☆若葉side☆
「でさ、ハナがすっげぇ俺につめたいわけ。おいでって手招きしても無視。あいつぜってぇ、かまうのめんどくせーとか思ってる。懐かれる気がしないんだけど」
お弁当に手をつけず、納得いかないという顔で唇を尖らせる翔太君に「ん?」とハテナを送る。
「翔太さ、昨日の帰りに猫拾ってさ」
代わりに説明してくれたのは、長いフランスパン一本を嚙みちぎるようにたいらげた龍之介君だった。
「俺たち3人で見つけたんでしょ、翔太だけじゃないでしょ!」
異議申し立てると言わんばかりの大地君が、トマトを挟んだ箸を翔太君に突きだして。
「おまえらは飼えないって言ったじゃんか。アパートだからとか、家族に猫アレルギーの奴がいるとか理由つけてさ」
「人生で一度も彼女ができたことない翔太がかわいそうでかわいそうで、人間の女子に好かれないなら、もうこのさい相手が猫でもいいんじゃねっていう俺らの優しさになんで気づけないかな」
勝ち誇った笑みを浮かべた龍之介君にいじられれば、まぁそうなるよね。
翔太君は食べかけのおにぎりを置いて立ち上がると、不満ビームで二人をにらみつけた。
「俺はまだ諦めてないからな! 見てろよ1年後。24時間離れたくないってミャーミャーすりすりしてくるくらいハナは俺に懐いて。お前らが嫉妬するくらいの可愛い彼女に俺は告られて。翔太君しか目に入りません、大好きです、今すぐ結婚してください、って逆プロポーズからの勝ち組人生を送ってやるんだからな!」
「ぶはっ、翔太のくせに大きく出すぎ。彼女できてから威張れや」
「ほんとそれ、翔太がお猫様に好かれますように」
「笑うな、拝むな」と怒り声をはり上げた翔太君は、無言の僕に視線を絡ませてきた。
顔の前で手を組み目を潤ませ見つめてくるから、『慰めて欲しいんだよね』と希望をくみ取り口を開く。
「僕は想像できるよ。翔太君が彼女と手を繋いで夕日が沈む海を眺めてるとこ」
「どんな彼女? かわいい? 俺のこと大好き?」
「黒髪ロングのやまとなでしこ系美女。しっかり者で頑張り屋なんだけど、翔太君にだけ甘えたがりって感じかな」
「うわぁ~ わかばぁぁぁ~」
感極まった翔太君は「俺に優しいのは若葉だけだよ。一生心の友でいような、絶対だからな」と椅子ごと僕を抱きしめた。
「癒して、癒して」とおでこを僕の肩にこすりつける姿は、甘えん坊の弟みたいでかわいい。
「大丈夫だよ、翔太君は人に好かれる才能を持ってるし」
「若葉、翔太を甘やかすな。泣きつけば若葉が優しくしてくれるってこと、こいつは学習済みなわけ。若葉は今からライオンの母親になれ」
「そうだそうだ。かわいい我が子の成長を願って、甘ったれ翔太を崖から突き落とすんだ」
龍之介くんと大地君の無茶ぶりにどう返そうかなと考えた末「ライオンになってみたかったんだよね」と冗談まじりの笑い声をあげる。
「んな、若葉まで俺を見放すのか? お前は優しさの塊人間だろ? 俺らいつめんの癒し担当だろ? 若葉ぁ~俺に優しくして。若葉だけなんだよ、俺の頭を優しくなでなでしてくれる奴ぅぅぅ」
バックハグ状態でおでこを肩にこすりつけられて、「よしよし」と翔太君の頭をなでるのが楽しくてたまらない。
いつメンとおしゃべりをしていると、自然と顔に笑顔が宿る。
でも心の底から笑えないのは、ハートの器が悲しみの涙であふれかえっているからだろう。
どんな時でも頭をよぎる。
記憶喪失中、僕は甘音くんに嫌われてしまった。
甘音くんは鈴ちゃんを好きになり、二人は付き合いだしてしまった。
どんな時でも思い出してしまう。
紅亜くんは僕をだましていた。
僕のことが大好きな恋人を演じていただけだった。
甘音くんを傷つけるために僕は利用されていたんだ。
苦しい、悲しい、つらくてたまらない。
甘音くん紅亜くんと紡いだ思い出を消し去りたい。
二人が僕の視界に映り込まないで欲しい。
早く捨て去りたい。
子供のころから抱き続けた甘音くんへの恋心も、付き合ったことにより芽生えてしまった紅亜くんを好きという桜色の感情も。
心から笑いたい。
体をよじるくらい大笑いして、僕の中から悲しみを追い出したい。
いつメンと一緒にいるのはこんなに楽しいのに、顔はちゃんと笑っているのに、なんで僕の心はこんなに冷えきっているの?
