紅亜くんがドアを開けたのは空き教室だった。

 何事?と僕たちに着いてきちゃった女子の数、約20人。
 彼女たちのハートを操ることなんて、元生徒会長には造作もないことなんだろうか。
 甘音くんは振り返り、おっとりにっこりウインクをぱちり。

 「幼なじみ3人で大事な話があるんだ。ごめんね、みんなまたね」

 見目麗しい王子様のごとく手を振ると、キャーキャー言いながらも女子たちは退散してくれて。
 おおー、すご技を拝めちゃった。
 外野がいなくなったことに安どのため息をもらすも、空き教室に連れ込まれドアがきっちりとしめられた直後に冷や汗たらり。
 今度は別の緊張で首から汗がにじみだす。

 空き教室に甘音くんと紅亜くんと3人きり。
 うん無理、教室に逃げ帰りたい。
 だって僕はこの双子と絶交中なんだ。

 記憶喪失中だからいいだろうと僕に別れも告げず、鈴ちゃんと付き合いだした甘音くん。

 兄の心を痛めつけたかったという理由で、好きでもないのに恋人のふりをしていた紅亜くん。
 (僕から鈴ちゃんに心変わりをした甘音くんには、なんのダメージにもなってなかったと思うけど)

 この二人にどんな顔を向ければいいの?
 怒り顔? 悲しみ顔? 
 歯を食いしばり握りしめたこぶしを震わせている今の僕からは、怒りも悲しみもにじみ出ていると思うけど。


 僕の目の前に並ぶ双子に、苦しみで震えるこの感情をぶつけたい。
 
 家が隣同士だったからって、一緒に遊ばなきゃよかった。
 幼なじみになんてなるんじゃなかった。
 二人のことを好きになるんじゃなかった。

 苦しいよ、耐えられないよ、僕を楽にさせてよ。


 悲鳴を上げる心臓。
 握りつぶされたような激痛が走り、痛みを床に逃がしたくて荒い呼吸を何度も繰り返す。

 「若葉?」

 「大丈夫か?」

 耳に届いた心配声のせいで、余計に心臓が苦しい。

 目の前から二人の腕が伸びてきた。

 「もう僕に関わらないで!」

 心の声を荒ぶる吐息と一緒に吐き出し、同時に二人の手を勢いよく払いのける。

 涙がこぼれそうになっている情けない自分を見られたくない、惨めでたまらない。
 丸めた背を二人に向けた。
 こみあげる怒りが抑えきれなくて、拳とみぞおちに醜い感情が宿る。

 「二人とも僕のことはほっといて! もう僕の瞳に映らないで! 学校でも話かけないで!」

  じゃないと……

 「嫌いになれないから! 僕のことを好きって言ってくれたのにって、僕だけに優しくしてよって、恋人でもないのに嫉妬しちゃうから!」

 醜い感情に押しつぶされて、どんどん自分のことが大嫌いになっちゃうから!


 力なく床に崩れ落ちた。
 いつの間にか濡れていたほほ。
 一人で抱え込んでいた苦しみを涙に溶かし、悲鳴に近い金切り声と一緒に吐き出していた。

 怒りを爆発させ女々しく悲しみをこぼした僕を、二人はどんな思いで見つめているんだろう。

 『何言ってるんだ』って感じだよね、僕に失望したに違いない。

 余計に僕を嫌いになったのなら、二人に背を向け涙を流し続ける僕なんて放置で教室に戻ってよ。
 一人にして、これ以上情けない姿を見られたくないんだ。

 二人がこの教室にとどまりたいなら好きにして、僕が出ていく。

 今までありがとう、幼なじみでいてくれて、恋人気分を味あわせてくれて、そしてさようなら。


 力なく立ち上がり、床を踏みしめ一歩二歩。
 ふらつきながらドアに向かうも、双子が放つ不穏な空気を背に感じ勝手に止まった僕の歩み。
 鼓膜が二つの乱暴声を捕えてしまう。

 「ここに連れ込むまでに、若葉を100パー自分のとりこにするって自信満々に宣言したの誰だっけな。あっ、できるオーラを放ちまくってるくせに中身は残念なハリボテ王子か」

