それから私と水無月さんは一緒に過ごすことが増えた。
 保健室に連れて行かれた私は、保健室でカーテンの敷居の中で、ふたりでご飯を食べることが増えた。
 水無月さんはいつも菓子パンを持ってきていた。対して私は昨日の残り物とご飯を詰めたお弁当で、それがいいのかどうかがわからなかった。
 その日の水無月さんは焼きそばパンとペットボトルのお茶を飲み、その横で私は特売品の野菜と肉を焼き肉のタレで炒めたなにかを食べながら話をしていた。
 保健室登校で学校の話題が特にない水無月さんと、家とスーパーと学校以外の話題がなにひとつない私だったけれど、不思議と互いに話が尽きることがなかった。
 多分、相性がよかったんだろう。あとふたりとも、やらかした兄のいる妹って共通項もあったから、専ら最近は互いの兄について話をしていた。

「ふーん、田無さん。兄貴嫌いだったんだ?」
「嫌いって程でもないけどね。ただ、私からしてみればどう扱えばいい年上って感じで。だから周りから自殺したからって腫れ物扱いされても、本当に困るんだよ。それより、うちの家がガタガタなことのほうが問題だしさ」
「なるほどね。たしかに」
「そういう田無さんは? お兄さんのこと結構好きだよね?」
「まあね。頭悪い人だし、すぐ手が出るし、あたしも何度も蹴られたり殴られたりしたけどね。でも嫌いじゃないよ」

 多分私たちの会話は、私たちのことを知らない人から見れば、問題のある会話にしか聞こえないだろう。だからふたり揃って貝のように必死で口を噤んでいたんだから。
 でも普通からずれてしまった今となっては、普通じゃないことってゴロゴロ転がっているってわかる。だからこそ、互いの兄に対する感想が真逆でも「まあ、そんなこともあるよね」で済ませられるところがあったんだ。
 そうこう言っている間に、予備鈴が鳴った。そろそろ教室に戻らないと授業に遅れちゃう。

「それじゃあ、また来るね」
「おう、また明日」
「うん」

 話ができる。話を聞いてもらえる。それだけで互いに救われることだってある。
 これがスクールカウンセラーだったら、ただ話を聞いてもらうだけで、会話のキャッチボールができない、友達との会話だったら、話題が次々と変わってしまうから、自分の気持ちや思いもいともたやすく消費されてしまうとなったら、一対一で話ができるっていうのは、それだけで貴重だったんだ。
 私は廊下を通る生ぬるい風が吹くのに気付いた。
 気付けば、季節がそろそろ夏に向かって動き出していた。

****

 私がトイレにいるとき、洗面所で誰かがしゃべっているのが聞こえた。
 女子は男子に聞かれたくない話題はだいたいここでするから、気まずいからしばらく出られないなあと思っていたら。

「最近智佐付き合い悪いね」

 友達が話していたことに、少し驚く。

「あの子と最近一緒にいるって聞いてるけど。ほら水無月さん」
「あの変わり者ねえ……ずっと一緒にいるから、ずっかりレズって噂流れてるけど」

 なんだそりゃ。女子はすぐに誰かと誰かが一緒にいるだけで付き合ってるって話をするからなあ。私はそれにイラッとし、ここで飛び出そうかと考えていたら、話が続いた。

「でもねえ、あの子の兄貴も人殺しだしさ、それに対して水無月さんも抵抗ないじゃん」
「水無月さんの友達だった子も、あの子もいずれ人を殺すとか言ってるしねえ」
「これ放っておいて大丈夫? 智佐、うちらが目を離した隙に殺されてない?」

 なんでだよ。私はだんだんと腹が立ってきた。
 水無月さんはすごくいろんなことを考えた上でしゃべっている子だ。彼女が彼女の地頭そのものでしゃべれない環境だったから馬鹿っぽい言動取っているだけで、よくも悪くもお兄さんが塀の中に入ったおかげでやっと解放されたのに。
 周りが勝手にラベルを貼るのか。私は思いっきりノズルを強く押したら、途端に友達は「ああ、人がいた!」と慌ててトイレから逃げていってしまった。
 逃げるくらいだったら、そんな話しなきゃよかったのに。

「なんでそうなるの……」

 人殺しの家族も、人殺しじゃないといけないのか。
 自殺者が出た家は、いつまでも背中を丸めて怖じ気づきながら生活しないといけないのか。兄の死を一生悼んでろっていうのか。
 それがエンタメなのだとしたら、いい加減にしてほしい。

「私は……感動ポルノじゃない」

 人に憐憫をかけられて、それでずっと怖じ気づくなんてまっぴらごめんだ。
 そもそもうちの家の環境を、誰も助けてくれないことのほうが問題なのに。私は思いっきり蛇口を捻り、ジャブジャブと手を洗いはじめた。手をジャブジャブ洗ったところで、私の気が治まる訳ではないけれど。なにもしないでひとりで背中を丸めているよりは、よっぽどマシだった。