なにものでもないぼくたちへ

「バイトは高校生になってから?」
「うん、いちおう。親戚でもその辺はちゃんとするって。繁忙期とかバイトの人が足りない時何日かやって、服が一着買えるくらい」
「何日かで一着買えるのはいいね」

「そうなの。一着何万もかかるから助かってる」
「だよね。朝川さんいろいろ持ってるから、すごいお金持ちなのかと思ってた」
「ちゃんと自分で稼いでるよ」

 ゴスロリちゃんがサムズアップする。格好良い。

「決めた。僕も頑張って稼ぐ」
「いいね。でも、頼田君は部活やってるから無理しないで」
「ありがとう。ほどほどにする」

 歩いているうちに、例の怪しい風景が見えてきた。

「ちょっと入りにくい道だけど、知り合いの店は可愛いところだから」
「うん、一人じゃないから平気」
「一人だと勇気いるよね。大人なら大丈夫になるのかもしれないけど」

 たとえ腕力のある男でも、未成年の立場は弱く、大人ばかりの場所は怖い。体力以外に、精神的にも未熟だ。本物らしい言葉を使われたら、ころっと信じてしまうかもしれない。

 悪いことをする人が一番悪い。でも、そういう人たちはどこにでも存在する。それはこういうあからさまではない、例えば地元のような平和に見えるところにもいるかもしれない。

 だから、せめて危ないと判断できる場所には近づかない。身を守るにはそういう回避をしていくしかない。

 大人になったら、もっと危機回避が上手くなるのかな。腕力は、うん、これ以上強くなる予定はないから、精神を強くできたらいい。

「そういえば、知り合いって親戚?」
「ううん。クラスに青井尚っているでしょ。尚の従兄弟なんだって」
「へえ、そうなんだ」

 おそらく、尚の顔を思い返しているんだろう。朝川さんはあまりクラスメイトと関わらないから、顔を全員覚えているか微妙かもしれない。

「入ろう」

 店の前で迷うと入れなくなっちゃうから、僕は躊躇なくドアに手をかけた。友だちを連れてきただけだから何も気にすることはない。

「いらっしゃいませ」

 聞こえてきたのは、ややハスキーで格好良い唄さんの声ではなかった。

 ネイル中かなと思ったけど、ネイル用の椅子にも座っていない。品出しをしている二十代程の茶髪の女性に会釈する。

「あらッもしかして、真琴君ですか?」
「あ、はい、そうです」
「ちょっと待っててください。店長呼んできます!」

 僕のことをバイトさんに伝えていたらしい。女性は大急ぎで店の奥に消えた。朝川さんと顔を見合わせる。僕がやる気満々でここに来たみたいでちょっと恥ずかしい。

「いらっしゃい。グッドタイミングよ、お客さん十時半からだから、少し空いているの」
「こんにちは。お忙しいところすみません」
「いいのよぉ。こちらがお友だちね」
「はい。朝川です」

 ぺこりとお辞儀をすると、ヘッドドレスがよく見えてさらに可愛らしさが増した。許されるなら褒めて褒めて褒め倒したい。

「今日ここですることは彼女に言ったの?」

 口元を手で隠して、僕に小声で話す唄さん。僕は小さく首を振った。

「今、言います」
「どうしたの?」

 朝川さんがきょとんと僕を見上げる。ああ、言い出しづらくなった。

「ええと、普段お世話になっているので、ここの雑貨とかネイル関連のものとか、何か朝川さんにあげたくて。それで、朝川さんに選んでほしくて来てもらったんだ」

「ええッ」

 想像以上の驚きを頂いてしまった。あ、そうか。

「そんな、いいのに。私も仲良くしてくれてそれこそお世話になっているよ。それに、バイトしてないから大変でしょう」

 そう、ついさっきお金が無い話をしてしまっていた。完全に失言だ。僕ってやつはもう。

「大丈夫。一つだけだし、ちゃんとお小遣い貯めたし。本当に、朝川さんのおかげでいろいろ楽しいんだ」

 困ったように笑った後、朝川さんが人差し指を上に上げた。

「ありがとう。じゃあ、ありがたく受け取るね。その代わり、いつか私も頼田君に何か渡していい?」
「そんな、お返しが欲しいわけじゃないんだ。でも、そっか、僕だってあげたいんだからそうだよね。うん、その時はお願いします」

 その様子を、唄さんは微笑ましく見守っていた。