 「なっ、廊下で何度も若葉を抱きしめようとしたよ。そのたびに俺を睨んだのは紅亜でしょ」

 双子の兄弟げんかって、僕の足を棒にする呪いなのかな?
 喧嘩の行方が心配になり、つい振り返ってしまった。

 「若葉を抱きしめていいなんて許可だせるわけねぇだろーが。しかも学校の奴らに見られ放題な廊下でって。お前さ、元生徒会長がどんだけ注目を浴びるかわかってねぇだろ」

 「他人にとられたくない宝物は、あえて見せびらかさないとね」

 「いい人ぶってんのに計算高い奴ってマジでムリ」

 「そういう紅亜だって、教室に入るなり若葉の首ホールドしてさ」

 「俺の魔王キャラなら許されるんだよ」

 「じゃあ俺も、優しい王子様になりきって学校でも若葉をたっぷり甘やかそうっと。頭なでなでしてもハグしても、王子様キャラってことで高校のみんなも微笑みながら見守ってくれると思うし」

 「学校の奴らなんてどうでもいい。俺らが大事にしなきゃいけないのは……」

 「わかってるよ、若葉の気持ちだよね」


 荒れていた双子の声が止み、静まりかえる空き教室。
 真剣な顔の二人に見つめられ、どうしていいかわからず再び彼らに背を向ける。

 僕の名前が何度も登場したのに、双子の会話の意味が全然理解できなかった。
 ドアと対面状態でうつむく僕の湿った涙腺は、いつのまにか涙を製造するのを忘れていた。

 僕の鼓膜を揺らす二人分の足音。
 びくっと体が跳ねあがったのは、両肩に温度を感じたから。

 恐る恐る振り返り、視線を上げる。

 「うわっ」と声が出た、目も見開いちゃった。
 目の前に迫っているんですけど、二つの麗しいお顔が……

 「逃げなくていいのかよ。お前の瞳に俺らが映ってるけど」

 白い歯の隙間から、イヒヒと笑いがこぼれている紅亜くんにドキリ。

 甘音くんは目にかかる僕の前髪を指でつまむように撫で「若葉は嫉妬してくれてたんだね、嬉しいなぁ」とニマニマ微笑んでいる。


 恥ずかしさで燃える背中がくすぐったい。
 さっき僕は、二人にどんな悲しみをぶつけたんだっけ。

 『二人とも僕のことはほっといて! もう僕の瞳に映らないで! 学校でも話かけないで!』

  じゃないと……

 『嫌いになれないから! 僕のことを好きって言ってくれたのにって、僕だけに優しくしてよって、恋人でもないのに嫉妬しちゃうから!』

 うわっ、とりかたによっては告白じゃないか!
 いやいや、愛の告白としか思えないわめきだったに違いない。

 今さらとんでもないことに気づいてしまった。
 心臓が異常なほどざわつきだし、恥ずかしいと熱を帯びた頬を両手で隠す。


 「違うんだ、さっきのは独占欲でも嫉妬でもなくて」

 「俺への想いが深すぎて涙があふれちゃったんだよね。とことん若葉を愛でて甘やかしてかわいがっていいって、俺に許可をくれたんでしょ。フフフ、腕が鳴るなぁ」

 ハチミツトロトロの甘い声の主は、とろけるような笑顔で僕だけに優しく微笑んで。

 「俺は優しくするだけじゃ物足りない。若葉だって俺にいじられるのが大好きだもんな」

 悪っぽく笑う紅亜くんの瞳には、困惑する僕がはっきりと映っている。

 二人の優しいまなざしに心を奪われそうになるも、ぬわっと悲しみが顔を出し、弱々しい怒りが口からもれそうになる。

 甘音くんには鈴ちゃんがいるじゃん……
 紅亜くんだって兄弟げんかに僕を利用しただけで……

 二人とも僕のことなんか好きじゃないくせに。
 幼なじみをからかいたいだけなら、もう僕にかまわないで。

 消したりたいんだ、二人への重すぎる恋心なんて。
 苦しくてたまらない、嫉妬という心を痛めつける感情なんか捨て去りたい。


 「おいで若葉」

 鼻腔をくすぐる甘い香り。
 甘音くんに抱きしめられたと気がついたのは、僕の頬が甘音くんの胸に沈み込んだあとだった。

 「俺のぬくもりは若葉を癒すためのものだよ」

 「甘音、独り占めすんな」

 不機嫌声とともに伸びてきた腕。
 肩を掴まれ、今度は紅亜くんの腕の中に閉じ込められた。

 「俺の顔見るなよ、絶対恥ずい顔してるから。っつーか俺が感情を伝えるのが不器用なあまのじゃくって知ってるなら、オマエを抱きしめてるのがどういう意味か気づけよバーカ」

