☆若葉side☆
あっという間に秋が来た。
日中はまだ暑苦しさが居座っているから、暦の上ではといった方が正しいか。
バイトと受験勉強に明け暮れた夏休みが終わり、高3の2学期がスタートした今、【紅亜くんの恋人】という特等席が居心のいい安らぎの場所になっている。
甘音くんはこの夏休み、彼女の鈴ちゃんとどんなふうに過ごしたんだろう。
新旧生徒会長カップルの仲睦まじい姿を想像しても、前ほど心が痛まなくなった。
失恋の痛みが和らいだのは、紅亜くんに大事にされているという実感があるからだろうな。
秋風がそよぐ屋上でお昼ご飯を食べ終えた。
紅亜くんは「眠い~」と伸びをして、コンクリートに寝そべって。
隣に座る僕は、真上から紅亜くんをのぞき込む。
「今はお昼休みだからいいけど、午後の授業中に寝ちゃダメだよ」
「ククっ、成績上位者によくそんなことが言えるな、全教科平均以下のくせに」
いじり笑いが飛んできて「授業は真面目に聞いてるもん」と、僕は片ほほをプクリ。
「僕が難しいことを理解できないのは、生まれつきだよ」
「若葉の両親、県で一番頭がいい高校出身だって言ってなかったか」
「うちのお父さんは研究者でお母さんは小説家でしょ。頭がいいって言うより、集中力が怪物並みに優れてるの」
「小学校の時によくあったよな。両親がそれぞれ何かに熱中してて、若葉を放置してたこと」
「家が隣だった紅亜くんと甘音くんが一緒に遊んでくれたから大丈夫だったけど、二人がいなかったら寂しいって大泣きしてたかもね」
「いや、若葉はよく泣いてたよ」
「え?」
そうだっけ?と真顔で紅亜くんを見つめる。
「学校のことを親に話しても上の空だったとか、頷いてはいたけどちゃんと話を聞いてくれなかったって俺たちに泣きついて、泣きつかれてテントの中で寝ちゃったり」
「嘘でしょ? 全く覚えてない」
「ぶはっ、マジか、最悪な過去を消去できるスーパーウルトラ記憶脳の持ち主かよ、うらやましい」
空に向かって噴出した紅亜くんの胸を「さっきから笑いすぎだよ」と、僕はグーでボコボコ叩いた。
枕代わりに頭の下に腕を置いた紅亜くんは、少しだけ微笑みながら目を閉じている。
「ほんと懐かしい。ジャングルジムから落ちた若葉がギャン泣きして、痛くて泣いてるかと思ったら、ズボンのひざのとこがやぶれた、どうしよう、お気に入りだったのにって。泣く理由そっちかよって、あの時突っ込まずにはいられなかったわ」
「その時のことは覚えてるよ。初めて紅亜くんと甘音くんが、泣き止まない僕のためにメロンクリームソーダを作ってくれたんだよね」
「テントの中が三人の秘密基地だって若葉が言うから、すげー狭いのに真ん中に机を置いて、メロンクリームソーダを3人で飲んで」
「紅亜くんと甘音くんの喧嘩、すさまじかったな。腕が当たったとか、そっちがテントから出てけとか。止めなきゃって思ったら、涙が引っ込んじゃったもん」
「俺ら双子の兄弟げんかの火種のほとんどは、若葉だったんじゃねーの」
「え? 僕?」
目をつぶったまま言い放った紅亜くんの言葉に、一瞬で血の気が引いた。
紅亜くんと甘音くんが仲が悪いのって、僕が一緒にいたせいだったの?
