☆甘音side☆
「甘音くんの恋人にして欲しいってお願いしたら、僕のこと嫌いになっちゃう?」
秘密基地。メロンクリームソーダ。幼なじみの若葉。
好きな場所で、大好きなものを飲みながら、とびきり大好きな人から告白をされたら、人間はどうなるか。
日々心掛けている優雅な微笑みなんて、顔から逃げだしちゃうよね。
少なくとも今の俺・都守甘音はそうで、スプーンで運んだバニラアイスを口の中で溶かしたままマネキン化。
(若葉が俺のことを好き?)
本場のペンギンに癒されたいなんて安易な気持ちで南極に降り立った小学生みたいに、全身がカチンコチンに固まってしまった。
「あっ今の……甘音くんへの告白ってわけじゃなくて……付き合って欲しいとか、そんなおこがましいことなんか期待してなくて……」
袋から出して出来上がりの二人用テントの中に座り、好きな人とご対面状態。
真っ赤な顔で慌てたように両手を振る若葉から、目が離せない。
そうか、これは夢だ。
日々膨れあがっている若葉への思いが、俺に幻を見せてくれているのか。
「ただね……本当にどうにかしてって感じで……」
サラサラな黒髪を揺らしながら震えている若葉がかわいい。
「一日じゅう甘音くんのことしか考えられなくて……」
萌え袖で真っ赤な顔を隠すそのしぐさ、抱きしめたくてたまらない。
「甘音くんのことを思い出しちゃうだけでドキドキするから、夜もなかなか眠れないんだ……僕の目の下、クマできてないかな?」
恥ずかしそうにうつむいてるから確認できないけど、熊だろうが恐竜だろうが大丈夫だよ。
狂暴な動物に襲われそうになっても、俺が守ってあげるから安心してね。
「授業も頭に入らなくて……甘音くんの横顔でいいから見れないかなって、後ろの席から甘音くんの背中ばっか見つめちゃって……だから今日の数学で当てられた時、隣の早川君が答えを教えてくれてほんと助かっちゃった……」
狭いテントの中、目の前から涙目の若葉の手が伸びてきた。
持っていたメロンクリームソーダが強引に奪われキョトン。
てっぺんに鎮座していたチェリーがバニラアイスの山を滑り降り、緑色のシュワシュワの中に沈んでいく。
隅に置かれた小さいテーブルに、色鮮やかなメロンクリームソーダが2つ。
小6までは3つ並んでいたな。
テントの中も男子3人でギューギュー詰めだった。
俺と若葉、もう一人は俺の双子の弟の紅亜だったんだけど、俺と紅亜は仲が悪く揃えば口論7・叩きあい3の激しい兄弟げんかばかり。
一人っ子の若葉はオロオロしながらも俺たちの言い分をそれぞれ聞いて、頭をひねっては仲直りの糸口を探し、一生懸命ケンカの火消しをしてくれていた。
中学で俺たちが引っ越すまで、若葉とは家が隣どうしだった。
小さいころから若葉は、明るくて元気で素直で優しい男の子だった。
同性とわかっていながら若葉を好きになったのは、癒し系強めで性格が天使だから。
恋人にしたいこんな優良物件は、高3まで生きてきて他に見当たらなかったからね。
俺が大企業の面接官なら、一目見て合格の烙印を押しちゃうんだろうな。
「甘音くん、僕の話ちゃんと聞いてる?」
ぬくもりのある手のひらで両頬が包まれた。
膝立ちした若葉の真剣な顔が斜め上にあってドキっ、心臓が恋のトランポリン並みに大揺れする。
白い肌にはめ込まれた真ん丸な目、それに小ぶりな鼻と口、どの顔面パーツも愛おしいな。
いま俺が、若葉の瞳を独占している。
この先ずっと、若葉の瞳に俺以外映らなきゃいいのに。
「ささっさっきのはね、こここっ告白ではないよ。ないけど……」
ハッとなった若葉は、俺の頬から手を離した。
三角座りをはじめ、恥ずかしそうに片ほほをひざに押し当てている。
「甘音くんと幼なじみ以上になりたいって思いもあって」と、消えそうな声でぼそり。
「それがなんなんだって聞かれたら、恋人ってなっちゃうけど……甘音くんは高校で大人気な生徒会長で、いつもおっとり微笑んでるし頼りがいもあるから男子にも女子にも大人気で、僕が独占めしちゃダメだってわかってるし。でもでもやっぱりしたいなって……甘音くんのこと……独り占め……」
戸惑いながら瞳を揺らす若葉と視線が絡み、俺の心臓が焼けこげそうになる。
「うわっ、何を言ってるのかわからなくなってきちゃった。変なこと言ってほんとうにごめん。僕は男だし、気持ちを押しつけられたら迷惑だよね。今の忘れて、気の迷いだから」
泣きそうな顔で俺の両肩を必死に揺する若葉が、可愛くてたまらない。
「お願い甘音くん、僕のこと嫌いにならないで」
