それから、私はいきなり友達と喧嘩になったことで、すっかりとクラスから浮いてしまった。周りは前以上に腫れ物扱いをしてくる上に、担任はなんとか話を聞き出そうとしてくるものの、言ってわかることでもないから空き教室に連れて行かれるたびに黙秘を貫いている。
 それでも図太く教室に通っているのは「私、なんにも悪いことしてないのに、なんで勝手に悪いことした扱いされないといけないの?」という苛立ちだった。周りからしてみれば、私のことも保健室にでも通って見えなくなってしまえばいいのにと思っているだろうに、私はそれすらも無視した。
 だって、ほら。私、なんにも悪いことしてない。
 この状況で、唯一味方してくれたのは保険医さんで、私が全く教室から離れないのを喜んでいた。なによりも。
 水無月さんが教室に戻るようになったのが、僥倖だったのだ。

「ばっかだねえ、智佐も。あたしのために友達と喧嘩なんかしなくってもよかったのに」

 私たちは昼休みになったら、空き教室でお弁当を食べていた。相変わらず水無月さんはコンビニで買ってきたパンにペットボトルで、さすがに野菜が足りないだろうと私がお弁当の小松菜とベーコンの炒め物をあげたら、それ以降私が野菜のおかずをあげるたびにコンビニの唐揚げを一緒に食べることになった。多分野菜とカロリーで栄養は満点なんだと思う。
 水無月さんにそう言われ、私はむっとした。

「別にさ、水無月さんのためだけじゃないよ。私のことは別にどっちでもよかったんだ。皆が皆、勝手に私の気持ちをなんにもわかってない癖してわかったようなフリでしゃべるのが鬱陶しくなっただけ」
「そんな喧嘩っ早くならなくってもさ。まあ……わたしは智佐がブチ切れたの見たらさ、なんだか申し訳なくなって教室に戻ったほうがいいかもー、とは思ったけどさ」

 水無月さんが授業に出られなかった分は、私のノートを貸してあげて少しずつ取り戻していっている。彼女は言動こそ変わっているものの、地頭がいいもんだから、この分だったら遅れを取り戻すことだろう。
 水無月さんは綺麗にブリーチのかかった髪を揺らしながら、私のほうを見た。

「まあ、アレだね。巻き込まれたほうはきっと迷惑極まりないんだろうけれど、傍から見てたら愉快なんだろうね」
「それって……」
「あたしが殺人犯の妹で、智佐がブラック企業の自殺者の妹。こんなの、ネットを見たら手垢がついているくらいによく見る。きっとあれこれ言ってくる子たちは、あたしたちの兄貴とは関わりたくないだろうけれど、あたしらみたいな身内に関わることで、非日常を味わう経験を踏んでるんだと思うよ」
「すっごく不愉快。映画館にでも金払え」
「映画は行間読めない人が行っても面白くないから、先に本読む特訓したほうがいいよ」
「……水無月さんも結構言うようになったね?」
「あたしは前々からこんなんだけど? 智佐のほうこそ、もっと大人しい子かと思っていたら、存外にふてぶてしかったけどね」
「お兄ちゃんのことが原因でガッタガタだった家が、やっと立て直せそうなだけだよ」

 ふたりで他愛ないことを言いながら、お弁当を食べ終えた。
 空き教室には空調は通っていなくて、窓を全開にしても湿度が逃げてくれず、水筒のお茶で涼を取るしかなかった。

「あーつーいー!! 今度カラオケにでも行こうか。フリータイム使って」
「そうだね。少し取り戻そうか」

 私たちはさんざん適当な話をしてから、やっと空き教室を抜け出した。

****

 人は自分は巻き込まれるのは嫌な癖して、非日常に巻き込まれてしまった人の不幸を楽しんでしまう。
 きっと悲しんでいるだろう。きっとずっと背中を丸めて生きているだろう。それは滑稽で、憐れんで、その気持ちを向けられる自分はさぞかし善人だろうと、自分の中のわずかな良心を満たしていくのだ。
 ……そんなん、多分他人に向けていい感情じゃないから、献血でもしてたほうがいいと思う。
 お母さんは前よりもちょっと家事ができるようになって、水無月さんは前よりももっと見かける頻度が増えて、なにかにつけて担任が気にかけてくれるようになったけれど。
 特に水無月さんのお兄ちゃんが外に出られる日が早まった訳でもなく。うちのお兄ちゃんが生き返る訳でもない。欠けたものが完全な形で戻ってくることなんて、ありえないんだ。 だからなに?
 だから私たち、ずっと俯いて幸せにならずに黙って膝を抱えて座り込んでいなくちゃいけないの?
 そんなのお断り。勝手に人の気持ちを決めつけないで。
 腹が立つから立ち上がって、前を向くんだ。

<了>