意識が深く沈む中、意識の奥底で何かが呼び覚まされる。やがて、薄明るい天井の光が葵の瞳に差し込む。彼女はゆっくりと目を開け、朦朧とした頭を働かせる。

「……ここは?」

彼女が声を出すと、その声は自分の耳に届くまで、まるで誰かの声のように響く。

病院の一室、静けさが包む空間。心拍モニターの音がリズムを刻み、消毒薬のにおいが漂っている。体が重く感じ、動かすことさえままならない。

その時、彼女の視界に入ってきたのは、ベッドの横に座っている青年の姿だった。彼はどこかカインに似ていて、その笑顔には温かさが感じられた。

「目、覚めたんだね。良かった……」

「あなたは……?」

その問いに、青年は穏やかな表情のまま、自身を名乗った。

佳人(よしと)。君の義兄だよ。……わかるかな?」

葵は微かに頷き、心の中で確かに感じる思いを抱く。現実世界でありながら、彼女の中にはもう一つの世界が生きていた。カイン、その名が彼女の心を温める。

「ありがとう……カイン。きっと、あなたが……帰してくれたんだね」

そっと佳人の手を握りしめ、葵はその温もりを感じる。彼女の胸には、家族の愛情と仲間たちの想いが溢れている。

退院の日、春の陽射しが病院の庭に差し込んでいた。新たな生命の息吹を感じるその瞬間、葵は木々のざわめきに耳を傾けた。まるで異世界の仲間たちが、彼女を迎えてくれているかのようだった。

「……夢だったのかもって、思う瞬間もあるんだ。でもね」

白いワンピースに包まれた葵は、空を見上げ、その両目にはもう迷いの影はなかった。カインと過ごした時間、リアナとケイトの涙、ユリウスの苦しみ。すべてが彼女の心の中に脈打っている。

「どれだけ辛くても、目を背けたくても、私はもう逃げない。誰かのせいにして眠り続けることはしない。だって……」

葵はそっと、首にかけていた銀のペンダントを握る。それは、異世界でカインがくれた“心の鍵”のかたちをしていた。冷たい金属の感触が、彼女の決意を一層強くする。

「私はあの世界で、信じることを学んだから。愛されていたことも、自分の力を持っていいってことも……」

佳人が彼女の言葉を静かに受け止め、微笑んで言う。

「君はもう、十分強いよ。葵」

しかし、葵はその言葉をかぶせるように続けた。

「ううん。強くなるんだ、これから。弱い誰かを支えられるように。たとえば、かつての私みたいに──暗闇の中で泣いてる誰かの、灯りになりたい」

彼女の言葉に、周囲を包む風が静かに応えた。異世界で聞いた、カインの声が彼女の胸に響く。

『葵、お前は、お前のままでいい。だけど──そのままで、きっと誰かを救える』

その声を思い出すたび、彼女の心に力が湧き上がる。葵は一歩を踏み出し、過去を背負いながらも未来を恐れずに生きる決意を固める。そして、周囲の景色が色づいていくのを感じながら、歩き続けた。

「行こう、佳人。一緒に、私たちの未来を見つけに行こう」
と葵は言った。

彼女の言葉に、佳人は目を輝かせながら応じる。
「もちろん、一緒に行こう。君の未来を、僕も見届けたいから」

葵の心は、希望で満たされていく。退院して日の当たる道を歩きながら、彼女はカインから得た教訓を胸に秘めていた。彼の存在がどれほど自分を変えてくれたか、どれほど支えになったか、思わず微笑みが浮かぶ。

「それに、私が私のままでいることが、誰かの手助けになるんだって信じてるから。もう一人じゃない、たくさんの仲間がいるから」
と葵は続けた。

「君のその思いが、きっと君をさらなる強さへ導いてくれるよ」
と佳人は言って、彼女に優しい視線を送った。

二人はそのまま歩を進め、病院の庭を抜けていく。初春の柔らかな風が頬を撫で、新緑の香りが彼女の心を踊らせる。

「今日の空、すごくきれいだね」
と葵が言うと、晴れ渡った空に向かって指を指した。

「そうだね、君の日々もこんなふうに明るく輝いていくよ。どんな困難があっても、君には希望がある」
と佳人は答えた。

その言葉は、葵の心の中に温かい光を灯す。彼女はこれからしっかりと前を向いて進んでいくことができる。葵の心には、愛と信じる力が根付いていた。

そして、彼女はその名の通り、「葵」として生命を謳歌することを決意する。

「私は、葵という名前の下で、この命を全うする。誰かの光となるために、私は生きるんだから」

未来の明かりを目指して、葵は立ち上がる。その姿は、静かに、美しく、新たなる旅立ちを告げるものであった。