ダメだ、悲しみの沼に引きずり落とされそうになる。
息苦しい、心臓が痛みに耐えられない、誰か助けてお願いだから。
「どうかした?」
バックハグ状態の翔太君に顔をのぞきこまれ、しまったと肩が跳ねた。
「なんか辛いことでもあった?」
「若葉さ、俺らに隠してることあるんじゃねーの?」
心配そうに揺れる3人分の瞳が僕を捕えてくる。
やめて欲しい、優しくしないで、余計に笑えなるから。
「しょっ将来が不安なだけ。第一志望の大学に受かるかな僕の頭で、なんて考えてた」
頭をかきアハハと笑い声をつけ加えてみたものの、顔の肉のひきつりは隠しきれない。
「もっと言ってみ言ってみ、若葉の悩み。俺らで解決してやるから」と、バックハグを解除した翔太君が僕の髪を乱暴にかき乱した時だった。
異常なほどのざわつきで、教室中が浮き足だったのは。
「そろって拝めるなんて奇跡なんだけど!」
「双子王子が並ぶと神々しさが増すよね!」
女子がキャーキャー騒いでいる。
「眼福だよぉ、網膜にスクショスクショ!」
悲鳴や泣き声も混ざっているから、ただ事じゃないんだろう。
振り返ろうと思った、現実を確かめたくて。
でも無理だった、1テンポ遅かったんだと思う。
首をかっさらう勢いで、強引に巻きついた誰かの腕。
何事?と首を傾げたかったが、そんな余裕さえ与えてもらえず。
斜め上に引っ張られ、お尻が椅子から離れていく。
気づいたら僕は机の横に立っていた。
巻き付いていた腕から解放されたが、一息つく暇はない。
女子のキャーキャー声のボルテージが上がった気がする。
いつメン3人がなんとも嬉しそうにニマニマ微笑んでいるから、なんか怖くて。
背筋のゾクゾクが気持ち悪くて、視線が床にこびりついてしまう。
「おい」
「わ~か~ば」
重なった二つの苦甘なハーモニー。
同時に僕の両肩に誰かの手が乗っかり、ひゃい?!
「この声は……」と、ようやく脳がフル稼働を始め……
恐る恐る振り返り……
「うわっ! 甘音くん? 紅亜くん?」
驚愕を口から吐き出した僕の背は、机にぶつかってしまった。
目の前に迫る二つの綺麗顔。
どうやら逃げるという選択肢は選べないらしい。
甘音くんがおっとりと微笑んでいる。
いや違う、目の奥は笑っていない。
微笑んではいるけれど、僕に何か言いたげな表情……うん怖い。
もっと怖いのは紅亜くんの方だよ。
腕組み仁王立ち、アハハ迫力がおありだこと。
表情筋を吊り上げいかつい表情をしているのが、紅亜くんの普通だよね。
なんで過剰なくらいニコニコ微笑んでいるの?
怖い怖い、恐怖しか芽生えない。
「悪いけど、こいつ借りてってもいい?」
「どうぞどうぞ」と嬉しそうに返事をしたのはいつメン3人で、紅亜くんの借り物競争の獲物は僕なんだと身震いが止まらなくなってしまった。
僕を借りていくって言ったよね?
待って、そんなのムリ、今は紅亜くんとも甘音くんとも話したくないんだ。
「わ~か~ば~、俺たちと楽しいことしよっか」
笑顔すぎる甘音くんも怖すぎなんだってば。
なっ!
両側から双子に腕を組まれ、逃走不可と冷や汗ぶわり。
本気で僕をどこかに連行する気なんだ。
翔太君も龍之介君も大地君も、ヒヒヒと白い歯を光らせながら「行ってら~」ってなんだよ。
って、双子の腕力すごっ。
ズズズと簡単に廊下まで引きずり出されちゃった。
「お願い、僕を離して」
「ダーメ」
「こうでもしないとオマエ逃げるじゃん。かくれんぼに付き合うほど俺たち暇じゃないんで」
恥ずかしいんだ、廊下ですれ違うたびに生徒たちに大注目されちゃってるし!
