なにものでもないぼくたちへ

「さっさとやっちゃおう」

 とはいっても、眉山部分をちょっと細くすればいいか。眉山無しのストレートが理想だけど、やりすぎると整えたの目立っちゃうからほどほどに。

「いてッ」

 試しに一本抜いてみると、結構痛かった。これ、慣れるものなのかな。血が出そう。

 これをみんなしているのか。おしゃれは我慢というけど本当だ。何も努力しないで「自分を見てくれない」と騒いで許されるのは子どもまでだから。

 僕も少しずつ大人にならないと。お父さんたちは何歳になっても僕が毎日を生きているだけで褒めてくれるだろうけど、それに寄りかかっていたら何も成長できない。

 こうして外見を気にすることと同時に、中身も大人になっていけたらいいな。

 なれるかな、大人に。
 年齢に沿った大人に。

 難しいけど、誰しもが通る道。
 頑張ろう。

「このくらいか」

 一本ずつゆっくり抜いたから、抜きすぎることはなかった。でも、赤くなっちゃった。今日中には赤み引くよね? いちおう、化粧水付けて様子見ておこう。

 お母さんにピンセットを返すと、ちらりと眉毛を見られた。恥ずかしくてへらりと笑ってしまった。それが余計に恥ずかしい。

 もう外出予定はないので前髪を元に戻す。今日はアイロンだけで整髪料で固めたわけじゃないので、水を付けて伸ばしたらだいたい戻った。前髪があると整えたかどうか分からないや。

「明日は十時待ち合わせか」

 早めに起きて髪型やってみよう。朝川さんなら僕を否定しないって分かってるから気楽でいい。

 お母さんが洗面所に来た。何故かスマートフォンを構えていた。

「なんだ、戻しちゃったの」
「撮るつもりだったの?」
「可愛かったから。あ、格好良かったから」
「別に言い直さなくていいよ。あと写真も駄目」

 お母さんはやや不満気ながらもすぐ戻っていった。

 親にとっては高校男子も可愛いままなんだね。それはそうか、大人の一年なんてあっという間だって言ってたから、十五年もそうなのかも。

 きっと成人しても同じなんだろうなぁ。親にとっては何歳になっても子どもは子どもだから。

 そんな僕が本当に可愛い恰好をしたら……いいやいいや、明日に集中だ。

 クローゼットを開けて服を漁る。無難な服ならお母さんが沢山買ってくれている。といっても、中学生の時だけど。

「これは今日と同じ感じだから、違う色がいいな。唄さんには二日連続で会うから、また同じって思われたら嫌だ」

 白いTシャツって全部同じに見える。なんかよく分からない英語が並んでいて、文字の色が違う程度。

「これにしよ」

 無難に黒いものにした。下はハーフパンツじゃラフかな。でも、もう暑いし。朝川さんは親と一緒でなんでも褒めてくれるから、コーデが合ってなくてもスルーしてくれそう。

 とりあえず、朝川さんは黒でまとめそうだから、僕もそれに合わせればいいか。

 ベッド横にある本棚の上に明日の服を畳んで置いておく。他にすることはない。雑貨を変えるくらいのお金もお財布に入れた。

「ネイルか~」

 何もしていない、短い爪を見る。

 雑貨が売っていたから雑貨と思っていたけれど、ネイル関連の商品も売っていたからそれも良いかもしれない。

 爪磨き、は持っていそう。透明のネイルとか。透明でも校則違反だけど、お休みの日ならできるから気にしなくていいだろう。

「あとは、店内を二人で見て決めてもらおう」

 ピコン。

 朝川さんからスタンプとともに明日よろしくメッセージが届いた。楽しみにしているのが自分だけじゃないことが分かって、それだけで頬が緩む。

「朝川さんの明日の恰好どんなだろ」

 クローゼットを見たどころか彼女の服を着させてもらったので、ある程度の服は想像できる。今はロリータメインだから、明日もそんな感じかなぁ。何着ても可愛いから楽しみだ。