『…………』
翌朝土曜日。僕は怖い顔をした朝川さんと病室で対面していた。
昨日の放課後、交通事故により救急車で運ばれた。幸い左手首の骨にヒビが入っただけで、それ以外は打撲と診断された。脳震盪を起こしていたものの、病院に着く頃には意識も取り戻していた。
信号無視をした運転手さんはこちらが申し訳なくなるくらい泣いて謝っていた。まあ、あちら側が悪いので賠償はしてもらうと親が言っていたけど、僕は利き手じゃなくてよかったなぁとぼんやり思うくらいで終わった。実感が湧かなかっただけだと思う。だって、朝川さんが慌ててお見舞いに来てくれてからずっと、心臓が五月蠅いくらい叫んでいる。
「もう、心配したよ」
ようやく表情が和らいだ朝川さんに安心する。たいした怪我じゃなかったけど、朝川さんを困らせてしまったのが何より心苦しい。
「ごめん、朝っぱらから来させちゃって」
「謝らないで。頼田君は悪くないじゃない」
「たしかにそれはそう」
二人で声を出して笑う。なんか面白くなってきた。今日一日は検査入院するからつまらなかったけど、朝川さんが来てくれただけでこんなにも違うのか。
いつもと同じ朝川さん。表情豊かな朝川さん。意外とよく笑う朝川さん。ああ。
「好きだなぁ」
「えっ」
「あっ」
僕は慌てて口を押さえたけれども遅い。すでに言葉はぽろりと落ちている。
この事実に、朝川さんより僕が驚いていた。視線を泳がせていると、朝川さんの方が先に動き出した。
「ね、今の言葉。友だちとはまた違う意味ってことで合ってる?」
ずい、と寄ってきた顔が眩しくて、僕は目を瞑りそうになるのをどうにか堪えながら頷いた。
「ごめん。今言うつもりはなかったんだけど、ぽろっと出ちゃった」
「あは。自然に出ちゃうくらい私のこと好きってことでいい?」
「うん。いい、いいよ」
もうこうなったら本音で言うしかない。半ばやけになった僕を見て、朝川さんはけらけらと笑った。朝川さんが笑ってくれるなら、それで十分です。
「そっか。そっかあ」
窓から差す光が感慨深気に呟く横顔を照らす。彼女は今何を考えているのだろう。それすら分からないのに、僕たちはお互いとても近いところにいる。
──ごめん。せっかくの楽しい関係に水を差して。
そう言おうと思ったけれども、心の中で留めておいた。こんなことを言われるのは望んでいない。いつだって、僕たちはお互いを向いていた。
どんな返事でもいい。もしもNOを突き付けられて今の関係から遠のくことになっても、それは僕の責任だ。でも、ちょっと、いやかなり悲しい。
手に汗を滲ませながら待っていると、朝川さんがちょいちょいと手招きをした。これが最後の距離かもしれない。緊張した面持ちでそっと上半身を前に出した。すぐ目の前にある瞳が細まる。
「親友で恋人。いいね、それ」
朝川さんが小声ではっきりと言った。僕の心が爆発した。
「それって」
「うん、そう。私も同じってこと」
「親友で、恋人……!」
僕はなんて現金なんだ。
今の今まで暗い未来を覚悟していたというのに、たった一言で頭の中が満開の花畑で埋まってしまった。
でも、だって、だってさあ。仕方ないじゃないか。好きな人が、僕を好きなんだ。
「嬉しい! ありがとう!」
「あはは。結構照れるね、これ。人のこと好きになったの初めてだから、こういうの全部初体験」
「僕もだよ」
「それは嬉しい」
二人して手を取り合う。途中でヒビが入っていることに気が付いて痛みに悶えて、また二人で笑った。
これからも僕は僕だけど、さっきまでの僕とは違うものになった。
ありがとう。僕、前へ向いて進めそう。
翌朝土曜日。僕は怖い顔をした朝川さんと病室で対面していた。
昨日の放課後、交通事故により救急車で運ばれた。幸い左手首の骨にヒビが入っただけで、それ以外は打撲と診断された。脳震盪を起こしていたものの、病院に着く頃には意識も取り戻していた。
信号無視をした運転手さんはこちらが申し訳なくなるくらい泣いて謝っていた。まあ、あちら側が悪いので賠償はしてもらうと親が言っていたけど、僕は利き手じゃなくてよかったなぁとぼんやり思うくらいで終わった。実感が湧かなかっただけだと思う。だって、朝川さんが慌ててお見舞いに来てくれてからずっと、心臓が五月蠅いくらい叫んでいる。
「もう、心配したよ」
ようやく表情が和らいだ朝川さんに安心する。たいした怪我じゃなかったけど、朝川さんを困らせてしまったのが何より心苦しい。
「ごめん、朝っぱらから来させちゃって」
「謝らないで。頼田君は悪くないじゃない」
「たしかにそれはそう」
二人で声を出して笑う。なんか面白くなってきた。今日一日は検査入院するからつまらなかったけど、朝川さんが来てくれただけでこんなにも違うのか。
いつもと同じ朝川さん。表情豊かな朝川さん。意外とよく笑う朝川さん。ああ。
「好きだなぁ」
「えっ」
「あっ」
僕は慌てて口を押さえたけれども遅い。すでに言葉はぽろりと落ちている。
この事実に、朝川さんより僕が驚いていた。視線を泳がせていると、朝川さんの方が先に動き出した。
「ね、今の言葉。友だちとはまた違う意味ってことで合ってる?」
ずい、と寄ってきた顔が眩しくて、僕は目を瞑りそうになるのをどうにか堪えながら頷いた。
「ごめん。今言うつもりはなかったんだけど、ぽろっと出ちゃった」
「あは。自然に出ちゃうくらい私のこと好きってことでいい?」
「うん。いい、いいよ」
もうこうなったら本音で言うしかない。半ばやけになった僕を見て、朝川さんはけらけらと笑った。朝川さんが笑ってくれるなら、それで十分です。
「そっか。そっかあ」
窓から差す光が感慨深気に呟く横顔を照らす。彼女は今何を考えているのだろう。それすら分からないのに、僕たちはお互いとても近いところにいる。
──ごめん。せっかくの楽しい関係に水を差して。
そう言おうと思ったけれども、心の中で留めておいた。こんなことを言われるのは望んでいない。いつだって、僕たちはお互いを向いていた。
どんな返事でもいい。もしもNOを突き付けられて今の関係から遠のくことになっても、それは僕の責任だ。でも、ちょっと、いやかなり悲しい。
手に汗を滲ませながら待っていると、朝川さんがちょいちょいと手招きをした。これが最後の距離かもしれない。緊張した面持ちでそっと上半身を前に出した。すぐ目の前にある瞳が細まる。
「親友で恋人。いいね、それ」
朝川さんが小声ではっきりと言った。僕の心が爆発した。
「それって」
「うん、そう。私も同じってこと」
「親友で、恋人……!」
僕はなんて現金なんだ。
今の今まで暗い未来を覚悟していたというのに、たった一言で頭の中が満開の花畑で埋まってしまった。
でも、だって、だってさあ。仕方ないじゃないか。好きな人が、僕を好きなんだ。
「嬉しい! ありがとう!」
「あはは。結構照れるね、これ。人のこと好きになったの初めてだから、こういうの全部初体験」
「僕もだよ」
「それは嬉しい」
二人して手を取り合う。途中でヒビが入っていることに気が付いて痛みに悶えて、また二人で笑った。
これからも僕は僕だけど、さっきまでの僕とは違うものになった。
ありがとう。僕、前へ向いて進めそう。


