須田くんへ
昨日はありがとう
泣いてしまってごめんなさい
おどろかせてしまいました
のどが治るのかよくわからなくて、わたし不安でした
お医者さんは、だいじょうぶだと言ってくれています
だからきっと治る!
前のことだけど、わたしの歌をほめてくれたの、すごくうれしかったです
わたしを 歌う人 と書いてくれたメモは須田くんだよね? ありがとう
わたし、歌う人になりたかった
むりかもしれないけど
歌のおねえさんじゃなくてもいい
ただ、うたうのが好き
あやのさきちゃんのこと、おこらないでいいです
さきちゃんが言うのも本当だと思う
わたしはだれかの前で歌うのがはずかしくて、逃げてるから
かくれてしか歌えないのに、歌う人になりたいなんておかしいよね
さきちゃんはたぶんまちがってない
須田くんはどうしてそんなに心配してくれるの?
でもすごく気持ちが楽になりました
ありがとう
公園で須田くんに歌をきかれてしまったの、すごくはずかしかった
でもうまいって言ってくれて、すくわれた気がする
また声が出るようになったら、もっとがんばりたいです
……須田くんのドラムも、いつかきいてみたいかも
(いやならいいです!)
林原陽菜
そんな手紙を、わたしは須田くんの靴の上にそっと置いた。人のいない時間にやったけど、これ他の人からも見えちゃうな。ラブレターが来たみたいにからかわれるんじゃないだろうか。須田くんごめんね。
手紙の中で、わたしは嘘をついた。
声が出たらもっとがんばりたい、て。
それは難しいと思う。本当はもう歌えないかもしれないよ、声が出るようになっても。だってわたしの歌なんか何も価値がないと思うから。
歌おうとしたら、また苦しくなりそうな気がする。
わたしはどうすればいいんだろう。
さらに次の日、わたしは保健相談室でプリントをやってすごした。やっぱり授業で先生の話を聞くほうがわかりやすい気がする。教室に戻りたいなと思った。
考えてみたのだけど、教室でつらいのは休み時間だけだ。
声のことを訊かれたり、咲季ちゃんから合唱部の話をされたりするのを想像すると胸が重くなる。でもそういうの、授業中はないし。
友だちと話したくないだなんて、わたしはボッチ属性なのではないだろうか。それなのに無理して他人に合わせていたから、つらかったのかもしれない。
自分を分析するのはいいことだ。何がストレスになっているのかわからないと、声も戻らない。
だけどそれは自分の駄目なところを確認する作業でもあって、なんだか嬉しくなかった。
昼休み、ひとりでお弁当を食べ終わったわたしは本を読んでいた。そこで保健室とつながるドアがノックされる。
「林原さん、調子どう?」
顔を出したのはもちろん保健の先生だった。だけど続く言葉にわたしはびっくりする。
「クラスの須田くん、来てるんだけど。ちょっと話せるかって」
あ。
そうだ、手紙を置いたのはわたしなのだから、なんらかの反応があってもおかしくないんだ。須田くんなら放置したりしないと思う。
お礼の手紙なんてむしろ迷惑だったかと反省したわたしは、あわててうなずいた。
後ろを手招きした先生の陰から須田くんがあらわれる。ちょっと照れたような困った顔。とても申し訳なくなった。
「えっと俺、字、あまりうまくないし」
いきなりボソッと言われた。
「書いてまとめるとか苦手なんで話そうかと思ったんだけど……ここじゃ嫌だから。林原、六時間目までいる?」
須田くんは放課後に話せないか、と提案する。わたしはきょとんとしながらうなずいた。
「部活も出ないなら、ホームルーム後すぐでいいよな。そしたら……あの公園で、どう」
あの公園。
それは冬、わたしの歌を聴かれてしまった場所のこと。
須田くんが何を話したがっているのかわからないけど、わたしはこくこくと了承の意を伝えた。



