「はい。コーヒー二つ」

「ありがとう、マスター!」


プルプルと不安定に震えながら目の前にコーヒーを置いていくマスターに危なっかしく思いながら、ふとオトに視線を向ける。


「はー…美味しい!ほら、少年も一口飲んでみてよ。口に合わなかったら残していいから」


コーヒーなんて飲めなさそうなくせに、あまりにもオトが美味しそうに飲むものだから気まぐれでカップに手を伸ばしていた。

湯気がたちのぼるカップにそっと口をつけて、一口すする。


「…うま」

「でしょ!?私、本当はコーヒーって苦手なんだけど、ここのコーヒーだけはなぜかブラックで飲めるの!そのくらい美味しいから少年もきっと気に入ると思ったんだー」


思わずこぼれ落ちた一言に、オトが素早く食いついてきて、本当に幸せそうにコーヒーをすすっていた。


気を許したつもりもないし、本当は今すぐにだってここを出ていくことだってできる。

…だけど、なぜかそうする気が起きなかった。

ずっと感じていたイライラが今までで一番落ち着いていて、不思議とオトといるこの空間が苦ではなかった。

ここだけ時間がゆっくりと流れているような、そんな感覚。