明らかに若葉は平常心を保っていない。
とんでもないことをしでかした時のようにオロオロと視線を泳がせ、大きな瞳を雫で潤ませながら「ほんと忘れて……甘音くんのそばにいられなくなっちゃうのが一番いやなんだ……」と、三角ずわりでうつむいてしまった。
静まりかえる狭いテントの中。
『甘音くんと幼なじみ以上になりたいって思いもあって……それがなんなんだって聞かれたら、恋人ってなっちゃうけど……』
若葉の言葉を思い出し、満悦至極の幸福アンサーにようやくたどり着く。
――さっきの告白は夢じゃなかったんだ。
――若葉は俺のことが好きなんだ。
じんわりと熱を上げる俺の心臓。
幸せが血液に溶け、ハピネス色の春が体中をめぐりだす。
俺の目は大好きな人を捕えて離さない。
カシャカシャカシャと、恋のシャッター音が祝福の鐘のように頭の中に響いている。
恥ずかしそうに肩を震わせている若葉の姿を瞳でたくさんスクショして、記憶のアルバムに永久保存しなきゃ。
やっと俺の顔に、いつもの余裕の笑みが戻ってきた。
「フフフ、子供のころから可愛すぎ」
「僕のことじゃ……ないよね……」
不安げに見つめられた。
耳まで真っ赤に染める若葉がかわいいことかわいいこと。
告白された嬉しさで舞い上がり、二人用の簡易テントから抜け出す。
「えっ?」と若葉が戸惑っているのは、俺が若葉の腕をむりやり引っ張ったからで間違いない。
太陽の光が、俺たちを祝福するように降り注いでくる。
「若葉こそ、俺がこんなことをしても嫌いにならないでね」
おっとりと微笑む俺に対し、「何をする気?」とおびえる若葉。
俺は若葉の体に手を絡ませると、ひょいっと持ち上げた。
「わわわっ、いきなりなに? なんでお姫様抱っこ?」
「告白してくれた若葉の可愛い顔を、至近距離で拝みたいなって思って」
「だからさっきのは告白じゃないから!」
「じゃあなに?」
「幼なじみとしてずっと秘めてきた思いを言語化しようとしたら、てんぱって変なことを口走っちゃったてきな」
「俺が嫌いってことであってる?」
「嫌い? 僕が甘音くんを? そんなこと一言も言ってないじゃん!」
「フフフ、それ照れ隠し? 長い前髪で顔を隠そうとしてる、可愛い可愛い」
「甘音くんは幼稚園のころから、可愛いを安易に連呼しすぎ」
「心から思った時にしか言わないけどね」
「近い近い、顔離して」
「ダーメ、思う存分可愛い若葉を愛でさせて」
「また僕のことを可愛いって言った。下ろしてよ。僕の家の庭だし、近所の人に見られたら恥ずかしい」
「大丈夫、誰もいないよ」
「あの高いマンションから観てる人もいるかもしれないし」
「俺は見せつけたいけど。俺の恋人はこんなに可愛いですって」
「それって……」
「若葉、俺を見て」
急に俺が真剣な低い声を放ったからだろう。
お姫様抱っこで俺の腕に包まれている若葉が、恐る恐る視線を絡めてきた。
この恋心が若葉のハートに届きますように。
表情を引き締め、甘く揺れる瞳で若葉を見つめる。
「若葉を絶対に幸せにする。だから俺と付き合って」
俺の告白を聞いて、両手で顔を隠した若葉の感情が読めない。
顔をぶんぶんと左右に振っている。
「俺とは付き合いたくないの?」
「違う、そうじゃなくて!」と焦り声をあげた若葉は、俺の首に腕を絡めてきた。
肩に沈み込む若葉の頬の熱が心地いい。
「僕が甘音くんを幸せにしたいの! 僕が恋人でよかったって思ってもらいたいの! 頑張るからね、ずっと甘音くんの隣にいられるように」
フフフ、こんな幸せでいいのかな。
悪いことが起きる前兆じゃないよね。
テントの中に置きっぱなしのクリームメロンソーダの氷が、カランと音を立てた。
バニラアイスが溶けることもメロンソーダの炭酸が抜けることも忘れ、俺は若葉と恋人になれた幸せに浸っていたんだ。
――それから1か月後。
本当に悪いことが起きた。
俺は地獄に突き落とされてしまった。
「僕の恋人は紅亜くんだよ」
若葉の記憶の中から、俺たちが付き合っていた幸せな1か月がまるまる消え去ってしまったなんて。
「甘音くんの恋人にして欲しいってお願いしたら、僕のこと嫌いになっちゃう?」
秘密基地。メロンクリームソーダ。幼なじみの若葉。
好きな場所で、大好きなものを飲みながら、とびきり大好きな人から告白をされたら、人間はどうなるか。
日々心掛けている優雅な微笑みなんて、顔から逃げだしちゃうよね。
少なくとも今の俺・都守甘音はそうで、スプーンで運んだバニラアイスを口の中で溶かしたままマネキン化。
(若葉が俺のことを好き?)
