次の日も、そのまた次の日も、真由が公園に行くと、黒尽くめの子は、真由の指定席に座っていた。仕方がないので、真由はその子から距離を取って座るのだが、いつも気がつくと、その子は彼女のすぐそばに来て、「タバコをやめろ」と言う。

 初めは煩わしいと思っていた真由だったが、そんな日々が2週間ほども続くと、最早、それが日常になり始めていた。

 ある時、懲りずに近づいてきたその子に、真由は何げなく問いかけてみた。

「あんたさ、いつも昼にここにいるけど、学校には行ってないの?」

 すると、あっさりとした言葉が返ってきた。

「行ってないよ」
「どうしてさ? 学校、嫌なの?」
「嫌ではないよ。たまに行けば、みんな可愛がってくれるし」
「じゃあ、どうして行かないのさ?」
「だって、ここで日向ぼっこしていた方が気持ちいいじゃない」
「は?」
「日向ぼっこだよ。嫌い?」
「いや、嫌いではないけど……親は、あんたが学校に行かないこと、何も言わないの?」

 黒尽くめの子どもは真由の問いには答えずに、クルリと踵を返すと、スッと彼女のそばを離れていった。小さな背を見ながら、ようやく真由は、自分が不躾な言葉を投げてしまったのだと気がついたが、追いかけて謝るのもなんだか違うような気がして、これで、自分に絡んでこなくなるのなら、それはそれでいいかと暢気にタバコを吹かしていた。

 それからしばらくの間、長雨が続き、雨の日でも関係なく公園へ通う真由とは対照的に、日向ぼっこが好きだと言ったあの黒尽くめの子は、パッタリと姿を見せなくなった。

 連日の雨に、そろそろ嫌気がさし始めた頃、それでも、真由がいつもの公園へ行くと、珍しく人の気配があった。真由の指定席から、黒ずくめの子の指定席へと変わったその場所で、台座に座るわけでもなく、不自然に傘を傾けてその場にしゃがみ込んでいる人がいた。

 その人の背後を通り過ぎる際、チラリと様子を伺えば、不自然に傾けられた傘は、猫を雨から守っているようだった。

「クロっ!?」

 突然の真由の声に、猫と傘をさしていた人が、ビクリと体を震わせた。真由自身も、自分の声にひどく驚き、慌てたように「すみません」と頭を下げると、いつもの習慣であるタバコも吸わずに、そそくさとその場を後にした。

 午後の仕事は、全く手につかない。真由の心を占めるのは、公園で見たあの黒猫の姿だった。あの子は、3週間ほど前に居なくなってしまった、愛猫のクロではないだろうか。