なにものでもないぼくたちへ

「うう~ん、何かしちゃったのかなぁ」

 僕は休憩室で悩みに悩んでいた。

 一昨日、朝川さんに距離を置こう宣言をされて二日。本当に彼女からの接触はゼロになった。今までも話しかけてくることは少なかったけど、すれ違っても知らない人のように目も合わない。

 コンビニの制服に着替えながら、どうしても朝川さんのことが頭から離れない。今日はバイト一日目だというのに。

 実は、昨日面接を受けた僕は無事合格を言い渡されて、さっそく今日バイトに入ることになったのだ。

 さっそくと言っても、初日だから社員さんについてバイトのやり方を学ぶだけ。しかも三時間だから大学生とかに比べれば少ないと思う。

 週二回でテスト期間中は出なくてもOK。面接をしてくれた店長さんも優しかった。印象としてはかなり良いバイト先だ。

「準備できました」
「じゃあ、品出しから始めようか」
「はい。よろしくお願いします」

 ここで考えていても解決しない。まずは目の前のことから頑張ろう。

 メモ帳を手に、社員の高橋さんに付いていく。高橋さんは三十代くらいの女性で、幼稚園に通うお子さんがいると言っていた。途中、お客さんが入ってきたので一緒にいらっしゃいませと声を出した。一言言うだけでも緊張した。

 レジはもう少しバイトに慣れてきたらでいいらしい。よかった、バイト自体初めての僕にとって、レジが一番難しいと感じていたから。

 昔みたいに現金メインじゃないから、いろいろな支払方法を把握しないといけない。しかも、商品を買うだけじゃなくて、郵送物の預かりや公共料金の支払い対応もある。これだけでメモ帳使い切りそう。

「お疲れ様。覚えること多くて大変だった?」

 あっという間の三時間が過ぎた。高橋さんが労いの言葉をくれる。

「大変ですけど、全部新鮮で楽しいです」
「素晴らしい! 次もよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」

 まだ仕事がある先輩たちにお辞儀をして、一足早く休憩室に戻る。

 他のバイトの人はフリーターで、週に四日、一日六時間入っていると言っていた。社員さんに近い時間働いてるんじゃないの。いや、社員さんは八時間は働いていて週五回だからもっとか。

 働くって大変だなぁ……。

 週二の三時間って、僕役に立つのだろうか。せめて、足を引っ張らないようにしなくちゃ。

 コンビニを後にすれば、またしても朝川さんのことが頭を過った。

 どうしよう、やっぱり僕が原因だよね。それとも、朝川さんに僕より仲が良い人が出来たとか。もしくは、自販機での人とのことがあるとか。

「ふう」

 思わずため息が出てしまう。人前じゃなくてよかった。

 ため息を吐くと幸せが逃げるというけれども、逃げるのではなく、自分の行いで周りの人間が嫌な思いをして離れていくってことなのだろう。

 いつもなんとなく行動していることも、いつの間にか相手の迷惑になっているかもしれない。

「はっ、それで朝川さんは僕が嫌に……?」

 いやいや、そんなことは……でも、何かあったからこうなっているわけで。理由が思いつかない自分が情けない。

『いつでも連絡してね!』

 ふと、唄さんの科白を思い出した。この前一人で行った時、唄さんと連絡先の交換をしていたのだ。唄さんなら年上だから僕より経験豊富だろう。

 でも、高校生のたいしたことのない悩みを忙しい社会人にして迷惑じゃないだろうか。

 悩みに悩んで、僕は連絡ではなく買い物ついでにお店へ寄ることにした。

 ちょうどバイトも始めて来月にはバイト代が出るし、ネイルオイルも欲しかったから。

 いきなり行ってもいいけれど、今回は話をしたかったので事前に空いている時間を聞くことにした。教えてもらった連絡先にメッセージを送る。

『今度の土曜日行きたいと思っています。ネイルの予約が入っていない時間はありますか?』
『ありがとう! 十五時からなら一時間空いているよ。もし都合がよかったら是非遊びに来て』
『返信有難う御座います。十五時頃遊びに伺います』