「どうしよう……僕が紅亜くんたちに一緒に遊んでってお願いしたから……」
肩が震えてしまう。
思考が悪い方に傾いてしまう。
「家が隣だったから……紅亜くんんたちと同じ時代に僕が生まれてきちゃったから……そのせいで紅亜くんと甘音くんは……」
「勘違いするな。焦りすぎ。ちゃんと話聞け」
寝転がっていた紅亜くんが、体を起こしてあぐらをかいた。
「だって……僕のせいだって思ったら罪悪感が半端なくて……」
青ざめた顔を手で隠す僕の腕を紅亜くんが掴んで。
真剣な瞳で僕をじっと見つめてきて。
「若葉と出会った時から俺がガキすぎた。オマエが俺以外の奴としゃべるだけでイラついてた。でもあのころから自分自身が成長したかって聞かれたらNOだろーな。子供の時よりも今の方が心に余裕がないっつーか、嫉妬心ヤバいっつーか、こんなこと言ったらお前は引くかもだけど……」
「……」
「ずっとひたっていたいなって思う……今みたいな……若葉と俺だけしか存在しない世界に……」
心臓がくすぐったい。
紅亜くんみたいに照れ吠えせずにはいられない。
「恥ずかしそうに手で顔を隠してうつむかないでよ! 僕まで恥ずかしくなってきちゃった! どんな顔して紅亜くんの顔を見ればいいかわからない!」
「……そういうものなんじゃねーの、好きな人と一緒にいるって」
「え?」
「ハートが爆ついて手に負えない。好きすぎて息苦しい。カッコいい自分だけを見せたいのに心に余裕がない。情けない自分が顔を出すたびに思う。俺は自分をコントロールできないくらい若葉のことが好きなんだろうなって」
「……紅亜くん」
僕は紅亜くんのこういうところに弱い。
一匹狼で学校のみんなに笑顔を見せずいっつもムスッとしてるのに、僕にだけは頬を赤らめた照れ顔を見せてくれる。
たまに素直になって、僕への想いを不器用に伝えてくれる。
――僕を好きになってくれてありがとう。
――僕も紅亜くんを大事にしたい。
――幸せを与えてもらった分、僕も紅亜くんを笑顔にしたい。
恋人になるということは、二人で幸せになることだと思うから。
「そっ、そういえば聞きたいことがあったんだ。今度のクラス対抗球技大会、紅亜くんは何に出るの?」
僕たちにまとわりつくくすぐったい空気を一掃したくて、思いきり話題を変えてみた。
寝ころんで青空を見つめる紅亜くんは、「3オン3」とだるそうに目を細めて。
「一緒だ、僕と甘音くんもだよ!」と笑顔の花を咲かせたのに、なんで舌打ちをされたかな?
不機嫌顔をあえて作って、紅亜くんの腕を揺する。
「今の舌打ちには、どんな気持ちが込められていたんですか?」
「もっと強い奴と戦いたかった」
「僕のチームのもう一人のメンバーは、元バスケ部の永井くんだよ」
「知らない」
「甘音くんはバスケうまいし」
「トーナメントの組み合わせはまだ決まってないが、俺のチームは決勝まで残るとして、若葉のチームは1回戦敗退だろうな」
「僕が足を引っ張るって言いたいんでしょ」
ムスッと口をつぼめた僕を、紅亜くんが意地悪な顔で見上げてくる。
「活躍する自信でもあるわけ?」
「……ない……けど」
「ブハっ、素直すぎ」
「僕はサポートだからいいの! うちのクラスは甘音くんと永井くんが大活躍してくれるんだからね! 紅亜くんなんかボコボコにされちゃうんだからね!」
「アハハ、若葉のくせに生意気、球技大会が楽しみになってきた」
あっという間に秋が来た。
日中はまだ暑苦しさが居座っているから、暦の上ではといった方が正しいか。
バイトと受験勉強に明け暮れた夏休みが終わり、高3の2学期がスタートした今、【紅亜くんの恋人】という特等席が居心のいい安らぎの場所になっている。
甘音くんはこの夏休み、彼女の鈴ちゃんとどんなふうに過ごしたんだろう。
新旧生徒会長カップルの仲睦まじい姿を想像しても、前ほど心が痛まなくなった。
失恋の痛みが和らいだのは、紅亜くんに大事にされているという実感があるからだろうな。
秋風がそよぐ屋上でお昼ご飯を食べ終えた。
紅亜くんは「眠い~」と伸びをして、コンクリートに寝そべって。
隣に座る僕は、真上から紅亜くんをのぞき込む。
「今はお昼休みだからいいけど、午後の授業中に寝ちゃダメだよ」
「ククっ、成績上位者によくそんなことが言えるな、全教科平均以下のくせに」
いじり笑いが飛んできて「授業は真面目に聞いてるもん」と、僕は片ほほをプクリ。
「僕が難しいことを理解できないのは、生まれつきだよ」
「若葉の両親、県で一番頭がいい高校出身だって言ってなかったか」
「うちのお父さんは研究者でお母さんは小説家でしょ。頭がいいって言うより、集中力が怪物並みに優れてるの」
「小学校の時によくあったよな。両親がそれぞれ何かに熱中してて、若葉を放置してたこと」
「家が隣だった紅亜くんと甘音くんが一緒に遊んでくれたから大丈夫だったけど、二人がいなかったら寂しいって大泣きしてたかもね」
「いや、若葉はよく泣いてたよ」
「え?」
そうだっけ?と真顔で紅亜くんを見つめる。
「学校のことを親に話しても上の空だったとか、頷いてはいたけどちゃんと話を聞いてくれなかったって俺たちに泣きついて、泣きつかれてテントの中で寝ちゃったり」
「嘘でしょ? 全く覚えてない」
「ぶはっ、マジか、最悪な過去を消去できるスーパーウルトラ記憶脳の持ち主かよ、うらやましい」
空に向かって噴出した紅亜くんの胸を「さっきから笑いすぎだよ」と、僕はグーでボコボコ叩いた。
枕代わりに頭の下に腕を置いた紅亜くんは、少しだけ微笑みながら目を閉じている。
「ほんと懐かしい。ジャングルジムから落ちた若葉がギャン泣きして、痛くて泣いてるかと思ったら、ズボンのひざのとこがやぶれた、どうしよう、お気に入りだったのにって。泣く理由そっちかよって、あの時突っ込まずにはいられなかったわ」
「その時のことは覚えてるよ。初めて紅亜くんと甘音くんが、泣き止まない僕のためにメロンクリームソーダを作ってくれたんだよね」
「テントの中が三人の秘密基地だって若葉が言うから、すげー狭いのに真ん中に机を置いて、メロンクリームソーダを3人で飲んで」
「紅亜くんと甘音くんの喧嘩、すさまじかったな。腕が当たったとか、そっちがテントから出てけとか。止めなきゃって思ったら、涙が引っ込んじゃったもん」
「俺ら双子の兄弟げんかの火種のほとんどは、若葉だったんじゃねーの」
「え? 僕?」
目をつぶったまま言い放った紅亜くんの言葉に、一瞬で血の気が引いた。
紅亜くんと甘音くんが仲が悪いのって、僕が一緒にいたせいだったの?
