なにものでもないぼくたちへ

 飲み物が届く間堂本さんを観察する。彼は僕を見て一度微笑んだ後、そわそわと店内を眺めていた。

 なんだか今までの堂本さんとは違う。

 もっと堂々とした態度で自信満々な顔つきだった。良くも悪くも。

 目の前にいる堂本さんは大人一年目って感じだ。本当にどうしたのだろう。

 やっぱり、一昨日の唄さんとのことが原因か。まあ、好きな人が男の人だったのは衝撃だろう。しかも、きっぱり突き放されて、自分自身は詐欺師呼ばわりしちゃって。

「お待たせいたしました」

 全然待ってないところで、店員さんがコーヒーとオレンジジュースを持ってきてくれた。

「有難う御座います」

 ジュースを目の前に置かれ会釈をする。堂本さんは店員さんには目もくれず、コーヒーも無視して僕に話しかけた。

「では、そろそろいいかな」
「あ、はい」

 堂本さんがずい、と上半身を前に出して小声で言う。

「唄さん、俺が帰った後どうだった?」
「は?」
「あ、いや、悪いことを言ったなとか、落ち込んでいたとか」
「特に何も」

 僕が答えると、堂本さんが口を開けたまま固まった。

「何も? 少しも?」

 どんどん声が小さくなるので、僕は申し訳ない気持ちになってしまった。

 でも、こうなったのは全て彼の失礼な発言の数々である。僕が眉を下げる義務は無い。

「だってなぁ、おかしいだろ。あんなに笑顔で会話してくれたのに。急にあんな」
「笑顔だったのは仕事だからだと思います」
「そうかな」
「そうです」

 段々、目の前の人が小学生に思えてきた。何故こうも、自分の発言や思考を信じて疑わないのか。普段、僕が自分のすることで他人がどう思うのか気にしていることが馬鹿馬鹿しく思えてくる程だ。

「堂本さんは唄さんのことを罵倒したんですよ。許すはずないでしょう。だから、もうこの話は終わりです」

「ごちそうさまです」僕が立ち上がると、堂本さんがまたもや腕を掴んできた。やたらに人の腕を掴むのはよくないと思います。

「また、また話を聞いてくれないか」
「……」

 このまま振り払って逃げてもいいけれど、この人は僕の高校と名前を知っている。

「……そのお願いに答える前に一つ聞きたいんですけど、何故僕の高校が分かったんですか?」

 すると、堂本さんは自信満々に答えた。

「それは簡単だ。鞄に定期券が付いていただろう。そこの最寄り駅の高校を調べたら一つしかなかったから」

 僕は思わずバッグを背中に隠した。

「……ストーカーの素質ありますよ」
「情報通と言ってくれ」

 改めて、唄さんはとんでもないモンスターに出会ってしまったと同情した。いや、現在僕も同じ状況か。