☆紅亜side☆
いつもニコニコの奴ほど、心の中で何を思っているかわからない。
俺といる時の若葉が本当に楽しんでいるのか、不安でたまらない。
プライド人間の俺は、相手を喜ばせたいときほど冷たく吠えてしまう情けない癖がある。
病室では言えたのにな、若葉のことが心配でたまらなかったって。
若葉の記憶がない期間中に俺たちが付き合いだしたというのは、真っ赤なウソ。
そんな安易なウソ、すぐに見破られると思った。
スマホのメッセージアプリを開けば、甘音との甘ったるいカップルトークがびっしりだろうし。
バレた時はバレた時。
『こんな単純なウソに引っかかるなんて、清らかな湖に住む天使かよ』と暴言を吐き、若葉から距離を置こうと思っていた。
が、パスワードがわからずスマホが開けないらしい。
どうせ甘音にちなんだ数字やアルファベットの羅列だろう。
幼いころからずっと、一方的に仕掛けていた恋の勝負で甘音に負け続けている。
若葉が俺を恋人だと思い込んでいる今が最後のチャンスだ。
どうにかして心底俺に惚れさせたい。
「うわぁ、かわいい動物がいっぱいだ」
小動物カフェに足を踏み入れた若葉の第一声は、連れてきた俺の頬を緩めるくらい喜びに満ちていた。
店の真ん中にはテーブルと椅子が10席、店の壁に沿うように重ねられたたくさん檻の中には種類ごとに小動物がいて、それぞれが心地よさそうにくつろいでいる。
――好きな子をいじり倒したい。
それが俺、都守紅亜という人間で、上機嫌のまま若葉の肩に手を置いた。
「若葉も檻の中に入れてもらえば。優しい人間がエサくらいくれるんじゃね」
「小動物カフェにデートに来たんでしょ。僕はハムスターたちをなでなでする方でしょ」
「あっ、おまえ人間だったか。目がグリグリだからリスかと思った」
「けなされてる気もするけど、リス大好きだから嬉しい」
「フッ、単純なやつ」と、俺の頬がさらに緩む。
「紅亜くん見て見て、うさぎかわいい!」
お前の方が100倍可愛いわ。
「僕、ハリネズミなんて初めてリアルで見た」
「俺も」
「手に乗せてみたいよね、チクチクするかな?」
「若葉見ろ、あっちにフェレットがいる。リードを持って店の中を散歩できるって書いてあるぞ」
「うわぁフェレットも癒し度半端ない。しっぽ長いしフサフサだし、触ると絶対に気持ちいいやつだよ」
若葉の髪を乱暴にかき乱す方が、俺は癒されるけど。
「ねぇ紅亜くん、最初にどの動物と触れ合う?」
「若葉が動物をさわりたいっつーから来たわけだし、スタッフに頼んで一番好きな動物を俺たちのテーブルに連れてきてもらえよ」
「ムリムリ紅亜くん決めて」
「は?」
「僕だと悩みすぎて、時間ばっかり過ぎちゃうから」
ヤバっ、かわいすぎなんだけど、俺の若葉が。
ゲージに入ったいろんな動物を見て「この子も可愛い、この子なんて僕に触って欲しそうな顔してる」って目をキラキラさせててさ。
「決めた、店員さんにこの子を触らせてくださいってお願いしてくるね」
戻ってきた若葉と自分たちの席に進み、向かい合うように椅子に座る。
俺たちを挟むように置いてあるテーブルには一周ふちがあり、小動物が逃げ出さない工夫がされている。
店員さんがテーブルの中央に置いたのは、小さくて真ん丸なハムスターだった。
「一番最初はハリネズミにするかと思った、若葉ドМだし」
「僕はМじゃないよ。紅亜くんが子供のころからドSだったから、いじられちゃうことが多かっただけで」
「ハムスターも目がグリグリだな」
「また僕のことを人間じゃないって言いたいんでしょ。でもまぁこんな可愛いハムスターと同類なら嬉しいけど」
若葉はハムスター以上の可愛さだ……って、ストレートには褒められないんだよな。
俺の中のあまのじゃく、今はどっかに行っててくれ。
ヒマワリの種をあげるから、俺の心の片隅で静かにガジガジかじっていてくれ。
「ヒマワリのたねを食べるかな? ひゃっ、僕の指から種を奪い取った。ちっちゃな手で種を持ってる。ガジガジ食べてる。紅亜くんちゃんと見て、本当にハムスター可愛がすぎだから!」
