久しぶりに教室に行くと、ざわめきがわたしを迎えた。
咲季ちゃんたちが目をまるくして手を振ってくれる。須田くんももう来ていてニヤっと笑いかけられた。だいじょうぶ、わたしには居られる場所がある。
「陽菜、やっと来た! ぐあいどうよ、のど治ったんだね」
相変わらずグイグイ話してくるのは咲季ちゃんだ。わたしは首を横に振って、机にカバンを置く。前の席にいた幸田さんが苦笑して、たしなめてくれた。
「待ちなって咲季。陽菜ちゃん困るでしょ……まだしゃべるのは駄目なカンジ?」
こくこく。
「そっかあ、たいへんだ。でも、授業に出てもいいぐらいに元気になったなら見とおし明るいって思っとく。なんか助けがいるならメモ書いて見せて」
わたしはニッコリしてみせた。
あ、もうマスクはしていない。声を出さないことにも慣れたし、いいかなって。
それに、しゃべらないなら表情をよく見せたほうが相手に気持ちが伝わると思ったんだ。嬉しいことも、嫌なことも。
「なあに陽菜、もう六月だよ? ずいぶん長くかかるじゃない……潰したんじゃなくて病気なのか。歌手とかだとよくあるよね、ポリープの手術って。そういうのだった?」
咲季ちゃんはどうしても、わたしが話さない理由を知りたいみたいだ。なんでもハッキリさせないと気がすまないんだよね。それはリーダーシップにはつながるんだろうけど、わたしにはすこしつらい。
でもつらいと感じてもいいんだ。
親切で言ってくれているのに受けとめられない自分を責めなくていい。
それが最近わかった。
わたしはゆっくりとノートを取り出して白いページを開いた。須田くんとやり取りしたところは、ほかの人には秘密。
〈ポリープじゃないけど、びょうき〉
「えー、なんの?」
〈げんいん、わからない〉
「うっそ、難病みたいなやつなの!? えー陽菜かわいそう……」
ショックを受けた顔になる咲季ちゃんに、わたしはしかめっ面をした。
かわいそうなんて言ってくれなくてもいいよ、咲季ちゃん。
わたしの心はたしかに弱くて、そのせいで声をなくしたけど、これからがんばって強くなろうと思えたもん。
それは、須田くんのおかげ。
須田くんがわたしの声を好きだと言ってくれたおかげだ。
「病気なんか、誰でもなる可能性はあるんだぞ」
向こうから口を挟んだのは、その須田くんだった。わたしも、咲季ちゃんも振り返る。須田くんはため息をついた。
「ひとのことだと思って難病かわいそーとか言ってんなよ。本人がんばってるんだから」
「なによ、たいへんだと思ったらそれぐらい言うでしょ! 友だちだもん!」
「ああはいはい、綾野がやさしいのはわかったからさ。でもおまえ、自分が病気の時にかわいそがられて嬉しいか? あわれみって、なんか上から目線ぽいよな」
「そんな……!」
言い返しにくくなったのか、咲季ちゃんはムスッとうつむいた。わたしはびっくりして須田くんを見つめる。そしたら向こうから笑いを含んだ目くばせが返ってきた。
これが「教室のことなら協力する」ってやつ……?
「まあまあ、たしかに須田くんが言うのもそうかもね。咲季は気持ちのまんまポンポンしゃべるからさ」
その場を取りなしてくれたのは幸田さんだった。この人はわりといつも客観的で、信用できる気がする。わたしは急いで書いた。
〈みんなありがと
びょうきのことは
あんまり言わないでいてほしいかな〉
「……わかった。ごめん」
ノートに目を落とした咲季ちゃんは、しぶしぶ謝ってくれた。



