なにものでもないぼくたちへ

 翌日も、その翌日も、朝川さんは素っ気なかった。無視をするまではいかないけれど、挨拶をしてもこちらに目を向けてくれるだけ。昼休みは四時間目が終わった瞬間にどこかへ行ってしまう。朝川さんのお願いに抗えない僕は追いかけることも叶わず、小さな背中を見つめることしかできなかった。

 壮介はいつも通りだけど、尚がこちらを心配そうに見つめていたことにも気が付いている。尚はおかしいことを理解して聞かないでいてくれている。ありがとう、すぐ戻るから。

 といっても、ケンカをしたわけでもないので、どうしたら戻れるのかは今のところ全く分からない。唄さんに聞いてもらったところで迷惑になってしまうかも。

 でも、もう行くって言っちゃったし。世間話程度に話せばいいか。

 唄さんからしてみれば、仲良くお揃いの商品を買っていった子たちが今度は話さなくなってしまったなんて、急展開過ぎて困るよね。ただ、他に相談できる大人がいなくて。

僕自身がもっと大人になれたらなぁ。三十歳くらいになれば、落ち着いた大人の人になれているだろうか。三十代でもそのままだったらどうしよう。

 部活の時間になっても頭の隅に朝川さんがいて僕を悩ませる。でも、そろそろ大会も始まるし切り替えないと。

 三年生は次の大会で最後。うちは強豪校じゃないから、七月でお別れになる予定。部活以外で遊んだりすることはなかったけど、それなりに寂しい。

 いなくなったら自分たちが一番上になる実感もまだ湧かない。三年生になるまで一年生も入ってこないし。それまではのんびりみんなで部活を楽しもう。

 帰りは二年男子三人で仲良く買い食いをする。コンビニでアイスを買って食べ歩くだけだけど、ただ帰るよりずっと充実している。二人のうち、大友(あきら)が愚痴を言う。

「最近さぁ、アイス高くね」
「コンビニだから仕方ないよ」
「バイトしよっかな」
「僕、始めた。コンビニ」

 僕がそう言うと、二人がすごい目で見てきた。そういえば、わざわざ知らせることでもないから尚たちにしか言ってなかったかも。

「マジかよ。コンビニ大変? 俺も何かしたくて」
「まだ一日だけだから分からないけど、みんな優しくてやりやすい」
「バイトする場所によるよね。俺もバイトしようかな。お金あった方が遊びの幅が広がるし」

 二人とも元々興味はあったらしい。どうやってバイト先を見つけたのか、いつやっているのか質問責めにあってしまった。

「バイト中行ってもいい?」
「いいけど、バイト中だから相手できないよ」
「いいよ。バイトの参考にする」

 明はにかっと大きな口で笑った。話を聞くに、お金が足りなくて本気でバイト先を探しているらしい。夏休みに海外アーティストのライブに行くとか。それはお金がかかる。チケットだけで一万円以上かかるし。

 僕は高いものが欲しいわけじゃないから最低限の時間しか入っていないけど、慣れたら忙しい時は四時間まで入ることになっている。パートさんが休んだ時は臨時で入る場合もあるらしい。

 部活が無い日なら全く問題無いけど、それより慣れていない時間帯にいきなりポンと入って役に立つかどうかが不安だ。

 時間によって客層もお客の人数も違うと言っていた。サラリーマンが多ければ煙草の注文が多く、お昼は郵便物の対応があり、夕方以降は学生が増える。始めたはいいけれど、大丈夫かな。

「じゃあな」
「また」

 ホームで別れ、一人電車に乗る。次の土日は唄さんのところに行く以外予定が無い。夏休みはバイト代とお小遣いで何か買い物をしたいけど、朝川さんがいないとなると一人になりそう。

 一人で買い物は慣れているはずなのに、朝川さんが横にいないと違和感が出るようになってしまった。

 いけない。友だちになれたのは嬉しいけど、あくまで友だちなのだから、一定の距離は保っていないと。依存したら迷惑をかけるだけだ。

 新しい道を作ってくれたんだ。これからはそれを自分で広げていこう。

 一人かぁ。たまにでいいから、また遊べるようになるといいな。

 もしも買い物が駄目なら一人で行く。それより、朝川さんという存在を失うのが嫌だ。