 紅亜くんも緊張してるのかな。
 僕にドキドキしてくれているのかな。

 声が震えている。
 尋常じゃない速さで彼の心臓が跳ね続けている。


 「12345678910。はい独占タイム終わり、つぎ俺ね」と、再び甘音くんの甘さに包まれた。

 「早すぎ、若葉を返せ」

 「イヤだよ」

 「誰にでも優しい元生徒会長様が、弟には何も与えず何もゆずらないって最低」

 「好きなだけ俺を非難してくれていいよ。そのかわり若葉は俺のね」

 「甘音のじゃねーし、俺の恋人だし」

 「フラれたくせに」

 「オマエだってフラれたじゃねーか」

 「若葉だって紅亜より俺の腕の中の方が居心地いいよね」

 「鍛えぬかれた固い胸板のほうが、はりついてて安心感があるよな」

 「ちょっと紅亜ずるい、まだ10秒も抱きしめてなかったのに」

 「若葉、甘音から逃げるぞ」

 「え?」

 「若葉はいい子だから、俺とずっと一緒にいてくれるよね」

 「え? え?」

 「若葉は俺がもらう。甘音はこの先一生、恋人いない歴イコール年齢のひとりぼっち人生を歩んで行けよな」

 「1か月だけ若葉と付き合ってました。紅亜なんて恋人同士だって記憶喪失の若葉に嘘を吹き込んだ詐欺恋愛しかしたことがないくせに」

 「若葉は付き合ってた時、俺のことが好きだって思ったよな?」

 「あっ、うん」

 「ほーら、若葉は俺のもの認定されたぞ」

 「大事な人をもの扱いした時点で、若葉の恋人になる資格なんてないから」

 「宝ものっつー意味だ。替えがきかないかけがえのないもの」

 「結局もの扱いしてるし。若葉は子供のころから俺のことが好きだったよね? 告白してくれた時に、俺を幸せにしたいって言ってくれたよね?」

 「あっうん、言ったけど……」

 ……って、ん?

 双子の兄弟げんかがヒートアップしすぎて消火できるか心配で、今さら数分前の会話が蘇ってきたんだけど。

 「甘音くんって僕としか付き合ったことがないの?」

 「当たり前でしょ。若葉以外好きになったことがないよ」

 「え、じゃあ鈴ちゃんは?」

 「今の生徒会長?」

 「付き合ってるんでしょ」

 「どんな勘違いをしたら、俺があの子と付き合ってるになっちゃうかな」

 「ただの後輩ってこと?」

 「生徒会長の仕事を引き継いでもらっただけ」

 脳が急速冷凍され、思考が一時停止する。
 僕の勘違い?
 何も考えられないほど頭の中がごちゃごちゃになり、強めに太ももを叩いてなんとか脳を動かす。

 ずっと思い込んでいた、甘音くんの好きな子は鈴ちゃんだって。

 「じゃあ甘音くんの好きな人って……」

 「子供のころから若葉のことだけが大好きだよって伝えてきたでしょ。若葉以外が恋の瞳にうつらなくなった責任、若葉にとって欲しいくらいなんだけどなぁ」

 「でもそれは、わがままを言う前の僕に対して抱いていた感情であって……屋上で酷いことを言った僕のことを、甘音くんは嫌いになったんじゃ……」

 「あの時は俺が悪かったよ。男同士で付き合ってるのをカミングアウトするのは誰だって怖いよね。そんなことで若葉を嫌いにならないから安心して。でも悲しかったな」

 「え?」

 「記憶喪失になった若葉が、俺と付き合っていたことを忘れて紅亜とくっついちゃってさ。学校のみんなも公認で」

 「あれは、止める間もなく紅亜くんが暴露しちゃったからで……」

 「俺も教室にいたから紅亜の暴走が原因で若葉のせいじゃないってわかったけど、さすがにきつかった」

 「ごめんね、甘音くん」

 「若葉は何も悪くない。悪いのは全部うそをついた紅亜」

 「その話はもう終わりってなっただろーが!」

 「時効なんてない。紅亜には一生、お兄様を崇め奉ってもらわないと。なーんてね」

 楽しそうに笑い声をもらした甘音くんと反対に、紅亜くんが背を丸めている。
 額に手を当てうつむいた後、紅亜くんはさっぱりとした表情で両手を上げた。

 「あぁもう、降参降参。この勝負俺の負け」

 え?
 
