春の風が、図書室の窓から軽やかに吹き込んできた。

 空気がすこし温かくなり、外の景色が柔らかい光に包まれている。

 あの日から何度も、湊と一緒に歩んできた時間が紬の心に色をつけていくように感じていた。

 今日も放課後、二人は並んで歩く道を選んだ。

 いつものように、特に大きな会話はなく、ただ二人の足音が静かに響いているだけ。

 だが、それが心地よくて、紬はふと湊の顔を見上げた。

 「……今日の空、なんか、きれいだね」

 空には、ほんのりと色づいた夕焼けが広がっていて、空気は澄んでいて、心が静かに落ち着いていくようだった。

 心の中で思ったことを、迷わず口にしてみた。

 湊は、紬の言葉を受けて静かに微笑んだ。

 そして、少しだけ歩みを止めて空を見上げる。

 「うん。白鷺さん、君がそう言うなら、きっときれいなんだ」

 その言葉に、紬は胸が少し熱くなるのを感じた。

 湊が言うと、空がまるで紬だけのものみたいに、特別なものに思える。

 それに気づいた瞬間、心の中のもやもやがふっと消えていくようだった。

 湊が、少しだけ顔を向けて、穏やかな笑顔を浮かべる。

 「君が素直に話してくれるようになって、俺も嬉しいよ。最初は、どうしていいか分からなかったけど、今こうして一緒に歩けて、少しずつ君を知っていけることが、すごく大切に思えてきた」

 その言葉が、紬の胸にじんわりと染み込んだ。

 湊の優しさが、まるで春の風のように柔らかく心を包んでくれる。

 「私も……風間くん、あなたと一緒にいることで、少しずつ自分を大切にできるようになった。あなたの前では、素直になれる気がする」

 湊は、ちょっと照れたように笑った。

 「素直でいるのは、意外と難しいけどね。無理して自分を変えようとしなくても、君は君で、俺は俺だってこと、だんだんわかってきた気がする」

 紬は、湊がそう言ってくれることに心から安心した。

 そして、ふと空を見上げる。空の色が変わり始め、夕焼けが少しずつ深いオレンジに染まり、夜の空へと移り変わっていく。

 「なんか、春って、こういう感じだね。ちょっとずつ温かくなって、すべてが色づいていくみたい」

 湊は少し考えてから、穏やかな声で言った。

 「うん。君と一緒に過ごすようになって、俺もそんな風に感じるようになったよ。色づく世界って、こうやって作られていくんだなって」

 その言葉に、紬は静かに頷いた。

 「ありがとう、風間くん。あなたと一緒にいることで、私も少しずつ色づいている気がする」

 二人は、ただ並んで歩いている。その歩みの中で、心がすっと重なり合っていくのが感じられた。

 すれ違っていた心が、今はやっと重なり合い、春の風に溶けていくような、そんな気持ちになった。

 「これからも、一緒に歩んでいこうね」

 湊が穏やかな声で言うと、紬は無意識に頷いた。

 「うん、ずっと一緒に」

 紬の心は、湊の言葉で完全に満たされていた。

 これから先、どんなことが待っていても、二人ならきっと乗り越えていける。そう感じられる瞬間だった。

 春の風が、二人の間をそっと吹き抜けていく。

 その風の中で、紬は心から思った。

 「君と一緒にいると、世界が色づいていく気がする」

 それは、紬の新しい世界の始まりだった。