子供みたいにはしゃぐ若葉があまりにも可愛くて、俺は手で目頭を押さえながらうつむいた。
動物と触れ合う若葉が、とにかく可愛くてたまらない。
この笑顔を見るたびに思う、恋人だと嘘をついてよかったなって。
もちろん罪悪感もある。
若葉が好きな相手は甘音で、記憶喪失になる前は付き合ってたわけだし。
でもごめん、卑怯な手を使ってでも俺は若葉を自分のものにしたかった。
甘音から奪いたくてたまらなかった。
若葉が俺と一生一緒にいたいと思えるよう、若葉に優しくしたい。
ほめて、いじって、甘やかして、一緒にたくさん笑いあって。
でも……
今まで俺は他人を睨みつける一匹狼だったんだ。
好きな子ほどいじめたくなる、ドSなあまのじゃくでもある。
高3までこれで生きてきたのに、今さら人格を変えるなんて簡単にできることじゃない。
結局ここまで吐き出せた言葉は、ほめきれずけなしきれずといった中途半端なフレーズばかり。
恋愛偏差値が極端に低すぎるせいだろう。
子供のころから若葉への想いだけを大事にしてきたせいで、ほかの人間を恋愛対象として見られなかったんだからしょうがない。
「かわいいかわいいって言ってるけどさ、若葉がハムスターに睨まれてそうだよな。お前の方がかわいいくいせにって」
若葉は俺を見て固まった。
大きな目をさらに見開きキョトン。
ヒマワリの種をくれくれせがむハムスターを放置状態で、首を横に倒している。
「どうした若葉」
「僕って、紅亜くんの目にかわいく映ることがあるの?」
純真無垢な若葉の瞳に見つめられている。
うわっ、なんて答えればいいんだよ。
若葉はかわいい、子供のころからマジで。
オマエが無意識に放ったキュートアローに、何度ハートを射止められたかわからない。
素直に若葉を誉めようとすると、恥ずかしさで胸が押しつぶされそうになって無理なんだよな。
でも今が頑張り時だ。
甘音よりも俺に恋落ちさせる最大のチャンス。
口角を上げて、ほほを緩めて、甘音みたいに優しく微笑んで……
「まさかオマエ、自分のことをカッコいい部類の人間だと思ってる?」
無理だ、俺は優雅な王子様になんてなれない。
「そういうんじゃなくて、初めて紅亜くんに言われたなって思って……ドジとかガキとかはよく言われたけど……」
俺ってマジで最低。
あまのじゃくなんだよ、好きな相手にこそ罵っちゃう的な。
精神年齢が低いガキは若葉じゃない、間違いなく俺だっつーの。
反省がこみあげ、ちょっとだけ口角を上げてみた。
いつも眉や目じりを吊り上げてばかりだから、優しい微笑みが出来上がってるといいんだけど。
恥ずかしさでおかしくなりそうな心臓に手を当て、うつむきながらたどたどしい言葉を漏らす。
「……かわいいよ……若葉は……」
「え?」
「……そう思ってた……子供のころから……」
「なっなに、急にどうしたの? 紅亜くん、顔真っ赤だよ」
「俺の顔は見るな!」
「今までだって、可愛い子にする態度じゃなかったと思うけど」
「あぁもう、勘違いされ続けてんのもムカつくから白状する」
「白状?」
「子供のころからお前が好きだった。甘音と笑いあう若葉の笑顔を俺に向けさせたかった。吠えてたのはそういうこと。以上」
なにが以上だよ。
余裕なく吠えただけ。
格好つけきれてもいない、ダサい終わり方。
自分に絶望するわ、マジで。
情けない自分を悲観してため息が漏れる。
浮かない表情のまま視線を上げると、目の前に座る若葉がうつむいていた。
顔全体を両手で隠している。
「俺に幻滅でもした?」
サラサラな若葉の髪が、それは違うと言いたげに揺れている。
顔を上げないまま、若葉は照れ声を震えさせた。
「学校でもそうだったけど……そういうの……二人だけの時に言って……」
「え?」
「ハムスターに見られてるの……真ん丸な目で見られてるの……ほんと恥ずかしい……」
確かに二人だけの時に言えばよかった。
俺は今、恥ずかしそうに肩を震わせる若葉を抱きしめたくてたまらない。
