友達は続けた。

「なんかねえ、警察の人が来てたんだよ。話聞きに。あとマスコミ? それで皆知ってた。水無月さんそこら辺のせいで、すっかり保健室登校になってたんだよ」
「ああ……」

 私が保健室に入ったとき、カーテン越しに誰かがいるのは感じていた。あれは水無月さんだったのか。
 申し訳ない気分になっている中、友達は告げた。

「最近智佐は家の都合でさ、なかなか私たちとも一緒に遊べないけどさあ。でも水無月さんはやめときな。ねっ?」

 なにかが突き刺さった。
 それは気を遣われたのが嬉しいから刺さったようには思えない。ただ、ムカムカイライラした。私はこれに「そう」とだけ返事した。
「ありがとう」も「気を付ける」も、言葉にならなかった。言葉にしてはいけない気がしたんだ。私はなにに対してそこまでムカムカイライラしているのかがわからなかった。
 ただ綺麗な髪の水無月さん。彼女と少しだけお話がしたいと思った。
 でも。保健室登校している彼女に、私がどうこう言えるんだろうか。彼女から余計なお世話だって言われないだろうか。不幸に浸かっている人は、幸せな人から上から目線で手を差し出されても、不愉快に思ってはね除けてしまう。だから、私は彼女とどう接するべきか思いつかなかった。

****

 水無月さんとお話をしてみたい。
 そう漠然と思いながら、昼休み中図書館に行く。その日もファンタジー小説を広げてみたら、ルーズリーフが挟まっていた。
 今日はいつもよりも長い文章が書いていたのに、私は一生懸命目を通した。

【このあいだ、ものを借りたんだ。借りたんだからお礼をしないとと思ったけれど、うまいこと思いつかなかった。
 自分は勉強はできないし、頭もよくない。おかしとかもやけない。だから自分が一番おいしいと思うものをあげた。よろこんでくれたのかな】

「……これ」

 思いっきり思い当たることがあった。私はどう書くべきか返事に迷う。
 ……ここで返事をミスったら、もう二度と文通ができないと思った。だからこそ、私もできる限り長めの文章を書いた。

【よかったね。きっと喜んでくれたよ。他に仲良くなれるようなことできないのかな?】

 余計なお世話だったかもしれない。水無月さんからしてみれば、鬱憤を聞いてくれた人がたまたまいたから文通のやり取りをしていたのに、それがわざわざアドバイスしてきたら嫌がるかもしれない。
 たしかに変わっているかもしれない。たしかに常識はないかもしれない。
 でも唐揚げはおいしかった。私は彼女と友達になりたいって思ってしまったんだ。だからできる限り、彼女が返事を書いてくれたらいいなと思いながら、ルーズリーフのインクを乾かして、それを本に挟んで本棚に戻した。
 祈る気持ちだった。

****

 次に図書館に行き、本棚にファンタジー小説を取りに行ったとき、またしても長い返事が書いてあることに気付いた。
 私はルーズリーフを引っ張り出して、それに目を通した。

【友達になりたい子、家族が死んじゃったんだって。だからクラスでも浮いている。あたしといっしょだと思ったんだ。
 でもそれにふれるのは余計なことかもしれないでしょ? またからあげをあげるのもちがうし。どうしよう。】

 そっか……そりゃそうだ。私のお兄ちゃんの自殺の話なんか、私が忌引き中に勝手にばら撒かれてしまったんだから、まだお兄さんが事件を起こしてなかった頃の水無月さんだって聞いているはずなんだ。
 どうしようかなあ。私が本人だって言ったら、もしかすると水無月さんは嫌がるかもしれない。私はどう返したものかと、適当に自分のルーズリーフを引っ張り出すと、そこにいろいろと返事の文章の練習をはじめた。

【ふつうに話しかければいいと思うよ。その子私の知っている子だとしたら、家にすぐ帰らないといけない関係で、あんまり寄り道できないから、校内で話しかける分には自由だと思う】

 どうしてそんな個人情報知っているんだ。うちの家がぶっ壊れていることなんて、お兄ちゃんが自殺した以外周りは知らないのに、誰も知る訳がない。

【またからあげあげたら? からあげの子だって覚えていると思う】

 いやいや。たしかに唐揚げはおいしかったけれど、こう何度も何度も肉の匂いを漂わせていたら、普通に不審者だ。私はすぐ食べるからいいとしても、そう肉の匂いを漂わせた水無月さんに教室に通わせるのは彼女を悪目立ちさせてしまった駄目だろう。

【手紙を出したら? アプリのIDと一緒に】

 これが一番シンプルかつ、普通に連絡先をゲットできるいい機会だと思う。問題は、水無月さんがアプリをやっているかどうかなんだけど。彼女がずいぶんと変わった子だとは思うけれど、彼女がどんなアプリをやっているかなんて、私も想像できない。
 でもなあ、他に代替案が出てこないや。
 いろいろ他にも返事を考えあぐねたけれど、結局はそれを書いて挟んでおいた。相変わらず図書館には人気があまりなく、司書さんが仕事しているから私がルーズリーフを挟んでいることにも気付いてないようだった。そのことにほっとしながら、私は図書館を出て行った。
 友達になりたいな。互いに兄を失った身として、どんな会話をすればいいのかわからないけれど。私は少しだけ浮かれた気分で帰路に立ったのだった。