☆若葉side☆
「そこ間違ってる」
机の上に広げられた、大学受験用の問題集。
「さっき教えたことをひねれば、答えが出るはずだが」
キレイ顔の紅亜くんは普段通り眉を吊りあげ、僕・茂森若葉が間違えた問題を指でトントンしてくる。
紅亜くんって言うのは僕と同い年の幼なじみで、甘音くんの双子の弟です。
「貴重な時間を使って教えてやってんのに、なんで理解できないかな」
女子が一定の距離を置いてでも群がってくるワイルド美男子。
不機嫌オーラで人を寄せ付けない魔王様なんだ。
「若葉の脳みそは生クリームでできてる説、あながち間違ってないかも」
呆れたように両手を広げた紅亜くんに、物申さずにはいられない。
「都市伝説みたいな言い方したけど、僕の脳みそを生クリームだって言ったの小1の時の紅亜くんだからね」
「そんなことはどうでもいい、若葉は集中力が切れるの早すぎなんだよ、気合を入れて公式を頭に叩きこめ!」
真横に座っている魔王様の人差し指が、僕の瞳をつぶしそうな勢いで目の前に飛んできた。
「相変わらず綺麗な指」と感心してしまったのは、長くてごつごつして男らしい理想的な指だなって思ったから。
「ねえ紅亜くん、手を開いてみて、僕の手と重ねて」
「いっ、いま勉強中だろーが」
明らかに動揺した紅亜くんは、魔王様ってよりも照れ吠えするワンちゃんに見える。
「子供のころは紅亜くんも華奢だったのに、今は細マッチョって言うのかな、体に程よく筋肉がついててうらやましい」
「毎日鍛えてる」
「僕だって筋トレしてみたことあるよ。でもぜんぜん筋肉が成長しなくて、体質の問題かな」
「生ぬるいトレーニングだったってことじゃねーの」
「がんばったのに。腹筋バキバキに割りたかったのに。紅亜くんは腹筋割れてる?」
「俺の毎日の努力をなめるな。筋トレにランニングにプロテ……」
「紅亜くんの腹筋、触ってみたい」
「は? いっ今?」
「腹筋って鍛えるとどれくらい固くなるんだろう。撫でてみたいところがあるんだ、シックスパッドの凹みっていうか割れ目って言うか。指先でツーって」
「……若葉って……幼い顔してる割に願望えぐっ」
「なんで紅亜くんの顔が真っ赤なの?」
「おまえが俺の体を触るとか言うからだろ!」
「ちょっと触るだけなのに」
「俺の怒鳴りをスルーかよ。ったく、怒りがいのない奴」
何かを諦めたように溜息を吐いた紅亜くんは、椅子の背に背中をあずけふんぞり返ってしまいました。
アハハ、小学生のころのヤンチャな紅亜くんとおしゃべりしているみたいで楽しいな。
小6で紅亜くん家族が引っ越すまで、家が隣同士だった。
僕、紅亜くん、甘音くんの3人でよく遊んでいた。
紅亜くんっていうワイルドイケメンを例えるなら【あまのじゃく】。
怒っている時だけじゃない、嬉しい時も悲しい時も怒鳴っちゃうところがあるんだよ。
物心つく頃から、紅亜くんの怒鳴りには免疫がある。
それでもって今は幼なじみを卒業。
僕たちは恋人同士……の……はず。
一週間前、病室で目を覚ました僕に向って紅亜くんがそう言った。
恥ずかしさで死にそうなくらい顔を赤らめ怒鳴りながら、恋人同士だって言い切った。
だから間違いないとは思うけど。
――本当に僕と紅亜くんは付き合っているんだよね?
だって不思議なんだ。
小学校の卒業式以降、紅亜くんとは疎遠になった。
高校で再会したものの、紅亜くんは近寄るなオーラギラギラで僕をわかりやすく拒絶。
僕と関わりたくないんだろうなと察し、彼から距離を置いていたんだけど……
脳がもやもやしたまま、隣に座る紅亜くんをまじまじと見つめてしまった。
「うわっ急になんだよ、顔近づけんなバーカ!」
目をそらし、恥ずかしそうに首の後ろをさすっている。
「俺の部屋で若葉と二人きりとか、心臓を鋼にする修行でもさせられてるわけ?」
えっ、今ってお家デートじゃなくて修行中なの?
