「陽菜、あんた公園で音楽流して子どもたちと遊んでたんだって? ご近所さんに言われたわよ」

 お母さんがあきれた顔をしたのは何日か過ぎた朝だった。ゴミを出しに行き、近所のおばさんにつかまって聞かされたらしい。
 あちゃ。さすがのネットワーク。べつに悪いことをしたんじゃないし、わたしはあいまいに笑ってうなずいた。
 たしかにあの公園、町内ではあるんだけど。その場にいたのは小さい子と母親、あとは小学生だったから、うちのお母さんと接点はないと思ったのに。

「男の子が一緒だったって聞いたの」

 あ……須田くんのことか。しかたなくノートを広げ、答える。

〈クラスの人〉

「え? なんで公園で?」

〈音楽の相だんだった〉

 ……嘘ではない。ドラムのこと、曲づくりのことを打ち明けられたんだしね。お母さんは勝手に解釈し納得した。

「なんだ合唱部関係なの。陽菜は今しゃべりにくいのに……でもそうか、悩みを聞いてもらう相手としては最適かな。余計な口を挟まないもんね」

 お母さんは何かとわたしを持ち上げる。
 しゃべれないわたしでもいいのだと、はげまそうとしているんだ。
 でも、そうされるたび申し訳なくなる。娘がこんなことになって、お母さんだってつらいだろうに。
 無理して笑わないでいいよ、お母さん。わたしがんばってみるから。

〈あのね、わたしやっぱり教室でじゅぎょう受けたい〉

「え……」

 わたしはなるべくまじめな顔をした。

〈べんきょう わからなくなりそう
 ひる休みだけ ほけん室に休みにいくとかで〉

 わたしも考えたんだ。
 たぶん授業中だけなら困ることは起きない。たくさん話す時間がある昼休みに逃げ場があれば、教室に戻れそうな気がした。

「……大丈夫かしらねえ」

〈ためしてみたい〉

 わたしが言い張ると、お母さんは心配そうにうなずいた。このままじゃいけないのはわかっているのだ。
 だって高校には、留年も退学もある。ずっと特別扱いでは進級できないだろう。通信制などに転校を勧められるかもしれない。

 それは嫌だ。
 だって、須田くんと離れちゃうから。



 須田くんは、あれからたまにLINEをくれる。どうということのない朝のあいさつとかだけど。
 あ、ゆうべは[ギターパート、いいフレーズできた!]の言葉と踊ってるスタンプがきて笑った。編曲は進んでいるらしい。


 だからわたしは他所には行かない。
 わたしの声を待っていてくれる須田くんの、近くにいたい。
 そう思った。




 学校に向かう途中、大通りに出るとバス停がある。須田くんはここを使っているんだ。バス通学だったんだね。知らなかった。
 あの冬の日に公園に来たのは、バス停近くの自販機より公園にあるやつが安いからなんだって。そんな話もした。

 この数日で、わたしと須田くんはどんどん近くなっているような気がする。
 須田くんはわたしの味方だ。教室でも、どこにいても。だからわたしはだいじょうぶ。


 ……たぶんわたしは須田くんのこと、好きなんだ。

 歩きながら不意に思う。
 でもふしぎと照れたりあわてたりはしなかった。


 朝の光がわたしを包む。
 それでいいんだよ、と言われたような気がした。