「ね、さっそく試す?」
「えっと、うん」

 朝川さんの瞳がキラキラし出した。ここまで来て、臆病な僕は気後れしてしまう。でも、僕だってやると決めたから来たんだ。

 ドキドキして待っていると、洋服ダンスの二段目からヘッドドレスが取り出された。先日お店で見たものによく似ている。

 幼い頃、畳まれていた洗濯物からバスタオルを取り出し、体に巻き付けてみたことがある。その日は確か人魚姫の絵本を読んで、人魚になってみたかった。バスタオルを身に着けたまま可愛いアクセサリーを探していたら、お母さんに見つかった。

『どうしたの、それ』

 そんな風に聞かれて、まるで悪いことをしている気になって慌てて外したっけ。

 あれからは家族の前で自分の趣味を見せたことはない。大事にしてくれている家族ががっかりする顔は見たくないから。

「とりあえず、付けてみようか」
「うん」
「服も着る?」
「あ、いや、まだハードルが高いからあとで」

 びらっと目の前でロリータ服を見せられて、両手を広げて視線を逸らしてしまった。一度に全部は初心者には荷が重すぎる。

「あはは。徐々にね。着けるからこっち向いて」
「うん」

 自然と見つめ合う形になってしまった。いや、仕方ないんだけど。何となく目を瞑る。すると、頭にヘッドドレスが載り、紐が耳の後ろを通った。首の下で結ばれる。

「出来た。目を開けて」

 恐る恐る目を開けると、手鏡を手渡された。顔の前にそれを持ってくる。頬を赤くさせた、ヘッドドレスを身に着けた僕がいた。

「……」
「可愛い!」

 横で褒められるのを照れくさく感じながら、僕は目の前の僕を凝視していた。朝川さんが顔を覗き込んでくる。

「どう? 何か違った?」
「ううん……すごい可愛い。可愛いけど、なんとなく違和感があるというか、ごめん」
「謝らないで」

 せっかくの好意を無駄にする宙ぶらりんな僕を、朝川さんは決して見捨てなかった。

「頼田君は女の子になりたい?」
「ううん、違う。でも、可愛いものが好き」
「なるほど」

 少しの間腕を組んで目を瞑った朝川さんがこちらを見つめた。

「まだ途中なだけだよ。自分は男の子だけど可愛い恰好がしたい。でも、今までしたことがないから、どういう恰好をしたいのか自分でも分からない。どう?」

 僕はその言葉にゆっくりと頷くしかできなかった。

 もしかして、朝川さんは超能力者か何かだろうか。もしくは僕の感情が周りにバレバレか。どちらか選ぶなら前者であってほしい。
 朝川さんが僕の右手にそっと触れる。

「じゃあ、探していこ。頼田君のなりたいビジョンを」
「朝川さんも一緒に?」
「うん」
「ありがとう」

 出会ったばかりの相手の面倒事に手を差し伸べてくれるなんて、朝川さんはきっと天使だ。僕は嬉しくなりながらも視線を少し外した。

「ちょっと待ってて」

 朝川さんがおもむろに立ち上がり、クローゼットを開ける。中を見ていいのか分からず、不自然にきょろきょろしてしまった。そこから数着取り出される。

「私もね、ロリータに行き着くまでは違うジャンルのも着てたの。何かこれっていうのあるかな」

 確かに、朝川さんの言う通り、この服たちはロリータとはまた違う。もっと大人しめのものや、キャラクターが全面に出たセーター、シックなデザインもある。

「すごい。いろいろ研究したんだね」

「ううん、研究というより、着たいと思ったものを着てきただけ。で、今はこれが好きで着てる。もしかしたら、また前のを着るかもしれない。でも、全部大事な宝物」

「そっか。それはいいね」