「やあ、真琴君」

 僕は今すぐ後ろに向き直り、全力で校舎に逆戻りしたかった。

 ここは僕が通う高校の校門だ。なのに、何故だか堂本さんがいて、僕に手を振っている。異常事態である。

 実際に一歩後ずさった。

 せっかく今日は朝川さんとすれ違った時に、あとで連絡すると話しかけることができたのに。本当は直接話し合いをしたかったけれど、朝川さんが気にするからスマートフォンでやり取りすることを選択した。

 それなのに、何故こんな災難が僕に降りかかるのか。失礼しますのあれで、もう二度と会わないものだと思っていた。

 そもそも、僕が堂本さんと話す義務はないと思う。というか、なんでここにいるんだ。高校の名前を言っていないのに。僕は無視することにした。

 堂本さんをさ視界に入れないようスタスタ歩いていく。もう少しですれ違うというところで、堂本さんが僕の手を掴んだ。

「ちょちょ、待ってよ。ね、俺との仲じゃないか」
「何の仲でもないですけど」
「本当に少しだから。どうしても、人生最大のピンチなんだ」
「奇遇ですね」

 きっと少しではないに決まっている。先生を呼べば不審者扱いで通報してくれるだろう。しかし、彼は知り合いの子どもを待ち伏せしただけの、ギリギリ許容範囲の不審者だ。

 許容範囲の不審者ってなんだろう。

 なんにせよ、それでは厳重注意で済んで、堂本さんはまた来る。僕はじとりと堂本さんを睨み上げた。

「三十分だけです」
「ありがとう!」

 堂本さんがにっかり白い歯を見せた。

「そろそろ部活のみんなもここを通るんで、さっさと移動しましょう」
「そうだな。何故、真琴君は一人で先に帰ろうとしたんだ? 友だちがいないのか?」
「いますよ。今日はたまたま早く帰ろうと思って急いだんです」
「呼び止めて悪かったね。早めに済ますから」

 謝るなら、早めにと言わず今すぐ解放してほしい。

 どこでもいいと言われたので、なるべく人が多い、しかし知り合いがいなさそうな少々お高めのカフェを選択した。

 ここなら、高校生の懐事情的に知り合いは入ってこない。堂本さんは全く気にする素振りを見せなかったけれど。

「二名で」

 店員さんに告げて席まで案内される。ファストフードでは見ない光景だ。

「好きなものどうぞ」
「有難う御座います」

 渡されたメニューを広げる。だいぶ後悔した。

 コーヒー一杯でいつも飲んでいるジュースが何杯も飲める値段だった。好きなものどうぞって言われたけど、とてもとてもそんなことはできない。

 一番手ごろなメニューにしよう。そもそもコーヒー苦いし。

 オレンジジュース、これかな。五百円以上するけど。

「オレンジジュースでお願いします」
「ケーキセットにする?」
「単品で大丈夫です」
「そう」

 堂本さんはメニューを閉じると、店員さんを呼んでコーヒーとオレンジジュースを頼んだ。