つっこみそうになり、口を手で押さえる。
「スパルタ家庭教師になりきって、若葉のことを意識しないようにしてたのにムリ! 心臓死ぬんだけど!」
救急車出動案?
119番に電話をした方がいい?
スマホはどこかなって……あっ!
パスワードを思い出せないから、僕のスマホは開くことすらできないんだった。
「俺ばっか余裕ないって、マジかっこわりーじゃん」と、脱力したように机につっぷした紅亜くん。
「そっそんなことないよ、紅亜くんはすっごくカッコいいよ」と、両手で肩を揺する。
紅亜くんは一匹狼でキレイ顔の魔王様だって、子供のころから女子に大人気でしょ。
生きてるだけでワイルドな色気を放っているからうらやましい。
高校の男子も紅亜くんに憧れている人が多いし。
「急に俺を褒めるな、思ってもないくせに」
「幼稚園のころからカッコいいなって憧れてました」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、もう!」
「どうしたの紅亜くん、急に叫んで椅子から立ち上がって」
「肺がやられた」
「え? どういうこと? 大丈夫?」
「息吸いにくいから、キッチンでメロンクリームソーダ作ってくる」
「うわぁ、僕の大好物だぁ」
「若葉のためじゃない。強炭酸のどに流し込まねーと男として戦えないんだよ」
「何と戦う気なの?」
「そんなのどうだっていい。メロンクリームソーダを作ってる間に、今日俺が教えたことを頭に叩き込んでおけ!」
照れ声を響かせた紅亜くんは、乱暴にドアを開け部屋から出て行ってしまいました。
荒ぶった空気がいなくなり、部屋が静まり返る。
椅子に座ったまま天井を見上げ、ハテナが飛び交う脳を手のひらでさすってみる。
誰か教えてください。
記憶がないこの2か月の間、僕に何が起きたんでしょうか。
一週間前のこと。
まぶたを開けたら病院のベッドの上だった。
泣きそうな顔の紅亜くんと目があい、いきなり抱きしめられた。
『目を覚まさなかったらどうしようって思ったじゃねーか、恋人残してどっか行こうとすんなバーカ!』
必死な声の主は、耳まで真っ赤に染めていて。
『僕はなんで病院にいるの? えっえっ、こっ恋人? 僕と紅亜くんが?』
僕は動揺を隠しきれなくて。
話を聞くと、3週間前から僕と紅亜くんは付き合いだしたらしい。
自分が階段から落ちたことも覚えていなくて。
そのとき僕の記憶が、直近やく2か月分なくなっていたことに気がついたんだ。
『僕と紅亜くんが付き合ってるなんて信じられないよ。だって高校で再会してから紅亜君に避けられてたんだよ。学校ですれ違っても無視されてたし』
それに僕は優しい甘音くんのことが好きだった。
紅亜くんと付き合いだしたのなら、甘音くんを諦めたということになる。
このとき僕の頭上には、わかりやすく疑問符が浮かんでいたのかもしれない。
紅亜くんは真剣な表情で、僕の心にわからせるようゆっくりと言葉を紡いだ。
『甘音に彼女ができた。悲しむ若葉を俺が慰めた。俺から告白した。若葉がOKをくれた。俺たちは恋人になった。以上』
甘音くんに彼女ができた?
その時の僕はメンタルが病んだに違いない。
紅亜くんに告白された?
本当に紅亜くんは僕のことが好きなの?