本場のペンギンに癒されたいなんて安易な気持ちで南極に降り立った小学生みたいに、全身がカチンコチンに固まってしまった。
「あっ今の……甘音くんへの告白ってわけじゃなくて……付き合って欲しいとか、そんなおこがましいことなんか期待してなくて……」
袋から出して出来上がりの二人用テントの中に座り、好きな人とご対面状態。
真っ赤な顔で慌てたように両手を振る若葉から、目が離せない。
そうか、これは夢だ。
日々膨れあがっている若葉への思いが、俺に幻を見せてくれているのか。
「ただね……本当にどうにかしてって感じで……」
サラサラな黒髪を揺らしながら震えている若葉がかわいい。
「一日じゅう甘音くんのことしか考えられなくて……」
萌え袖で真っ赤な顔を隠すそのしぐさ、抱きしめたくてたまらない。
「甘音くんのことを思い出しちゃうだけでドキドキするから、夜もなかなか眠れないんだ……僕の目の下、クマできてないかな?」
恥ずかしそうにうつむいてるから確認できないけど、熊だろうが恐竜だろうが大丈夫だよ。
狂暴な動物に襲われそうになっても、俺が守ってあげるから安心してね。
「授業も頭に入らなくて……甘音くんの横顔でいいから見れないかなって、後ろの席から甘音くんの背中ばっか見つめちゃって……だから今日の数学で当てられた時、隣の早川君が答えを教えてくれてほんと助かっちゃった……」
狭いテントの中、目の前から涙目の若葉の手が伸びてきた。
持っていたメロンクリームソーダが強引に奪われキョトン。
てっぺんに鎮座していたチェリーがバニラアイスの山を滑り降り、緑色のシュワシュワの中に沈んでいく。
隅に置かれた小さいテーブルに、色鮮やかなメロンクリームソーダが2つ。
小6までは3つ並んでいたな。
テントの中も男子3人でギューギュー詰めだった。
俺と若葉、もう一人は俺の双子の弟の紅亜だったんだけど、俺と紅亜は仲が悪く揃えば口論7・叩きあい3の激しい兄弟げんかばかり。
一人っ子の若葉はオロオロしながらも俺たちの言い分をそれぞれ聞いて、頭をひねっては仲直りの糸口を探し、一生懸命ケンカの火消しをしてくれていた。
中学で俺たちが引っ越すまで、若葉とは家が隣どうしだった。
小さいころから若葉は、明るくて元気で素直で優しい男の子だった。
同性とわかっていながら若葉を好きになったのは、癒し系強めで性格が天使だから。
恋人にしたいこんな優良物件は、高3まで生きてきて他に見当たらなかったからね。
俺が大企業の面接官なら、一目見て合格の烙印を押しちゃうんだろうな。
「甘音くん、僕の話ちゃんと聞いてる?」
ぬくもりのある手のひらで両頬が包まれた。
膝立ちした若葉の真剣な顔が斜め上にあってドキっ、心臓が恋のトランポリン並みに大揺れする。
白い肌にはめ込まれた真ん丸な目、それに小ぶりな鼻と口、どの顔面パーツも愛おしいな。
いま俺が、若葉の瞳を独占している。
この先ずっと、若葉の瞳に俺以外映らなきゃいいのに。
「ささっさっきのはね、こここっ告白ではないよ。ないけど……」
ハッとなった若葉は、俺の頬から手を離した。
三角座りをはじめ、恥ずかしそうに片ほほをひざに押し当てている。
「甘音くんと幼なじみ以上になりたいって思いもあって」と、消えそうな声でぼそり。
「それがなんなんだって聞かれたら、恋人ってなっちゃうけど……甘音くんは高校で大人気な生徒会長で、いつもおっとり微笑んでるし頼りがいもあるから男子にも女子にも大人気で、僕が独占めしちゃダメだってわかってるし。でもでもやっぱりしたいなって……甘音くんのこと……独り占め……」
戸惑いながら瞳を揺らす若葉と視線が絡み、俺の心臓が焼けこげそうになる。
「うわっ、何を言ってるのかわからなくなってきちゃった。変なこと言ってほんとうにごめん。僕は男だし、気持ちを押しつけられたら迷惑だよね。今の忘れて、気の迷いだから」
泣きそうな顔で俺の両肩を必死に揺する若葉が、可愛くてたまらない。
「お願い甘音くん、僕のこと嫌いにならないで」
明らかに若葉は平常心を保っていない。
