家に帰って「ただいま」と言ったら、いつもよりハッキリ出た声にお母さんが大喜びした。心配かけているんだな。
部屋で着替え、小さく発声練習をする。
「あー、あー」
小さいけど、声はちゃんと聞こえた。夢じゃないんだ。気持ちが上向いて楽になったおかげだね。ありがとう、須田くん。
「これ、から。だよ」
そうだ。どんどん戻して、元気にならなくちゃ。
今のわたしは自分の心だけでせいいっぱい。気にかけてくれている両親にも須田くんにも、学校の先生たちやドラムの山野内先生にも、何も返せていなかった。申し訳ないなと、あらためて思った。
しっかりしたい。
須田くんは、わたしのことを「強い」と言ってくれたけど、そんなことないよ。
「弱いのを武器にする」
そう咲季ちゃんが言ったのは、わたしがわかりやすく体調を崩したり保健相談室にこもったりしちゃうからだろう。そういうの、あざといと思う人もいるのかもしれない。でもそうしないと長期欠席するしかなくなるから……。
「こっちは頑張ってるのに」
うん、咲季ちゃんは一生懸命だよ。それはわたしも知ってる。ああでも……同じことを求められたら困っちゃうな。咲季ちゃんはわたしが頑張れないから怒ってるのかな。
考えていたらLINEが鳴った。須田くんだ。
[歌詞みてくれ]
[ヒナがメモってたストーリーラインを参考に
孤独な僕とヘタレな君の話で作ってる]
むむ。
なんか失礼?
[ヘタレで悪かったなー!]
秒速で返信し、プンプンのスタンプもつけた。
ゲラゲラ。ごめん。二つのスタンプが戻ってくる。なんか気安くていい。だって今日から恋人なんだもんね。
[Aメロしかないけど
僕視点で]
そして送られてきたのは、こんな詞だった。
[誰かと合わせ笑うのが
当たり前になっていた
横並びのリズムはみ出すのを
おそれていた]
[僕だけの空がほしいなんて
ひとりよがりだ
誰にも届かない言葉を抱え込んでいた]
頭にもう染みついているメロディに、その言葉をはめこんでいった。
くっきりと歌の意味が輝きだす。
[まず僕の状況の提示
どんなもん?]
息だけで口ずさんでいたら意見を訊かれた。あ、そっか感動してる場合じゃない。感想を送らなきゃ。
[すごくいいです]
[なぜに丁寧語]
[いえいえ、とても素敵だと思います
須田先生と呼ばせてください]
冗談だけど、半分本気だった。だってすごい。わたしが感じていたことを言い当てられた気がした。
話せなくなったことで、わたしはクラスの輪から外れた。友だちに合わせ笑ったり、一緒に行動したり、そんなことから一歩引いた場所でみんなをながめていた。
その疎外感。
同時に感じた自由。
わたしは否も応もなくそうなったけど、誰だってすこしは周囲に合わせようと頑張っているはずで。
そうして自分をねじまげることに苦しんでいるかもしれなくて。
そんな誰かに届く歌になればいい。そう願った。
[続きもこの調子でお願いします]
[編集さんなの!?]
ダラダラと汗をかいたスタンプが来て笑いこける。
[わたしのことみたい
聴いた人が元気になれるように
うたいたい、です]
いちおう真面目に抱負も述べてみた。しばらくしてややふざけたノリが返ってくる。
[了解
鋭意続きを執筆します]
[期待しておりまーす]
LINEがとまってから、わたしはその歌詞を繰り返し読んだ。
✢✢
誰かと合わせ笑うのが当たり前になっていた
横並びのリズムはみ出すのをおそれていた
僕だけの空がほしいなんてひとりよがりだ
誰にも届かない言葉を抱え込んでいた
✢✢
ため息が出た。
人と違ってはいけないと怖れ、みんなの意見をうかがう。
本当は感じていることがあるのに、そんな言葉は押し殺して。
だからだよ、わたしの声が出なくなったのは。
わたしがバカだったんだ。
この歌は、わたしが生きてきたやり方そのまま。
咲季ちゃんに誘われるまま、初めての人たちの意見を気にして合わせようとしてオドオドして。
ぜんぜん自分の気持ちを伝えようとせず、病気を言い訳にいきなり逃げる。それを指摘されたらショックを受ける。なんて面倒くさい奴だろう。
最初から自分はこうだと主張できていれば、人に合わせるばかりじゃなかったはず。そういうところに咲季ちゃんはイライラしたのかもしれない。
流されて。迎合して。自分の心を自分で殺して。
間違えていたのはわたし自身だ。



