言したわたしに、須田くんは困惑の顔を向ける。

「苦手だろ? ああいうグイグイくるヤツ」
「(す)ごいと思っ(てる)」

 でも緊張はしているのか、声がかすれた。あわててノートも引っぱり出し併用する。

〈にがてとは ちがう
 気がひけるだけ〉

「いやいや。ほぼヒナのストレスの原因だし。話すなら俺も付きそうよ」
「だ、め」

〈また守られてるって言われる
 わたしひとりで〉

「そうだけどさぁ……」

 不満そうにされたけど、頑張るんだ。
 わたし、自分の気持ちを自分の言葉で伝えられるようになりたい。



 だけど咲季ちゃんはつかまらなかった。授業が終わるとフイと教室を出ていってしまうのだ。
 どんくさいわたしがアタフタしている間に姿を消す咲季ちゃん。お弁当タイムの昼休みならと思ったのに、そこでも逃げられた。この手はわたしもずっと使っていたから文句を言える立場じゃないけど……。
 ガッカリしていたら幸田さんが苦笑いする。

「咲季に言ったの、小学校の時のこと教えたよって。それできまり悪くて避けてるんだろうね。だって八つ当たりみたいじゃない? 陽菜ちゃんはあの時の子とは別人なんだし、いいかげんにしなきゃ」
「そん、な。(わた)しも(悪かっ)たの」

 とっさに答えた言葉はたどたどしい。でも近くにいた人たちが聞きつけて、驚きの声をあげた。

「あれ、陽菜ちゃんの声、治ってきたの?」
「へー良かったじゃない」

 あ。
 つい発してしまった声に注目され、バツの悪さに縮こまる。教室で話したのは二ヶ月ぶりぐらいだ。でもガサついた声を笑われたりはしなかった。

「のど、まだ痛かったりする? あ、返事ムリしないでいいよ」
「元がおとなしかったし、しゃべってなくてもそんなに違和感ないからね」
「たしかに」

 サラリと受け入れてもらえ、わたしはむしろ何も答えられなくなった。
 それでいいの?
 何も言えずに座ってるだけの子がいたら、うっとうしいかと思ってた。おしゃべりに参加できなきゃ友だちではいられないと思ってた。
 わたしがオロオロしていたら、やり取りを聞いた男子が遠くから茶々を入れてくる。須田くんの友だちだ。

「なになに林原しゃべれるんだ? よかったなー、林原の声かわいいもんなー。ってそういうこと言うと須田に怒られるか?」

 いくつかのニヤニヤする視線を向けられた須田くんは、余裕の顔をしてみせた。

「べつにー? 俺そんなに心の狭い彼氏じゃないんで!」
「はあっ!?」

 突然の彼氏宣言に教室がざわつく。いじった友だちのほうが驚いて声を裏返した。

「なんでだよ、違うって言ったの昨日じゃなかったか!?」
「だーかーらー! なんと昨日の午後から、そうなりました!」

 もったいぶって須田くんが言い放つ。
 沸き立つクラスメイトから冷やかしと拍手を浴びせられ、わたしは硬直した。
 助けを求めて泳ぐわたしの視線がなんとか須田くんにたどり着く。へへ、とドヤ顔をされた。またみんなが騒いだ。


 ……あれ。
 このクラスって、こんなに気安い感じだったっけ。ずっと居心地悪く思っていたのは気のせい?
 わたしはぼう然とした。

 なんでだろう。
 もしかして、今までもこう? わたしが勝手になじまずにいただけ?
 だってだって、わたしの話なんてつまらないし、そもそもあまり話せてないし、話題についていけてなかったし。みんなに迷惑かけてるかと。


「そんなわけだから、二人で昼めし食ってくる! 行こうぜヒナ」

 須田くんがお弁当を取り出し、わたしを誘った。その「ヒナ」という呼び方に女子からうらやましげな悲鳴があがる。
 見回しても、わたしに向けられるのは笑顔だけだ。ずっと感じていた疎外感は妄想だったのだろうか。

 わたしは急いでノートとお弁当を抱え、須田くんと教室を出た。