いつもニコニコの奴ほど、心の中で何を思っているかわからない。
俺といる時の若葉が本当に楽しんでいるのか、不安でたまらない。
プライド人間の俺は、相手を喜ばせたいときほど冷たく吠えてしまう情けない癖がある。
病室では言えたのにな、若葉のことが心配でたまらなかったって。
若葉の記憶がない期間中に俺たちが付き合いだしたというのは、真っ赤なウソ。
そんな安易なウソ、すぐに見破られると思った。
スマホのメッセージアプリを開けば、甘音との甘ったるいカップルトークがびっしりだろうし。
バレた時はバレた時。
『こんな単純なウソに引っかかるなんて、清らかな湖に住む天使かよ』と暴言を吐き、若葉から距離を置こうと思っていた。
が、パスワードがわからずスマホが開けないらしい。
どうせ甘音にちなんだ数字やアルファベットの羅列だろう。
幼いころからずっと、一方的に仕掛けていた恋の勝負で甘音に負け続けている。
若葉が俺を恋人だと思い込んでいる今が最後のチャンスだ。
どうにかして心底俺に惚れさせたい。
「うわぁ、かわいい動物がいっぱいだ」
小動物カフェに足を踏み入れた若葉の第一声は、連れてきた俺の頬を緩めるくらい喜びに満ちていた。
店の真ん中にはテーブルと椅子が10席、店の壁に沿うように重ねられたたくさん檻の中には種類ごとに小動物がいて、それぞれが心地よさそうにくつろいでいる。
――好きな子をいじり倒したい。
それが俺、都守紅亜という人間で、上機嫌のまま若葉の肩に手を置いた。
「若葉も檻の中に入れてもらえば。優しい人間がエサくらいくれるんじゃね」
「小動物カフェにデートに来たんでしょ。僕はハムスターたちをなでなでする方でしょ」
「あっ、おまえ人間だったか。目がグリグリだからリスかと思った」
「けなされてる気もするけど、リス大好きだから嬉しい」
「フッ、単純なやつ」と、俺の頬がさらに緩む。
「紅亜くん見て見て、うさぎかわいい!」
お前の方が100倍可愛いわ。
「僕、ハリネズミなんて初めてリアルで見た」
「俺も」
「手に乗せてみたいよね、チクチクするかな?」
「若葉見ろ、あっちにフェレットがいる。リードを持って店の中を散歩できるって書いてあるぞ」
「うわぁフェレットも癒し度半端ない。しっぽ長いしフサフサだし、触ると絶対に気持ちいいやつだよ」
若葉の髪を乱暴にかき乱す方が、俺は癒されるけど。
「ねぇ紅亜くん、最初にどの動物と触れ合う?」
「若葉が動物をさわりたいっつーから来たわけだし、スタッフに頼んで一番好きな動物を俺たちのテーブルに連れてきてもらえよ」
「ムリムリ紅亜くん決めて」
「は?」
「僕だと悩みすぎて、時間ばっかり過ぎちゃうから」
ヤバっ、かわいすぎなんだけど、俺の若葉が。
ゲージに入ったいろんな動物を見て「この子も可愛い、この子なんて僕に触って欲しそうな顔してる」って目をキラキラさせててさ。
「決めた、店員さんにこの子を触らせてくださいってお願いしてくるね」
戻ってきた若葉と自分たちの席に進み、向かい合うように椅子に座る。
俺たちを挟むように置いてあるテーブルには一周ふちがあり、小動物が逃げ出さない工夫がされている。
店員さんがテーブルの中央に置いたのは、小さくて真ん丸なハムスターだった。
「一番最初はハリネズミにするかと思った、若葉ドМだし」
「僕はМじゃないよ。紅亜くんが子供のころからドSだったから、いじられちゃうことが多かっただけで」
「ハムスターも目がグリグリだな」
「また僕のことを人間じゃないって言いたいんでしょ。でもまぁこんな可愛いハムスターと同類なら嬉しいけど」
若葉はハムスター以上の可愛さだ……って、ストレートには褒められないんだよな。
俺の中のあまのじゃく、今はどっかに行っててくれ。
ヒマワリの種をあげるから、俺の心の片隅で静かにガジガジかじっていてくれ。
「ヒマワリのたねを食べるかな? ひゃっ、僕の指から種を奪い取った。ちっちゃな手で種を持ってる。ガジガジ食べてる。紅亜くんちゃんと見て、本当にハムスター可愛がすぎだから!」