「どうしよう……僕が紅亜くんたちに一緒に遊んでってお願いしたから……」
肩が震えてしまう。
思考が悪い方に傾いてしまう。
「家が隣だったから……紅亜くんんたちと同じ時代に僕が生まれてきちゃったから……そのせいで紅亜くんと甘音くんは……」
「勘違いするな。焦りすぎ。ちゃんと話聞け」
寝転がっていた紅亜くんが、体を起こしてあぐらをかいた。
「だって……僕のせいだって思ったら罪悪感が半端なくて……」
青ざめた顔を手で隠す僕の腕を紅亜くんが掴んで。
真剣な瞳で僕をじっと見つめてきて。
「若葉と出会った時から俺がガキすぎた。オマエが俺以外の奴としゃべるだけでイラついてた。でもあのころから自分自身が成長したかって聞かれたらNOだろーな。子供の時よりも今の方が心に余裕がないっつーか、嫉妬心ヤバいっつーか、こんなこと言ったらお前は引くかもだけど……」
「……」
「ずっとひたっていたいなって思う……今みたいな……若葉と俺だけしか存在しない世界に……」
心臓がくすぐったい。
紅亜くんみたいに照れ吠えせずにはいられない。
「恥ずかしそうに手で顔を隠してうつむかないでよ! 僕まで恥ずかしくなってきちゃった! どんな顔して紅亜くんの顔を見ればいいかわからない!」
「……そういうものなんじゃねーの、好きな人と一緒にいるって」
「え?」
「ハートが爆ついて手に負えない。好きすぎて息苦しい。カッコいい自分だけを見せたいのに心に余裕がない。情けない自分が顔を出すたびに思う。俺は自分をコントロールできないくらい若葉のことが好きなんだろうなって」
「……紅亜くん」
僕は紅亜くんのこういうところに弱い。
一匹狼で学校のみんなに笑顔を見せずいっつもムスッとしてるのに、僕にだけは頬を赤らめた照れ顔を見せてくれる。
たまに素直になって、僕への想いを不器用に伝えてくれる。
――僕を好きになってくれてありがとう。
――僕も紅亜くんを大事にしたい。
――幸せを与えてもらった分、僕も紅亜くんを笑顔にしたい。
恋人になるということは、二人で幸せになることだと思うから。
「そっ、そういえば聞きたいことがあったんだ。今度のクラス対抗球技大会、紅亜くんは何に出るの?」
僕たちにまとわりつくくすぐったい空気を一掃したくて、思いきり話題を変えてみた。
寝ころんで青空を見つめる紅亜くんは、「3オン3」とだるそうに目を細めて。
「一緒だ、僕と甘音くんもだよ!」と笑顔の花を咲かせたのに、なんで舌打ちをされたかな?
不機嫌顔をあえて作って、紅亜くんの腕を揺する。
「今の舌打ちには、どんな気持ちが込められていたんですか?」
「もっと強い奴と戦いたかった」
「僕のチームのもう一人のメンバーは、元バスケ部の永井くんだよ」
「知らない」
「甘音くんはバスケうまいし」
「トーナメントの組み合わせはまだ決まってないが、俺のチームは決勝まで残るとして、若葉のチームは1回戦敗退だろうな」
「僕が足を引っ張るって言いたいんでしょ」
ムスッと口をつぼめた僕を、紅亜くんが意地悪な顔で見上げてくる。
「活躍する自信でもあるわけ?」
「……ない……けど」
「ブハっ、素直すぎ」
「僕はサポートだからいいの! うちのクラスは甘音くんと永井くんが大活躍してくれるんだからね! 紅亜くんなんかボコボコにされちゃうんだからね!」
「アハハ、若葉のくせに生意気、球技大会が楽しみになってきた」