とんでもないことをしでかした時のようにオロオロと視線を泳がせ、大きな瞳を雫で潤ませながら「ほんと忘れて……甘音くんのそばにいられなくなっちゃうのが一番いやなんだ……」と、三角ずわりでうつむいてしまった。
静まりかえる狭いテントの中。
『甘音くんと幼なじみ以上になりたいって思いもあって……それがなんなんだって聞かれたら、恋人ってなっちゃうけど……』
若葉の言葉を思い出し、満悦至極の幸福アンサーにようやくたどり着く。
――さっきの告白は夢じゃなかったんだ。
――若葉は俺のことが好きなんだ。
じんわりと熱を上げる俺の心臓。
幸せが血液に溶け、ハピネス色の春が体中をめぐりだす。
俺の目は大好きな人を捕えて離さない。
カシャカシャカシャと、恋のシャッター音が祝福の鐘のように頭の中に響いている。
恥ずかしそうに肩を震わせている若葉の姿を瞳でたくさんスクショして、記憶のアルバムに永久保存しなきゃ。
やっと俺の顔に、いつもの余裕の笑みが戻ってきた。
「フフフ、子供のころから可愛すぎ」
「僕のことじゃ……ないよね……」
不安げに見つめられた。
耳まで真っ赤に染める若葉がかわいいことかわいいこと。
告白された嬉しさで舞い上がり、二人用の簡易テントから抜け出す。
「えっ?」と若葉が戸惑っているのは、俺が若葉の腕をむりやり引っ張ったからで間違いない。
太陽の光が、俺たちを祝福するように降り注いでくる。
「若葉こそ、俺がこんなことをしても嫌いにならないでね」
おっとりと微笑む俺に対し、「何をする気?」とおびえる若葉。
俺は若葉の体に手を絡ませると、ひょいっと持ち上げた。
「わわわっ、いきなりなに? なんでお姫様抱っこ?」
「告白してくれた若葉の可愛い顔を、至近距離で拝みたいなって思って」
「だからさっきのは告白じゃないから!」
「じゃあなに?」
「幼なじみとしてずっと秘めてきた思いを言語化しようとしたら、てんぱって変なことを口走っちゃったてきな」
「俺が嫌いってことであってる?」
「嫌い? 僕が甘音くんを? そんなこと一言も言ってないじゃん!」
「フフフ、それ照れ隠し? 長い前髪で顔を隠そうとしてる、可愛い可愛い」
「甘音くんは幼稚園のころから、可愛いを安易に連呼しすぎ」
「心から思った時にしか言わないけどね」
「近い近い、顔離して」
「ダーメ、思う存分可愛い若葉を愛でさせて」
「また僕のことを可愛いって言った。下ろしてよ。僕の家の庭だし、近所の人に見られたら恥ずかしい」
「大丈夫、誰もいないよ」
「あの高いマンションから観てる人もいるかもしれないし」
「俺は見せつけたいけど。俺の恋人はこんなに可愛いですって」
「それって……」
「若葉、俺を見て」
急に俺が真剣な低い声を放ったからだろう。
お姫様抱っこで俺の腕に包まれている若葉が、恐る恐る視線を絡めてきた。
この恋心が若葉のハートに届きますように。
表情を引き締め、甘く揺れる瞳で若葉を見つめる。
「若葉を絶対に幸せにする。だから俺と付き合って」
俺の告白を聞いて、両手で顔を隠した若葉の感情が読めない。
顔をぶんぶんと左右に振っている。
「俺とは付き合いたくないの?」
「違う、そうじゃなくて!」と焦り声をあげた若葉は、俺の首に腕を絡めてきた。
肩に沈み込む若葉の頬の熱が心地いい。
「僕が甘音くんを幸せにしたいの! 僕が恋人でよかったって思ってもらいたいの! 頑張るからね、ずっと甘音くんの隣にいられるように」
フフフ、こんな幸せでいいのかな。
悪いことが起きる前兆じゃないよね。
テントの中に置きっぱなしのクリームメロンソーダの氷が、カランと音を立てた。
バニラアイスが溶けることもメロンソーダの炭酸が抜けることも忘れ、俺は若葉と恋人になれた幸せに浸っていたんだ。
――それから1か月後。
本当に悪いことが起きた。
俺は地獄に突き落とされてしまった。
「僕の恋人は紅亜くんだよ」
若葉の記憶の中から、俺たちが付き合っていた幸せな1か月がまるまる消え去ってしまったなんて。