「でさ、ハナがすっげぇ俺につめたいわけ。おいでって手招きしても無視。あいつぜってぇ、かまうのめんどくせーとか思ってる。懐かれる気がしないんだけど」
お弁当に手をつけず、納得いかないという顔で唇を尖らせる翔太君に「ん?」とハテナを送る。
「翔太さ、昨日の帰りに猫拾ってさ」
代わりに説明してくれたのは、長いフランスパン一本を嚙みちぎるようにたいらげた龍之介君だった。
「俺たち3人で見つけたんでしょ、翔太だけじゃないでしょ!」
異議申し立てると言わんばかりの大地君が、トマトを挟んだ箸を翔太君に突きだして。
「おまえらは飼えないって言ったじゃんか。アパートだからとか、家族に猫アレルギーの奴がいるとか理由つけてさ」
「人生で一度も彼女ができたことない翔太がかわいそうでかわいそうで、人間の女子に好かれないなら、もうこのさい相手が猫でもいいんじゃねっていう俺らの優しさになんで気づけないかな」
勝ち誇った笑みを浮かべた龍之介君にいじられれば、まぁそうなるよね。
翔太君は食べかけのおにぎりを置いて立ち上がると、不満ビームで二人をにらみつけた。
「俺はまだ諦めてないからな! 見てろよ1年後。24時間離れたくないってミャーミャーすりすりしてくるくらいハナは俺に懐いて。お前らが嫉妬するくらいの可愛い彼女に俺は告られて。翔太君しか目に入りません、大好きです、今すぐ結婚してください、って逆プロポーズからの勝ち組人生を送ってやるんだからな!」
「ぶはっ、翔太のくせに大きく出すぎ。彼女できてから威張れや」
「ほんとそれ、翔太がお猫様に好かれますように」
「笑うな、拝むな」と怒り声をはり上げた翔太君は、無言の僕に視線を絡ませてきた。
顔の前で手を組み目を潤ませ見つめてくるから、『慰めて欲しいんだよね』と希望をくみ取り口を開く。
「僕は想像できるよ。翔太君が彼女と手を繋いで夕日が沈む海を眺めてるとこ」
「どんな彼女? かわいい? 俺のこと大好き?」
「黒髪ロングのやまとなでしこ系美女。しっかり者で頑張り屋なんだけど、翔太君にだけ甘えたがりって感じかな」
「うわぁ~ わかばぁぁぁ~」
感極まった翔太君は「俺に優しいのは若葉だけだよ。一生心の友でいような、絶対だからな」と椅子ごと僕を抱きしめた。
「癒して、癒して」とおでこを僕の肩にこすりつける姿は、甘えん坊の弟みたいでかわいい。
「大丈夫だよ、翔太君は人に好かれる才能を持ってるし」
「若葉、翔太を甘やかすな。泣きつけば若葉が優しくしてくれるってこと、こいつは学習済みなわけ。若葉は今からライオンの母親になれ」
「そうだそうだ。かわいい我が子の成長を願って、甘ったれ翔太を崖から突き落とすんだ」
龍之介くんと大地君の無茶ぶりにどう返そうかなと考えた末「ライオンになってみたかったんだよね」と冗談まじりの笑い声をあげる。
「んな、若葉まで俺を見放すのか? お前は優しさの塊人間だろ? 俺らいつめんの癒し担当だろ? 若葉ぁ~俺に優しくして。若葉だけなんだよ、俺の頭を優しくなでなでしてくれる奴ぅぅぅ」
バックハグ状態でおでこを肩にこすりつけられて、「よしよし」と翔太君の頭をなでるのが楽しくてたまらない。
いつメンとおしゃべりをしていると、自然と顔に笑顔が宿る。
でも心の底から笑えないのは、ハートの器が悲しみの涙であふれかえっているからだろう。
どんな時でも頭をよぎる。
記憶喪失中、僕は甘音くんに嫌われてしまった。
甘音くんは鈴ちゃんを好きになり、二人は付き合いだしてしまった。
どんな時でも思い出してしまう。
紅亜くんは僕をだましていた。
僕のことが大好きな恋人を演じていただけだった。
甘音くんを傷つけるために僕は利用されていたんだ。
苦しい、悲しい、つらくてたまらない。
甘音くん紅亜くんと紡いだ思い出を消し去りたい。
二人が僕の視界に映り込まないで欲しい。
早く捨て去りたい。
子供のころから抱き続けた甘音くんへの恋心も、付き合ったことにより芽生えてしまった紅亜くんを好きという桜色の感情も。
心から笑いたい。
体をよじるくらい大笑いして、僕の中から悲しみを追い出したい。
いつメンと一緒にいるのはこんなに楽しいのに、顔はちゃんと笑っているのに、なんで僕の心はこんなに冷えきっているの?