子供みたいにはしゃぐ若葉があまりにも可愛くて、俺は手で目頭を押さえながらうつむいた。
動物と触れ合う若葉が、とにかく可愛くてたまらない。
この笑顔を見るたびに思う、恋人だと嘘をついてよかったなって。
もちろん罪悪感もある。
若葉が好きな相手は甘音で、記憶喪失になる前は付き合ってたわけだし。
でもごめん、卑怯な手を使ってでも俺は若葉を自分のものにしたかった。
甘音から奪いたくてたまらなかった。
若葉が俺と一生一緒にいたいと思えるよう、若葉に優しくしたい。
ほめて、いじって、甘やかして、一緒にたくさん笑いあって。
でも……
今まで俺は他人を睨みつける一匹狼だったんだ。
好きな子ほどいじめたくなる、ドSなあまのじゃくでもある。
高3までこれで生きてきたのに、今さら人格を変えるなんて簡単にできることじゃない。
結局ここまで吐き出せた言葉は、ほめきれずけなしきれずといった中途半端なフレーズばかり。
恋愛偏差値が極端に低すぎるせいだろう。
子供のころから若葉への想いだけを大事にしてきたせいで、ほかの人間を恋愛対象として見られなかったんだからしょうがない。
「かわいいかわいいって言ってるけどさ、若葉がハムスターに睨まれてそうだよな。お前の方がかわいいくいせにって」
若葉は俺を見て固まった。
大きな目をさらに見開きキョトン。
ヒマワリの種をくれくれせがむハムスターを放置状態で、首を横に倒している。
「どうした若葉」
「僕って、紅亜くんの目にかわいく映ることがあるの?」
純真無垢な若葉の瞳に見つめられている。
うわっ、なんて答えればいいんだよ。
若葉はかわいい、子供のころからマジで。
オマエが無意識に放ったキュートアローに、何度ハートを射止められたかわからない。
素直に若葉を誉めようとすると、恥ずかしさで胸が押しつぶされそうになって無理なんだよな。
でも今が頑張り時だ。
甘音よりも俺に恋落ちさせる最大のチャンス。
口角を上げて、ほほを緩めて、甘音みたいに優しく微笑んで……
「まさかオマエ、自分のことをカッコいい部類の人間だと思ってる?」
無理だ、俺は優雅な王子様になんてなれない。
「そういうんじゃなくて、初めて紅亜くんに言われたなって思って……ドジとかガキとかはよく言われたけど……」
俺ってマジで最低。
あまのじゃくなんだよ、好きな相手にこそ罵っちゃう的な。
精神年齢が低いガキは若葉じゃない、間違いなく俺だっつーの。
反省がこみあげ、ちょっとだけ口角を上げてみた。
いつも眉や目じりを吊り上げてばかりだから、優しい微笑みが出来上がってるといいんだけど。
恥ずかしさでおかしくなりそうな心臓に手を当て、うつむきながらたどたどしい言葉を漏らす。
「……かわいいよ……若葉は……」
「え?」
「……そう思ってた……子供のころから……」
「なっなに、急にどうしたの? 紅亜くん、顔真っ赤だよ」
「俺の顔は見るな!」
「今までだって、可愛い子にする態度じゃなかったと思うけど」
「あぁもう、勘違いされ続けてんのもムカつくから白状する」
「白状?」
「子供のころからお前が好きだった。甘音と笑いあう若葉の笑顔を俺に向けさせたかった。吠えてたのはそういうこと。以上」
なにが以上だよ。
余裕なく吠えただけ。
格好つけきれてもいない、ダサい終わり方。
自分に絶望するわ、マジで。
情けない自分を悲観してため息が漏れる。
浮かない表情のまま視線を上げると、目の前に座る若葉がうつむいていた。
顔全体を両手で隠している。
「俺に幻滅でもした?」
サラサラな若葉の髪が、それは違うと言いたげに揺れている。
顔を上げないまま、若葉は照れ声を震えさせた。
「学校でもそうだったけど……そういうの……二人だけの時に言って……」
「え?」
「ハムスターに見られてるの……真ん丸な目で見られてるの……ほんと恥ずかしい……」
確かに二人だけの時に言えばよかった。
俺は今、恥ずかしそうに肩を震わせる若葉を抱きしめたくてたまらない。