 「記憶喪失の若葉に甘音と鈴って子が付き合ってる、俺と若葉は恋人同士だって嘘を吹き込んだ卑怯者は、恋のリングから降りてやるよ」

 プライドが高くて負けず嫌いの魔王様が敗北宣言?と、目を見開いたまま戸惑ってしまう。

 「若葉は子供のころから甘音のことだけが好きだったよな。メロンクリームソーダを飲みながら若葉と甘音が微笑みあうの見て、ずっとしんどかったよ。これ以上メンタルが病むのは耐えられねーし、身を引くって言ってんの」

 紅亜くんがさわやかに笑った。
 でも痛々しい笑顔にしか見えず、僕の心臓がズキズキと悲鳴を上げる。

 確かに僕は子供のころから甘音くんが好きだった。
 人生のほとんどは甘音くんへの片思い期間だったと言い切れる。

 でも、今は違うんだ。
 僕は甘音くんが好き。
 そして紅亜くんも好き。

 今みたいに二人と一緒にいたい。
 甘音くんと紅亜くんの兄弟げんかを見守りたい。

 どっちかなんて選べないんだ。
 でも、二人と付き合いたいなんて許されるはずがない。

 紅亜くんが苦しそうに唇をかみしめだした。 
 僕も僕で、醜い恋愛感情を持ってしまった罪悪感で胸がしめつけられる。

 苦しさがにじむ静けさ。
 重苦しい空気を一掃するようにパンパンと手を叩いたのは、お兄さん笑顔をうかべた甘音くんだった。

 「二人とも、泣きそうな顔しないの」

 心にしみわたるような優しい声に、余計に涙腺が刺激される。
 
 「若葉の気持ちも紅亜の気持ちも痛いほどわかる。恋心って自分でもコントロールできないよね。だからこれが一番いいと思うんだ。俺たち3人で付き合おう」

 甘音くんの言うとおりだよ。
 膨れ上がった恋心は手に負えない、自分でも制御できない。
 甘音くんと紅亜くんをずっと僕だけのものにしたいなんて、わがまま以外のなにものでもない。
 この先僕は、二人とは関わらずに生きていかなきゃ……って……ん?

 付き合う?

 いま甘音くんは『3人で付き合う』って言った?

 それって……
 
 「俺も紅亜も若葉が好き。若葉は俺たち二人と一緒にいたい。3人の願望を叶える方法は、これしかないでしょ」

 でも……

 「普通じゃないよね、3人でつきあうなんて……」

 僕の不安を瞳から拭い去るように、甘音くんが優しい視線を絡めてきた。

 「他人なんて気にする必要はないよ。俺たち3人が納得して選んだ未来を邪魔する権利なんて誰にもないんだから」

 甘音くんの提案は、わがままな僕が100パーセント望む形だ。
 3人でつきあえるなんて夢のようで、そんな贅沢な恋を選んで罰が当たらないか心配になるほど。

 独占欲の強い紅亜くんはどう思ってるんだろう。
 感情を探るように紅亜くんを見る。

 彼は僕と目を合わせた後、頭に手を置き「はぁぁぁぁ」と重いため息を吐いた。

 「甘音はバカか。若葉のことをお前に譲るって、この俺が言ってんじゃん」

 「魔王様っぽく格好つけての身を引く宣言だったけど、若葉のことを諦めきれないくせに。それともなに? 大好きなお兄ちゃんに若葉をプレゼントします的な? 紅亜って可愛いとこあるよね」

 「にんまり笑顔で俺の頭をなでるな!」

 じゃれあいの兄弟げんかを楽しむようにクスクスと笑う甘音くん。
 笑い声が部屋に溶けたのち、甘音くんは急に表情を引き締めた。
 
 「俺は若葉を独り占めしたい。紅亜も誰も入り込めない世界に若葉を閉じ込め、二人きりになりたい。それくらいヤバい独占欲だってくすぶってる。でも俺と紅亜が大事にしなきゃいけないのは、若葉の想いでしょ」