ダメだ、悲しみの沼に引きずり落とされそうになる。
息苦しい、心臓が痛みに耐えられない、誰か助けてお願いだから。
「どうかした?」
バックハグ状態の翔太君に顔をのぞきこまれ、しまったと肩が跳ねた。
「なんか辛いことでもあった?」
「若葉さ、俺らに隠してることあるんじゃねーの?」
心配そうに揺れる3人分の瞳が僕を捕えてくる。
やめて欲しい、優しくしないで、余計に笑えなるから。
「しょっ将来が不安なだけ。第一志望の大学に受かるかな僕の頭で、なんて考えてた」
頭をかきアハハと笑い声をつけ加えてみたものの、顔の肉のひきつりは隠しきれない。
「もっと言ってみ言ってみ、若葉の悩み。俺らで解決してやるから」と、バックハグを解除した翔太君が僕の髪を乱暴にかき乱した時だった。
異常なほどのざわつきで、教室中が浮き足だったのは。
「そろって拝めるなんて奇跡なんだけど!」
「双子王子が並ぶと神々しさが増すよね!」
女子がキャーキャー騒いでいる。
「眼福だよぉ、網膜にスクショスクショ!」
悲鳴や泣き声も混ざっているから、ただ事じゃないんだろう。
振り返ろうと思った、現実を確かめたくて。
でも無理だった、1テンポ遅かったんだと思う。
首をかっさらう勢いで、強引に巻きついた誰かの腕。
何事?と首を傾げたかったが、そんな余裕さえ与えてもらえず。
斜め上に引っ張られ、お尻が椅子から離れていく。
気づいたら僕は机の横に立っていた。
巻き付いていた腕から解放されたが、一息つく暇はない。
女子のキャーキャー声のボルテージが上がった気がする。
いつメン3人がなんとも嬉しそうにニマニマ微笑んでいるから、なんか怖くて。
背筋のゾクゾクが気持ち悪くて、視線が床にこびりついてしまう。
「おい」
「わ~か~ば」
重なった二つの苦甘なハーモニー。
同時に僕の両肩に誰かの手が乗っかり、ひゃい?!
「この声は……」と、ようやく脳がフル稼働を始め……
恐る恐る振り返り……
「うわっ! 甘音くん? 紅亜くん?」
驚愕を口から吐き出した僕の背は、机にぶつかってしまった。
目の前に迫る二つの綺麗顔。
どうやら逃げるという選択肢は選べないらしい。
甘音くんがおっとりと微笑んでいる。
いや違う、目の奥は笑っていない。
微笑んではいるけれど、僕に何か言いたげな表情……うん怖い。
もっと怖いのは紅亜くんの方だよ。
腕組み仁王立ち、アハハ迫力がおありだこと。
表情筋を吊り上げいかつい表情をしているのが、紅亜くんの普通だよね。
なんで過剰なくらいニコニコ微笑んでいるの?
怖い怖い、恐怖しか芽生えない。
「悪いけど、こいつ借りてってもいい?」
「どうぞどうぞ」と嬉しそうに返事をしたのはいつメン3人で、紅亜くんの借り物競争の獲物は僕なんだと身震いが止まらなくなってしまった。
僕を借りていくって言ったよね?
待って、そんなのムリ、今は紅亜くんとも甘音くんとも話したくないんだ。
「わ~か~ば~、俺たちと楽しいことしよっか」
笑顔すぎる甘音くんも怖すぎなんだってば。
なっ!
両側から双子に腕を組まれ、逃走不可と冷や汗ぶわり。
本気で僕をどこかに連行する気なんだ。
翔太君も龍之介君も大地君も、ヒヒヒと白い歯を光らせながら「行ってら~」ってなんだよ。
って、双子の腕力すごっ。
ズズズと簡単に廊下まで引きずり出されちゃった。
「お願い、僕を離して」
「ダーメ」
「こうでもしないとオマエ逃げるじゃん。かくれんぼに付き合うほど俺たち暇じゃないんで」
恥ずかしいんだ、廊下ですれ違うたびに生徒たちに大注目されちゃってるし!


