それからも、私はあの子とやり取りをしていた。
だんだんとわかってきたことがある。
その子は漢字が全然書けないだけで、読むことはできるみたい。だんだんその子が漢字を混ざった手紙を返してくるようになってからわかったことだ。
【ごめん、漢字は読めるけど書けないだけなんだ。
普通に漢字を使ってくれていいから】
なんでだろうと思って【どうして漢字が書けないの?】と聞いてみたら、すぐに返してくれた。
【兄貴の前で、頭がいいように振る舞うと殴られたから、その名残り。
馬鹿をアピールしたら殴られないから】
普通に出てきた暴力に、心臓が冷たい手で撫でられたような薄気味悪さを覚えた。
この子はDVの被害者なんだろうか。私はなんとはなしに尋ねてみた。
【お兄さん怖い人なの? 大丈夫?】
すると意外とあっさりとした返事が返ってきたのだ。
【もういないから平気】
それってどういう意味なんだろう。いなくなったって、独立したとか? 死んだとか?
どういう意味かはわからないものの、この子は普通の生活を送ってないことだけは間違いなさそうだ……そこまで考えて、自分の不気味さに寒気を覚えた。
……人の不幸を見て、自分はそこまで大したことないって思うの、どうかしている。そのことは絶対に手紙に書くべきではない。
お母さんは相変わらず糸の切れた人形状態で、私のほうなんか見向きもしない。お父さんとはなんとなくしゃべれているものの、今の家庭環境が健全とはお世辞にも言えない。
この手紙だけだった。その手の話をすることができるのは。
不幸自慢がしたい訳じゃない。ただ、弱音を吐き出したかった。周りが明るくキラキラした話しかしないけど、私だって愚痴を溢したい。愚痴ってどうにかなるものでもないけれど。ただキラキラしていて、承認欲求満たしたいだけの会話じゃ、私の現状はままならないから。
だから、手紙にだけ依存している自分は不健全じゃないかなと、ぼんやりと思っていた。
****
そんな健全なのか不健全なのかわからない生活を送っている中。
その日私はいつもよりも早めに学校に来られたことにほっとしながら、教室に入ったとき、教室で怪訝な視線を向けられているのが気になった。
「おはよう……なに?」
「あの、田無《たなし》さん。呼んでるけど」
「誰が?」
「あの子」
そこで私は思わず目を見開いた。金髪のつるつるキューティクルの女の子。私が綺麗な子だと見とれ、傘を無理矢理引き渡した子だった。その子は傘と一緒にコンビニの袋をぶらさげて仁王立ちで教室の前に立っていたのだ。
私は慌てて教室から飛び出す。
「どうしたの?」
「探した。どこの学年かも、どこのクラスかも知らなかったから、保健の先生に『こんな子知らない?』って聞いて。先生も頑固だから全然教えてくれなかったけど、最終的に根負けして教えてもらった。これ」
「傘? 別に古い傘だったから、捨ててくれてもよかったのに」
「よくない。あんたが濡れた」
どうもこの子は、ぶっきらぼうでちょっと変わっているけど。でも別に悪い子ではないんだろうなあという印象を受けた。そしてコンビニの袋も何故か一緒に引き渡してきた。そこからは肉の匂いがする。
「……あのう、これは?」
「コンビニの唐揚げ。お礼をしようと思ってもなにを渡せばいいのかわからなかったから。それあげる」
「ええ?」
肉の匂いがずっと漂うのは困るんだけど。そう言おうかどうか迷っている間に、その子は踵を返してどこかに行ってしまった。
あっ……。
「別にね! 雨であなたの髪が濡れるのやだなあと思っただけなの! 気を遣わなくってもよかったからね!」
それに金髪の彼女は一瞬だけ振り返ると、ニカッと笑った。
ずいぶんとこう。今までしゃべったことのないタイプの子だなと思いながら、ひとまずは先生が来る前に唐揚げを食べてしまおうと、慌てて唐揚げを食べはじめた中。友達が気の毒そうなものを見る目を向けてきた。
……お兄ちゃんが死んだときみたいな目だなあと、久々に感じた視線に、少しだけげんなりとする。
「あの……智佐? さっきの水無月さんだけど」
「あれ、あの子そういう名前の子だったの?」
「ああ、そっか。忌引きしてたから、智佐はあの子知らないかあ……」
「あの子はさ、その。あんまり関わらない方がいいよ?」
そりゃ傘のお礼に唐揚げ渡してくる子だから、相当変わっているとは思うけど。私はなにを言い出すのかと思いながら唐揚げを頬張っていると、友達は続けた。
「……あの子のお兄ちゃんさあ……人殺して少年院に入ってるって……」
あまりにも飲み込みにくい言葉に、私は唐揚げをほとんど咀嚼せぬまま飲み込んで、むせ返った。
だんだんとわかってきたことがある。
その子は漢字が全然書けないだけで、読むことはできるみたい。だんだんその子が漢字を混ざった手紙を返してくるようになってからわかったことだ。
【ごめん、漢字は読めるけど書けないだけなんだ。
普通に漢字を使ってくれていいから】
なんでだろうと思って【どうして漢字が書けないの?】と聞いてみたら、すぐに返してくれた。
【兄貴の前で、頭がいいように振る舞うと殴られたから、その名残り。
馬鹿をアピールしたら殴られないから】
普通に出てきた暴力に、心臓が冷たい手で撫でられたような薄気味悪さを覚えた。
この子はDVの被害者なんだろうか。私はなんとはなしに尋ねてみた。
【お兄さん怖い人なの? 大丈夫?】
すると意外とあっさりとした返事が返ってきたのだ。
【もういないから平気】
それってどういう意味なんだろう。いなくなったって、独立したとか? 死んだとか?