 「……まぁ、その通りだな」と、紅亜くんがうなづいた。

 「子供のころからずっと若葉だけを見てきたからわかるんだ。若葉が一緒にいたい相手は俺だけじゃない。若葉は紅亜のことも好き。ねっ、そうでしょ?」

 穏やかに微笑まれ、僕の想いをくみ取ってくれた甘音くんと目が合うだけで泣きそうになる。

 僕は覚悟を決め、一番伝えたい想いを言葉に託した。

 「メロンクリームソーダみたいに、ずっと3人で一緒にいたい」

 同級生でも幼なじみでもない。

 「甘音くんと紅亜くんの恋人になりたい。大好きって伝えあえる深い関係になりたい」

 太ももの横で震えるこぶし。
 顔を上げられないし、唇を噛みしめうつむくことしかできない。

 欲望を吐き出して恐ろしくなった。
 こんなワガママな僕を、本当に二人は愛せるのかな。
 今ので嫌いになられたらどうしよう。
 綺麗顔の甘音くんと紅亜くんに似合うのは、雑草系の僕じゃなく、ヒラヒラなスカートが似合う可愛い女の子だと思うし。
 
 膨れ上がる不安は抑えきれない。
 この双子と自分を比べれば比べるほど、二人を独占する権利なんて僕にはないと、失格の烙印を押されたように気がめいってしまう。

 闇に落ちていく感情を救い上げてくれたのは、双子のたわいもない口喧嘩だった。

 「ったく、好きな奴をゆずってかっこよく立ち去る俺の計画、台無しにしやがって」

 「ドS魔王様のくせに顔緩みすぎ。嬉しいなら嬉しいって言いなよ」

 「若葉の彼氏第一号は俺、甘音は2番手」

 「俺の方がお兄ちゃんなんだから、一番手は俺でしょ」

 「生まれる順番は譲ってやったんだ、今度は俺が1番」

 「じゃあ若葉に決めてもらおっか」

 「おお、いいぜ」

 「ねぇ若葉、俺と紅亜とどっちの方が好き」

 とんでもない2択を迫られ、さっきまでの不安がすーっと存在を消した。
 
 どっちが好きって、甘音くんも紅亜くんも大好きだよ。
 二人とも違った魅力の持ち主だし、順位なんてつけたくないよ。

 「俺だよな? また小動物カフェに連れて行ってやる」

 連れて行って欲しいけど……

 「若葉の一番にしてくれたら、いつでもどこでもお姫様抱っこしてあげる」

 人前でお姫様抱っこはやめて。
 恥ずかしすぎて顔から火が出そうになるから。

 「本当に二人の恋人が僕でいいの?」

 不安な瞳で彼らを見つめる。
 上目づかいになってしまうのは伸びない僕の身長のせいだ、この際しょうがない。
 
 「それはこっちのセリフ。若葉は本当に俺たちのものになってくれる?」

 甘音くんのハニースマイルが降ってきて、言葉にできない喜びをかみしめながら大きくうなづく。

 「俺も甘音も中途半端な愛し方なんてしねーし、ウゼーって若葉が逃げ出したくなるくらい暑っ苦しい可愛がりかたしかできねーけど、オマエのことを大事にしたいって気持ちは誰にも負けねーから、うだうだ悩んでないで俺の腕の中で幸せ感じてろ」

 本当に紅亜くんは乱暴だ。
 僕の背に腕が絡みついたと思った時には、紅亜くんの体温に包まれていた。
 
 彼の胸に沈み込んだ僕の頬。
 愛される幸福に酔いしれたくて瞳を閉じる。
 あったかい、安心する、二人から愛されているなんて涙が出そうなくらい嬉しくてたまらないよ。

 ハピネス色の愛にずっと酔いしれていたかったけれど、なんでこの双子くんたちは向かい合うと喧嘩になる率が高いのかな。
 
 「若葉の独占は許さないから。二人で若葉を愛でるって約束したでしょ。はい、若葉を俺に返して」

 「ムリ、若葉のほっぺが俺の胸にくっついてたいって願ってんの、なんでわかんねーかな」

 二人が睨みあいいがみ合いの喧嘩を始めてしまいました。
 出るわ出るわお互いの文句が。
 紅亜くんはドスのきいたオラオラ声で怒鳴り、甘音くんはおっとり声で紅亜くんの怒りをさらにあおる発言を連発して……止めるのムリ。
 

 「こうなったら力づくで若葉を取り返す」と甘音くん。

 「俺みたいに毎日鍛えてないくせに甘音は怪力なんだった。若葉逃げるぞ」

 紅亜くんはそう言いながら、抱きしめていた僕を解放した。
 僕の腕を掴もうと紅亜くんの腕が伸びてきたけれど、一歩遅かったみたい。
 僕を捕えたのは甘音くんの方で、紅亜には渡さないと言わんばかりの力で僕を抱きしめてくる。

