朝川さんと遊ぶ日は日曜日に決まった。なので、土曜日は一日暇だ。せっかくというかなんというか、気になっていたものがあって、僕は唄さんのお店に一人で行くことにした。
場所は覚えている。ちょっと入りづらいけど。そして、今日は私服だ。男子にしてはやや甘めの服。でも、特別視はされない程度の。中途半端だと思うけれども、甘めの服を着るだけで気分が晴れる自分はかなり能天気だ。
「こんにちは」
「あら、いらっしゃい!」
唄さんがカツカツと笑顔で歩いてくる。僕を覚えてくれていたらしい。自然と頬がゆるゆるになる。
「今日は一人で来てくれたの? 嬉しい!」
本当に嬉しそうにしてくれて、それだけで来てよかった。
「ちょうど癒しが欲しかったところなの。可愛い子が見られて眼福よ」
「何かあったんですか?」
「ちょっとね」
唄さんがカウンターに置かれている花瓶を見た。
「綺麗なお花ですね」
「そう、花のセンスは良いのよね。あ、店員さんに選んでもらったんだわ、きっと」
「誰かからのプレゼントですか」
「うう~ん……」
迷いながらも、僕の質問に唄さんは答えてくれた。
「なんか、最近この辺りを散策し始めたっていうサラリーマンと知り合ったんだけどね。なんでだか気に入られたみたいで、昨日も会社帰りにこれを」
「へぇ、唄さん綺麗だから。でも、変な人じゃないですか?」
サラリーマンと聞いて、例のあの人を思い出してしまった。サラリーマンがみんな変な人なわけないけれど、万が一にでも唄さんが迷惑な人に絡まれるのは嫌だ。
「ありがと、変な人ではないと思うわ。でも、しいて言うなら、私を女って思ってることが心配」
「なるほど……」
「でも、いきなり私は男ですって言っても自意識過剰過ぎるから言えなくて。だって、好意を持ってくれているとは思うけど、ただのライクだったらあれじゃない」
「たしかに」
僕は曖昧な相槌を打つことしかできなかった。
「まあでも、あちらも、あ、堂本さんって言うんだけどね。彼もいい大人だから。こちらへ好意を伝える前に気付いたら、黙って距離を置いてくれるでしょ」
「難しい問題ですね」
「そうなのよぉ。セクシャリティってかなり複雑で繊細だから。当事者の私ですら面倒だと思うこともあるわ」
それでも、花を飾る程度には堂本のことを悪くは思っていないのだろう。
「唄さんは堂本さんのことを好ましくは思っていないんですか?」
唄が右人差し指を顎に当てて考える。
「そうねぇ。少なくとも、恋愛云々ではないわね。でも、人間どう転ぶかは分からないから、確実なことは言えないわ。真琴君だって、明日誰を好きになっているかなんて、君自身でも分からないわよ」
「僕自身でも?」
「そう。世の中って、びっくりするようなことが沢山起こるんだから」
「それはちょっと怖いです」
僕は頬を掻きながらひんやりしたものを感じた。
今まで、人をそういう意味で好きになったことがない。女の子を可愛いと思うことはある。だから、きっと対象は女の子。でも、いつ、何が起こるかは僕にも分からないってことか。
人を好きになっても、恋愛的に好きにならない人も存在すると聞いた。同性を好きになる人もいる。世の中にはいろいろな形がある。だから、こうしないといけないということはないし、マジョリティではない人たちを非難する理由なんて何も無い。
難しいけど、単純だ。
人が好きなもの、目指すものを否定しない。ただ、それだけで世界はだいぶ平和になる。
場所は覚えている。ちょっと入りづらいけど。そして、今日は私服だ。男子にしてはやや甘めの服。でも、特別視はされない程度の。中途半端だと思うけれども、甘めの服を着るだけで気分が晴れる自分はかなり能天気だ。
「こんにちは」
「あら、いらっしゃい!」
唄さんがカツカツと笑顔で歩いてくる。僕を覚えてくれていたらしい。自然と頬がゆるゆるになる。
「今日は一人で来てくれたの? 嬉しい!」
本当に嬉しそうにしてくれて、それだけで来てよかった。
「ちょうど癒しが欲しかったところなの。可愛い子が見られて眼福よ」
「何かあったんですか?」
「ちょっとね」
唄さんがカウンターに置かれている花瓶を見た。
「綺麗なお花ですね」
「そう、花のセンスは良いのよね。あ、店員さんに選んでもらったんだわ、きっと」
「誰かからのプレゼントですか」
「うう~ん……」
迷いながらも、僕の質問に唄さんは答えてくれた。
「なんか、最近この辺りを散策し始めたっていうサラリーマンと知り合ったんだけどね。なんでだか気に入られたみたいで、昨日も会社帰りにこれを」
「へぇ、唄さん綺麗だから。でも、変な人じゃないですか?」
サラリーマンと聞いて、例のあの人を思い出してしまった。サラリーマンがみんな変な人なわけないけれど、万が一にでも唄さんが迷惑な人に絡まれるのは嫌だ。
「ありがと、変な人ではないと思うわ。でも、しいて言うなら、私を女って思ってることが心配」
「なるほど……」
「でも、いきなり私は男ですって言っても自意識過剰過ぎるから言えなくて。だって、好意を持ってくれているとは思うけど、ただのライクだったらあれじゃない」
「たしかに」
僕は曖昧な相槌を打つことしかできなかった。
「まあでも、あちらも、あ、堂本さんって言うんだけどね。彼もいい大人だから。こちらへ好意を伝える前に気付いたら、黙って距離を置いてくれるでしょ」
「難しい問題ですね」
「そうなのよぉ。セクシャリティってかなり複雑で繊細だから。当事者の私ですら面倒だと思うこともあるわ」
それでも、花を飾る程度には堂本のことを悪くは思っていないのだろう。
「唄さんは堂本さんのことを好ましくは思っていないんですか?」
唄が右人差し指を顎に当てて考える。
「そうねぇ。少なくとも、恋愛云々ではないわね。でも、人間どう転ぶかは分からないから、確実なことは言えないわ。真琴君だって、明日誰を好きになっているかなんて、君自身でも分からないわよ」
「僕自身でも?」
「そう。世の中って、びっくりするようなことが沢山起こるんだから」
「それはちょっと怖いです」
僕は頬を掻きながらひんやりしたものを感じた。
今まで、人をそういう意味で好きになったことがない。女の子を可愛いと思うことはある。だから、きっと対象は女の子。でも、いつ、何が起こるかは僕にも分からないってことか。
人を好きになっても、恋愛的に好きにならない人も存在すると聞いた。同性を好きになる人もいる。世の中にはいろいろな形がある。だから、こうしないといけないということはないし、マジョリティではない人たちを非難する理由なんて何も無い。
難しいけど、単純だ。
人が好きなもの、目指すものを否定しない。ただ、それだけで世界はだいぶ平和になる。