あんなに僕のことを避けてたでしょ。
ショックと驚きのダブルパンチをくらった僕は、ビクビクしながら視線を紅亜くんに絡めた。
『嘘だよね……紅亜君が僕を好きだなんて……』
『高校で再会してからずっと避けてたのは、若葉と甘音が一緒にいるとこなんて見たくなかったから』
この時の紅亜くんは、普段の凛とした騎士顔が崩れていた。
真っ赤に染まる顔を見られたくないのか、顔に腕を押し当てながら僕に背を向けだして。
ツンデレ紅亜くんの照れた姿が、可愛いこと可愛いこと。
そんな彼を見て納得したんだ。
告白された時の僕は、魔王様の甘辛ギャップにやられたんだろうなって。
「そこ間違ってる」
机の上に広げられた、大学受験用の問題集。
「さっき教えたことをひねれば、答えが出るはずだが」
キレイ顔の紅亜くんは普段通り眉を吊りあげ、僕・茂森若葉が間違えた問題を指でトントンしてくる。
紅亜くんって言うのは僕と同い年の幼なじみで、甘音くんの双子の弟です。
「貴重な時間を使って教えてやってんのに、なんで理解できないかな」
女子が一定の距離を置いてでも群がってくるワイルド美男子。
不機嫌オーラで人を寄せ付けない魔王様なんだ。
「若葉の脳みそは生クリームでできてる説、あながち間違ってないかも」
呆れたように両手を広げた紅亜くんに、物申さずにはいられない。
「都市伝説みたいな言い方したけど、僕の脳みそを生クリームだって言ったの小1の時の紅亜くんだからね」
「そんなことはどうでもいい、若葉は集中力が切れるの早すぎなんだよ、気合を入れて公式を頭に叩きこめ!」
真横に座っている魔王様の人差し指が、僕の瞳をつぶしそうな勢いで目の前に飛んできた。
「相変わらず綺麗な指」と感心してしまったのは、長くてごつごつして男らしい理想的な指だなって思ったから。
「ねえ紅亜くん、手を開いてみて、僕の手と重ねて」
「いっ、いま勉強中だろーが」
明らかに動揺した紅亜くんは、魔王様ってよりも照れ吠えするワンちゃんに見える。
「子供のころは紅亜くんも華奢だったのに、今は細マッチョって言うのかな、体に程よく筋肉がついててうらやましい」
「毎日鍛えてる」
「僕だって筋トレしてみたことあるよ。でもぜんぜん筋肉が成長しなくて、体質の問題かな」
「生ぬるいトレーニングだったってことじゃねーの」
「がんばったのに。腹筋バキバキに割りたかったのに。紅亜くんは腹筋割れてる?」
「俺の毎日の努力をなめるな。筋トレにランニングにプロテ……」
「紅亜くんの腹筋、触ってみたい」
「は? いっ今?」
「腹筋って鍛えるとどれくらい固くなるんだろう。撫でてみたいところがあるんだ、シックスパッドの凹みっていうか割れ目って言うか。指先でツーって」
「……若葉って……幼い顔してる割に願望えぐっ」
「なんで紅亜くんの顔が真っ赤なの?」
「おまえが俺の体を触るとか言うからだろ!」
「ちょっと触るだけなのに」
「俺の怒鳴りをスルーかよ。ったく、怒りがいのない奴」
何かを諦めたように溜息を吐いた紅亜くんは、椅子の背に背中をあずけふんぞり返ってしまいました。
アハハ、小学生のころのヤンチャな紅亜くんとおしゃべりしているみたいで楽しいな。
小6で紅亜くん家族が引っ越すまで、家が隣同士だった。
僕、紅亜くん、甘音くんの3人でよく遊んでいた。
紅亜くんっていうワイルドイケメンを例えるなら【あまのじゃく】。
怒っている時だけじゃない、嬉しい時も悲しい時も怒鳴っちゃうところがあるんだよ。
物心つく頃から、紅亜くんの怒鳴りには免疫がある。
それでもって今は幼なじみを卒業。
僕たちは恋人同士……の……はず。
一週間前、病室で目を覚ました僕に向って紅亜くんがそう言った。
恥ずかしさで死にそうなくらい顔を赤らめ怒鳴りながら、恋人同士だって言い切った。
だから間違いないとは思うけど。
――本当に僕と紅亜くんは付き合っているんだよね?
だって不思議なんだ。
小学校の卒業式以降、紅亜くんとは疎遠になった。
高校で再会したものの、紅亜くんは近寄るなオーラギラギラで僕をわかりやすく拒絶。
僕と関わりたくないんだろうなと察し、彼から距離を置いていたんだけど……
脳がもやもやしたまま、隣に座る紅亜くんをまじまじと見つめてしまった。
「うわっ急になんだよ、顔近づけんなバーカ!」
目をそらし、恥ずかしそうに首の後ろをさすっている。
「俺の部屋で若葉と二人きりとか、心臓を鋼にする修行でもさせられてるわけ?」
えっ、今ってお家デートじゃなくて修行中なの?
