「じゃあね」
下校する朝川さんに手を振る。朝川さんも小さく返してくれた。これは大きな一歩だ。
教室に戻ろうと後ろを振り返ると、見覚えのある女子が歩いてきた。あ、この人、朝川さんに文句言っていた人だ。こちらをちらちら見てくる。やっぱりあれなのかな。自意識過剰な気もするけど。
試しに会釈だけしてみる。女子は一瞬肩を震わせた後、上目遣いで会釈を返した。なるほど、ここまでされたら僕でも分かるぞ。
僕は不器用だから知らない人相手にも気さくに話しかけて仲良くすることは難しいけど、目が合ったら会釈するくらいはできる。この子も、僕と関わらなければ人を攻撃する人じゃないのかもしれない。何かを掛け違うと、道を踏み外すこともある。反面教師として見習おう。
ようやく朝川さんとのことが解決できそうで、久しぶりに気持ちの良い汗を流して部活を楽しむ。その帰り道、またしても堂本さんに捕まった。
「嘘でしょ」
あ、思わず声に出しちゃった。しかし、堂本さんは気にせず近づいてくる。
「付きまとい案件です」
「知り合いじゃないか」
「知り合いでもこっちが嫌がっていたら駄目です」
堂本さんが眉間に皺を寄せる。
「そういうものか。今は難しい時代になったな」
「本当は昔から駄目なんです」
自分が悪いのではなく時代が悪いという大人は一定数いる。三十代でもこういう風に言う人がいるのか。
というか、まだ十八時過ぎだけど仕事大丈夫なのかな。
「また相談に乗ってほしい」
「もう言うことは言ったんで」
堂本さんが僕に腕を伸ばしたが、途中で引っ込める。その代わりにスマートフォンを取り出した。
「じゃあ、連絡先を教えてほしい。もしくは俺と二人きりが嫌なら誰か連れてきてもいい。それならどうだ」
「どうだって言われても」
相談をしないという選択肢が出てこなくて焦る。この人の性格が分かってきた。とにかくしつこいし諦めない。
「……何してるの?」
振り向くと、下校したはずの朝川さんが校門から出るところだった。
「あ、朝川さん!」
不幸中の幸いとはこのことか。いや、朝川さんを面倒事に巻き込むのは悪い。僕が迷っていると、朝川さんの方から近づいてきた。
「何か揉め事? 通報しとく?」
スマートフォンの画面に右人差し指が置かれる。僕は慌てた。
「違う、違くないけど揉め事というか。知り合いの人だから」
「このおじさんが?」
「おじさん……?」
ここで堂本さんが今日一番の反応を示した。お巡りさん呼ばれるより嫌なんだ……?
「君、真琴君の彼女か? 女性ならもっと上品な発言をしないと振られるよ」
「は? 違いますし、女性ならとか差別発言甚だしいです。私は私のしたいように生きているだけで、誰かに良いと思われたくて生きているわけじゃないんで」
朝川さんの歯に衣着せぬ発言は、今の堂本さんの豆腐メンタルにだいぶキたらしい。堂本さんが乾いた笑いが虚しく響く。
「ははは、じゃあその逞しい君も一緒にどうだい。好きな場所を選んでいいし奢る」
「パパか」
「違う違う。唄さんの知り合いで、僕が悩み相談を受けているだけだから」
「頼田君が?」
詳しい説明をしていないものだから、もう何がなんだか分からない状況になってきた。どうしようかと思っていたら、急に朝川さんが乗り気になった。
「行きます。ね、いいよね?」
「ああ、うん。朝川さんがいいなら。じゃあ、行きましょうか……」
「ありがとう!」
結局行くことになってしまった。まあ、ややこしいけど危険はないし、僕より朝川さんの方が的確なアドバイスができるかもしれない。
下校する朝川さんに手を振る。朝川さんも小さく返してくれた。これは大きな一歩だ。
教室に戻ろうと後ろを振り返ると、見覚えのある女子が歩いてきた。あ、この人、朝川さんに文句言っていた人だ。こちらをちらちら見てくる。やっぱりあれなのかな。自意識過剰な気もするけど。
試しに会釈だけしてみる。女子は一瞬肩を震わせた後、上目遣いで会釈を返した。なるほど、ここまでされたら僕でも分かるぞ。
僕は不器用だから知らない人相手にも気さくに話しかけて仲良くすることは難しいけど、目が合ったら会釈するくらいはできる。この子も、僕と関わらなければ人を攻撃する人じゃないのかもしれない。何かを掛け違うと、道を踏み外すこともある。反面教師として見習おう。
ようやく朝川さんとのことが解決できそうで、久しぶりに気持ちの良い汗を流して部活を楽しむ。その帰り道、またしても堂本さんに捕まった。
「嘘でしょ」
あ、思わず声に出しちゃった。しかし、堂本さんは気にせず近づいてくる。
「付きまとい案件です」
「知り合いじゃないか」
「知り合いでもこっちが嫌がっていたら駄目です」
堂本さんが眉間に皺を寄せる。
「そういうものか。今は難しい時代になったな」
「本当は昔から駄目なんです」
自分が悪いのではなく時代が悪いという大人は一定数いる。三十代でもこういう風に言う人がいるのか。
というか、まだ十八時過ぎだけど仕事大丈夫なのかな。
「また相談に乗ってほしい」
「もう言うことは言ったんで」
堂本さんが僕に腕を伸ばしたが、途中で引っ込める。その代わりにスマートフォンを取り出した。
「じゃあ、連絡先を教えてほしい。もしくは俺と二人きりが嫌なら誰か連れてきてもいい。それならどうだ」
「どうだって言われても」
相談をしないという選択肢が出てこなくて焦る。この人の性格が分かってきた。とにかくしつこいし諦めない。
「……何してるの?」
振り向くと、下校したはずの朝川さんが校門から出るところだった。
「あ、朝川さん!」
不幸中の幸いとはこのことか。いや、朝川さんを面倒事に巻き込むのは悪い。僕が迷っていると、朝川さんの方から近づいてきた。
「何か揉め事? 通報しとく?」
スマートフォンの画面に右人差し指が置かれる。僕は慌てた。
「違う、違くないけど揉め事というか。知り合いの人だから」
「このおじさんが?」
「おじさん……?」
ここで堂本さんが今日一番の反応を示した。お巡りさん呼ばれるより嫌なんだ……?
「君、真琴君の彼女か? 女性ならもっと上品な発言をしないと振られるよ」
「は? 違いますし、女性ならとか差別発言甚だしいです。私は私のしたいように生きているだけで、誰かに良いと思われたくて生きているわけじゃないんで」
朝川さんの歯に衣着せぬ発言は、今の堂本さんの豆腐メンタルにだいぶキたらしい。堂本さんが乾いた笑いが虚しく響く。
「ははは、じゃあその逞しい君も一緒にどうだい。好きな場所を選んでいいし奢る」
「パパか」
「違う違う。唄さんの知り合いで、僕が悩み相談を受けているだけだから」
「頼田君が?」
詳しい説明をしていないものだから、もう何がなんだか分からない状況になってきた。どうしようかと思っていたら、急に朝川さんが乗り気になった。
「行きます。ね、いいよね?」
「ああ、うん。朝川さんがいいなら。じゃあ、行きましょうか……」
「ありがとう!」
結局行くことになってしまった。まあ、ややこしいけど危険はないし、僕より朝川さんの方が的確なアドバイスができるかもしれない。


