なにものでもないぼくたちへ

『明日、知り合いの雑貨屋見に行ってもいい?』

 朝川さんとの遊びはウインドウショッピングになったので、唄さんのお店に行っていいか聞いてみた。返事はもちろんOK。朝川さんってわりとフットワークが軽い。

「はぁ、緊張する」

 二人で行くことが決まって、急に緊張してきた。唄さんが事情を知っているから。

 多分、そういう意味だと思っている。でも、言葉にはしないでいてくれている。

 僕は違うと思っている。でも、明日の自分は分からないらしいので、どうなるのかは分からない。

「明日の服、どうしよう」

 僕の秘密を知っている人と出かけるから、メイクはともかく可愛い服にしても平気だ。でも、行く場所にいる人は何も知らない。ということは、無難な服だな。

「せっかくだから、髪の毛だけ変えてみよう」

 ドライヤーと整髪料を持って、洗面所で鏡の前に立つ。普段は寝ぐせを直すだけだから、どうせなら学校でもできそうな髪型にしてみようかな。

「センター分けもいいし、前髪をふわっとかき上げた髪型もしたい。ちょっとやり方検索しよ」

 ネットでやり方の動画を検索する。途中、お父さんが通りがかったけど、一瞬こっちを見て素通りした。我が子がおしゃれに目覚めているって思ったかな。髪型なら何か言われる奇抜なものじゃないから安心して大っぴらにできていいや。

 センター分けはすぐに出来た。けれども、シンプルだからぱっとしない気もする。次は前髪を上げる髪型に挑戦した。

 左耳に前髪の三分の一をかける感じで固めて、残りをふわっと立たせて右側に流した。

「どうだろ。変じゃないかな」

 違和感が先行していまいち上手くいったか分からない。鏡でしばらくにらめっこをしてから、素直に諦めてリビングに向かった。ドアを開けると、お父さんとお母さんがいた。あ、二人ともいた。まあ、いいや。

「ねぇ、この髪型って変?」
「ううん、よくできてるじゃない。ね、お父さん」
「うん。変じゃないよ」

 ほっとしたところで、家族だからよほどおかしくなければ褒めてくれることに気が付いた。

「ありがとう」

 とりあえずのお礼を言いつつ、階段を上がって部屋に入る。

 結局、髪型が成功したかは分からず仕舞いだった。でも、明らかに変ならそれとなく直してくれるはず。外で息子が笑われたら大変だから。

 部屋にある鏡の前でも右を向いたり左を向いたりしてみる。自分的にはおかしくないと思う。うん。

「眉毛をちょっと整えてみよう」

 うちの高校はネイルと髪の毛を染めるのは禁止だけど、メイクは禁止されていない。だから、男子が眉毛を整えても校則違反にはならない。

 実際整えている人もいる。もしかしたら、元々整っているだけかもしれないけど。

 僕もがっつり剃ったりしなくてもいい程度なので、前髪を上げた機会に挑戦することにした。

「お母さん、ピンセットある?」

 リビングに逆戻りして聞いてみると、お母さんがポーチからピンセットを取り出して渡してくれた。

「指に棘でも刺さった?」
「ううん、ちょっと眉毛を整えようと思って」
「そっか、抜きすぎないようにね」
「うん」

 会話中、僕の心臓はうるさかった。

 何気ないものなのに、裏側を見透かされている気分になった。

 眉毛を整えた先を望んでいるのではないかと。勝手な被害妄想が嫌になる。