「今日はありがとう」
「いいよ、暇だし」

 水曜日、僕は尚と電車に乗っていた。用事がある駅はここから四駅程いったところらしい。前にメイク用品を買ったお店がある駅と近いな。

「何の用事があるの?」
「親戚に渡すものがあって。その人唄さんって言ってお店やってるんだけど、ちょっと一人じゃ入りづらいところだから」
「そうなんだ」

 入りづらいお店ってなんだろう。高校生が入っていいところ、だよね?

 駅に着いて不安になりながらもついていく。細い路地を入ったところに唄さんのお店があった。

「お~……」

 路地裏は狭く、それなのにお店が左右にびっちりと並んでいる。しかも、看板が読めない言語だったり、派手な装飾をされていたりと、たしかにお店へたどり着く前に引き返してしまいそう。

 唄さんのお店はネイルサロンらしい。高校生だとネイル禁止のところが多くてお客が成人ばかりらしいから入りづらいのだと尚が言った。じゃあ、この道は気にしないのか。すごい。

「唄さん~」

 ドアを開けて尚が声をかける。店内に人影は無かったが、奥の方からカツカツとヒールの音が近づいてきた。

「はぁい、尚くんありがと。あら、お友だち?」
「うん。ここ、一人じゃ来にくいから」
「こんにちは、頼田です」

 唄さんはばっちりメイク瞳をパチパチさせて僕を見つめて笑った。

「こんにちは。可愛らしい子ね、安くするからネイルしてく?」
「いや、うちネイル禁止だから」
「そうよねぇ~、なんで高校生禁止なのかしら。可愛いのに」
「メイク禁止のところもあるよ」

 紙袋を受け取りつつ、唄が唇を突き出して言う。

「子どもだったら皮膚に対する云々あるだろうけど、もう高校生になったらよくない? 中卒だったら、高校生の年齢でも社会人マナーとしてメイク必須だし」

 うちの高校はメイクOKだけど、駄目なところもあるのは知っている。唄さんの言葉を聞いて、僕は知らず頷いていた。

「頼田君もそう思う? だって、可愛いものを持ちたい気持ちは十代だって一緒よね。義務教育が終わったらもっと自由にしてあげてほしいわ」

 両手を掴まれ、僕は思わず視線を泳がせた。尚と目が合う。

「光太君、真琴が困ってるから」

──光太君?

「尚ォ、その名前で呼ぶなっつってんでしょ」

 途端、唄さんの声が一オクターブ低くなった。わあ、男性だったんだ。全然気が付かなかった。

「ごめんねぇ、怖かった?」
「いえ、全然。唄さんはメイクもファッションも素敵ですね。唄さんに似合ってます」
「まぁぁぁああ聞いた!? 尚!」
「聞いてるよ」

 尚は生温い笑顔で何度も頷いていた。ごめん、尚にとって余計なこと言っちゃったかな。

「せっかく来てくれたんだし、ゆっくりしていって。お茶飲む? ペットボトルだけど」
「有難う御座います」
「じゃあ、持ってくるわ。店内自由に見てくれて構わないから」

 唄さんのお店はネイルサロンの他に、ネイル関連の商品や雑貨が売られている。僕はあまりテンションを上げないよう気を付けながら店内を見回した。

 右を見ても左を見ても、全てが煌めいている。こういう世界に身を置けたら、毎日が楽しいだろうな。でも、社会人だもの。楽しいだけじゃないことだって知っている。特に、唄さんは男性だから。

 いや、今は女性なのかな。女性になりたいのかなったのか。そこで僕は小さく首を振った。

 性別がどうだとか、今がどうだとか関係ないじゃないか。唄さんは唄さんだ。知り合ったばかりの僕がプライベートに顔を突っ込んで詮索するなんて失礼すぎる。

「唄さん元気でしょ。疲れてない?」
「全然。あんなお姉さんいたら楽しそう」
「そう、よかった。俺も唄さん好き」

 僕が答えると、尚は安心した顔で笑った。

 尚は僕に何も説明せず唄さんを紹介した。そのことがなんだか嬉しくて、尚にお礼を言いたくなった。

「お待たせ~、どうぞ」
「有難う御座います」

 お茶をもらって椅子に座る。一時間先まで予約が空いているらしく、まだゆっくりできるらしい。

 唄さんが奥から椅子をもう一脚運んできて向かいに座った。すらっと伸びた足は僕に付きそうな程だ。

「唄さんって格好良いですね」

 あ、美人の方が表現として良かったかな。唄さんが綺麗に笑って答えた。

「ありがとう。真琴くんも素敵よ」
「俺は?」
「尚くんも可愛い」
「格好良いって言ってよ」

 唄さん曰く、尚は何歳になっても可愛い甥っ子なのだそうだ。こんなに背が高くなっても、小さい頃を知っているとそうなるのかもしれない。