誰が彼女を殺したのか

 それはとても乾燥した冬の日。
 彼女が退院したと聞いた俺はいてもたってもいられず、彼女の家へ向かった。

 しかしその先で見たものは、白く降り積もっていた雪がかき消されるほど、辺り一面を炎だった。
 炎の中心は彼女の家。
 もう近づくことも出来ないほどの燃えようで、思わず圧倒されてしまう。

「な、なんだよこれ!」

 立ち上がる煙と、何かが燃える異様な匂い。
 静かだった冬の空間は、バチバチと燃え上がる炎の音で埋め尽くされていた。

 なんだよ、これ。いや、そんなことより、すぐに消防車を呼ばないと!

 俺はポケットから慌ててスマホを取り出す。
 しかし焦りとかじかんだ手のせいで、スマホはそのまま雪の上に落ちてしまう。

「おわ」

 何してるんだよ、俺。
 急がなきゃいけないのに。

 屈んで雪にやや埋もれたスマホに手を伸ばした俺は、視界の端に炎に包まれる家を眺める彼女を見つけた。

「……」

 彼女の周りだけ、空気感が違うようだった。
 この惨状の中、彼女はどこまでも幸せそうに笑っていたから。

 形の良い赤い唇に、やや高揚した頬。
 炎によって巻き上がる風で彼女の長い黒髪が揺れていた。

「なん……で」

 なんでこんな時にあんな顔が出来るんだ?

 もちろんその疑問に答えられる者など誰もいない。
 だからこそ俺は、ついその名を口にしてしまっていた。

夏美(なつみ)?」
「……山口君も……なの?」
「え? それはどういう……」

 名前を呼んだ瞬間、その同級生である夏美の顔は一変した。
 真顔というよりも、憎しみがこもったような、そんな表情。
 分かってはいたが、どうやら俺は選択を間違えたらしい。

 しかしそんな顔も一瞬。
 俺の問いかけには何も答えず、夏美はただ形の良い唇を上げた。

 その笑みは、今まで見たどんな笑みよりも綺麗だと思えたのに、こんな状況で笑みを浮かべる彼女に、俺は背筋が寒くなったのを覚えている。

 俺は本当は知っていた。
 彼女が誰なのか。
 それなのに罪の意識から、あえて彼女の名前を間違えたのだ。

 たぶんこれは罰なのだろう。
 俺たち……いや、俺へのか。
 あの日、彼女を殺してしまったのはきっと俺だ。
 
 俺は彼女の顔を真っすぐに見ながら、自分の犯した罪を思い出していた――