放課後、図書室の窓の外はどんよりとした曇り空。

 いつもなら、こんな日は気分が沈んでしまうのに、今日はなんだか湊と一緒にいると、少しだけ心が温かく感じる。

 紬はいつものように静かな空間に身を預けていたが、どうしても頭の中で考えてしまうことがあった。

 それは、湊に対して感じる“もどかしさ”だった。

 最初は、湊があまりにも自然に話しかけてきて、正直驚いた。

 でもその後、湊が優しく接してくれる度に、紬はだんだんと心を開きつつある自分に気づいていた。

 でも、どうしても話すのがうまくいかない。

 湊は決して無理に会話を続けようとはしないけれど、それでも紬は心の中で思ってしまう。

 (なんで、うまく話せないんだろう…)

 湊が優しく「無理に話さなくていいよ」と言ってくれる度に、紬は内心で反発してしまう。

 (それじゃだめだ。もっと、湊とちゃんと話したいのに…)

 その気持ちは、次第に大きくなっていった。

 湊が心地よく自分に寄り添ってくれるのを、ただ黙って受け入れている自分がどこか情けなく思えてきた。

 でも、どうしても言葉が出てこない。

 そんなある日のことだった。

 外は降り始めたばかりの雨が、窓にぽつぽつと当たる音が響いていた。

 「今日は雨だね」

 湊が隣でポツリとつぶやく。

 その言葉に、紬はふと顔を上げた。

 湊の顔はどこか穏やかで、ほんの少しだけ肩をすぼめていた。

 「うん、そうだね」

 普段なら、この程度の会話で終わるはずだった。

 だけど、今日の紬は少し違った。

 胸の中で何かがうずき、湊に伝えたくてたまらない気持ちが湧き上がってきた。

 「…あの、風間くん」

 紬は、意を決して口を開いた。

 声が震えているのが自分でもわかったけれど、それでも必死に言葉を紡ぐ。

 「私、あなたと話すの、すごく嬉しいんだ」

 突然の告白に、湊は少し驚いた顔をした。

 けれど、すぐにその驚きは優しさに変わり、ほんのりと笑顔を浮かべた。

 「うん、俺もだよ」

 その言葉に、紬の胸が高鳴る。

 湊が優しく言ってくれることが、なんだか不安だった自分をほっとさせてくれた。

 「でも、どうしても上手く話せなくて…」

 紬は顔を少し赤くしながら、恥ずかしそうに続けた。

 「もっと、風間くんのことを知りたいし、あなたにも私のことを知ってほしいのに、うまく言葉が出ない。すごくもどかしくて…」

 湊は少し黙ってから、静かに紬の方を見つめた。
 
 その目には、優しさと理解が溢れていた。

 「無理しなくていいんだよ、白鷺さん。俺だって、最初はうまく話せるわけじゃなかったし。時間がかかっても、焦らずにゆっくりでいいんだ」

 その言葉に、紬は少しだけ肩の力を抜いた。

 でも、どうしても何かを言いたくて。

 「でも、もっと話せるようになりたいんだ。風間くんと、もっとちゃんと話して、君の心の声を聞きたいから…」

 湊は、しばらく黙ってから、少しだけ顔を近づけて言った。

 「君の声だって、ちゃんと聞いてるよ。俺は、君が話すその瞬間を待ってるだけだから」

 その言葉に、紬の心は温かく包まれた。

 湊の存在が、少しずつ心の中で大きくなっていくのを感じた。

 しばらくの間、二人は何も言わずに静かに本を開いていた。

 ただ、隣にいるだけで、言葉以上に大切な何かが通じているような気がした。

 ――君の心の声を知りたい。それが、今の紬の一番の願いだった。