なにものでもないぼくたちへ

 ちょうどいい場所が無くて昨日と同じカフェに三人で入る。店員さんに顔を覚えられていないといいなぁ。

 僕がオレンジジュースを頼むと、堂本さんにそれが好きなんだなと言われた。そうじゃないけどそれでいいです。朝川さんはケーキセットを頼んでいた。強い。

「で、どういう相談なんです? 唄さんとのことですか?」
「その通り。今から説明するから、忖度無しで答えてくれ。決して怒らないことを約束する」

 本当かなぁ。一抹の不安を抱えながら、堂本さんと僕で朝川さんに土曜日のことを伝えた。そして、そこからの堂本さんの考えも。
 途中から朝川さんの瞳に光が入らなくなった。大丈夫じゃなさそう。

「どうかな」

 どこか満足気な堂本さんが尋ねる。朝川さんが間髪入れずに答えた。

「最初から最後までアウトの発言しかないです」
「最初から!?」

 堂本さんが声を荒げそうになるのをぐっと堪える。ここがどこだか思い出したのだろう。

 足を組み直し、引きつった笑顔で先を促す。

「続きをどうぞ。全然怒らないから」

 その声を聞いているだけで僕は居たたまれなくなる。朝川さんは平気そうな顔で堂本さんを見ていた。

「とりあえず、おじさんが若い人に付きまとっている時点でアウト、言っていることもアウト」
「俺はおじさんじゃない」
「立派なおじさんですよ。見た目も言動も」
「見た目も言動も……!?」

 相当なショックを受けたようで、堂本さんは朝川さんの辛辣な言葉を何度も反芻していた。

 だよね。年下の女性をおばさん扱いするくらい、自分のことお兄さんだと思ってたんだもんね。そこから間違っているんだけど。

「俺は、おじさんなのか……」

 堂本さんはしばらく俯いていた。飽きたのか、朝川さんが僕に目配せをしてくる。もう帰ろうか。そう思ったところで、堂本さんが顔を上げた。

「頑張る。変わる。俺が全て悪かった。本当に申し訳ない」

 僕は目を見張った。

 いくら言っても謝らなかった堂本さんが。

 しかも、変わると言った。あの堂本さんが。

 堂本さんは女性が好きだから、多分、もう唄さんをそういう対象として見てはいないと思う。それでも、唄さんのことを考え、自分が悪いと理解した。

「申し訳ないと思うなら、是非それを本人に伝えてください」
「ああ、もちろん」

「ただし、唄さんが謝罪を受け入れなくても怒らないでくださいよ。謝られても許すかどうかは唄さんの自由なんですから」
「え、そういうものなのか……?」

 まだアップデートが必要な気がする。でも、子どもの僕たちがそれらを教えられるはずもない。

 子どもだって大人だって、知らないことは沢山あって、全てを理解している人なんていないのだから。

「ありがとう。また何かあったら教えてほしい」
「じゃあ、校門で待ち伏せされるのは迷惑なんで、今度からはスマホに連絡ください」
「教えてくれるのか!」

 連絡先を教えるつもりはなかったけれど、変わってくれた堂本さんに免じて交換することにした。朝川さんが横で半分呆れた笑顔をくれる。

 損なことをしていると思う。でも、ちょっとだけ彼の行く道がどんなものか興味が出てしまったんだ。まだ道半ばの堂本さんが突撃するであろう、唄さんのことも心配だしね。