どういう意味かはわからないものの、この子は普通の生活を送ってないことだけは間違いなさそうだ……そこまで考えて、自分の不気味さに寒気を覚えた。
……人の不幸を見て、自分はそこまで大したことないって思うの、どうかしている。そのことは絶対に手紙に書くべきではない。
お母さんは相変わらず糸の切れた人形状態で、私のほうなんか見向きもしない。お父さんとはなんとなくしゃべれているものの、今の家庭環境が健全とはお世辞にも言えない。
この手紙だけだった。その手の話をすることができるのは。
不幸自慢がしたい訳じゃない。ただ、弱音を吐き出したかった。周りが明るくキラキラした話しかしないけど、私だって愚痴を溢したい。愚痴ってどうにかなるものでもないけれど。ただキラキラしていて、承認欲求満たしたいだけの会話じゃ、私の現状はままならないから。
だから、手紙にだけ依存している自分は不健全じゃないかなと、ぼんやりと思っていた。
****
そんな健全なのか不健全なのかわからない生活を送っている中。
その日私はいつもよりも早めに学校に来られたことにほっとしながら、教室に入ったとき、教室で怪訝な視線を向けられているのが気になった。
「おはよう……なに?」
「あの、田無《たなし》さん。呼んでるけど」
「誰が?」
「あの子」
そこで私は思わず目を見開いた。金髪のつるつるキューティクルの女の子。私が綺麗な子だと見とれ、傘を無理矢理引き渡した子だった。その子は傘と一緒にコンビニの袋をぶらさげて仁王立ちで教室の前に立っていたのだ。
私は慌てて教室から飛び出す。
「どうしたの?」
「探した。どこの学年かも、どこのクラスかも知らなかったから、保健の先生に『こんな子知らない?』って聞いて。先生も頑固だから全然教えてくれなかったけど、最終的に根負けして教えてもらった。これ」
「傘? 別に古い傘だったから、捨ててくれてもよかったのに」
「よくない。あんたが濡れた」
どうもこの子は、ぶっきらぼうでちょっと変わっているけど。でも別に悪い子ではないんだろうなあという印象を受けた。そしてコンビニの袋も何故か一緒に引き渡してきた。そこからは肉の匂いがする。
「……あのう、これは?」
「コンビニの唐揚げ。お礼をしようと思ってもなにを渡せばいいのかわからなかったから。それあげる」
「ええ?」
肉の匂いがずっと漂うのは困るんだけど。そう言おうかどうか迷っている間に、その子は踵を返してどこかに行ってしまった。
あっ……。
「別にね! 雨であなたの髪が濡れるのやだなあと思っただけなの! 気を遣わなくってもよかったからね!」
それに金髪の彼女は一瞬だけ振り返ると、ニカッと笑った。
ずいぶんとこう。今までしゃべったことのないタイプの子だなと思いながら、ひとまずは先生が来る前に唐揚げを食べてしまおうと、慌てて唐揚げを食べはじめた中。友達が気の毒そうなものを見る目を向けてきた。
……お兄ちゃんが死んだときみたいな目だなあと、久々に感じた視線に、少しだけげんなりとする。
「あの……智佐? さっきの水無月さんだけど」
「あれ、あの子そういう名前の子だったの?」
「ああ、そっか。忌引きしてたから、智佐はあの子知らないかあ……」
「あの子はさ、その。あんまり関わらない方がいいよ?」
そりゃ傘のお礼に唐揚げ渡してくる子だから、相当変わっているとは思うけど。私はなにを言い出すのかと思いながら唐揚げを頬張っていると、友達は続けた。
「……あの子のお兄ちゃんさあ……人殺して少年院に入ってるって……」
あまりにも飲み込みにくい言葉に、私は唐揚げをほとんど咀嚼せぬまま飲み込んで、むせ返った。



