王宮に聖女アオイが招かれてから、わずか三日。表向きは平穏に見えた宮廷の中に、静かに“影”が差し込んでいた。
その夜──。
葵は客間で静かに本を読んでいた。癒し魔法の体系や、古代語による祈りの言葉など、王宮の図書室には興味深い書物が並んでいた。
しかし、彼女がページをめくる手を止めた瞬間。微かな違和感が部屋の空気を裂いた。
「……誰か、いる?」
窓の外に視線を向けると、そこには黒ずくめの男が一瞬、姿を見せて消えた。
すぐに部屋の扉が開く。
「アオイ!無事か!?」
駆け込んできたのはカインだった。彼も気配を感じたらしく、剣を抜いたままだった。
「誰かが……覗いていた気がする」
「……やはり来たか」
カインの声は低く鋭いものへと変わっていた。守護の力を持つ彼の身体から、薄く蒼い光が立ちのぼる。
その直後――
バンッ!
隣室の窓が割れ、黒装束の男たちが数名、部屋へと雪崩れ込んできた。全員が顔を覆い、手には短剣。まるで何かに取り憑かれたような異様な気配を放っていた。
「聖女アオイ、我らが主の元へ来ていただこう」
「……黒の教団!」
カインが即座に前へ出て、剣で一閃。敵の一人を地に倒す。だが、彼らは人間離れした身体能力で次々と立ち上がってきた。
「くっ……!不死化魔術か!」
黒の教団──
かつて滅んだはずの異端宗教。彼らは禁忌とされる魔術で死者を操り、「聖なる力」を奪おうとしていた。
葵は震える手を胸に当て、祈りを捧げる。
「……癒しの光よ、我らを守りたまえ」
光が爆発のように部屋中を照らし、黒装束たちの身体が焼けるように弾き飛ばされていった。
彼女の「聖女の力」は、邪悪な魔を打ち払う純なる光だった。
「すごい……これが、葵の力……!」
カインも一瞬、見とれそうになるが、すぐに気を引き締める。
戦いが終わったかに見えたそのとき──
「……本命は、ここからだよ」
廊下の奥から現れた一人の青年が、薄く笑っていた。銀髪に蒼い瞳、貴族の礼服をまとったその姿は、どう見ても王宮の者。
「貴様は……リシャール侯爵家の、宰相付き秘書・ユリウス!」
「ご名答。聖女の力を、国のために使うのは惜しいと思いませんか? もっと強く、もっと偉大な……“選ばれた者たち”のために使うべきです」
「あなたも……教団の一員なの?」
葵の声は、驚きと悲しみに揺れていた。
彼は、初日に優しく挨拶を交わした青年だったから。
「王族や貴族など、腐りきっている。救世は“選ばれし闇”から生まれるのです。あなたの力こそが、我らが世界を変える鍵……さあ、アオイ様」
ユリウスは手を差し伸べた。だが、葵はそれを睨みつける。
「私は、誰のものにもならない。あなたの闇にも、絶望にも、私は染まらない!」
その瞬間、葵の身体が光を放つ。
王宮全体がその光に包まれ、空間が歪むほどの“浄化”が広がった。
ユリウスは呻きながら後退し、呪詛の言葉を吐いて姿を消す。
「……いずれまた。今度は、“王”として迎えに行きますよ、アオイ様」
静けさを取り戻した部屋で、カインは傷ついた葵を抱きしめた。
「……俺が、守るって言ったのに……!」
「兄さん、守ってくれたよ。ありがとう……」
震える声で囁いた葵の頬に、カインの温かな涙が落ちた。
だが、闇は消え去っていなかった。
教団は確かに、王宮の奥深くに“爪”を伸ばしていた。
そしてその影は──葵だけでなく、彼女の“異世界転生の真実”にも近づき始めていた。
その夜──。
葵は客間で静かに本を読んでいた。癒し魔法の体系や、古代語による祈りの言葉など、王宮の図書室には興味深い書物が並んでいた。
しかし、彼女がページをめくる手を止めた瞬間。微かな違和感が部屋の空気を裂いた。
「……誰か、いる?」
窓の外に視線を向けると、そこには黒ずくめの男が一瞬、姿を見せて消えた。
すぐに部屋の扉が開く。
「アオイ!無事か!?」
駆け込んできたのはカインだった。彼も気配を感じたらしく、剣を抜いたままだった。
「誰かが……覗いていた気がする」
「……やはり来たか」
カインの声は低く鋭いものへと変わっていた。守護の力を持つ彼の身体から、薄く蒼い光が立ちのぼる。
その直後――
バンッ!
隣室の窓が割れ、黒装束の男たちが数名、部屋へと雪崩れ込んできた。全員が顔を覆い、手には短剣。まるで何かに取り憑かれたような異様な気配を放っていた。
「聖女アオイ、我らが主の元へ来ていただこう」
「……黒の教団!」
カインが即座に前へ出て、剣で一閃。敵の一人を地に倒す。だが、彼らは人間離れした身体能力で次々と立ち上がってきた。
「くっ……!不死化魔術か!」
黒の教団──
かつて滅んだはずの異端宗教。彼らは禁忌とされる魔術で死者を操り、「聖なる力」を奪おうとしていた。
葵は震える手を胸に当て、祈りを捧げる。
「……癒しの光よ、我らを守りたまえ」
光が爆発のように部屋中を照らし、黒装束たちの身体が焼けるように弾き飛ばされていった。
彼女の「聖女の力」は、邪悪な魔を打ち払う純なる光だった。
「すごい……これが、葵の力……!」
カインも一瞬、見とれそうになるが、すぐに気を引き締める。
戦いが終わったかに見えたそのとき──
「……本命は、ここからだよ」
廊下の奥から現れた一人の青年が、薄く笑っていた。銀髪に蒼い瞳、貴族の礼服をまとったその姿は、どう見ても王宮の者。
「貴様は……リシャール侯爵家の、宰相付き秘書・ユリウス!」
「ご名答。聖女の力を、国のために使うのは惜しいと思いませんか? もっと強く、もっと偉大な……“選ばれた者たち”のために使うべきです」
「あなたも……教団の一員なの?」
葵の声は、驚きと悲しみに揺れていた。
彼は、初日に優しく挨拶を交わした青年だったから。
「王族や貴族など、腐りきっている。救世は“選ばれし闇”から生まれるのです。あなたの力こそが、我らが世界を変える鍵……さあ、アオイ様」
ユリウスは手を差し伸べた。だが、葵はそれを睨みつける。
「私は、誰のものにもならない。あなたの闇にも、絶望にも、私は染まらない!」
その瞬間、葵の身体が光を放つ。
王宮全体がその光に包まれ、空間が歪むほどの“浄化”が広がった。
ユリウスは呻きながら後退し、呪詛の言葉を吐いて姿を消す。
「……いずれまた。今度は、“王”として迎えに行きますよ、アオイ様」
静けさを取り戻した部屋で、カインは傷ついた葵を抱きしめた。
「……俺が、守るって言ったのに……!」
「兄さん、守ってくれたよ。ありがとう……」
震える声で囁いた葵の頬に、カインの温かな涙が落ちた。
だが、闇は消え去っていなかった。
教団は確かに、王宮の奥深くに“爪”を伸ばしていた。
そしてその影は──葵だけでなく、彼女の“異世界転生の真実”にも近づき始めていた。