 「はい、紅亜の負け。若葉は俺の腕の中に納まりました。若葉どう? 紅亜より俺に抱きしめられているほうが幸せを感じるでしょ」

 抱きしめたまま僕を見つめないで。
 おっとりにっこり微笑まないで。
 大好きな甘音くんに心が奪われちゃう。

 「甘音、若葉を返せ」

 「さっきは紅亜が若葉を独占したんだから、次は俺の番」

 「順番だからな。俺が60秒数えたら、今度は俺が若葉を愛でる」

 「若葉を抱きしめたら、幸せすぎてずっとこのままでいたくなっちゃったな。ってことで、紅亜はこの部屋から出てってくれない」

 「はぁ?」

 「優しいお兄様に若葉を譲ってよ。今夜、紅亜の好きなメロンクリームソーダを作ってあげるから」

 「いらねーし」

 「若葉聞いた? 紅亜は俺たち3人の思い出が詰まったメロンクリームソーダが嫌いなんだって。酷いよね」

 「んなこと言ってねぇだろーが! あれは若葉と飲むからうまいんであって、一人で飲んだらただの水だ」

 「シュワシュワなメロンソーダを飲んで味がしないなんてヤバいよ。味覚がマヒしてるから、紅亜は今すぐ病院に行っておいで。そのあいだ若葉は俺と二人だけでいろんなことしようね」

 「俺の味覚は狂ってない! 言葉のあやだろーが! っつーか、空き教室に二人きりになって若葉に何しようとしてんだよ」

 「えーとね、若葉をお姫様抱っこしながらのキスとか」

 「はぁぁぁぁ、キスだぁぁぁぁ? ダメに決まってんだろーが!」

 「決めるのは紅亜じゃないよ。若葉、今ここでキスしてもいい?」

 ひゃっ、いきなりなにをおっしゃる甘音くん!
 
 今、ここで? 紅亜くんの前で?
 ムリムリ!
 たかが唇同士の触れ合いだとしても、心の準備が必要だもん。

 甘音くんの腕の中、全否定を込めてブンブンと髪を振り乱す。
 
 「奥手な若葉には、ちょっと強引なくらいがちょうどいいよね」

 悪っぽく微笑んむ甘音くんの胸を押し、なんとか逃げ出すことに成功した。
 
 胸のバクバクが収まらない。
 この空き教室に閉じ込められてからずっと心臓が飛び跳ねてる。
 心臓が過労死しないか不安になるよ。
 いったん平常心を取り戻したいから、僕は教室に戻ります。
 甘音くんと紅亜くんはここに残って、双子の親睦を深めてください。

 なんて、希望通りに事は進まないよね。
 甘音くんから解放されたと思ったのに、今度は紅亜くんに捕まっちゃった。

 ぎゅっと抱きしめられ、頭を撫でられ、血液に溶け込んだ幸福感が体中をめぐりだす。
 鍛えられた力づよい腕に包まれる安心感、最高!

 ……って、幸福感に浸っている場合じゃなくて。
 
 「ほんと俺、オマエのことが好きだわ」

 見上げる先、魔王様の笑顔が咲き誇っていてドクンと胸が跳ねた。

 「若葉は俺たち二人から同時に愛されたいんだったね。いいよ、その願いを叶えてあげる」

 紅亜くんに抱きしめられたまま、バックハグ状態で甘音くんの腕が絡みついてきた。
 僕の頭の上に甘音くんの顔がくっつき、頬で僕の髪を撫でてくる。

 二人の体温に包まれている。
 二人からの愛で心が満たされていく。

 僕以上に幸せな人間なんて、この世に存在しない。

 「若葉だいすきだよ」

 「他の奴を瞳に映したくなくなるくらいオマエのことを可愛がってやるから、心臓鍛えとけよ」

 うれし泣きで濡れる顔を、愛情入りの同意をめいっぱいこめオーバーにうなづく。


 「僕もこの先ずっと二人と一緒にいたい」


 だって……
 
 シュワシュワで、極甘で、甘酸っぱい。

 いろんな刺激を堪能できるメロンクリームソーダみたいな贅沢LOVEストーリーは、この双子としか紡げないから、絶対に。
 
 




 【メロンクリームソーダ・トライアングル】

     甘音×紅亜×若葉
     ♡ハッピーエンド♡

     甘沼 恋(あまぬま こい)