つっこみそうになり、口を手で押さえる。
「スパルタ家庭教師になりきって、若葉のことを意識しないようにしてたのにムリ! 心臓死ぬんだけど!」
救急車出動案?
119番に電話をした方がいい?
スマホはどこかなって……あっ!
パスワードを思い出せないから、僕のスマホは開くことすらできないんだった。
「俺ばっか余裕ないって、マジかっこわりーじゃん」と、脱力したように机につっぷした紅亜くん。
「そっそんなことないよ、紅亜くんはすっごくカッコいいよ」と、両手で肩を揺する。
紅亜くんは一匹狼でキレイ顔の魔王様だって、子供のころから女子に大人気でしょ。
生きてるだけでワイルドな色気を放っているからうらやましい。
高校の男子も紅亜くんに憧れている人が多いし。
「急に俺を褒めるな、思ってもないくせに」
「幼稚園のころからカッコいいなって憧れてました」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、もう!」
「どうしたの紅亜くん、急に叫んで椅子から立ち上がって」
「肺がやられた」
「え? どういうこと? 大丈夫?」
「息吸いにくいから、キッチンでメロンクリームソーダ作ってくる」
「うわぁ、僕の大好物だぁ」
「若葉のためじゃない。強炭酸のどに流し込まねーと男として戦えないんだよ」
「何と戦う気なの?」
「そんなのどうだっていい。メロンクリームソーダを作ってる間に、今日俺が教えたことを頭に叩き込んでおけ!」
照れ声を響かせた紅亜くんは、乱暴にドアを開け部屋から出て行ってしまいました。
荒ぶった空気がいなくなり、部屋が静まり返る。
椅子に座ったまま天井を見上げ、ハテナが飛び交う脳を手のひらでさすってみる。
誰か教えてください。
記憶がないこの2か月の間、僕に何が起きたんでしょうか。
一週間前のこと。
まぶたを開けたら病院のベッドの上だった。
泣きそうな顔の紅亜くんと目があい、いきなり抱きしめられた。
『目を覚まさなかったらどうしようって思ったじゃねーか、恋人残してどっか行こうとすんなバーカ!』
必死な声の主は、耳まで真っ赤に染めていて。
『僕はなんで病院にいるの? えっえっ、こっ恋人? 僕と紅亜くんが?』
僕は動揺を隠しきれなくて。
話を聞くと、3週間前から僕と紅亜くんは付き合いだしたらしい。
自分が階段から落ちたことも覚えていなくて。
そのとき僕の記憶が、直近やく2か月分なくなっていたことに気がついたんだ。
『僕と紅亜くんが付き合ってるなんて信じられないよ。だって高校で再会してから紅亜君に避けられてたんだよ。学校ですれ違っても無視されてたし』
それに僕は優しい甘音くんのことが好きだった。
紅亜くんと付き合いだしたのなら、甘音くんを諦めたということになる。
このとき僕の頭上には、わかりやすく疑問符が浮かんでいたのかもしれない。
紅亜くんは真剣な表情で、僕の心にわからせるようゆっくりと言葉を紡いだ。
『甘音に彼女ができた。悲しむ若葉を俺が慰めた。俺から告白した。若葉がOKをくれた。俺たちは恋人になった。以上』
甘音くんに彼女ができた?
その時の僕はメンタルが病んだに違いない。
紅亜くんに告白された?
本当に紅亜くんは僕のことが好きなの?
あんなに僕のことを避けてたでしょ。
ショックと驚きのダブルパンチをくらった僕は、ビクビクしながら視線を紅亜くんに絡めた。
『嘘だよね……紅亜君が僕を好きだなんて……』
『高校で再会してからずっと避けてたのは、若葉と甘音が一緒にいるとこなんて見たくなかったから』
この時の紅亜くんは、普段の凛とした騎士顔が崩れていた。
真っ赤に染まる顔を見られたくないのか、顔に腕を押し当てながら僕に背を向けだして。
ツンデレ紅亜くんの照れた姿が、可愛いこと可愛いこと。
そんな彼を見て納得したんだ。
告白された時の僕は、魔王様の甘辛ギャップにやられたんだろうなって。


